06_迅雷風烈の魔王が如き
そこからのゼンキチの行動は、快進撃というか会心の出来。
迫りくるゴブリンどもをちぎっては投げ、割いては砕く。
身を顰め、静かに襲い掛かる狼と怪虫どもを躱し、翻し、仕留める。
止まぬ停まらぬ留まらぬ。荒ぶる暴風が通り過ぎたかのように、ゼンキチの通り道には敵の消滅を意味する赤いエフェクトのみが残った。
「雑魚モブ程度なら取るに足らんなぁ。もう少し歯応えのある敵を探さねば肩慣らしにもならん」
主の目的がレベリングではないとはいえ、経験値効率が悪くなってきた敵を狩り続けるというのにも飽きがやって来た。
そろそろ多少の刺激が欲しくなってきたところ。
ゼンキチは、独り言ちながら武器を納め、凝った身体を伸ばす。
すると、そんなゼンキチの一瞬の気の緩みを狙うように死角から気配を消した刺客が飛び出してくる。
出てきたのは、一体のゴブリン。ただし通常の個体と違い、特徴でもある緑色の皮膚を目立たせぬように全身を暗闇と同化する黒色の布で覆い隠していること。
ゴブリンシーフ。暗い森や洞窟等の入り組んでおり隠れるスポットの多い場所や夜にのみポップする通常個体より隠密性と俊敏性に優れたゴブリンの強化個体だ。特に夜間においては、その隠密性が著しく向上する特徴を持つ。
フードの隙間に浮かぶ双眸にゼンキチの持つランタンの灯りが反射して、暗闇に浮かぶ火の玉のように怪しい輝きを放っている。
ゴブリンシーフは、その高い隠密性を生かして、音を立てずゼンキチの背後にナイフを突き立てた。
「生憎、今の俺は普段より感覚が尖ってるのでね」
寸でのところでゼンキチは身を翻す。するとゼンキチに向け突き立てられたゴブリンシーフの左腕が空を切った。
そのまま伸び切ったゴブリンシーフの左腕を左手で掴み、空いている右手を相手の左肩に添え、相手の前進する勢いを利用しながら体勢を崩し、地面に叩き付ける。
すかさず背を向け倒れるゴブリンシーフに対し、バックスタブを決め、致命の一撃をお見舞いした。
背後からの攻撃や特定の条件下による攻撃等で発生する致命の一撃は、クリティカルヒットの一種であり、通常ダメージの倍のダメージを相手に与える。
体力は並程度しかないゴブリンシーフは、赤いエフェクトとともに散る。
「おや。こいつ俺より良い短剣を持っていたのか」
ゴブリンシーフのドロップした『盗賊の短剣』が、初期装備の『ダガー』より質が良かったため、装備を変更する。
勿論アイオーンの世界にもRPGの醍醐味である敵装備のドロップがある。加えて同じ種類のモンスターでも装備している物が違っていることがあるため、運が良ければレア装備がドロップすることもある。
「このゲーム、思っていたより武器の耐久値減るの早いから、あと数本は同じ短剣用意しときたいけど、中々ゴブリンシーフ出てこないからなぁ」
とは言いつつ、新しい武器を手にして少々ご満悦の様子なゼンキチ。意匠の凝っているわけでもない無骨な短剣をニコニコしながら眺めている。
ひゅん。
突然、風の音が耳元を通り抜ける。チリりとした違和感が耳元に残っていると思いきや、ほんの少しゼンキチのHPが減っていた。
敵襲。そう認識した時、「ぴーっ!」と深夜の森に似つかわしくない笛の音が響き渡る。
音を合図に身構えていたゼンキチの背後から、またしても別のゴブリンシーフが飛び出してきた。
先ほどと同じように体が反射的に動き、ゴブリンシーフの体制を崩そうとするが、前方から風の刃が飛来してくるのを視認し、ゴブリンシーフへの攻撃を止めてバックステップで回避行動に動いた。
「風の刃、魔法ウィンドエッジでところか? それにしても恐ろしく早いフラグ回収だったな」
若干、避け損ねた右腕に、傷を負った赤いエフェクトと先ほど感じたチリりとした違和感がある。
「なるほど、さっきのシーフは斥候だったのか」
目の前の茂みからからゴブリンシーフ以外の三体のゴブリンたちが姿を現す。
「さっき倒した奴も含めたら総勢五体のゴブリンパーティか。豪勢だな」
ゴブリンパーティのメンバーを確認しよう。
一体目。ひときわ目につくのは、人の腕二本くらいの太さの棍棒を携えた二メートルを超えるであろう巨躯を持つホブゴブリン。
二体目。現れた三体の一番後方から杖を構え、魔術師然としたローブに身を包んでおり、ゼンキチにダメージを負わせた張本人でもあるゴブリンメイジ。
三体目。明らかに人の手によって作られた剣と盾を構え、薄汚れた白布を首に巻いた群れを統率する指揮者であるゴブリンリーダー。
以上三体に加えて、ゼンキチを奇襲したゴブリンシーフ(先に始末した方も含めて)がゴブリンパーティのメンバーとなる。
ゲームに限らず数の暴力とは、単純に脅威である。
「夜になるとモンスターが活発になるっていうのは、こういうのも含まれるのか」
ぴーっ!
