05_負けず嫌い、世に憚る
とあるゲーム内掲示板にて。
[アイオーン]ゲーム内でもオンゲーあるある言いたい。
54:アーロン
いっせーので一緒に始めたフレが次の日インしたらレベルめちゃめちゃ上がってて、置いてかれてた時の寂しさたるや。
55:イカルガル
そんでマウント取ってくる奴は絶許。
56:ウスイ・カミガ
次の日全身課金装備になってる奴は、一周回って笑えた。やっぱマネーパワーが最強よ。
57:エターナル17歳
キャリーしてくれんなら全然いいけどな。フレが先に落ちて独りなった後もやめ時見失って続けちゃう気持ちわかるし。
58: オジェイ
>>54お前さんが落ちんの早かったせいもあるわね。
59:カルマッソス
ネトゲの一日、数時間ですら結構な差をつけられるからな。
60:キーファ
このゲームの攻略班も恐ろしいスピードで攻略サイト更新してるぞ。あいつらオーローン森林のクソデカカマキリももう倒したらしい。
61:クリソン
>>60ロアマンティスな。あいつの攻撃早すぎて、気づいたら死んでたわ。
62:アシュロン
>>58それは悪かったと思ってる。
>>60俺、そいつにすら会ってないわ。そんなに強いの?
63:クリソン
>>62バカ強い。モーション目で追えないからまず初見でジャストパリングは不可能。ガチガチのタンク二人以上フロントに置いてサポートしないとそもそも戦えない。
64:アシュロン
>>63はえ~初期エリア近くにもそんなヤバいのいんのかぁ~。
65:ウスイ・カミガ
>>63 >>64そういうお話は攻略板でやってどうぞ。
歩きスマホに気を付けよう。
昔よく耳にした言葉を思い出しながら、持っていた透明な板を非可視モードに切り替えた。
「あのカマキリを倒した人、もういるのか。悔しいねぇ」
ゼンキチとマーナミヤが町に戻ってからのこと、二人はまず腹ごしらえから始めた。
スタート地点の宿屋の一階が、酒場のようになっており、そこで出された飯を平らげる。どうにも空腹感・飢餓感というものがデフォルトで設定されているようで、少し硬めのパン、芋のスープ、何らかの肉といった現実では中々縁のないワイルドな料理であったが、空腹は最高のスパイスと言うようにその旨さに頬が解け、熱で舌がひりついて、現実さながら脳に送られてくる食事の感激に魂が震えるのを感じた。
データの自分に対して生きた心地を感じてしまった。
食事を終えた後、装備のメンテナンスのため町の鍛冶屋で用を足すと、あたりはすっかり夜も更けており、同時に一日の疲労がどっと押し寄せてくる。
ゼンキチとマーナミヤの二人は別れることにして、お互い休憩を取り、また明朝集まることにした。
そして今に至る。
ゼンキチは少しの仮眠をとった後、抜け出すように夜の町を出て、草原を歩いている。
夜の草原は静寂に満ちているわけではなく、何組かのプレイヤーの姿が見られた。
「こんな夜更けに抜け出して、こそこそと何かやってるってバレたらマーナミヤに叱られるかもなぁ。成り行きとは言えパーティを組んだ故、忍びない気もするが……。まあでも、成るようになるか」
さっきまで見ていたゲーム内掲示板のことを思い出す。押しに負けて二人で行動していたが、こんな抜け駆けを気にして、こそこそ行動するわが身を振り返り、実のところソロの方が向いているのかもしれない。なんて自分に言い訳をしながら、ゼンキチは夜の平原を悠々と独りで歩む。
目指す先は、昼間に敗走を喫した、かの森。
「お~い、アンタ。見たところ俺とそう変わらないニュービ―のようだが、ソロであの森に挑むのは無茶だぜ。特に夜はモンスターが活発になってるから尚更な」
「親切にありがとう。だが、気にせんでくれ。あの森の危なさは昼間にも確りと味わった。もう次はないさ」
「……? ああなんだNPCか。心配して損したぜ。まあ注意はしたからな~」
親切な一般プレイヤーは、そう言い残し踵を返す。
にべもなく機械的に、さながらNPC的にそのプレイヤーの忠告を無視するゼンキチであるが、もちろん心までNPCになったというわけではない。
寧ろその逆。内心では、感情があっちこっちに高ぶっていた。
その中でもひと際強い感情がゼンキチを動かしている。感情に追われている。
「負けたままで、はいそうですかとお澄まし顔で過ごせる人間であれば、この年になってまで、こんな状況になってまでゲームなんて続けてはいないだろうな」
ゼンキチは、とんでもない負けず嫌いであった。だからこそ今、負けん気に動かされ、悔しさに追われていた。
ゼンキチがゲームスタートからわずか数時間で経験した、認めてしまった敗北は大きく二つある。
一つ目は、昼間に訪れ、今も向かっているかの森【オーローン森林】の主であり、初見殺しであり、初心者キラーの権化である巨大蟷螂、その名をロアマンティス。目にも止まらぬ不可視の斬撃で、不可避の死を招く死神を前に生き残りこそしたが、敗走したことには変わりない。
そしてもう一つはと言うと、その不可避の死を難なく盾で弾き返した真紅の少女騎士に対して。ゼンキチと言えど、ただ初見のボスから初見殺しを喰らったとてそこまで負けん気を燃やす程ではない。しかし、態勢が悪かったとはいえ自分が全く反応できなかった攻撃を同じく初見でありながら目の前で反応して見せた少女に少なくない敗北感を覚えていた。
人生八十年、人並み以上に敗北を経験してきた。この負けず嫌いに殺されそうになったことも、救われたことも数多ある。だが、ただ負けを認めて終わったことなぞ二つと無い。唯一、ゼンキチを以て、永遠に勝てないと言わしめたのは、死んだ妻のみ。
だから、負けて終わることはない。 一度に二つの敗北を覚えたままでいられるわけがない。
せめて一矢報いてやろう。
「さあ、再戦といこうじゃないか」
くだらない意地である。されどそれが生涯培ってきた生き様でもある。
一日にも満たない付き合いであるが、人知れず敗北感を与えていた当事者であるマーナミヤであれば、なんでそんなバカなことを、とでも言いそうだ。なんてゼンキチは考えていた。
さて、目の前には、鬱蒼と待ち受けるオーローン森林。
夜行の獣の声か、異常に発達した虫の犇めきか、木々を揺らす風の反響か、闇深い森は挑むゼンキチを全身全霊で嘲笑うように怪しく鳴く。
望むところ。
ゼンキチは臆することなくその森へ足を踏み入れる。
願わくば、この胸に刻まれ支えて取れない敗北感を清算することのみ。
「俺はとかく負けず嫌いなんだ」