ミリタリーカフェ
次の日の昼休み、優里は息吹と葵に向かって意を決して口を開いた。
「ねえ、二人に話したいことがあるんだけど…」
息吹と葵が顔を上げ、不思議そうに優里を見る。
「どうしたの、優里?」
葵が優しい笑顔で問いかける。
「私…チームに入ることを決めた。ヴァルフロ全国大会に出場するために」
優里は少し緊張した様子で言葉を続けた。
「だから、あなたたちに…本気で付き合ってほしい」
その真剣な眼差しに、一瞬息吹と葵は驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「いいじゃん、優里ちゃん。やっとその気になったんだね!」
息吹は軽く手を叩きながら嬉しそうに答える。
「もちろん僕も協力するよ。最初からそのつもりだったし!」
「私も、優里がそう決めてくれるのを待ってたの。一緒に頑張ろうね!」
葵も優里の手を軽く握り、優しく微笑んだ。
その日の放課後、3人は集まり、チーム結成に向けた話し合いを始めた。
「これで3人になったけど、チーム登録するにはあと2人必要なんだよね」
息吹が机を指でトントンと叩きながら言う。
「でも、そんなに簡単に見つかるかな…」
優里は少し不安げな表情を浮かべた。
「案外、学校に隠れた猛者がいるかもよ?」
息吹が冗談めかして肩をすくめる。
「…そういえば、昨日の戦いで一緒だった“アークライト”さん。あの人、一人であそこまで持ちこたえた。絶対に頼りになる腕前だけど…」
優里はポツリと呟くと「アークライト?誰それ?」葵が首をかしげた。
「あ、いや、独り言!」
優里は慌てて話を打ち切る。心の中では「まさか、こんな身近にいるわけない」と思い込もうとしていた。
その後、息吹は優里を誘って「むーんらいと」へ向かうことになった。
葵は「ごめーん、この後は外せない!」と用事があり、この日はすぐに帰っていった。
「そういえば、うちの叔父さんが何か頼みたいらしいんだよね。まあ、適当に聞いてやればいいさ」
息吹は軽い調子で言い、優里も特に反論することなく頷いた。
しかし、駅前を歩いていると、電信柱の影で何やら怪しい動きをしている人影が目に入る。
「…何してんの、あれ?」
優里が不思議そうに目を細める。
「あれって…叔父さんじゃん。なにやってんの?」
息吹が声をかけると、その人影がビクリと動き、恐る恐る顔を出した。
「きゃっ!びっくりさせないでよ!」
現れたのは、案の定ルナ店長だった。
「いやいや、こんなところで何やってるんだよ、怪しいにもほどがあるだろ」
息吹が呆れたように問いかけると、ルナ店長は電信柱に手を置きながら答えた。
「実はね…最近、うちのお店の売り上げが下がってるのよ。原因を探してたら、これが分かったの!」
彼女が指差した先には、人だかりで賑わう建物があった。
「ミリタリーメイド喫茶?」
優里が看板を見上げ、呟く。
「そうよ!ミリタリーなメイド服を着た子たちが、お客さんと一緒にゲームするらしいの!お客さんはみーんなあっちに取られて、もう大変!」
ルナ店長は拳を握り、悔しさを滲ませる。
「まさか頼みたいことってこれ? 僕たちに何をしろって言うんだ?」
息吹がため息をつきながら尋ねる。
「あなたたち、ちょっと敵情視察に行ってきてくれない?」
ルナ店長が満面の笑みで頼み込む。
