2 見える人
ミシュリーヌはその後の二人を見ることができなかった。階段の踊り場に戻ってしまったからだ。
(残念ですわ…何か掴めそうでしたのに。なぜ私はユージーン様に嫌悪感を持ったのかしら…分からないわ。それにしてもバーナード様の肉体美に関心を持たれたジュリア様、見逃しませんでしたわ。ジュリア様は筋肉がっしり系の方が好みなのかしら?あら?あの方どなたかしら?)
階段の踊り場の窓枠に花を飾っている男性が居た。花も恥らうような美青年とその友人と思われる男性が二人、窓辺に立っていた。
「ディラン様、お花ですか?」
「ああ。ミシュリーヌがまだここに倒れているような気がして、せめてもの慰めになればと。」
「幼馴染の美女ですよね?」
「ああ、そうなんだ。大切な幼馴染なんだ。僕はミシュに婚約を申し込む直前だった。まさかユージーンに横やりを入れられるとは思わなかったよ。ミシュも満更でもなさそうだったのがまた辛かった。」
「あれは… 王太子殿下を前にして嫌そうな態度で接する方は居ませんよ。それに周囲の方への牽制もあったのではありませんか?貴族が婚約を結んだら、感情は後回しにして立場に合った振る舞いをするものです。王太子殿下の婚約者候補だったジュリア嬢への牽制もあったとは思いますが。」
「ジェローム、気を遣わなくていいよ。でもありがとう。まさかそのジュリア嬢が僕の婚約者になるとは、思ってもみなかった。素敵な人だけど、僕は…」
「ディラン様、まだ婚姻を結んだわけではございません。何か良い突破案がないか考えましょう。」
「王太子殿下がもっとミシュの事を大切にしてくれていたら…またアリソン嬢と…」
ディランとジェロームは階段から移動してしまった。
(ええっと?私がミシュリーヌよね?あのかっこいいけど嫌な感じの人が王太子で、私の婚約者と言っていたわね。そしてあの美青年が私の幼馴染でジュリア様の婚約者。ジュリア様は筋肉バーナードにエスコートされて教室に戻られて、王太子とアリソンのいちゃいちゃを見ていた私は、ジュリア様と離れ過ぎてここへ戻ってしまった、と。色々と分かってきましたわ。はあ〜、早くジュリア様迎えに来てくださらないかしら。今のところジュリア様の傍に居ないとここから移動できないみたいなのよね。とっても不便ですわ。)
「おい!お前ここで何をしているんだ!」
バーナードが階段に来た。
『私が見えますの?』
「何を言っているんだ。ジュリア嬢にくっついて何をしていたんだ?」
『バーナード様でしたかしら?お黙りになられた方が宜しくてよ?』
バーナードはミシュリーヌに向かって文句を言っているが、姿が見えない者からしたらただ窓に向かって文句を言っている人である。まだ窓に向かっているだけ救いがあるかもしれない。外に居る誰かに話しかけているように見えるかもしれない。窓は閉まっているが。ちらちらとバーナードを見ながら避けるように階段を移動する他の生徒にバーナードは気づいていない。
ミシュリーヌは居た堪れなくなって、他の生徒が自分を擦り抜ける様子を見せた。「あぶなっ」と言ったまま言葉を失ったバーナード。
『返事をしないで聞いてくださいませ。どういう理由かは分かりませんけど、今のところジュリア様とバーナード様だけに私が見えているようです。私の幼馴染というディラン様がここにいらっしゃいましたけど、私の事は見えませんでした。ジュリア様をここに連れてきていただけませんか?私ジュリア様がいらっしゃらないと踊り場から出られないんです。』
衝撃から抜けきれない様子のバーナードは無言で頷いて教室の方に歩いて行った。
道中で心の整理を終えたバーナードはジュリアの所へ行った。考えても仕方ない、と全てをそのまま受け入れる事にしたのだ。何よりジュリア嬢と話す良い機会でもある。
「ジュリア嬢、ミシュリーヌ嬢の事でお話が。」
「バーナード様、まさか、あなたも?」
「はい。実は先程殿下とお会いした時にも見えていました。」
ジュリアは思わずバーナードの手を取った。
「良かった。私どうしたらいいのか分からなくて困っていましたの。」
バーナードは耳まで真っ赤になったが、ジュリアは気づかなかった。幸いな事に二人の姿を見た者はほとんどおらず、醜聞は避けられそうだった。
バーナードは断腸の思いでジュリアの手を外しながら言った。
「我々二人では外聞が悪いですから、ディラン殿を巻き込みましょう。」
「そうですわね。私の婚約者ですものね。」
ジュリアは小さな心の痛みを感じながら、バーナードから少し距離を取った。
「…はい。それにミシュリーヌ嬢の幼馴染だったようです。何かのきっかけになるかもしれません。」
ジュリアとバーナードは程よい距離を保ったまま、ディランに会いに行った。学年が違うディランが居る教室は少し離れたところにある。
「ディラン殿、ミシュリーヌ嬢の件でお話が。」
バーナードが言うとディランは訝しんだ。
「どういう事だ?なぜ貴殿が?」
「バーナード様、場所を変えましょう。サロンの談話室を手配していただけますか?私はディラン様と一緒にミシュリーヌ様の魂を連れてそちらに向かいます。」
ディランは怪訝そうな顔をした。
「魂?どういう事だ?何が起きている?」
ジュリアは声を落として続けた。
「とにかく場所を変えましょう。ここで話し続けるのはちょっと…」
「…分かった。バーナード殿よろしく頼む。」
ジュリアとディランはミシュリーヌが居る階段の下まで来た。
「ディラン様、驚かないで聞いてくださいませ。」
「ああ、分かった。とりあえず何でも聞くよ。それにしても、なんだかジュリア嬢はいつもと雰囲気が違うな。それにミシュリーヌとジュリア嬢は犬猿の仲だったと認識していたが?」
「やむを得ない理由がありますの。今ミシュリーヌ様は記憶を失っておられます。」
「記憶を?」
「ご本人はいたって元気、と言いますか天真爛漫と言いますか、魂だけの存在と言いますか…ご本人のお名前やなぜ踊り場にいるかなど、何も覚えていないようなのです。」
「ジュリア嬢はミシュリーヌと交流できると言う事か?」
「はい。バーナード様にも見えますし、話もできます。」
「なんという事だ。」
「まずはご覧になってください。」
二人はちょうど階段の踊り場に着いた。