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世の中から隔絶された廃洋館の一室にぼくは居た。「居た」は文字通りの意味で、それ以上の意味は何ら持たない。
部屋を固く閉ざす二枚の扉を正面に迎えながら壁に体重を預け、冷たい床に脚を投げ出し、まるで幼子に飽きて捨てられたおもちゃのようにじっと朽ち果てるのを待っていた。
支えを失いだらりと垂れている頭は自分の臍だけを見つめさせる。その姿勢を取ってからどれくらいの時間が経っていたのか知る気もないけれど、ぼくの上に積もった埃だけがその年月を表すかのように厚みを増していた。
時間は全てを解決するというのが定説だが、ぼくが抱える問題はそう簡単にはいかなかった。
ぼくが抱える問題は、不老不死。
だからぼくにとって時間は、ただひたすらに「死ねない」ということを感じさせるものでしかなかった。
不死の生物は『生きる』という行為から逃げ出す選択肢すら与えられない。加えて不老なんてものがついていたら、それはもうただただ同じ時間を生き続けるだけの生き地獄以外の何ものでもないだろう。
身体は不老不死になった瞬間から成長することさえ出来ないから、齢十二歳程の少年のまま。自分の顔も忘れてしまったけれど、きっとまだあどけなさが残る少年だと思う。
身長も体格も控えめなぼくがこれほど望んでいるのだから、死なせてくれるとはいかないまでも、意識だけでも手放すことを許してくれても良さそうだが、どうやらそうもいかないらしい。
それもこれもぼくがヴァンパイアでもあるからだ。
ヴァンパイアであるぼくの感覚は、人間よりも遥かに鋭敏でそよそよと吹く夜風が木の葉を揺らす音や多くの年月を重ねた建物が鳴らした小さな軋みの音さえもまるで集音器のように溢すことなく拾い集めてくる。
ぼくの聴覚は豪邸といっても差し支えないくらいの大きさを誇り、最盛期は数名の使用人も必要としていただろうこの洋館をすっぽりと網羅してしまう程鋭い。
だから傍からみたら広い部屋に一人寂しく佇んでいたとしても、ぼくの周りはいつだって騒々しい。もっとも都会の喧騒のようであれば慣れることもできたのかもしれないが、静かな空間で、例えば柱時計の音だけがこだまするような場であれば、誰だって気になってしまい夜も眠れないだろう。
そのかいもあって、ぼくは死ぬことも眠ることもできない中、ただただ生かされていた。ただただその場で手に入れることが叶わない望み「死」に焦がれていた。
だからと言って、何か変化を求めていたわけでもないんだ。ぼくは壊れた人形だから、朽ち果てることを夢見てただその場にいるだけ。一人誰にも知られず世界から取り残されるんだ。
おもちゃは自分の運命を案じない。毎日のように手に取って遊んでもらった過去も、これからどうなるのか想像するべき未来も、全てどうでもいいこと。
でもそんなある日、いつものように集められた音の中に無意識が反応してしまう異音が混ざっていた。
最初に気づいたのは、それがまだ廃墟に入ってくる前。それは今まで意識の覚醒を強制していた自然が織りなす音なんかではなく、明らかに人為的な音。
人の足音だった。その足音は少し不思議で、夜に似つかわしくない軽快な音だ。
錆びついた扉の前で足音の主が一度深く呼吸をする。意を決したように重い扉を開けると、足音はぼくがいる二階まで吹き抜けとなっているホールで大きく響く。暗い廃墟で響く足音、それだけでも怖くなりそうなものだが、なぜだかそれを気に入った足音の主は、わざとらしくその場で何度も踏み鳴らす。
やがて足音が止み、しばらくの静けさが流れると、音は離れていった。出ていったわけではなく、ぼくのいる部屋とは反対側、洋館の東側に行ったようだ。
ダンスでも踊っているのか、軽やかなステップから鳴る音は廃墟のあちこちを巡っていく。残念なことに、いくら無視をしようとしても、ヴァンパイアの耳はその音を逐一探し、集めてくる。その音も音で、頭の中に無礼にも伺いを立てずに侵入してくるものだから、堪ったもんじゃない。
ぼくはなるべく考えないようにと考えていることで、自ら意識を傾けていることに気づいた。
それでもなるべく無視していたのだが、軽快な音は徐々に大きくなっていき注意せざるを得なくなった。時折、意味の分からない言葉を話すそれは一階を探索し終わったのか、二階に上がってきたのだ。
だがまたしてもその音は、ぼくを焦らしているかのようにホールから二手に分かれた階段で東側に進んでいき、端の部屋から徐々にぼくを追いつめていく。ゆっくりと確実に迫ってこられるとその場から全く動いていなくても、追いつめられた気分になってくる。
やがて足音の主は東側の部屋を全て制圧し終えたのか、この部屋へと近づいてきた。
たしか屋敷の二階には東西を対象に、それぞれ四つの部屋がある。ぼくがいるのは西側一番端、他の部屋よりも一回り大きな部屋だ。グランドピアノを置いても、部屋を圧迫しないくらい広い。
足音は着々とこの部屋へと近づいてくる。
ぼくの居る部屋まであと三つ。
あと二つ。
あと一つ。
そしてついに足音は扉一枚を隔てたところまで来た。
小説を読んでくださり、ありがとうございます。
今後ともご愛読頂けますと幸いです。




