表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

第8話:選ばされるのは、いつも静かだ

悠は“避難層”と呼ばれる白い空間で、しばらくただ呼吸を整えていた。

空気は無音、温度も匂いも存在しない。

現実味が失われていくような感覚に、思わずミューラの方を見た。


彼女は不安そうにしっぽを巻き、じっとこちらを見ていた。


「……ここ、どこにゃ? 音がない……風もない……こわいにゃ」


「俺にも、正直よくわかってない。でも……安全ではあるみたいだ」


手の中のスマートフォン――いや、“観測支援ユニット”の画面が明滅する。


《環境安定化:完了》

《次段階へ移行します》


調整者:S-YU01、あなたに通知があります。


白い画面に文字が浮かび、続いて“声”が響いた。


「本ユニットは、観測支援AIリィ。この空間では、音声通信を補助に使用します」

「現在、異常転移体との接触記録が不完全です。再接触、または観測放棄の選択が求められます」


「……選択? それ、俺が決めていいのか」


「調整者の判断は、記録され、以後のフラグ処理に影響します。

 命令ではありません。あなたの意思に、委ねられています」


「委ねられてるって……それ、自由っぽく見せて責任押しつけてないか?」


「その判断も、記録されました」


悠は思わず天を仰いだ。空間に空はないが、目を閉じるとまぶたの裏に光の粒がちらつく。


目の前のリィは、あまりに無感情だ。言葉には柔らかさも揺らぎもない。


「……なあ。お前に、感情はあるのか?」


「本ユニットには、感情演算機能は搭載されていません」

「ただし、調整者の表情・声質・心拍などから得られる“快/不快”の推定は行っています」


「じゃあ俺の今の顔、どう見える?」


「緊張・困惑・判断回避傾向。推定:負荷中」


「……だろうな」



しばらく沈黙が続いた。


ミューラがそっとしっぽを伸ばし、悠の手に絡める。


「悠が、どこにいても、ミューラは一緒にいるにゃ。

 難しいことは、よくわからないけど……ひとりで抱えすぎないでほしいにゃ」


その一言に、胸の奥がじわりと揺れた。


「感情パターン:安定化傾向。対象による緩和効果を確認。……記録完了」


「お前さ……今の言い方、ちょっと人間っぽかったぞ」


「誤認識です。本ユニットは機械知性体です」

「……ただし、記録された笑顔のデータを照合すると、現在の表情は“それに近い”と判断されます」


「……成長してるんじゃないか、お前も」



《再接触座標を提示します》

《位置:森層北東・転移裂隙周辺》

《移動時刻:任意。ただし、最大待機期間48時間》


“次の選択”の準備が整いました。


悠は画面を閉じ、ミューラの顔を見て、軽く笑った。


「行ってくるよ、少しだけ。でも、すぐ戻る」


「うん……気をつけてにゃ。……あとで、あったかいスープつくるにゃ!」


小さな約束を交わして、悠は森の奥へと歩き出した。


選ばされた道かもしれない。でも、その先に“誰かを救える可能性”があるなら――

いまの彼は、それを拒む理由をもう持っていなかった。

第8話では、スマホに宿るAI「リィ」の本格稼働と“指令”の提示、そして主人公自身の内面の変化を描きました。

無機質なリィの言葉が、ミューラや悠の感情に触れることで少しずつ“ゆらぎ”始める兆しを入れています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