ガルムの隠れ家
「ところで、優里ちゃんはどうしてヴァルフロを始めたの?」
リムジンの中で舞香が尋ねると、優里は少し緊張しながらも答えた。
「えっと、高校生になってPCを買ってもらったんですけど、使い方がわからなくて…いろいろ触っているうちに、広告リンクをうっかりクリックしてダウンロードしちゃったんです」
「まあ、意外なきっかけね。でも、それでハマる要素があったの?最初から上手だったのかしら?」
舞香が興味深げに聞くと、優里は苦笑しながら答えた。
「いえ、全然下手で、最初は怒られてばかりでした」
「それは災難だったわね。運が悪かったのね」と舞香は優しく頷く。
「そうですね。ある試合で、負けそうになったとき、メンバーの一人が回線を切ってしまって…。それが決め手で、私もやめようかなって」
「回線切断ね。ペナルティがあるけど、なかなかなくならないのよね」と舞香はため息をついた。
「そうです。でも、私が弱かったから仕方ないって思いました。学校生活もうまくいかなくて、得意なことも見つけられず…。それでゲームにも見限られている気がして、やめようとしたんです。でも、そんな時に、あなたが現れて…」
「えっ、私?」
舞香が驚いて尋ねると、優里は真剣な表情で頷いた。
「はい。試合中、みんなが『女王だ!』って叫んでいて、何が起きたのかと思ったら、あなたのキャラが次々と敵チームを壊滅させて…。私は一人倒すのもやっとだったのに、あなたは一気に五人も。今でも、あの時の光景を忘れられません」
優里は目を輝かせながら、当時の記憶を話した――。
すでに優里たちのチームは壊滅状態。突如として回線切断したプレイヤーの代わりに舞香のキャラクター"ヘル"が参戦し、敵の五人を一気に仕留めていく。
ヘルはまず、ハンドガンで一人をヘッドショットで沈め、続けてアサルトライフルで二人を立て続けに倒し、さらに別の一人に猛然と走り向かう。叫び声をあげる敵兵士の銃撃を、体をひねってかわし、最後はナイフで仕留める。その瞬間、別の敵が彼女を狙って銃を構えたが、ヘルはとっさに倒した相手の銃剣付きライフルを投げ、その刃が敵の胸を貫いた。
優里の目には、その瞬間のヘルがまるで英雄のように映っていた。自分もいつか、あの姿に近づきたいと、心の底から憧れた瞬間だった。
舞香は少し照れたように微笑んで、「あれは課題の一環よ。負けているチームに入って逆転する訓練みたいなもの。でも、そんなに感激してもらえたなんて嬉しいわ」と答えた。
「それでも、私にとっては大きな出来事でした。味方が文句を言っていたのに、あなたが入ってきた瞬間、空気が一変して…私もあんなふうになりたいって思いました」
「もう、優里ちゃん、照れさせないでよ。ありがとうね」と舞香はふふふと笑い、優里もそれにつられて笑った。
車は目的地に到着し、リムジンのドアが開くと、優里の目の前には高級なタワーマンションがそびえていた。
「ようこそ、ここがガルムの隠れ家よ」と舞香が微笑む。
「すごい…こんな場所にあるなんて!」
優里は目を輝かせて見上げる。
「ここはメンバーの住宅も兼ねているの。家賃も生活費も支給されるけど、その代わり監視が厳しいのよ。今日だって実は抜け出してきたの」と舞香が茶目っ気たっぷりに笑うと、運転席の外国人の男がやれやれと肩をすくめる。
舞香が再び車椅子に座り、「優里ちゃん、押してくれる?」と声をかける。優里は快く車椅子を押し、エレベーターへと向かう。
「専用カードキーで入れる階は限られているの」と言って、舞香はカードを使いガルム専用ルームの階を押し、「メンバーに会っても驚かないでね。みんな、けっこう個性的だから」と舞香が微笑む。
