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07_蟷螂の斧

 DEX(器用さ)のステータスは、武器の装備又はその攻撃力の補正以外にスキル発動時の隙やリキャスト時間の軽減、カウンタースキル成功率の補正など、細かなところに影響がある。

 ステータスの高低はあくまでゲーム的な影響に過ぎず、ステータスを伸ばしたからと言って、その人が元来持つ器用さまで伸びると言うことではない。(針に糸を通すことが苦手な人がDEXを上げても苦手なままであるように)

 だからこそ昨今のフルダイブVRゲームでは、ゲーム内で定められる後天的ステータスだけでなく、その人が元来持つ素のスペック、所謂手先の器用さだとか運動神経・動体視力などと呼ばれる先天的ステータスが重要となる。勿論、運動神経が良いからと言ってゲーム内でもそれを十全に発揮できるとも限らないが、そのフルダイブへの適性も込みで先天的ステータスと言えよう。

 要は多少のレベル差であれば、フィジカルとプレイヤースキルで覆すことも可能ということ。

 閑話休題。


「蟷螂の斧をもって隆車の進行を防がんとす、ってところか。この場合、蟷螂は俺になるが」


 その巨体はさぞこの森林では動きかろうて。

 しかし、意にも返さず彼女は、このエリアの王者である。邪魔な木々は、まるで大根でも切るかのよう簡単に切り裂いて、縄張りを荒らす存在の下へ一目散に現れる。

 その進行を防ぐことは誰にもできない。その轍は獲物を捕らえるまで停まらない。まさに王者の風格。


 再び相対する一体と一人。

 始まりの森オーローン森林のエリアボスである王蟷螂【ロアマンティス】は、人の頭程度なら齧り取れそうな大顎をギチギチと鳴らしながら大きく開き、威嚇する。

 宿敵との再会にゼンキチのボルテージは最高潮。その口元は、弓形に開かれている。

 彼我のレベル差は歴然。明らかな強者と弱者の対立に見る者がいたとしたら、見るまでもない、見るに堪えないと吐き捨てるだろう。

 まさに蟷螂の斧。


「だからって! ただ負けるために此処に来たわけじゃあない! 蟷螂の斧で上等、その腕の一本くらい、いやさその蟷螂の斧一つくらいぶった斬って行くぞ!」


 然らば、蟷螂の斧(負けフラグ)なんて折ってしまうのがゲーマーの腕の見せどころ。このゼンキチ、負け戦なら百戦錬磨。幾たびの敗北をもとに培われた確かな観察眼と命ある限り潰えぬ不沈の根性は折り紙つき。


 お互いに呼応するでもなく、開始の合図があるわけでもなく、エンカウントが戦いのゴング。ロアマンティスは、両腕を大上段に構え、ゼンキチも両の剣を抜き放ち、自然体に構える。

 王者たるロアマンティスに大それた構えはいらない。ただ腕を振り上げるだけでそれは偉大おおきく、ただそれを振り下ろすだけで神速の斬撃に変わる。

 ゼンキチはそれを一度目にしている。神速はやすぎる斬撃に反応すらできず立ち呆けるしかなかった前回とはもう違う。その斬撃の起こりを全身で読む。


 目にも止まらぬなら目で追わなければいい、攻撃を正面から受けることが攻略の前提条件。

 攻略Wikiを覗けば、ロアマンティスの初撃を受ける盾役タンクを用意し、そのタフネスを活かして攻撃を真正面から凌ぐことを推奨すると書いているだろう。

 ソロであり、およそ耐久力とは無縁のゼンキチであってもその前提条件は変わらない。目にも止まらぬなら目で追わず、全身体で感じ取り、めるは後の先の攻めの守勢。

 

