決着、そして勝負の果てに
優里とハルコはそれぞれナイフを握りしめ、向き合った。
先ほどまでの激しい銃撃戦とは一転、息を潜める静寂が場を包み込む。
「…さあ、勝負!」
ハルコが鋭い声を発した瞬間、彼女のキャラクターが間合いを詰めた。
「早いっ!」
ギャラリーの誰かが驚きの声を上げる。ハルコのナイフが鋭く振り下ろされるのを見て、優里はわずかに体を後ろに引き、間一髪でかわした。
刃先が空を切る音と同時に、優里は反撃に転じる。
ナイフを横薙ぎに振ると、ハルコは寸前のところでブロックし、互いのナイフが金属音を立ててぶつかり合った。
「やるじゃない!」
ハルコは笑みを浮かべながら再び攻めに転じる。
優里は一歩後退しながらも、冷静に次の動きを見極めていた。
「相手のペースに乗ったら終わり…だったら――」
優里のキャラクターは、急に大きく間合いを広げるように後退した。
ハルコが追撃しようと踏み込む――その一瞬の隙を狙い、優里はカウンターでナイフを突き出した!
「くっ…!」
ハルコはその刃先をギリギリでかわすが、優里の巧妙な動きに防戦一方となる。
ナイフ同士が何度もぶつかり合い、鋭い金属音が響く。
ハルコの攻撃は重さと速さがあり、優里のキャラクターが防御するたびにわずかに体勢を崩される。
一方、優里の攻撃は鋭く的確で、ハルコの防御を徐々に削っていった。
「これはすごいぞ…お互い一歩も引かない!」
ギャラリーは固唾を飲んで見守る。
「そんな程度? 皇女さん!」
ハルコが挑発するように叫ぶ。
その言葉に優里の目が一瞬だけ鋭く光る。
「誰が“皇女”だって?」
優里のキャラクターが突然予想外の動きを見せた。
ナイフを片手に持ちながら、一瞬の隙を突いてハルコのキャラクターの後ろに回り込む!
「くっ…やるわね!」
ハルコは振り返りざまにナイフを振るうが、優里はそれを軽やかにかわし、逆にハルコの側面を狙った一撃を繰り出した。
「ぐっ…!」
ハルコは間一髪でブロックするが、その衝撃で大きく体勢を崩した。
「これで――」
優里が勝負を決めるべくナイフを振り下ろした瞬間――
ハルコは突如体を回転させ、カウンターの突きを繰り出した!
「まさか…!」
優里のナイフも、ハルコのナイフも互いのキャラクターに突き刺さる。
その瞬間、画面に「相打ち」の文字が表示された。
「なんだと!」
「どっちもやられたのか!?」
ギャラリーから驚きの声が上がる。
優里とハルコはお互いの画面を見つめ、数秒の沈黙の後、同時に深いため息をついた。
「やっぱり…強いですね」
ハルコが笑みを浮かべながら言う。
「そっちこそね。やっぱり…その感じアークライトでしょ?」
優里が問いかけると、ハルコの目がわずかに驚きを見せた。
「…バレちゃった?」
ハルコは肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
その瞬間、ギャラリーが大歓声を上げた。
「おいおい、どっちも負けだぞ!」
「でもこれ、引き分けなら料金はタダなんじゃ?」
「それより…メイド服はどうなるんだ!?」
優里はその言葉を聞き、ハッとする。
「えっ…ちょっと待って、それって――」
「引き分けでも着てもらいますよ?」
エリカ店長がにっこり、予備のメイド服を持って笑顔で告げた。
「はあああっ!?」
優里の絶叫が店内に響き渡った。
「ちょっと、優里さん、控室に行きましょうか」
エリカ店長が優里の肩をぽんぽんと叩く。
「えっ、いや…ちょっと待って…!」
優里が抗議する間もなく、ハルコに腕を掴まれ、控室へと引きずられていく。
控室では、エリカ店長とハルコが手際よくミリタリーメイド服を用意していた。
「さあ、これを着てください!」
「…絶対嫌…!」
優里は赤面しながら抵抗するが、ハルコがにっこり微笑んで言った。
「大丈夫ですよ。似合うから!」
「似合うかどうかの問題じゃない!」
優里が叫ぶが、結局押し切られる形で服を渡され、しぶしぶ着替えを始めた。
数分後。
「優里さん、準備できました?」
控室の扉をノックするハルコの声に、優里は深いため息をついた。
「…できたけど、絶対外に出たくない…」
「ええー、せっかく可愛いのに! ほら、出てきてください!」
ハルコが扉を開けると、恥ずかしそうに俯いた優里が現れた。
ミリタリー柄のメイド服を着た優里の姿に、ギャラリーは一瞬静まり返ったが――。
「うおおおおおおお!」
「やばい、尊い…!」
「これがミリタリーメイドの本気か!」
ギャラリーの大歓声が店内に響き渡る。
「ふぉおおおおお!」
眼鏡をかけたバンダナの男が興奮しながらスマートフォンを取り出し、写真を撮りまくり始めた。
「写真は禁止でーす」
エリカ店長が男のスマートフォンをあっさり没収し、カウンターにしまい込む。
「のおおおおお!」
男は崩れ落ちながら嘆いたが、誰も気に留めなかった。
一方、息吹はそれまで黙っていたが、優里の姿をじっと見つめた後、小さく呟いた。
「かわいい…」
その言葉を聞いた瞬間、優里の顔は真っ赤になり、怒り半分の視線で睨みつけた。
「だまれっ!」
しかし、ギャラリーの「やだ…尊い…!」という反応にさらに恥ずかしさが増し、優里は顔を手で覆った。
