再会
ミーミルのチームが占領地を奪い返し、そのまま制限時間が終了した。画面には無情にも「Game Over」の文字が表示され、優里のチームは敗北を喫した。
優里はヘッドセットを外し、しばらくの間モニターを見つめて動かなかった。その手はマウスを握り締めたままで、悔しさをにじませている。
「これでゲームセットね」と舞香が後ろから優里に声をかける。
「でも、本気のミーミルを相手にここまで戦えたのは素晴らしいわ。あなた、相当な腕前よ」
褒め言葉のはずだったが、優里は顔を上げることなく静かに呟いた。
「これじゃあ、ガルムには入れないですよね」
その言葉に、舞香が口を開こうとした瞬間、横からフェンリルが口を挟んだ。
「いえ、そんなことはありません。あなたほどの実力なら、ガルムの――」
フェンリルが勧誘の言葉を続けようとしたその時、舞香が手を挙げて制した。
「フェンリル、ストップ。それ以上はいいわ」
舞香は優里のほうに視線を戻す。
「そうね。このままではガルムには入れない。でも――」
舞香は少し間を置き、鞄から一枚のチラシを取り出した。
「これ、見て」
優里が手渡されたチラシを覗き込むと、それは『ヴァルフロ全国大会』の告知だった。
「それは…今度の全国大会の…?」
「そう。私たちガルムには、この大会の優勝チームと戦うエキシビジョンマッチが予定されてるの。その時、優勝者がガルムに挑戦する権利も得られるわ。もちろん、ミーミルにリベンジするチャンスもある」
舞香の言葉に、優里は握り締めた手を少しずつ緩めた。そして、真剣な目で舞香を見つめながら答えた。
「…出ます。その大会、絶対に出てやります」
舞香は満足そうに微笑み、軽く頷いた。「良かったわ。さて、もう遅いし、帰りは送るわね。先に下で待っててくれる?ちょっと片付けがあるから」
優里は舞香に促され、エレベーターでロビーへ向かった。
舞香が優里を送り出した後、フェンリルが舞香に問いかけた。
「いいんですか?あれほどの実力なら、候補生としてうちの養成プログラムを受けさせても良かったのに」
舞香は肩をすくめ、窓の外を眺めながら答えた。
「かわいい子には旅をさせよ、って言うでしょ。あの子には素質があるけど、今飼いならすよりも外で揉まれたほうが強くなると思ったの。それに――」
舞香は一瞬言葉を切り、フェンリルの方に視線を向けたが、それ以上何も言わなかった。
「それに?」
「いいえ、なんでもないわ。それより、ミーミルに伝えておいて?後で『震えて待て』って」
舞香の冷たい笑顔に、フェンリルは苦笑しながら答えた。
「ミーミル、完全に自業自得とはいえ…少し同情しますね」
舞香は軽く笑いながらエレベーターへ向かうと、「さて、優里ちゃんを待たせるわけにはいかないわね」とロビーへ降りていった。
ロビーに到着した舞香は、待っていた優里に「お待たせしたわね」と微笑みかけた。リムジンがロビー前に停車しており、ドアが静かに開く。
優里は舞香に軽く会釈し、無言で車に乗り込んだ。
「ごめんなさいね。うちのミーミルが、あんな態度を取ってしまって」
舞香が優里をなだめるように言うと、優里は首を振る。
「いいえ。ミーミルさんは悪くないです。結局は勝ったほうが正しいんです。でも…」
優里は少し間を置き、うつむいた。
「さっきの戦い、どうしても勝てるビジョンが見えなくて…」
舞香は少し考え込み、軽く首を傾げながら答えた。
「あなた、ずっと1対1で戦うことに固執してたわね。味方のアークライトも囮に使ったけど、それだけで終わらせてしまった」
「…味方を囮に使ったのがいけなかったんですか?」
「そうじゃないわ。ヴァルフロは個人戦じゃなくチーム戦よ。あなたの弱点は、味方をもっと“利用”しなかったことね」
舞香の言葉に優里は驚き、顔を上げた。「味方を…利用?」
「そう。強い駒は最大限に活用してこそ、その価値があるのよ」
舞香の冷静な声を聞きながら、優里の脳裏には舞香の別名「冷血の女王」と呼ばれる所以が浮かんだ。無慈悲な戦術と圧倒的な勝利。それが舞香の本質だと気づき、優里は少し怯えた表情を見せた。
舞香はそれに気づいたのか、優しく微笑みながら話題を変えた。
「さて、そろそろ優里ちゃんの家に着くわね」
車はいつの間にか、優里の自宅前とたどり着いてた。
車から降りて優里は舞香に向き直り、軽く頭を下げる。
「ありがとうございました。本当に助かりました」
「どういたしまして。これからも頑張ってね、優里ちゃん。あ、それと――」
舞香はドア越しに優里を呼び止め、意味深な笑みを浮かべて一言だけ尋ねた。
「ねえ、優里ちゃん。学校は楽しい?」
「えっ…まあ。それなりに。ただ最近隣に変な奴が来て…」
優里がそう答えると、舞香は「ふふふ、そう。それは良かったわね」と少し悲しげな笑顔を浮かべた。
そしてドアを閉じると、車は静かに発進していった。
優里は舞香の最後の言葉に首をかしげながら、自宅へ戻っていった。
リムジンの車内。舞香は少し物思いにふけっていた。
だが、突然車が急ブレーキをかけた。
「何かあったの?」
不機嫌そうに運転手に尋ねると、運転手は申し訳なさそうに答えた。
「申し訳ありません。道路の真ん中に男性が立ち往生していたので…」
舞香のリムジンが静止する中、舞香は窓を開け、リムジンの前に立つ人物を確認する。彼女の瞳がわずかに驚きを浮かべた。
「…やっぱり、息吹」
その名前を呟くと、彼女の表情はすぐにいつもの冷静な微笑みに戻る。だが、息吹の目には鋭い光が宿り、舞香を真っ直ぐに睨みつけていた。
「やっぱり優里ちゃんと会ってたのは姉さんだったのか…」
息吹は低い声で言葉を発し、舞香を見据えたまま一歩リムジンに近づいた。
「優里ちゃんに何かあったら、タダじゃおかないからな」
息吹の言葉に運転席の運転手は反射的に懐へ手を伸ばし、何かを取り出そうとした。しかし、それを舞香が静かに制した。
「待って。彼は私の弟よ。無用なことはしないで」
舞香の声がその場の緊張を和らげたが、息吹の鋭い視線は変わらない。
「…あら、かわいい子には私は目がないのよ。でも、そんなに心配しなくてもいいわ。優里ちゃんには何もしないわ。それよりどうして、あなたがここにいるのかしら」
舞香は柔らかな声でそう言いながらも、どこか挑発的な微笑みを浮かべる。だが、息吹はその言葉に乗ることなく、冷たい口調で返した。
「身内の恥を終わらせに来た」
その短い言葉には、彼の強い決意がにじんでいた。
「ふふふ…そう。じゃあ、終わらせられるものなら終わらせてみなさい」
舞香はまるで試すように息吹を見つめ、さらに微笑みを深めた。そのまま窓を静かに閉じると、リムジンの運転手に指示を出した。
「行きましょう」
リムジンが発進し、静かにその場を離れていく。その後ろ姿を、息吹は少し悲しげな表情を浮かべながら見送っていた。
「…姉さん、本当に何を考えてるんだ」
息吹の呟きが冷たい夜風に消えていく。彼の目には、ただ事ではない決意と僅かな悲しみが宿っていた。