「来いよ」


 束の間、瞬き、ロアマンティスの大鎌が真白い残像で線を描くように閃き、対するゼンキチの二刀が稲妻のように青白い光を発する。両者の刃がかち合い、火花を散らした。

 音が消えたかのような静寂が一転、激しい衝突音が耳をつんざく。


「かぁ~! 流石に短剣じゃ受けきらんかったか!」


 始まりの一合は引き分け、ややゼンキチの負け。それでも反応はできた。まだ生きている。

 耐久値を失い、砕けた短剣を放り投げながら、ゼンキチは次の行動に移る。

 前回の敗走で学んだ明確な隙、ロアマンティスは最初の大振りの後、数秒行動できない。

 ということはその間斬りたい放題。

 長剣を両手で握り、腰だめに構える。そのまま長剣カテゴリの攻撃スキル『パワースラッシュ』を発動し、横薙ぎに剣を振るう。

 ロアマンティスの右大鎌の付け根辺りにヒットし、赤いダメージエフェクトが血のように舞う。


「俺は武器を一本失った。お前は俺を初撃で仕留めきれんでダメージを負った。お互いこれでイーブンだな」


 大技の後隙をしっかりと狙い、着実にダメージ与える。

 とはいえ、ジャストパリングとパワースラッシュといったスキルの連発は、雑魚敵ならいざ知らず、長期戦を強いられる強敵との戦いではスタミナ管理やスキルクールタイムの関係からあまりよろしくない。

 慎重にならざるを得ない場面、しかもこれより先のロアマンティスの行動パターンは基本初見となる。

 ゼンキチの地力が試される。


「このまま剣で攻撃を受け続けても耐久値ロストは目に見えている。受けるならなるべくジャストパリングだが、クールタイム上がるまで少し時間もあるし、乱用はできん。となると回避主体になるが……」


 ギチギチとロアマンティスの全身が戦慄いている。そのまま関節を鳴らしながら大鎌を振り回してきた。

 右の振り下ろし、左の振り下ろし、右の薙ぎの三連撃。大振りのような溜めがない分、神速には程遠いが、その差を埋めるコンビネーションで後隙が少ない。


「まだ、この態度なら避けるのも難しくはない」


 ロアマンティスの連撃を紙一重で避け、ゼンキチは全力で前絵進む。背の高いロアマンティスの横を通り抜けるように背後まで周り、ロアマンティスの間合いから出ることに成功する。


「お前さんのその綺麗な刃、さぞ立派な剣ができるだろうなぁ!」


 通り抜け様に一撃、更に背後へ回ってからももう一撃、ゼンキチは執拗に腕を狙う。

 ゼンキチが腕を狙うのには理由があって、ダメージの蓄積による部位破壊を狙っているからだ。

 アクションゲームであれば定番のこの手のギミック、経験者であれば誰もが躍起になっていたことだろう。

 例に漏れず、この世界でもモンスターの特定の部位を攻撃し、ダメージを与え続けるとでその部位を破壊することができる。部位破壊に成功するとモンスターの動きに制限がかかり主に弱体化されるほか、破壊した部位によってはアイテムとしてドロップし、貴重な素材に変わる。

 しっぽ斬って、役目でしょ。と、よく若きモンスターハンターにせがまれたものだ。


「こっちも一本、短剣を持ってかれたからな。その対価を払って貰わねば元の持ち主、死んだアイツゴブリンも報われん」


 ゼンキチは、その後も重点的に腕を狙う。

 皮肉にも森の王者たるロアマンティスの巨体は、生い茂る木々が障害物となり、行動に制限がかかるようで、攻撃のチャンスは多かった。

 初期から行き来できるエリアのボスエネミーであることも考慮してメタ的に考えると、最初の神速の一閃を生存することが、ボスに挑戦する権利があるかどうかのある種の試練のようなもので、その後の攻撃はそれほど苛烈な設定になっていないのだろう。


「ギギヂヂギ! ヒズヒズヒズズ!」


 しかし、ロアマンティスもやられてばかりではない。発声器官の無い体のどこかを鳴らしながら、大鎌をかまわず振り回す。

 それはゼンキチに当たることはなかったが、辺りの木々をなぎ倒し、ロアマンティスの周りに少しのスペースが出来上がった。

 そして、ロアマンティスは、上体を立たせ、その細いウエストを捻り、大鎌の刃を腰だめに寝かせ新たに構えを取った。

 なおもギチギチと音を上げながら体が千切れるのではないかというほど捻る。捻りは限界に達し、捻りの解放は最大最高のエネルギーを生む。エネルギーは遠心力に変わり、ロアマンティスを中心とした円状の延長線上にある触れるもの全てを斬り裂いて、過ぎる大鎌が旋風を起こしながら、回る。

