5 告白
ミシュリーヌが自身の閃めきを自画自賛していた時、アリソンが来て窓に向かって話し始めた。
「ミシュリーヌ様、姿は見えませんがここにいらっしゃるのではありませんか?私はもう怖いのです。王太子殿下の事も、私の父の事も。私が知る全てをお話しますから、助けていただきたいのです。」
祈るように両手を合わせて涙をこぼすアリソン。
しかし、二人には言葉を伝えてくれる誰かが必要だった。
「アリソン嬢、どうした?君もミシュリーヌ嬢が見えるのか?」
バーナードが階段の踊り場に来た。
「君も、という事はバーナード様は見えていらっしゃるのですか?」
二人は小さな声でコソコソと話し出した。
「残念ながら見えている。」
アリソンは先程の話をバーナードにした。バーナードはチラッとミシュリーヌを見た。
『先ほどもアリソン様は同じ事を言っていたわ。信じても良いと思うの。あと、私、ジュリア様の背中を王太子が押す所を見たの。ネックレスを付けて魂が体に戻れなくしたのも王太子よ。ジュリア様の考察によると、ネックレスを持って体を押すと魂が抜けて、ネックレスを付けた体には魂が戻れなくなるとのことだったわ。私のネックレスも外してもらえれば体に戻れる可能性が高いわ。』
バーナードは信じ難い情報と怒りの感情とで混乱した様子だったが、顔を上げてミシュリーヌを見て頷いた。そしてアリソンを見た。
「分かった。アリソン嬢の事を信じるよ。今日、このまま俺の家へ行こう。今俺の父が君との婚約解消をコリン伯爵に願い出ているところなんだ。このタイミングで声をかけてくれて良かったのかもしれない。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
「ではミシュリーヌ嬢、俺は早退するよ。ジュリア嬢はディラン殿と共にファビエン侯爵家に向かった。もう少し頑張っていてくれ。」
『バーナード様、ありがとうございます。あ、あの!私、窓の外に出られる事に気付いたんです!ディラン様にお伝えください。どうか、よろしくお願いします!』
バーナードはミシュリーヌを見て頷いた。
ミシュリーヌは階段の踊り場で祈るしかなかった。そして再び眠ることのできない長い夜を迎えた。雲が厚い夜だった。ミシュリーヌは裏庭に出て思いつく限り歌った。草木が風に揺れて、まるで自分の歌が揺らしているような感覚。
雲の切れ間から段々と空に色が増えていく。朝焼けだ。複雑な色合いが美しい。
「綺麗。」
ミシュリーヌは色が変化して行くのをずっと見ていた。やっと夜が明けた。
「ミシュ!来たよ!」
窓の外の裏庭に、ミシュリーヌを車椅子に乗せたディランが居た。
『ディー!ありがとう!』
車椅子の後ろにはミシュリーヌの両親、グレンヴィル侯爵と侯爵夫人も居た。心配そうにディランの言動を見守っている。
「今ネックレスを外すからね!」
ミシュリーヌは自分の体に向かって飛んだ。
「イタタタ。」
ミシュリーヌは急に体が重くなって思わず声が出た。
「ミシュリーヌ!」
母がミシュリーヌの顔を両手で包む。愛しそうに娘の顔を見る。目には涙が浮かんでいた。
「良かった。ディラン様のおっしゃる事を信じて良かった。」
父は二人を抱きしめた。
「こんな恐ろしい事が娘に起きるなんて。」
夫人は夫の涙を拭った。
「み、みず…」
「果実水よ。ゆっくりね。」
ミシュリーヌは三日振りの水を飲んだ。美味しかった。生き返るとはこういう気持ちか、と思った。
「お父様、お母様、ディー、助けに来てくれてありがとう。でもちょっとだけ横になりたいわ。」
ディランはミシュリーヌを抱き上げた。
「僕が運ぶよ。」
「ディー、かっこいい。」
「車椅子は私が運びますわ。あなた、婚約を破棄して来てくださいませ!」
「分かった。任せろ!辞退を申し込んだのに断られたからな。元はと言えば向こうがねじ込んできたくせになんて仕打ちをしてくれたんだ。許せん!」
「グレンヴィル侯爵、ネックレスの件は証明できませんから、意識が戻らないから、という理由で押し切ってください。」
「分かった!」
