03_晴れ時々ゴブ、飛んで火に入る夏のザコ
ゼンキチは、始まりの町【エッジタウン】を出てすぐの草原エリアから更に郊外へ外れたところに位置する森林エリアに来ていた。
勿論、ひょんなことからパーティを組むことになったNNPC1号【マーナミヤ・マナミガルム】と一緒に。
「ふ~ん。この辺は、案外プレイヤー少ないんですね。町から離れてるからかな?」
この静かな森にプレイヤーの人影が少ないことを訝しむマーナミヤ・マナミガルム。
「このゲームは独自のシステムでプレイヤーの接続するチャンネルが自動で切り替わるらしい。具体的にはよくわからないけど、そうでもしなければ辺りぬにプレイヤーが犇めきあって、景観もくそもなくなってしまうからね」
「そんなものなんですね」
「今の俺らじゃプレイヤーの同時接続数の確認のしようもないけど、しばらくこの始まりの町近辺は、人で溢れそうだ」
軽い自己紹介を宿屋の前で済ました二人は、お互いの実力を図るため、町を出た。
草原エリアではなく態々森林エリアまで足を運んだのは、なるべく一目につかないように気を使ったためである。
気の使い過ぎかもしれないが、NNPCという存在がどれほど認知されているかわからない(少なくともゼンキチは、あらゆる雑誌から前情報を収集していたが。全く知らなかった)現状、あまり目立ちたくないのがゼンキチの心情であった。
「お兄さんは、結構ゲームしてる人?」
「ん? まあまあしてる方かな。マーナミヤさんは?」
「私も結構やってる方なので、頼ってくれてもいいですよ!!」
自信満々な彼女の仕草を見て、どこか孫の姿を思い出していたゼンキチの頬も緩む。
そんな彼女の装備は、右手にロングソードと左手にカイトシールドを持ち、鎖帷子鎧を纏った騎士スタイル。使命と生立ちについても、それに合わせた【脈を打つ者】と【冒険者】。
恐らく生存力に重点を置き、前線を張る戦闘も可能なバランスの良いスタイルだろう。
「グギャッ」
「おっ」
「わっ」
醜い鳴き声とともに草陰を飛び出してきたのは、これまた醜悪な見た目をした緑色の小鬼。ファンタジーにおけるザコ敵の鉄板とも言えるゴブリンだ。
ゴブリンは、薄汚い腰布一枚を揺らし、奇声を上げながらこちらに突撃してくる。
「ゴブリンか。どっちが先にやる?」
「さ、先はお譲りします!」
「そうかい」
ゼンキチは少し前に出て、粗悪な石斧を振り上げながら今にも襲い掛からんとするゴブリンに対し、短剣を抜き、空いた左腕を前にして、半身に構える。
「グゥァッ!!」
振り降ろされる石斧をステップで難なく躱し、よろけたゴブリンの背に向かって直蹴り。更につんのめるゴブリン。
すかさず右手に持つ短剣を水平に構え、左手で右手首の辺りを握り固定、体重を乗せ、そのまま空いた背中を刺突する。
ゴブリンのくぐもった声が耳に届いた。
人体であれば腎臓のあたりを狙うが、生憎ゴブリンは小柄であり、身長が低いため、狙いが逸れ、右肩口の辺りにヒットした。
精巧につくられたこのゲーム。流血表現こそないが、キャラクターの急所や弱点が設定されており、人体によく似たゴブリンで言えば、右肩口を刺傷したことにより右腕の機能が失われ、握っていた石斧をドロップしている。
なんとかゼンキチを振り払おうと左腕を払うように薙ぐゴブリンに合わせ、ゼンキチは短剣をそのままにバックステップで距離を取った。
息も粗々に興奮した様子のゴブリンと対象に、極めて冷静にもう一方の武器を抜き構えるゼンキチ。
ゴブリンは、落とした石斧を拾い上げ、それをゼンキチに向かって乱暴に投げつけた。
飛翔する得物は、放物線を描くことなく真っ直ぐにゼンキチに向かってくる。
ゼンキチはそれを剣で弾くこともできたが、あえて体で受けることにした。
受けた右腕には、衝撃と痺れるような感覚が流れ、ゼンキチのHPバーが三分の一ほど減少する。
しかし それを気にもせずゼンキチは、即座に間合いを詰め、腰だめに構えた剣を横一文字に薙いだ。
防ぐ術のないゴブリンのHPは全損し、その場に崩れ落ちる。
「ふぅ」
倒れ伏すゴブリンの背から短剣を引き抜き、例の”板”を出す。
ゴブリンに向かって、その板をかざすと、ゴブリンの亡骸はその場から忽然と消え、代わりに板の表面に文字が浮かび出た。
ゴブリンの小骨、ゴブリンの犬歯、ぼろ布。
倒した敵のドロップ品は、この板をかざすことによってインベントリに入る仕様となっている。
「な、な、なんでさっきの攻撃わざと受けたんですか!!」
