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The Key  作者: 石榴矢昏
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key6

 

 すれ違う者は皆、私を見ても気に留めない。

 降りしきる雨の中、傘も持たずに急ぐでもなく人波を逆行する1人の人間を見ても、だ。


 行く当てはあった。

 幼い頃の温かな記憶の中にある、小さな公園。

 かつての安住の地にして、己の生存を空の上に伝えられる聖なる領域。


 何をするでもなかったが、とにかく私は、そこへ行きたかった。


 誰かの傘の端が、後頭部にかすり、髪が引っ張られた。

 反射的に振り向いたが、当の本人は、そのことにも気づかずにそそくさと去ってゆく。

 あの人も、どこかで同じ目に遭えばいい。


 あるいはその出来事は、悪い出来事の前兆だったのかもしれない。

 そこにたどり着いた時、私は呆然と立ち尽くす他なかった。


 立ち入り禁止。KEEP OUT。

 黄色と黒の規制線が公園の出入り口に引かれ、その内側の世界を隔離していた。

 その中を見ると、くたびれた雑草があちらこちらで無造作に伸び、廃墟同然となっていた。

 子どもたちが駆け回る楽園は、もう見る影もない。

 天上の加護の光はもうそこには無い。

 まるで、その空間だけが切り離され、時が止まってしまったかのようだった。


 足元に視線をやると、あるものが目に留まった。

 手を伸ばして届くか届かないかの場所に、錆びついたドロップ缶が転がり落ちていた。

 まるで通行人にその中身を見せつけるかのように、開けられた口がこちらを向いている。

 あるいは棄てられたブリキのロボットが、死に際に何かを伝えようとしているかのような――。


 これはきっと、いつか見た夢の続きだ。

 温かな思い出をくれた、大好きだった人にサインを送れる聖域。

 その場所は今や誰かの手によって閉ざされ、もう入れない。

 雨で冷え切ったあのドロップ缶にも、もう二度と触れられないだろう。


 もう、空へのサインを送ることはできない。

 ここでは誰にも鍵の在処を尋ねられない。


 こんな所でぼんやり立ち尽くす者を見ても、やはり、誰も気に留めない。

 まるで、そこには初めから何もないとでもいうように、各々の行くべき場所へ急ぐばかりだ。

 かといって、こちらの世界で誰かに干渉できたところで、何かが変わるわけでもないのだろう。結局、こんなものだ。


 私は諦めて、聖域を後にすることにした。

 後ろに向きなおると、そこは海沿いの道だった。

 はるか遠くに見える謎の青年と、煽るように横から吹く海風。


 また、あの夢が始まった。

 今度こそあの人に追い付くよう、私は駆けだした。


 あなたは誰なの?

 どうして私を呼んでいるの?


 声なき声でどんなに叫んでも、あの人は振り向いてこない。

 何度この夢を繰り返したら、このループに終止符を打てるのだろう?


 そしてあの真の鍵は、一体どこにあるのだろう?

 そもそもこの6つの世界の中に、鍵の在処を見出すことなどできるのか?

 あの青年が嘘を言っている可能性も否めない。



 ――私は嘘は言わないさ。


 あの青年の声だ。私の意志を聞き取ったのか?

 ――君は108回見る夢の中でそれを見つけねばならない。


 それができなければ、未知の場所に永遠に閉じ込められる、そうでしょう?


 ――ああ、その通りだ。

 君が解放すべき彼と共にね。


 私が追い付くべき彼は、既に姿を消していた。

 それにも気付かず、私はしばらく走っていたらしい。


 それが功を奏してか、何周目かして、ようやくこの夢に変化が訪れた。

 今までは、彼が姿を消してはすぐに立ち止まり、諦めて引き返していた。

 だが、現れてはすぐに消える彼の姿は、こちらを諦めさせる幻想でしかなかった。


 幻想を振り払った先に、彼はいる。


『僕はここにいるよ』


 遠くからそう聞こえると同時に、地面に置かれたノートが目に入った。

 銀色の錠に閉ざされ、中は見えない。



 ……このノートに見覚えがある。

 いつ見たのかは全く思い出せないが、私は確かにこのノートを知っている。

 銀色の錠のついた、群青色のカバーの日記帳。


 ――それが、彼のいる場所に行き着くゲートそのものだ。


 また、あの青年の声だ。


 ――それを持ち歩くといい。後は真の鍵を見つけ出し、その錠前を開けるだけだ。


 重要なピースは見つけた。

 間違いなく、これは大きな一歩だ。


 私は前に進んでいる。

 いつもの場所で立ち止まらずに、このノートを見つけ出したのと同じように。



 あなたは助けを求める誰かだ。

 そしてあなたを解放する鍵の担い手に会うために、ずっと私を呼び続けている。


「必ず会いに行くよ」


 ノートを固く握りしめ、そう語りかけた。




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