ミシュリーヌは久しぶりにベッドに横になれてホッとしていた。眠れないまま過ごした夜の長さ、誰にも見つけてもらえなかったあの時間、ジュリアと目があった瞬間のあの喜び、窓から見た大自然の美しさ、忘れないようにしよう。ミシュリーヌはそのまま深い眠りに落ちた。
ディランはミシュリーヌを家に運んだ後、父親のカーティス公爵と合流。ジュリアの父親のファビエン侯爵、バーナードと父親のマックマーン伯爵を交えて話し合い、婚約者を変更した。マックマーン伯爵によると、コリン伯爵家は何の文句も言わずに申し出を受け入れて、あっさりとバーナードとアリソンの婚約は解消されたようだった。疑問に思ったカーティス公爵はコリン伯爵について自身の手の者に調べるよう指示を出した。
アリソンはそのまま家には帰らず、グレンヴィル侯爵家で保護する事になった。今は疲れが出て、マックマーン伯爵家でぐっすり眠っている。
ジュリアは通り抜けてしまったもののミシュリーヌが支えようとした事が功を奏したのか、はたまたジュリアの運動能力が高かったのか、階段から突き落とされたにしては軽傷だった。
ミシュリーヌの状態の方が問題で、数日間と言えど寝込んでいた間は食事をしていなかったので、すっかり体が弱ってしまっていた。スープのような消化の良いものから食事を始めてリハビリをする必要があった。
今日はミシュリーヌの寝室にディランが見舞いに来ていた。
「ミシュ、王太子との婚約解消、おめでとう。」
「そうよね。喜んでいいのよね。」
車椅子に乗せて運んだ時より顔色が良くなったミシュリーヌを見て、ディランは安堵した。
「ミシュ、僕との婚約を受け入れてほしい。もっと素敵な場所で言おうと思っていたんだけど、前回場所を迷っている間にまさか王太子がミシュとの婚約をねじ込んでくるなんて思わなくて…あれは単なる嫌がらせだったと僕は思っている。」
「確かに、大切にしていただいた事は一度もありませんでしたわ。」
ディランはベッドの横に跪いて、ミシュリーヌの左手を取った。
「二人が愛し合って、幸せな姿を見せてくれていたら諦めていたかもしれない。でもまた僕に機会が巡って来た。この幸運を逃したくはない。ミシュ、愛してる。僕と結婚してほしい。」
ディランはミシュリーヌの左手に口づけをした。
ミシュリーヌは頬を染めた。
「ディー。謹んでお受けいたします。」
ミシュリーヌはディランを熱のこもった目で見つめた。
「ディーは私の初恋なの。あなたは昔から素敵だったわ。」
「ミシュ!」
ディランはミシュリーヌを抱きしめた。
「次の夜会で、王太子を断罪しよう!僕はもう心を決めた。」
「どう断罪するの?」
「それについては今様々な情報を精査している。だけどまずはお揃いの衣装を作ろう!ずっと夢だったんだ。」
ジュリアとミシュリーヌは学園で階段から突き落とされて療養中。それぞれが婚約解消後新しく婚約。二人の母親は積極的にお茶会に参加して、療養中の娘を愛してくれる新しい婚約者の事を涙ながらに語るという事を繰り返した。婚約者が変更になった事を友人たちに伝えつつ、娘たちを階段から突き落とした犯人が有耶無耶になっている事も印象付けていった。
ジュリアとミシュリーヌは夜会に耐えられる体力作りと美を極めるため、日々侍女と共に自分磨きに勤しんだ。美しくなっていく二人が並ぶとまるで鏡合わせのように見える。立ち姿や化粧など二人に合うものを極めていった。
アリソンは密かに弟のハリーと連絡を取り、家が存続できる方向性を探っていた。コリン伯爵がアリソンを何も心配していない事がハリーは不思議で仕方なかった。コリン伯爵は元々は子どもを大切にする人だったのに、別人のようになってしまった。
コリン伯爵夫人は、アリソン失踪にショックを受けて領地に引っ越してしまった、というのは表向きで、実はアリソンと合流していた。コリン伯爵は偽物ではないか、と疑念を抱いたアリソンとハリーが母を誘い出したのだ。その頃まではコリン伯爵が自宅に居るのは確認されていた。
数年前に何かのきっかけで不仲になって以来、夫婦関係は冷めていた。不仲になったきっかけも昔の夫だったらあり得ないような事で、夫人もコリン伯爵別人説に傾いていった。母子三人も夜会に参加すべく、グレンヴィル侯爵家の協力の下揃いの衣装を用意した。