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26_アイオーンライフ・バトルオブラブファントム

 彼我の距離は瞬く間に詰められ、攻撃の間合に入る。

 得物のリーチの差から先に攻め出たのはポン基地だった。

 ポン基地のハルバードが、地を這うように薙ぎ払われる。


 途端に、風圧だけで砂塵が舞い上がり、空気が唸る。

 その刃の軌跡をゼンキチは後方へ跳び、紙一重で避けた。


 ゼンキチは着地と同時に低く身をかがめ、ポン基地の次の一撃を警戒する。

 ポン基地も攻め方を変え、ハルバードを握り直しながら大盾を前に構え直す。


 緊張が張り詰める中、それぞれの呼吸と鼓動が、戦場の静寂を切り裂くように響いていた。


「避けるだけ。攻め気もなし。逃げ腰か?」

「ははっ。なに、アピールタイムは取っておいてやろうと思ってな。あまりに瞬殺だとカッコ悪いだろう?」

「……」


『ホント、師匠の口撃スキル高いよね』

『見なよ、あのポン基地の顔を。先に煽っといて茹でダコより赤くなってる』

『師匠は、天性の煽リスト。俺たち人間とは文字通りオツムのデキが違ぇえわい』


 感情を逆立てる煽りは歴とした話術であり、行動や語りで相手を騙す詐術も含めて忍術というが、元は経験豊富なゼンキチの老獪さは舌を巻くものがあった。

 加えて、その長い人生の経験則からポン基地のことをどんどん煽り立てていく。


 その経験則とは――、

 ――オタク気質の人間は煽りに弱い。


 ……偏向報道か?

 いや、経験則であり、自己分析である。


 怒りに震えたポン基地の攻撃は単純だが豪快で、太盾を前面に構えながら突っ込んでくる。


「うおぉぉ!! チャージインパクト!!」


 防御と攻撃を兼ねる大盾系装備の真骨頂、盾攻撃シールドチャージ

 轟音とともに風圧がゼンキチを叩きつけ、身の丈程の太盾がゼンキチの目前まで迫った。


 ゼンキチはその突進を前に真正面へ一歩を踏み出した。

 煽ったからには真っ向から叩き潰すのが上等。それが一番、相手の気持ちを逆撫ですることになる。

 迫りくる大盾をゼンキチは叩き潰すもとい、踏みつけた。


「グラスホッパー!?」

「俺のは、翔歩って言うんだ」


 体重を空気のように軽くし、飛ぶように走ることのできる移動系のスキル【軽身功】。その派生スキルである【翔歩】は、空中に見えない足場を作り、空中でジャンプが可能となるスキル。

 ゼンキチは、翔歩で弾みをつけ、盾の縁を足場にポン基地の背後へと飛んだ。


 背後へと着地したゼンキチは、間髪入れず攻勢に移っていた。

 ポン基地に受け身を取らせる暇もなく、ゼンキチは腰から短剣を抜き放ち、回転の勢いをそのまま斬撃に変える。


「――ふっ!」


 ぎゃりり、と金属の悲鳴が響く。

 ポン基地の背中を守る鎧が金切り音を上げながら火花を散らし、赤いエフェクトを散らした。


「ぐっ……ぬああっ!」


 ポン基地は体勢を崩しながらも、すぐさま身を翻して、振り返りざまにハルバードを横薙ぎに振るった。

 ゼンキチは身を沈めてそれを回避。風圧でふわりと髪が逆立つ。


 再び二人は正面に向かい合った。

 初めての攻防、攻めに出たポン基地だったが、全てゼンキチに返されてしまい、ダメージまで負ってしまった。

 どうやらプレイヤースキルは、ゼンキチの方が上。ポン基地の息は荒く、喉の奥で唸りを漏らしていた。

 焦燥感か怒りからか、ハルバードを握る腕が微かに震えている。

 対するゼンキチは、不敵に口角を上げたまま、呼吸ひとつ乱さず立っていた。その姿はまるで、風雨に曝されようとしなやかに立つ柳のようで、静けさを纏いながらも、次の瞬間に風を切る刃の気配を孕んでいる。