 ゼンキチは剣で受けることを諦め、咄嗟に地に伏して回避するが、刃はとうに過ぎているというのに残された風圧で後方に吹き飛ばされてしまう。


「んぐっ……!」


 二、三十メートルは吹き飛ばされたところ、木にぶつかりやっとのことでゼンキチは止まる。

 ゼンキチとロアマンティスの間に空いた距離を半径にごっそり広い空間ができていた。

 サークル状に森を切り拓いた張本人(張本虫)(ロアマンティス)は、そのサークルの中央に威風堂々と佇み、ゼンキチを睨みつけている。

 減ったHPを確認しながらゼンキチは悪態をついた。

 

「クソっ、流石にノーダメとはいかなかったか。にしてもどうやらここからが本番のようだ」

 

 ロアマンティスとの距離が開いたことで一段落とはいかない。ロアマンティスは、透明な薄羽を背に広げ、態勢を低く構えている。

 次の瞬間、ロアマンティスは薄羽をバチバチと鳴らしながら弾かれた弓矢のようにゼンキチ目掛け、飛来する。

 彼我の距離が一定程度離れたことによるフィジカルにものを言わせた縮地。相対したからには逃げることなぞ許さんし、叶うわけねぇだろと言わんばかりに襲い来る。

 轢き殺されれば軽く死ねるので、その前にゼンキチは回避行動に出るが、ロアマンティスの方が一枚上手であった。

 スピードの乗った車が赤信号で止まれるのは、ブレーキがついているからであるが、あいにく生物にはそんな機構はついていない。しかし、またもロアマンティスは、フィジカルで解決する。

 高速移動する最中、その自慢の大鎌を地面に突き立て、無理やり速力を消した。土埃を激しく立ち上げながらロアマンティスは、ゼンキチの目の前に差し迫る。ブレーキというのも烏滸がましいフィジカルブレーキング。

 避けようとしていたところに虚をつかれ、体勢を崩したゼンキチが次の攻撃を受けてしまうのも自明の理。


「攻撃モーションの変化、発狂モードってやつか……!?」


 体力の低下、時間の経過等、フラグは種々あるが、通常時より攻撃モーションが苛烈になったり、攻撃モーションが変化したりする所謂発狂モードというやつ。

 ロアマンティスは、目の前での急ブレーキに続いて、その強靭に発達した顎で噛みついてきた。

 カマキリのメスはオスを喰い殺すことがあるという。人並み以上に巨大化したロアマンティスの咬合力は凄まじく、振り解こうにもガッチリと噛みついた左腕を離そうとしない。

 ロアマンティスはそのまま顎でゼンキチを持ち上げ、ぐわんぐわんと振り回す。

 虫かごを振り回し、中の虫を痛めつけるように。成す術もなく、徐々に平衡感覚を喪失していく。

 ひとしきりぶん回された後、遊び飽きたオモチャを投げ捨てるように空中へ放り出される。


「おえっ……三半規管をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたみたいだ……」


 安心も束の間、オエっと吐き出したのはゼンキチだけではなかった。

 ロアマンティスの口から、ゼンキチに向けて嘔吐物が射出される


「グギギ! オエッ!」


 肩口を掠る。すると掠った箇所にじくじくと熱い痛みが走り、仄かに煙が上がっていた。同時にわずかにHPが減少している。


「強酸!? そんなものもあるのか!?」

「グゥ! オエッ! オエッ!」


 しかも、連射可能。それほどエイムはよろしくないようで、掠り行く酸ゲロが後方でジュクジュク地面を溶かしている。


「オエッ!」


 下手な酸ゲロも数うちゃ当たる。ド真ん中、ゼンキチ目掛け、一直線に一筋のゲロが飛んでくる。

 空中で身動きも取れず、真正面で対処するしかない。


「こなくそ! これで何とかなれ!」


 強酸性の毒液に対し、ゼンキチは剣を振る。ただ闇雲に振るのではなく、ジャストパリングを発動し、相殺を図った。

 しかし、挙動のおかしいバグゲーならいざ知らず、物理エンジンまで精巧なアイオーンの世界では液体が斬れる道理もなく、飛沫となって飛び散った。

 辛くもモロに被弾することは免れたが、点々と強酸性の毒液を浴び、装備から煙が立っている。加えてジャストパリングを発動していたとはいえ、毒液を直接ぶった切った直剣の方は、著しく耐久値を消耗している。

