第2話:じゃがいもと、うま味の魔法
「ここが、ミューラのうちにゃ!」
森の中を少し歩くと、ぽつんと立つ木の小さな家が見えた。
手作り感あふれるその家は、どこか懐かしく、やさしい空気をまとっている。
「……一人で暮らしてるのか?」
「うん! この森、食べ物たくさんあるし……さびしく、ないにゃよ!」
そう言いながらも、ミューラの耳はぴこぴこと落ち着かず動いている。
悠は、そのしっぽの揺れがなんだか気になった。
「よし、じゃあお邪魔するよ」
ミューラの家に入ると、干した薬草が壁に吊るされていたり、木の実が入ったカゴが並んでいたりと、生活感がにじむ。
シンプルだけど、温かみのある空間だった。
「今日は特別に、ごはんふたつにゃ!」
ミューラが誇らしげに鍋を火にかけてくれる。
しばらくすると、ぽこぽこと煮立つ音とともに、じゃがいもの香りが立ちのぼってきた。
「できたにゃ!」
器に盛られたスープを見て、悠は言葉を選んだ。
「……これ、じゃがいもだけか?」
「うん! 水とじゃがいもをぐつぐつ煮たにゃ。ほかに入れるもの、ないにゃ……」
――素材の味を信じすぎてるスープだな……。
とはいえ、せっかく作ってくれたものを前に文句は言えない。
一口飲んで、やっぱり「うすい……」とだけ思った。
「これ、もうちょっとだけ味をつけたら、もっと美味しくなるかも」
「え!? 味、まだ増えるのにゃ!?」
悠はスマホを取り出し、「じゃがいも スープ 簡単」と検索する。
画面を覗き込んだミューラが、驚いた声を上げる。
「なにそれにゃ!? 光ってる! 魔道書!? にゃんで文字が動くにゃ!?」
「いや、スマホって言って、まあ……ある意味、魔法の本みたいなもんかな」
レシピを見ながら、部屋の隅に吊るしてあった香草、外に生えていたきのこやにんじんに似た根菜を見つけてきて、
それらを刻み、じゃがいもと煮込む。
できあがったスープは、やわらかな香りと優しい色合いをたたえていた。
「……できた。ちょっと飲んでみて」
ミューラが一口すすると、耳がぴんっと立ち、しっぽがぶわっと膨らんだ。
「……なにこれ……! おいしいにゃ! 舌がびっくりしてるにゃ……!」
彼女はくるくると回りながら、さらにスープを飲み干した。
「悠、料理の神様にゃ!? この世界でいちばんおいしい料理にゃ!」
その素直な喜びように、悠はつい笑ってしまう。
「そんな大げさな……ただの野菜スープだよ。現実じゃ、誰でも作れるやつ」
「それでも、ミューラは、こんなにおいしいの初めてにゃ……!」
しっぽをぶんぶん振りながら笑うミューラの顔は、まるで子どものように無邪気だった。
この世界の人たちは、いや、この世界のミューラは、
“当たり前にあるもの”のありがたさを、ちゃんと感じてる。
悠の中で、何かが少しだけ溶けていくのを感じた。
⸻
その夜、寝床に入ろうとした悠は、スマホをなんとなく開いた。
バッテリーは100%。充電していないのに、減る気配がない。
そのとき、画面に一瞬だけ表示が現れる。
《調和中の端末を確認 接続:ルファリア・森区画001》
「……なんだこれ……」
すぐにその文字は消え、ふつうの待受画面に戻っていた。
やっぱり、何かがおかしい。でも、今はもう考える気力がない。
「悠、こっちにゃ! 一緒に寝るにゃ!」
ミューラが、隣に布団を敷いてぽんぽんと叩いている。
「いや、俺男だし……えっと……」
「おとなしくするにゃ!」
押し切られる形で布団に入ると、ミューラがふわっとしっぽをかけてくれた。
あったかい。不思議と安心感があった。
こうして、異世界での“ふたりの暮らし”が、ゆるやかに始まった。
読んでいただき、ありがとうございました!
第2話では、ミューラとの関係が少しずつ深まっていく様子と、「現代の知識」が異世界で初めて役立つ瞬間を描いてみました。
ミューラは天然でマイペースですが、寂しさを抱えた優しい子です。
悠がこの世界で「誰かの役に立てる」ことに気づき始める、小さな一歩でした。