「……ふぅ」

「どうした? 案件対人慣れしてなさそうだな」

「……本当に癪に触る奴だ。だが、もうその煽りには屈しないぞ」

「少し頭が冷えたか。まあ、流石は最前線ってことかな」


 攻防を経て、ポン基地の頭に昇っていた血が引いていく。

 冷静さを取り戻したポン基地は、ゼンキチの挑発にも屈しない。


 ポン基地は、深く、深く、肺の奥底まで空気を吸い込む。胸板の装甲がきしむほど膨らませ、そして、ゆっくりとそれを吐き出す。

 そうして、その息とともに雑念を心から追い出した。


『ドキドキ……』

『ポンきっさんが、“ガチ恋勢”から“ガチ勢”に変わった……』

『BGM変わった感あるな。なんでこんなボス戦みたいな空気出てんだよ』

『どっちがボス?』


 その変化を感じ取り、ゼンキチは更に笑みを深めた。

 この笑みの意味は、目の前の餌をどう料理しようか見定めているもの。


「やっと本気か。どれ、そろそろ心を折るか」

『こっちだわ』


 ポン基地の耳には、もうゼンキチの言葉(ざつおん)は入ってこない。

 視界に映るただ一人のみを見据え、そいつが立てる足音、衣擦れ、一挙手一投足の一粒一粒だけを聞く


 ジリジリと二人は睨み合いながら攻め時を待つ。


 今度は、先にゼンキチが行動に出た。

 前傾になりながら一歩を踏み込み、深い一歩で彼我の距離を縮める。

 所謂、縮地の歩法。スキルでも何でもないただの技術であるが、しっかりと見ていたはずのポン基地の視界から、ゼンキチの姿が一瞬だけ霞んで消える。

 しかし、ポン基地とて、歴戦。反応が遅れるも、ゼンキチが踏み込んだ次の瞬間には、迷いなく大盾を前へと突き出した。

 その巨大な盾がゼンキチの正面を完全に覆い隠し、視界を奪う。


「おっと……!」


 ゼンキチは即座に反応し返し、そのままのまま懐へと踏み込み、刃を振るう。

 しかし、ポン基地は盾を巧みに操り、その攻撃の軌道を読んで受け流した。


 二つの鋼鉄がぶつかり合うと激しい金切り音が鳴り響く。


 続けざま、ポン基地は返す刀でハルバードの柄を短く握り替え、鋭い突きをゼンキチに向かって放つ。

 それは無駄を削ぎ落した連撃。攻防の間隙を刺す、訓練された負けない動作だった。


 受け止める盾と切り裂く刃が複雑に交差し、その度に重厚な金属音が響いて、攻防はたちまちに熾烈な白兵戦へと変わった。


 ポン基地はどこまでも渋く、肉薄するゼンキチの目前に大盾を構え、その視界の六割ほどを塞ぎながら負けない戦い方に努めた。


「甘ぇエ!」


 身を捻り回避するゼンキチに向かって、上から突き刺すようにポン基地が刃を振るった。


「チッ!」


 刃先がゼンキチの頬をかすり、赤い線が走る。痛みが走るより前に、ゼンキチは回避の流れそのままで、反撃に転じる。

 四足で地に足ついて、大盾の死角になった下段を這い、ポン基地の背面へ。荒々しく、野生的に最短距離を直感と経験だけで進み、そのまま斬撃を見舞った。


「ぐぅッ!」


 そうして、二人は一度お互いの攻撃の間合いから離れた。


「なぁ、ポン基地さん。君は意外に渋い攻撃をするな」

「盾チクを笑うか?」

「いや、それも立派な武術だ。琉球の古武術、ティンベーとローチンを使った基本戦法にも通ずる歴とした技術だよ。現実では片手に盾と刀や短槍の組み合わせではあるが、片手で振り回せる膂力《STR》があるなら、大盾の方が目隠し(ブラインド)効果も高いし、突きにも薙ぎにも派生できる斧槍でも理に適ってはいる。何も可笑しくはない」