リーダーの指笛を合図にして、一斉に襲い掛かってくる。
ホブゴブリンがドタドタと地を揺らしながら一目散に駆けてきた。決して足が速いわけではないが、何かとスケールのデカいホブゴブリンは、ものの数歩で攻撃の間合いにたどり着く。
その影に乗じ、ゴブリンシーフは一度姿を隠し、物陰に潜む。ゼンキチは、最初の奇襲時にとどめを刺せなかったことを少し悔いるが、後の祭りであるとすぐに身を隠したゴブリンシーフの気配の察知に意識を変える。
目の前に迫ってきたホブゴブリンが、棍棒を横薙ぎにスイングする。長尺の腕と棍棒の長さが合わさって遠間から唸りを上げながら迫るその攻撃の迫力たるや凄まじいものであるが、ゼンキチにとって来ることがわかり切っている線の攻撃程度、躱すことは雑作もない。
その場で跳躍。更に、動く棍棒を足場にして大きく跳躍。
「ははっ。パワーがあるというのは素晴らしいな」
力のあるホブゴブリンの振るう棍棒は、足場にするには十分だった。
ホブゴブリンの身の丈を優に超え、飛び上がったゼンキチはそのまま空中で身体を捻り、ホブゴブリンの背後を取る。
左手に握ったロングソードを二閃。逆袈裟、袈裟切りに振るい、ホブゴブリンの背中に×印を描く。
ホブゴブリンは、見た目に相応しく体力も多い。たったの二撃では削り切れない。
更なる追撃のため、その分厚い背中に直剣を突き立てるが、横槍もとい横から風の刃が飛んでくるので、攻撃を中断し、勢いよくバックステップで回避行動を取る。
間髪入れず、それを読んでいたかのように、笛の音が響いた。
草陰に潜んでいたゴブリンシーフが、ゼンキチの着地を狩るように飛び出してくる。
「うーむ。良い連携だ!」
ゼンキチは敵の連携に思わず感嘆を漏らした。
着地の瞬間、一瞬だが体が硬直する。その一瞬の隙をゴブリンリーダーは見逃さず仲間に合図を送った。ゴブリンシーフは、それに的確に応え、ベストなタイミングで急襲をかける。
左前方からはゴブリンシーフの刃が、右方からは風の刃の切っ先がこちらを向いている。迫る刃と控える二の刃。致命傷待ったなしのスリリングに思わず全身が粟立つのを感じた。
緊張に強張る体を脱力させる。そうすると弛緩した全身が接地する際の硬直を少しだけ和らげるクッションとなり、スムーズに次のアクションに繋がった。
後ろに倒れ込むように体の重心を倒す。そこからバック転の要領で斜め後方に飛び、その時振り上げる脚でゴブリンシーフを蹴飛ばした。
回避と反撃を併せた妙技。所謂、サマーソルトキック。どこぞの逆立てた金髪がトレードマークである路上格闘家も唸る対空を魅せた。
不意の反撃をまともに喰らったゴブリンシーフに対し、立て直す暇を与えずゼンキチは追撃の体勢に入るが、振り下ろした長剣がゴブリンシーフの首に届く前、ゴブリンリーダーの盾に阻まれた。
金属同士が激しく打ち合う金切音が響き渡る。
相対するゴブリンリーダー。兜の隙間から覗く厳しい眼差しがゼンキチのことを刺すようだ。
「あんた、ちゃんとリーダーしているなぁ……!」
ゴブリンリーダーの後ろへ隠れるようにゴブリンシーフは這う這うの体で逃げる。
仲間を守るため立ちはだかるゴブリンリーダーの立ち振る舞いには、貫禄すら感じるほど。
「グギガギゴ!!」
裂ぱくの気迫とともに繰り出されるゴブリンリーダーのシールドバッシュ。人の平均身長よりも小さなゴブリンの上背から繰り出されるそれは、下方から上方に突き上げるように迫りくる。
加えてその性質上、盾に隠された足元の視認性が著しく下がる。そこを狙い、ゴブリンリーダーは、足を掬うように剣を横薙ぎした。
対するゼンキチはシールドバッシュをステップで躱し、剣を剣で受ける。
「仲間が大事な気持ち、十分にわかるが、俺もこの先があるのでな。悪いが一人ずつ経験値になってもらう……!」
ゼンキチは、右手の短剣を握り直す。すると短剣を青白い光が包んだ。
アクションRPGのご多分に漏れず、このゲームにもスキルシステムがある。
スキルの発動動作の必要がなく、自動的に効果を得られる常時発動型とスキル発動を任意のタイミングで行い、特定のトリガーによって発動される能動発動型の二種類だ。
ゼンキチの右手に光るのは、後者。『クイックスロー』という投擲の構えを取ることで発動し、狙った先まで投げた物が直線を描いて飛翔する投擲系のスキルだ。剣士ではあるが、剣術に拘りのないゼンキチは、短剣であろうが長剣であろうがよくぶん投げるので、いつの間にか覚えていたスキルの一つである。
狙うのは今もまた影に潜もうとしている厄介なアイツ。ゼンキチの手を離れた短剣は、青白い尾を引いてゴブリンシーフ目掛けて一直線に飛んで行った。
「ああそれ、あんたらの仲間の短剣だ。返すよ」
