第3話:タヌキがしゃべって、心がざわついた。
朝。小鳥のさえずりと、薪がぱちぱちと爆ぜる音で目を覚ました悠は、
隣でぐっすり眠るミューラのしっぽが自分の顔に乗っかっていることに気づいた。
「……なんか、あったかくて落ち着くけど……息できない……」
そっとしっぽをどけると、ミューラが目をぱちくりと開けた。
「おはようにゃ〜……ふわぁ……昨日のスープ、夢じゃなかったにゃ?」
「現実だよ。ちゃんと台所、まだ鍋あるし」
ふたりで朝の支度を終えたところで、ミューラがぽんと手を打った。
「そうだにゃ! 薬草、そろそろ摘みに行かなきゃいけないにゃ! 悠、森のおつかい、一緒に行くにゃ!」
「おつかいって……まあ、せっかくだし行ってみるか」
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森の空気は朝露を含み、ひんやりと澄んでいた。
ミューラが持っている籠に、葉っぱの形やにおいを確認しながら薬草を摘んでいく。
「これは傷に効くにゃ。これは、お腹にやさしいにゃ」
「なんか、見た目が普通の草と変わらないけど……よくわかるな」
「においと形で覚えたにゃ。あと、食べて苦いのはだいたい効くにゃ!」
「命がけの学習法……」
そんなやり取りをしながら進んでいると、ふと森の奥から音がした。
がさ……がささっ。
「ん? なんか動いた……?」
「たぬきにゃ!」
ミューラがしっぽを立てて指さす。
茂みの向こうから、まるまるとした体にしましま模様の、タヌキのような生き物が姿を現した。
しかし――
「……ふぅ。やれやれ、また騒がしい子が来たな」
悠は固まった。
「……しゃべった!?」
「なに驚いてるんだ、君ら。“聞く耳”があるなら、僕らの言葉がわかるのは当たり前だろう?」
タヌキ(?)は二本足で立ち、前足――いや、前肢――を器用に組んでいる。
「この世界では、心で話すのが基本にゃよ」
「……そんな当たり前みたいに言われてもな……」
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しゃべるタヌキ――いや、彼は「モカ」と名乗った――は、森の賢者的存在だった。
植物の知識が深く、ミューラもたびたび相談に来ているという。
「ほう、じゃがいもスープを作ったとな? ふむ、人族にしてはやるな。
ではこの“にんじんもどき”を持っていくといい。甘みが出るぞ」
悠は感動していた。動物がしゃべるだけじゃなく、レシピまで伝授してくれるとは。
「ていうか、これもう料理番組じゃん……森バージョンの……」
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帰り道、ミューラがぽつりとつぶやいた。
「悠といると、ミューラの世界が少しずつ広がる気がするにゃ」
「それはたぶん、こっちのセリフだな」
静かに揺れる木漏れ日の中で、ふたりの笑い声が森に溶けていった。
だがその夜、悠のスマホにまたノイズが走った。
《接続ログ:モカ/補助者認定候補》
《調整対象:森の核心 警戒レベル:低》
《観察続行中……》
悠はそれを、夢の中で見たような気がしていた。
第3話では、ミューラと悠が「森の暮らし」を共有しはじめる様子を描きました。
しゃべるタヌキ・モカの登場で、異世界の“心で通じる”世界観がさらに広がりました。
森の食材を使った生活、ミューラとの距離の縮まり、そして少しずつ明かされていく“スマホとこの世界の謎”――