key7
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立樹沙羅。
そう呼ばれた彼女がいずれここに来る。
あの青年は、そう言っていた。
「君は何もしなくていいんだよ」
僕の耳の中で、青年は囁く。
「ただそこで待っていればいい」
淡い光の中で、顔のない青年は微笑みを絶やさない。
顔は見えないけれど、彼はきっと微笑んでいる。
――その見えない微笑みの下に、何かを隠してはいないだろうか?
僕はふと、そんな疑問にぶつかった。
あの光の仮面を被った青年は、僕を、僕らをどうする気なのだろう?
見えない鎖で身体の自由を奪われていても、思考力は決して奪われていない。
奪われてたまるものか。
「私を警戒し始めたようだね」
またしても、青年に思考を読まれてしまった。
互いにここに居る限りは、彼の監視は逃れられない。
「疑われるのも無理はないね。けどこれだけは勘違いしないでほしい」
と、青年は念を押すような口調で、続けた。
「君をここに閉じ込めたのは私ではなく、”彼のほう”だよ」
青年の言い方が妙に引っかかる。
「少なくとも私のほうは、君らに危害を加える気はないよ」
どうか信じてくれ、とでも言いたそうな口調だ。
「だからといって、無事にここを脱してほしいとも思わない。だから手を貸すようなことも――また彼を止めに行かなくては」
そう言って、僕らの傍観者は再び姿を消してしまった。
青年の不在の時なら、思考を読まれることもないだろう。
僕は固く目を閉じて、かつて僕が成り代わろうとしていたらしい、顔も居場所も知らない少女のことを思った。
君は誰なんだ?
どうして僕は君になろうとしたんだ、立樹沙羅?
不意に、1人の少女の姿が脳裏に現れた。
巨大な月のない、暗い灰色に塗り潰された空。
その下で、髪の長い少女が海沿いの道をひたすら走っている。
疲弊した顔で、何かに急ぐ彼女に僕は無力感を覚えずにはいられない。
立樹沙羅、僕は、もう一人のサラはここにいるよ。
僕はここにいるよ。
この場所に飛んできて、僕を解放してくれ!
僕は想像の中の立樹沙羅に向かって、声なき声で叫び続けた。
あの番人が戻らぬうちに、ひたすら叫び続けた。
強く、強く、時空の境界を超えて彼女に届くように。
僕の叫びが彼女を助ける重要な鍵となるのならば、これ以上のことはない。
そんな一縷の望みと共に、僕はただ、その人を待っている。