第6話:スマホから届いた“はじめての指令”
朝。
森に差し込む光はやわらかで、風も心地いいはずだった。
それなのに、佐藤 悠の胸の奥には、昨夜のざわつきがまだ残っていた。
“調整者”
“判断に委ねられます”
そして――心に直接届いた、あの謎の声。
あれが夢だったのか、それとも何かの機械的な誤作動だったのか。
それを確かめるために、悠は再びスマホを開いた。
バッテリーは相変わらず100%。通信状態も5Gフル。
画面には見慣れたホーム画面が表示されている。
しかし、次の瞬間――何の操作もしていないのに、画面が勝手に切り替わった。
《接続完了:調整者識別ID:S-YU01》
《現在の環境:ルファリア領・森区画001》
《レベル:第一階層/安定度・低》
新たな指令があります。確認しますか?
悠は息を呑む。
「……指令? スマホが、俺に命令してきてるってことか……?」
指先が自然と画面をタップした。
《指令内容:観測対象(異常転移者)との距離が接近中》
《行動推奨:接触/状況確認/記録》
《拒否可能。リスク:未確定》
任意承認を選択してください。YES/NO
「……は?」
完全にゲームのクエスト画面のような、しかし冗談とは思えない構成だった。
(異常転移者って……あの黒マントの男のことか?
っていうか、なんで俺が記録しなきゃならないんだよ……)
「悠……? なに見てるにゃ?」
ミューラが首をかしげて隣からのぞきこんでくる。
悠はスマホをそっと伏せた。
「なんでもない。ただの……地図アプリみたいなもんだよ」
ミューラに、これを話すべきかどうか迷った。
だが今はまだ、自分の中で理解も整理もついていない。
それに――
《※この指令の内容は、当該対象者以外に伝達しないことが望ましい》
《観測の質に影響を与える可能性があります》
画面の最下部に、まるで“心を読んだ”ように追記されていた。
⸻
その日の午後、森の小道で、再び“黒マントの男”の痕跡が見つかった。
踏みしめられた足跡は明らかに新しい。そこに落ちていたのは、半分ちぎれた巻物と、赤く染まった落ち葉。
「……血?」
悠の手が、スマホに自然と伸びる。
画面は、自動的にカメラアプリを起動し、現場をスキャンした。
《記録開始》
《観測対象の行動履歴に関連する証拠:取得中》
(……これ、ほんとにただのスマホなのか?)
気づけば、スマホが“道具”ではなく、“何かを伝える存在”になっていた。
⸻
夜。焚き火を囲む中、ミューラがぽつりとつぶやく。
「悠、最近……なんか考えごと、増えたにゃ」
「……そっか。そう見える?」
「うん。ミューラ、わかるにゃ。しっぽが言ってるにゃ」
「それ……君のしっぽ、どこ製?」
「最高級にゃ!!」
くだらないやりとりで、少しだけ笑い合う。
でも――やっぱり、悠の胸の中には答えの出ない重さがあった。
⸻
その夜、再び声が響く。
《指令1:完了条件未達成》
《警告:観測対象の移動速度が上昇中》
第二指令:追跡開始/接触準備。タイムリミット:48時間
悠は、ゆっくりとスマホを握りしめた。
自分は何者なのか。
この“調整者”という立場に、どんな意味があるのか。
そもそも、なぜ自分がこの世界に来たのか。
すべての答えは、あの“よそ者”の男の向こう側にある気がしていた。
次回は、ついに“黒マントの男”と正面から接触!
しかしそこで待ち受けていたのは、想像を超える言葉でした――。