「いや、そんな面倒なことやるわけないでしょ」
息吹が即座に拒否するが、ルナ店長はすかさず追い打ちをかける。
「お会計は私持ちだし、別途ボーナスも出すわよ!」
「…どれくらいのボーナス?」
息吹が興味津々で尋ねる。
「大盤振る舞いよ!どう、優里ちゃんも行ってくれる?」
ルナ店長が優里に目を向ける。
優里は一瞬迷ったが、息吹に促される形で頷いた。
「…分かった、行ってみる」
――。
店内に足を踏み入れると、元気な声が迎えた。
「お帰りなさいませ、指揮官!」
息吹は目を輝かせて周囲を見回す。
「すごいな、これ。完全に戦場じゃん!」
「どこがよ…普通に変でしょ」
優里は眉をひそめながらも周囲を観察していると、ハルコと名札を付けたメイドが近づき、笑顔で案内してきた。
「こちらのお席へどうぞ!」
その声を聞いた瞬間、優里は一瞬硬直する。
「この声…昨日のアークライトに似てる。いや、そんな偶然あるわけ…」
「どうしたの、優里ちゃん?固まってるぞ」
息吹が顔を覗き込む。
「えっ、いや、なんでもない!」
「申し遅れました!私、ハルコ軍曹と申します指揮官殿!こちらメニューとなります」
席に着いた二人に、ハルコが笑顔でメニューを差し出した。
「こちらが当店のおすすめメニューでございます。迷彩パフェ、ギリースーツパスタ、爆裂トルネードカレーなど、戦場をテーマにした一品です!」
優里がメニューを開くと、内容を見てぎょっとした表情を浮かべる。
「…なにこれ、まともなものがないじゃない」
―――――――――
「ミサイルポテト」
ミサイルをイメージしたポテトフライの中は熱々のチーズ入り。スモーク風味のソースがついてきます。
「着弾まで5秒前、指揮官!」
「カモフラージュサラダ」
カラフルな野菜を迷彩柄に見立てたサラダ。ほうれん草、紫キャベツ、パプリカを使い、ドレッシングはバジルソースと醤油ベースの2色。
「これであなたも自然に溶け込めます!」
「手榴弾オムライス」
丸く形を整えたオムライスに黒ゴマソースをかけて、手榴弾っぽい見た目に。スプーンを刺すと中からケチャップが「炸裂」する仕掛け。
「指揮官、爆発にご注意を!」
「スナイパーズティラミス」
スコープで覗いたような丸い形のティラミス。迷彩模様の抹茶とココアパウダーが上にかかっています。
「狙いを外さず、お召し上がりください!」
「戦車パンケーキ」
戦車を模した小型パンケーキタワーに、チョコシロップとホイップクリームでディテールを再現。チョコレートの砲塔付き。
「突撃しますか?それとも包囲戦?」
「ギリースーツパスタ」
とろろ昆布をパスタに絡めて、ギリースーツを再現した冷製パスタ。わさびドレッシングでさっぱりとした味わい。
「ステルス作戦には欠かせない一品です!」
「空挺部隊バーガー」
ジャンボサイズのバーガーに、チーズでパラシュートを模しており、野菜は整然と層になっています。食べるたびに「降下作戦」の気分が味わえる!
「指揮官、突撃準備完了!」
「フレアサンドイッチ」
真っ赤なトマトと赤ピーマンを挟んだスパイシーなサンドイッチ。辛味ソースがフレアの輝きをイメージ。
「これで敵を引きつけましょう!」
「榴弾フルーツボウル」
スイカやメロンを丸くくり抜いたフルーツボウル。上にはクラッカーを添えて、爆発をイメージ。ドライアイスでスモーク演出も可能!