 ポン基地は鼻で短く笑った。


「俺の戦い方は、別にそんな古式ゆかしいものじゃねぇよ」

「だが、君の経験はちゃんと乗っている。いい剣だ」


 もっと簡単に捻るはずだったんだけどなあ。やはり攻略最前線組ともなればそう簡単でもないらしい。などと、あながち満更でもなさそうな調子でゼンキチも笑っている。


 だんだんと呼吸が落ち着いてきて、血と鉄の匂いが口の中に残る。

 だが、その味と匂いこそが今は心地よい。

 程よい疲労感と血沸き肉躍る死線、決戦。


 呼吸とともに、全身から余計な力が抜け、やがて剣にのみ意識が乗る。

 ゼンキチの口角が弓形に吊り上がっていた。


「第二幕、――いやさ、終幕といこうか、ポン基地」

「ああ、丁寧に。ぶっ殺してやるよ」


 最後は全身全霊で。

 ポン基地は、どっしりとその場で構え、守りの姿勢だ。

 対するゼンキチも本気で、独自オリジナルスキルも惜しみなく使う。


 ゼンキチは、暗影歩法により影に隠れた。

 姿をくらますゼンキチだが、それにポン基地は驚きもしない。

 何故ならポン基地はサクサクチャンネル固定視聴者ヘビーユーザー

 既にその技は予習済みだった。


「ウォオオオ!!」


 ポン基地は、その場で雄叫びを上げた。

 スキル【ウォークライ】、自己バフに加え、範囲に威圧効果を与えるスキル。

 そして、増強された筋力を最大限使って力強く大地を踏み込みんだ。

 強烈な【震脚】によって、大きく地面は揺れ、範囲に行動阻害が入る。

 これが、ポン基地が考えていた暗影歩法対策。歩法である以上、接する地面を通じてデバフを与えれば、それは必中。


「どりやぁ!!」


 更にポン基地は畳み掛ける。

 大盾を横に構え面の当たり判定を広げて、【チャージインパクト】を繰り出した。


 影の世界、ゼンキチの眼前を巨大な盾が覆う。

 避け得ぬ暴風のような迫力。

 足元ではまだ震脚の余震が地面を震わせ、逃げ場を削ぐ。


 普通なら正面から受ければ、押し潰される。


 ――普通ならば。


 だが、ゼンキチは普通ではない。狂剣のゼンキチは伊達ではない。

 克ち合うのが暴風ならば柳のように流麗に。暴風に枝を折られるのではなく、ただ受け流すために揺れるだけの、静かなしなり。

 次の瞬間、影の中から現れたゼンキチは、猛然と迫る盾を前に上体を捻り、無理やりに刀をポン基地の大盾、その縁に滑り込ませた。


「ッ――らぁッ!」


 そして、上体の捻りだけで、大盾を斬り上げた。

 目的を反らされ、途端に空を切るチャージインパクトは、哀れにも空気を押し出すだけ。


「なッ!?」


 ゼンキチのジャストパリングは成功、ポン基地の瞳孔は驚愕に揺れていた。

 だが、戸惑いは一瞬だけ。すぐさま反撃の意識に切り替える。

 既にゼンキチはジャストパリングを使い、体勢も不調。

 ガラ空きの防御を狙い、ハルバードの柄を脇で押さえながら、ゼンキチに向かって横薙ぎに振るった。


「ゼロ、レイテンシ」


 クールタイム中で使えないはずのジャストパリングが再び光る。

 ゼンキチは右剣左刀の使い手、武器切り替えをせずともジャストパリングを二度使える。


「その顔、()()()予習してなかったか。残念だったな」


 間髪入れずゼンキチは、無防備なポン基地に目掛けて、大技を決めんと、振り上げた刀をそのまま左上段に構える。

 スキルの光が刀を包み、青白い稲光のように輝いていた。


「じゃあ、最後は本当に初見はつみせのオリジナルだ。目に焼き付けろよ?」


 ポン基地は、己の防御があまりにも容易く突破されたことに、ただ呆然とし、緩やかに時間が流れるような感覚に苛まれていた。

 大きく放り出された盾を構え直すには、もう間に合わない。

 走馬灯を見るわけでもなく、ただ目の前のゼンキチの所作に見惚れてしまっていた。


 雷光を纏う刀身が、今か今かと落ちる時を待つ。

 そして、その瞬間、周りから音が消え、ゼンキチの声だけがよく通った。


八種雷剣術やくさらいけんじゅつ・基本形、【大雷天】」


 ゼンキチが刀を振り下ろすと、天上から一条の雷が落ちてきたかのような轟音が鳴り響いた。


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