目的の階に着きエレベーターの扉が開くと、最新鋭のPCが並ぶデスクと巨大なモニターが目に飛び込んできた。
「すごい、まるでネットカフェ『むーんらいと』が豪華になったみたい…」
優里が感嘆していると、舞香が「フェンリル、ちょっと来て」と声をかける。
するとPCに向かっていた眼鏡の男性が「少々お待ちを」とマウス操作を急がせる。
「遅いわね。10秒以内で来て」と舞香が催促すると、「はい!」と応え、10秒もしないうちに立ち上がった。
立ち上がると、彼は優里の姿に気づき驚いた表情を浮かべる。
「お客様ですか?ヘル様、上に許可は?」と苦笑するフェンリルに、舞香は「私のチームよ、許可なんていらないわ」と笑う。
「…まったく、怒られるのは私なのに」
フェンリルは小さくため息をつきながら、「申し遅れました、ガルム副リーダーのフェンリルです」と優里に頭を下げた。
「フェ、フェンリルさん…!知ってます!」優里が驚くと、フェンリルは顎に手を当て、「おや、ファンとは光栄ですね。本名は恐れ入りますがご遠慮ください。本名で呼び合わないのがガルムの流儀です。幾分プライベートが敏感な職場なので…」と説明した。
「そ、そうなんですね」と優里は納得する。
「優里ちゃんにガルム専用ルームを見せてあげようと思って連れてきたの。ところで他のメンバーは?」と舞香がフェンリルに尋ねる。
「あいにくヨルムンガンドは自室でトレーニング中で、ミーミルは配信中です。ロキは…また行方不明でしょう」とため息をつく。
「あいつはいつだって神出鬼没だから当てにしてないわ。優里ちゃんに会わせたくないし」と舞香も少し怒った口調で言った。
「ロキさんって嫌われてるんだ…」だと思いながら、ヨルムンガンドとミーミルが本当に実在するんだと実感を得る優里。
「ヨルムンガンドさんは元々アスリート出身でデモリッシャー担当ですよね。あの人が取れない陣地は無いといわれるほどの拠点制圧型のプレイヤー。ミーミルさんは狙撃手で、配信活動で100万人の登録者を超えるミーミルチャンネルのストリーマー。完璧な戦闘術に凄腕のスナイパーで、私も視聴者です。ロキさんは…よくわかってないですけど、表舞台には一切出ないですね?」
優里が一人ひとり解説すると、舞香とフェンリルは笑った。
「本当に優里ちゃんはガルムをよく知ってるのね。まあロキに関しては私たちも行動がよくわからないから、知らなくても当然。でも、間違いなく言えることは性格は最悪だから近づかないほうがいいわ」
「そ、そんな人なんですね。ロキさんは」
「ロキにさん付けもいりません。あんな奴はクソロキでいいです」とフェンリルは少し怒った口調で言った。
「そもそも大会に堂々と遅刻して、その理由が駅前のパチ屋で確変が終わらなかったからなんて…一体あの人は何を考えているんですか!」
「まあまあ」と舞香はフェンリルをなだめ、「とりあえず、ガルムは個性的なメンバーがそろっているわ」と微笑む。
「や、やっぱりトッププレイヤーは変わった人たちなんですね」と優里が驚きながら言うと、舞香は「あら、それは私も含んじゃうけど?」とくすくす笑う。
「ええ…すみません。そんなつもりじゃ…」優里が慌てると
舞香は「冗談よ。優里ちゃん、かわいい!」と優しく抱きしめた。
フェンリルは軽く咳払いをして、「それで優里さんをただ見学に連れてきたわけじゃないですよね、ヘル様」と舞香に問いかける。
舞香は微笑んで、「ええ、優里ちゃんのプレイスキルが見たいの」と優里に振り返る。
「えっ!?」
いきなりの提案に優里は戸惑いを隠せなかった。