「爽快感、炸裂!」
「迫撃砲ラーメン」
高く積まれた野菜とスパイシーなスープが特徴の担々麺風ラーメン。大盛りなら「砲撃モード」と呼ばれ、通常サイズは「精密射撃」。
「一口で目標破壊!」
「突撃スコーンセット」
通常のスコーンに、カスタードクリームとブラックチョコクリームの2種を迷彩風に絞り出し。ホットミルクティーがセット。
「指揮官、お茶の時間も戦場です!」
「ドッグファイトホットドッグ」
2本のホットドッグが交差する形で盛り付けられ、BBQソースとマスタードが空中戦をイメージ。サイドにはフライドポテトの「煙」が添えられます。
「戦闘準備完了、突撃だ!」
「特攻チキンウィング」
スパイシーなチキンウィングに赤いソースが滴る。辛さレベルを「突撃」「防御」「退却」から選べる。
「指揮官、辛さに耐えられるか?」
―――――――――
「ちょっと気合い入れすぎだろ、これ」
息吹が横から覗き込んで肩をすくめる。
「いいじゃん、こういう時くらい冒険しようよ。どうせおっさんの奢りだし」
「冒険する必要なんてないでしょ!普通の紅茶があればそれで十分よ…」
優里がぶつぶつ言う中、息吹は迷彩パフェを指差してニヤリと笑った。
「ほら、これなんて優里ちゃんにぴったりだと思うけど?」
「なんでそうなるのよ!」
優里が真っ赤になって抗議するが、息吹は軽く手を振りながら言葉を続けた。
「いやいや、指揮官としてはここでちょっとくらい派手にいっとかないと!」
「…もう分かったわよ、それ頼めばいいんでしょ!」
優里が諦めたように迷彩パフェを指差すと、ハルコが元気よく敬礼した。
「了解しました、指揮官!少々お待ちください!」
数分後、ハルコがパフェを持って戻ってきた。
「迷彩パフェをお持ちしました!」
テーブルに置かれたのは、チョコレートと抹茶クリームが渦を描く奇妙な外観のパフェだった。
優里はじっとそれを見つめ、ため息をつく。
「本当にこれ、食べ物なの…?」
いざスプーンに手を伸ばそうとしたところで、ハルコが手を挙げて止めに入った。
「指揮官、いただく前に儀式をお願いします!」
「え、儀式?」
優里が困惑していると、ハルコが説明を始める。
「そうです!当店では、食事をさらに美味しくするために“萌え萌えキュン”を行います!」
息吹が隣で笑いながら言う。
「ほら、優里ちゃん。こういうのはノリが大事だよ」
「絶対やらないから!」
「えー、僕一人だけやるの?優里ちゃんも一緒にやろうよ。せっかくだしさ」
優里が断ろうとするが、息吹とハルコの圧に負け、ついに観念した。
「…分かったわよ。やればいいんでしょ!」
ハルコが手でハートを作りながら掛け声を上げる。
「美味しくなーれ、萌え萌えキュン!」
息吹もノリノリで続けた。「萌え萌えキュン!」
最後に優里が、死んだような目でぎこちなく手を動かしながら小声で言った。
「…も、萌え萌えキュン」
「こんなことして誰が喜ぶっていうの…」
優里は内心で絶叫したが、パフェを一口食べた瞬間、意外と美味しいことに驚いた。
食事がひと段落したところで、ハルコが特別イベントを案内してきた。
「お二人とも、本日は“階級くじ”をご利用いただけます!くじを引くと階級名で呼ばれるようになり、大将を引けばお会計がタダになります!逆に二等兵を引くと、私たちの態度が冷たくなります!」
「おお、それ面白そうじゃん!」
息吹が真っ先に手を挙げた。
「えっ、やめときなさいよ…」
優里が止めようとするが、息吹は聞く耳を持たない。
くじを引いた息吹は、「二等兵」を引き当てる。
ハルコの表情が一変し、冷たく言い放った。
「雑魚が。指揮官の資格なしですね」
「ええっ!?急に態度悪くない?」
息吹が驚くが、意外と楽しそうな顔をしている。
「でも、これ意外と悪くないかも…なんだろう、胸がドキドキする感じの扱い…」
「…はっ?」
息吹が新しい扉を開きかけているのを見て、優里は少し引いていた。
次は優里の番となる。仕方なくくじを引いた優里が手にしたのは「敵軍のエース」。
店内に拍手が響き渡り、ハルコが満面の笑みで告げた。
「おめでとうございます!特別イベント“ヴァルフロ1対1ゲーム対決”に挑戦していただきます!」
「えっ!?そんなの聞いてない!」
優里は顔を真っ赤にして慌てる。
「勝てばお会計はタダ!負けた場合は“二等兵以下”となり、捕虜として1時間、当店のメイド服を着用していただきます!」
「はああっ!?」
優里は叫び声を上げたが、逃げ場はなかった。
この話をずっと書きたかったんや。
ミリタリーメイドカフェは実際にあって、かつて本当に階級くじありました。
にしてもメニュー気合入れすぎたな本当。
モエチャッカファイア