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The Key  作者: 石榴矢昏
2/7

key2

 


 夢の中で手にした鍵を、私はこの世界に持ち帰っていた。

 現実とを隔てる壁をすり抜けて――否、そんな壁など始めからなかったのかもしれない。

 鍵を握ったまま眠った覚えはないし、第一、そんなことをする理由もない。


 この形、この色、この感触。

 何度見ても、間違いなく、あの部屋から持ち去った鍵だ。

 こんなことが、本当に起きていいのだろうか。

 否、起きてしまっているのだ。


 だが、さらに奇妙なことが起きた。

 月の光から授かった実物の鍵が、まるで太陽を浴びた吸血鬼ように、塵となって消えてしまったのだ。

 小さな破片すらも残さず、文字通り、本当に消えてしまった。


 この短時間で、私はどれだけ不可解な事象に踊らされるんだ?

 そう思ったが、これで終わりではなかった。


 ――「なるほど、まだそれを持つ権限がなかったか」


 聞き覚えのない、青年の声。

 恐る恐る見上げると、眩しい光の中に見知らぬ青年が立っていた。


 否、どこかで会ったのかもしれない。

 いつか、どこかで会っていながら、思い出せずにいるだけだ。恐らくは。

 表情が白い霧に覆われて見えない、光のベールに覆われているこの変わった青年に、私は既に会っている気がした。

 けれど、あるいは、単なるデジャヴにすぎないのかもしれない。


「おや、急に現れても驚かない。流石は」


 青年はそこまで言うと、まるで電話の回線が切れてしまったかのように、ぷつりと話すのをやめてしまった。

 私は言葉の続きを待ったが、それ以上何も言わなかった。

 言葉の続きなど、始めからなかった。


 先ほどの鍵のことを尋ねようとしたが、先に青年が口を開いた。


「あの鍵をどうにか持って行かせようとしたものの、そう上手くはいかないものだね」


「あれはあなたの仕業なの?」


「出来ないことはないはずなんだけど……。何かしらの」


 何かしらの、不具合が起きている。とでも言いたいのだろう。


 青年は、私の言葉を聞いているようでまったく聞いていない。

 私の目の前にいながらも、別の誰かと話しているかのようだ。


 かと思えば、青年は私の顔の前に、中指に太いリングのついた手をかざしはじめた。

 表情は相変わらず見えないが、恐らく彼は、私をじっと見つめていた。


 私は今、何を見せられているのだろう?


「……やっぱり、欠けてしまってる」


 何の話だ、と尋ねるのも私は諦めていた。

 尋ねたところで、どうせまともに聞き入れやしないのだから。


 第一、彼は何者なのだろう。私の何が分かるのだろう?


「サラを解放するために必要な」


 サラ?

 沙羅わたしを解放する?

 私が何かしらに囚われているとでも言いたいのだろうか?


「どうにか、それを思い出してもらわなければ」


 と、中途半端な言葉を紡ぐばかりの青年は、また、私の前に手をかざした。

 まるで、私に催眠術でもかけるように。

 あるいは本当に、一種の催眠術だったのかもしれない。


「……あまり長くはここに居られない。どうか、悪く思わないでおくれ」


 視界がぐにゃりと歪んだ。


「鍵を盗むよう仕向けたのは私だ。だが、恨むなら、私ではなく彼を恨むことだ」

 

 その言葉を聞いたのを最後に、視界が暗転した。


 為す術もなく、私は意識の溝の中へと深く、深く落ちていった。


 恐らく、彼は微笑んでいた。

 見えないけれど、きっと微笑んでいた。

 そしてその微笑みの中で、彼が”授かりの詩”という意味深長なワードを発していたのを、私は確かに聞いていた。


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