 敗色濃厚。体力も危険域に届きそうなくらい減っているが、何よりも先に剣が逝ってしまいそうだ。


 そして、無慈悲にもロアマンティスの大鎌が振り下ろされる。ゼンキチの全身に鈍い仮想の痛みが走った。


「必殺コンボかよ……。なんでまだ生きているのかってレベルだな……」


 運良く即死を免れたわけではなく、実際にはNNPCの救済スキルである確定食い縛りが発動し、ギリギリHPがワンドット残ったわけであるが、風前の灯火には変わりない。 

 もう一つの救済措置であるエスケープリングも危険を示すように点滅を繰り返している。


「にしても、ちょっと驕りがあったことを認めねばな……。何だかんだもっと良い勝負ができると思っていたが、想定以上に強かった」


 とは言うが、この時点でロアマンティスをソロ討伐したプレイヤーはいないし、発狂モードまで行ったプレイヤーですら数えるほどしかいないため、随分善戦している方なのだが、ゼンキチは知る由もない。

 

「まあ、もうちょっと、最後まで足掻いてみるか」


 インベントリから回復ポーションを取り出して、一気に飲み干した。独特の苦みというか薬草臭さというか、そんなところまで再現しなくてもいいというのに、口内にポーションの味が広がる。

 これで体力が回復した。もう一度ダメージを受けても食い縛りが発生する。

 

 対面したロアマンティスは、両腕を大きく、ゆっくりと上に掲げた。

 たった一匹の吹けば飛ぶような小さき者。だというのに殊の外食い下がる目の前の人間にロアマンティスは一抹の不安を覚えていた。もしかしたら食われるのは私の方かもしれない。

 だからこそロアマンティスは、全身全霊の一撃を以てゼンキチを殺すことを決意した。


「投げからの必殺コンボに続き、必殺の一撃とな。随分、殺意が高い」


 剣はボロボロ、体力は危険状態で、頼みのジャストパリングもクールタイム中で使えない。

 加えてロアマンティスの必殺技は神速の二振りだ。まともに食らえば二回分のダメージを食らうことになり、確定食いしばりが発動しようともゼンキチのHPは全損する。


「あぁ絶体絶命。やっぱ逃げようかな」


 心にもないことを言う。


 王者たるロアマンティスはどこまでも堂々と両の刃を掲げている。しかし、その構えの意味は、最初に放った試金石の一撃とも違う。強敵と認めた者を必ず殺すと誓った覚悟のあらわれ。地を這う虫が天をも裂く、その姿はまさしく昇龍の如く。


 対するゼンキチは笑っていた。逃げる気なぞ更々なく、死ぬ気なぞ毛頭ない。ゼンキチの脳裏には、失敗のイメージというモノが全くなかった。

 手には一本の直剣。握る手は右手、左手は添えるだけ。構えは右肩右足を少し前に出すように体を半身にし、低く腰を落としている。虎視眈々と地伏虎のようにその時を待つ。


 三度、龍虎ふたりが相搏つ。


 一度目は、惨めにも敗走。ゼンキチの完全敗北。

 二度目は、痛み分け。ゼンキチのみ武器を失った。

 では、三度目は?


 白い残像と青白い光の尾が大音声をあげながら交錯する。


「確定食い縛りってことは、一発なら受けられるってぇことだ。悪いなこれが勝負だ」


 三度目こそゼンキチの勝ち。

 ダメージを与え続けた右の大鎌のみに狙いを絞り、ジャストパリングで攻撃を弾くのではなく、パワースラッシュでその根本に重い一撃を与えた。

 結果、ゼンキチの剣は砕け散るが、同時にロアマンティスの象徴でもある大鎌も宙を舞い、深々と地面に突き刺さる。攻撃がゼンキチにあたる前に部位破壊に成功したことで、ダメージも一発分で済み、確定食い縛り圏内。

 

「グギギッ!?」


 腕を一本失い、狼狽するロアマンティスを尻目にそそくさと戦利品を回収。


「ふう、締まらないがこの辺でお暇しよう。次会う時こそ完全勝利してみせるぞ」


 じゃあな。強敵に別れを告げ、ゼンキチは勝ち逃げを決め込んだ。


強制脱出エスケープ


 こうしてゼンキチの長い夜は幕を閉じた。 

 エスケープの発動後、浮遊感と同時に視点が暗転する。

 次の瞬間、ゼンキチは真っ黒い空間にいた。

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