やっぱ思った通り体が動くゲームっていいなぁ。なんてのほほんと戦闘後の余韻を感じていたゼンキチに向かって怒声にも似た声がかけられる。
声の主、マーナミヤ・マナミガルムは、血相を変え、ゼンキチの方へ駆け寄った。
「え?」
「え、じゃないですよ! さっきの投げ斧、なんで避けなかったんですか!? 攻撃を受けてHPが全部なくなっちゃったら死んじゃうんですよ!?」
「いやぁ、ダメージを受けた時の感覚がどんなものなのか試してみようと思ってねぇ。なに、念のため致命傷は避けたし、そも初期エリアに配置されるようなモブ敵の一撃でいきなりHP全損なんてないだろうしね。おかげで打撃の衝撃は結構なもので、そこそこ痺れもあるけど、動きに支障が出ない程度っていうのがわかったよ」
あっけらかんとしたゼンキチに対し、未だ不服そうにしているマーナミヤであるが、これは両者における危機感の違いでしかなく、この話は平行線である。
ゼンキチは、”知らないこと”にこそ恐怖する。ゲーマーにとって初見殺しほど怖いものはないのだ。
「はぁ……。なんか私ばっか緊張してバカみたい……」
「まあ、マーナミヤさんの危機管理意識も間違っていないけどねぇ。でも、安全なうちに色々試しておきたいし、これはゲームでもあるんだから、あまり神経質になりすぎず楽しんだ方がいいんじゃないかなぁ」
つかの間、シンとした空気に包まれるが、マーナミヤから洩れ出た忍び笑いによって和らいだ。
「なんだかジジ臭い説教ですね」
「これは、申しわけない」
感情表現の多い子だ。
ふと、ゼンキチは、このマーナミヤ・マナミガルムという女性の人となりに興味を持っていた。
大人びたようで少女のようなこの女性は、なぜゼンキチと同じ仮想転生プログラムなんて代物の対象者となったのだろうか。
野暮だろう。ゲーム内において、余計な詮索はご法度だ。
ゼンキチは、すぐに頭を切り替えた。
「あ、お兄さんについでだからもう一つ言っておきますが、そのマーナミヤさんって呼び方、他人行儀な感じするから、呼び捨てでいいですよ」
「そうかな?」
「その方が、相棒って感じしますから! ついでに私もゼンキチって呼びます!」
是非に及ばず。旅は道連れ、世は情け。
ゼンキチは成り行きに任せ、それとなく和気藹々と二人の行程は続く。
「ゼンキチぃ……。ちょっと休憩にしませんかぁ?」
森の中を探索すること、かれこれ二時間弱。
ゼンキチも多少疲労感を感じてきたところ、先にマーナミヤが弱音を吐いた。
「ゲームなのに現実さながらにお腹は空くし、なんか体が汗ばんでる気がします……」
「確かに。いやはやトンデモナイ技術だなぁ」
このような生理的な不快感のフィードバックがあるゲームなんて聞いたことがない。
前情報にもそこまでの記載はなかったことからも、これはNNPC独特のバッドステータスとでも言うべきものだろうか。
「お互いの力量は何となくわかったし、そこそこレベルも上がったから一旦町に帰ろうか」
「は~い」
当初の目的であるお互いの力量を図るというものは、達成された。
驚くべきは、マーナミヤの盾捌き。
森エリアで遭遇するモンスターは、ゴブリンや虫型モンスターが主であったが、その攻撃の悉くを正確なパリングで捌き切り、この二時間弱で受けたダメージはゼロ。ノーダメである。
最初こそ腰が引けている様子であったが、それでも敵の攻撃だけは受け付けず、持ち前の直感力と臆病な程の慎重さから高い対応力を見せた。
「それにしてもゼンキチの戦い方ってなんか変ですよね。よくわかんないけどなんか規則性がないというか」
「マーナミヤ、君は意外と目ざといんだね」
「そう? なんとなく気になっただけだけど」
「僕の戦い方かぁ~。あんまり気にしていなかったけど、たぶんそれは別ゲーで一緒だった人に教わったのとその人に勝つために色々模索した影響だろうね」
ゲーム友達とは言い難いが、何度も剣を、拳を交えたかの人に思いを馳せ、ゼンキチはそう答えた。
談笑を交わしながらの帰路、ゼンキチとマーナミヤ二人は少しずつ打ち解けていく。
--ズドンッ
すると、森の奥から地鳴りとともに木々の倒れるような音が聞こえた。
「な、なんだろ今の音?」
「わからない……。ただ、得てしてこういうイベントは、嫌な予感がする……!」
ゲーマーの感はよく当たる。何故なら何度も繰り返してきた展開だから。
腹に響くその振動、迫り来る何かを確かに感じながら、それを待つ。