飛翔する短剣は、あっさりとザックリとゴブリンシーフを捉えた。そして、クリティカルヒット。さっくりとゴブリンシーフのHPは全損する。
ゼンキチは、手早くインベントリを操作し、空いた右手にダガーを装備し直した。
「グギァぁぁ!」
遅れてゴブリンリーダーは仲間の死に怒りの咆哮を上げる。
それを合図にゼンキチの背後からボブゴブリンが大上段に構えた棍棒を振り下ろした。
ゴウッと風を切りながら振り下ろされるソレをゼンキチはひらりと躱す。
大音声を鳴らしながら地面に激突するボブゴブリンの一撃。ゼンキチの居たところが小さな小さなクレーターのように抉りとられる。
礫粒が飛び散るが、ゼンキチは意にも介さずまたもボブゴブリンを足場にして飛んだ。
「さあ、どんどん行くぞ」
次に仕留めるのは後方の要、ゴブリンメイジ。
ゴブリンメイジは迫る脅威に打てるだけ得意の魔法を撃つが、狙いもクソもないそれは掠りもしない。
飛んで跳ねて駆け抜けて、ゼンキチは瞬く間にゴブリンメイジに肉薄する。
「じゃあな。後ろからチクチクとアンタが一番厄介だった」
遠距離職なんて距離を詰めてしまえば造作もない。三度、ゼンキチの刃が閃けば、同じくしてゴブリンメイジは物言わぬエフェクトとなって散る。
残された二体のゴブリンに最早チームワークなんてものは無い。仲間を失った指揮官は、激昂し指揮を忘れ、方や頓珍漢な木偶の坊も無策に突っ込んでくる始末。
巨体を揺らし目の前まで差し迫ったホブゴブリンは、両手でしっかりと武器を握り直し、大上段に構える。
烈火の一振り、当たればひとたまりも無いホブゴブリンの攻撃が繰り出される。しかし、既に二度実践しているように、振り下ろすまでの予備動作と単調な軌道からゼンキチに当たる道理はない。
「おい、しょぉ……!」
だから、三度目はもう避けない。ゼンキチはホブゴブリンの振るう棍棒を横から全力で叩くようにして弾いた。
長剣が纏う青白い光がスキルの発動を示している。
カウンター系のアクティブスキル【ジャストパリング】。相手の攻撃を武具で受けるとき、タイミングが合っていれば攻撃を弾く力が向上し、通常では受け切れない威力の攻撃でも弾くことが可能となる成功すれば攻防の起点となるスキル。ちなみに装備の耐久の消耗も抑えられる。
強靭で頑丈な棍棒と打ち合うにはゼンキチの持つ長剣はあまりに貧相であるが、【ジャストパリング】の発動によって押し負けることなく青白い火花を散らしながら弾き切った。
続け様、今度は短剣の方がスキルの光を発する。発動時の隙が少なく、シンプルな刺突系の攻撃スキル【ペネトレイト】。
体勢を崩したホブゴブリンに飛び上がるように突撃し、首筋に青白く光る短剣を突き刺す。
更にそこから、突き刺した短剣をそのまま逆手に持ち変え、下方向に引っ張るようにしてホブゴブリンを切り裂いた。
それが致命の一撃となり、ホブゴブリンは糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
「何というか、気の利いた言葉も思いつかないが、四肢が捥がれたような思いか?」
悉く仲間を倒されて、ゴブリンリーダーからすると今のゼンキチが魔王にでも見えただろう。
「一匹の、それもジジイ程度なら造作もないと思っていたのかもしれないが、考えが甘かったなぁ」
って、今はジジイじゃなかったか。その声が聞こえる前に既にゴブリンリーダーの首は飛んでいた。
最後は声を上げる暇さえ与えず。
--ズドンッ
ゴブリンリーダーの首が地面に落下するのと同じくして待ち望んでいたあの音が響く。
「ああ、ちょうど体が温まってきたところだったんだ」
そう遠くないところから木々のなぎ倒される音が聞こえてくる。
その空気の震え、地面の揺らぎ、待ちに待った緊張感に全身が総毛立つようだ。
「おっとっと、その前にステータス振っておかないと」
死神の鎌がゼンキチの首を狙う。
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NNPC:ゼンキチ
使 命:拓く者
生立ち:剣士
保有LP:0p
メインステータス
LV:12
HP:8(実数値:76)
MP:11(実数値:121)
STM:13(実数値:104)
STR:9(補正値:8)
DEX:20(補正値:23)
INT:12(補正値:13)
AGI:12(補正値:12)
LUK:7(補正値:7)
装備
右手:盗賊の短剣
左手:ロングソード
頭:流浪者のフード
胴体:流浪者の外套
腕:流浪者の皮手甲
腰:流浪者のベルト
脚:流浪者のブーツ
装飾品1:エスケープリング
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