しばらくして店内が落ち着きを取り戻し、優里とハルコがテーブルに座って話し始める。
「それで、いつから私が“戦火の皇女”だって気づいてたの?」
優里が少し不機嫌そうに尋ねる。
「そんなの初めからですよ」
ハルコはさらっと答える。
「声を聞いた時点で、もしかして…って思いました。で、戦ってみて確信しましたね」
ハルコは肩をすくめて続ける。
「でも、1対1なら自信あったんですけど…やっぱり強いですね、優里さん」
その言葉を聞き、優里は少し照れたように息吹を見る。
息吹は頷き、優里の背中を押すように微笑んだ。
「実はね…」
優里は決心したように言葉を続けた。
「今度の全国大会に出るんだけど、チームを募集してて…どうかなって?」
ハルコは少し驚いた表情を見せた後、考え込むように唇を指で押さえた。
「うーん、エリカ店長に話さないとですね。でも、実は…それどころじゃないんです」
「そうそう、実はね、このお店、今月いっぱいで閉店なの!」
と、エリカ店長が突然話に割り込んできた。
「えっ、なんで!?」
優里と息吹は驚きの声を上げた。
「私、結婚するんです! それで専業主婦になるから!」
エリカ店長は満面の笑みで言った。
「ちなみにお相手は…」
エリカ店長が指を差した先には、さっきの眼鏡でバンダナを巻いた男が手を挙げていた。
「拙者でござる!」
「ええええええ!」
優里と息吹を含む全員が驚愕した声を上げた。
「で、問題はそこからで…」
ハルコが困ったように話を続ける。
「自分、大学生なんですけど、アルバイト無しだと生活が厳しくて…。それに、この職場じゃないとPC環境整ってないのでゲームできないんですよ」
「そんな、俺たちのオアシスがぁああ!」
他の客たちも嘆きの声を上げる。
その様子を見た息吹は手を叩き、「いいこと思いついた!」と言った。
片手でスマートフォンを操作しながら、どこかに電話をかける。
「もしもし、ルナ店長? あのさ、ちょっと相談なんだけど…」
数分後、息吹が皆に向けて言った。
「うちのルナ店長がOK出たよ。うちのゲーム喫茶の『むーんらいと』で働かない? ゲーム大会用のPCも揃ってるし、空いた時間は練習してもいいから」
「え、本当ですか!? ぜひお願いします!」
ハルコは瞳を輝かせながら息吹に飛びつかんばかりの勢いで答えた。
「いやいや、そこまで驚くことかよ」
息吹は苦笑いしながら、スマホをしまい込む。
「ハルコさんが喜んでくれるなら良かったけど、あとは皆さんも納得してくれるかどうかだな」
息吹がギャラリーに目を向けると、先ほどまで盛り上がっていた観客たちは口々に歓声を上げた。
「まだ俺たちのオアシスが続くなんて!」
「むーんらいと、行くしかないだろ!」
「よっしゃああ!」
中でも一際目立つ眼鏡でバンダナを巻いた男が感極まった様子で手を振り上げた。
「拙者、この展開に感謝申し上げ候! むーんらいとが拙者たちの希望の光でござる!」
その発言が店内に響いた瞬間、ギャラリーから一斉に怒号が飛んだ。
「もともとお前のせいだろ!」
「エリカ店長に手出しやがって許せんぞ!」
「お前のせいでこのオアシスが消えるんだぞ!」
観客たちは次々にブーイングを浴びせ、バンダナ男を指さして非難した。
「あっ、いや、拙者は悪意があったわけではなく…!」
必死に手を振るバンダナ男だったが、さらに追い討ちをかけるような声が響く。
「どの口で希望の光とか言ってんだよ!」
「お前、これで人生大勝利とか思ってんじゃねえぞ!」
店内は完全に怒りの渦に包まれたが、エリカ店長が困ったように笑いながら、マイクを片手に前に出た。
「まあまあ、みなさん、彼をあんまりいじめないでください! 私が選んだ相手なんですから!」
「でも店長、あの男ですよ!?」
ギャラリーの一人が抗議するが、エリカ店長は微笑を浮かべたまま首を振る。
「彼の情熱と誠実さに惹かれたんです。だから、もう許してあげてくださいね」
「情熱と誠実…?」
ギャラリー全員が一瞬黙り込み、そして再びざわめきが起きた。
「いや、それでも納得いかねえ!」
「そうだ、こんなの納得できるわけがない!」
「幸せで爆発しろ!」
「ほんとだ、爆発しやがれー!」
一瞬、店内に緊張が走るが――。
「でもまあ、店長が幸せならOKでーす」
「そうそう、これからは俺たちもむーんらいとに行けばいいんだしな」
ギャラリー全体がなんだかんだで納得し、場には祝福のムードが漂い始めた。
バンダナ男は安堵の表情を浮かべると、感極まって再び手を挙げた。
「拙者、みなさまの温情に心より感謝申し上げ候! これからもエリカ殿を幸せにしてまいる所存でござる!」
「だから爆発しろって言ってんだよ!」
誰かが突っ込むと、店内は大爆笑に包まれた。
一方、優里はギャラリーの盛り上がりを見ながらため息をついた。
「…結局、話の流れで全部解決しちゃったわね」
「いやいや、それも優里ちゃんが頑張ったからだろ。メイド服まで着た甲斐があったね」
息吹が笑顔で肩を叩く。
「そういうこと言わなくていいの」
優里は恥ずかしそうに目を逸らしながら、小声で呟いた。
ふぉおおおおお!(眼鏡をかけたバンダナ男の作者)