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25_アイオーンライフ・ラブトゥドゥーム

 ダルダラの首が地に落ちてから、しばしの静寂が訪れた。


「……勝っ、たぁ!」


 サクヤが息を吐き、その場に大の字に寝転んだ。

 ゼンキチの暴走こそ目立ったが、結果は完全勝利。戦闘ログには、クエスト完了の文字と報酬一覧が、ざざっと流れている。


 —— カオス因子


 もれなくゼンキチもボス討伐の報酬にご相伴預かる。

 レアドロでもないというのに、なぜかゼンキチのインベントリにだけ入っていたそのアイテムにゼンキチは、不吉な予感を感じていた。


「ボス報酬はそこそこって感じだねぇ……。まあ経験値は旨かったし、あとはクエスト完了報告して、そっちの報酬に期待かな」

「そうか、なんだか少しだけ寂しくなるな」

「ん~、なにが?」


 ゼンキチが何を寂しがっているのか皆目見当もつかなかったサクヤは、きょとんとした顔をする。

 小動物のような愛らしさのある彼女が、無意識にそんな仕草を見せるのがまたあざとい。


「君が最初に言っていただろうが、俺たちの縁はボス討伐までだったろう?」

「……。っあ゛ぁ〜!?」


 鳩がショットガンでも喰らったようにその場でぴょんと飛んで驚くサクヤ。


「……またまた〜、お師匠ったらそんなツンケンしちゃってぇ」


 このこのぉ。なんて、ゼンキチの肩をポコポコ叩きながら、サクヤはゼンキチの気を引こうと必死だ。

 このあざとさは確信犯であり、ぎこちなさが見てとれる。


「ホントは、私と離れるの寂しいんでしょ? 私ならいくらでも付き合うよ!」

「……まあ、寂しくはあるが。でも、他のプレイヤーとも一期一会で遊んできたからな。まあ、今生の別離わかれって訳ではないし、さっき免許皆伝って言っちゃったし……」

「……ふんっ! なら、いいよぉ〜だッ!! あ、でも聖都までは付き合ってね」


 ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らませるサクヤとそれを見て笑うゼンキチ。その一部始終をコメント欄の連中は、『痴話喧嘩かな?』とおちょくっている。

 名残惜しさはあるもののゲームなんてそんなもの。固定を組んでいても、なんかいつの間にか違うグループとつるみ出すとかけっこうあるし。

 二人は、努めて平静を装って帰路に着く。


「そういや、お師ぃ。さっきの【ゼロレイテンシ】って、私でも実戦で使えると思う?」

「理論上は誰でも使えるぞ? まずは得意武器以外のジャストパリングをいくつか習得することが前提となるが、それだけで取れる択が増えるから、覚えておいて損はない」

「理論上って、それが一番難しいんでしょ……」

「さっきは魅せプを意識して、無理したが、まあ実戦ならあそこまで連続させなくても効果はある。回避を挟めばそれほど無理なテクニックでもない」


 二人は軽口を交わしながら、ダンジョンの出口を目指す。

 進入の際はあの大きな腕に引っ張られたから楽だったが、帰りは登り階段が長くかったるい。


「あ、でも一つ連続ジャスパリのメリットがあったな」

「ふーん、どんな?」

「以前、とあるPKプレイヤーに絡まれたことがあったんだが、そいつの攻撃という攻撃を全てジャスパリしてやった。流石に自信を無くしたのか、あっさりと降参しやがったよ」

「うわぁ、エグ……、変態に絡んだばかりに、可哀想。……まあ自業自得か」


 長らく歩いた頃、どんよりと闇の残滓が残っていた空気が徐々に澄んでいき、行く先に光が見えてくる。


「ようやく外だ……長かったねぇ」

「ああ、そうだな。やはり薄暗いのは気が滅入る。あの明かりが恋しいよ」

「へへっ、相変わらずジジくさいなあ。でも、わかるかも」


 眩い明かりに目を細めながら二人はダンジョンを出た。

 インスタントダンジョンからの脱出、特に何かが変わるわけではないが、空気が軽くなったような、辺りが騒がしくなったよう感覚を覚える。

 この開放感とともに、このまま無事に帰還できれば、今回もいい縁を結べたと、平和に終わるはず――。


――はずだった。


 事実は小説よりも奇なりとは言ったもので、現実は往々にして突発イベントをぶち込んでくる。

 出口の光を踏み越えたその瞬間――。


 ――ドンッ!!


 大きな音とともに二人の目の前に何かが飛来した。


「……ッ!? なに!? まだイベントが残ってたの!?」

「嫌な予感しかしないな……」


 砂ぼこりの舞う中心に何か人影が見えた。

 人影はゆっくりと立ち上がり、その全貌を徐々に露わにする。

 そして、ゼンキチへとシステムメッセージが届く。


 ――識号プレイヤー「ポン基地」から決闘デュエルの申し込み。


 砂塵が完全に晴れたとき、その中心に立っていたのは黒いコートを身に纏った一人の男だった。

 男の身長は百八十センチほどだろうか。見るからに偉丈夫で、わずかに見えている顔には陰を帯びている。

 その男の手には、大きな盾と身の丈ほどの斧槍ハルバードが握られていた。


 黒いコートの裾を揺らしながら、男は鋭い眼光をゼンキチへと向けている。


「……え、ちょ、うそ……!? あの人って……」


 その姿を見たサクヤが、思わず息を呑んだ。

 ゼンキチの目の前には、でかでかと決闘の申し込みがまだ光っている。

 困惑を浮かべるゼンキチは、思わずサクヤに声をかけた。


「知り合いか?」

「うう~ん……。たぶん、知ってる人だと思うけど……」

「なら、この決闘を取り下げてもらえると助かるんだが……」

「いや、どうだろう……」


 サクヤも困惑した様子で、意を決しってその名前を呼ぶ。


「あのぉ……、もしかしてポン基地、ポンきっさん?」


 口からこぼれたその声は少し震えていた。

 黒いコートの男ポン基地、またの名をポンきっさんが、ゆっくりとフードを外し、サクヤを見た。


「……やっと、会えたね。サクちゃん」


 静かに、しかし確実に、その声は狂気を孕んでいた。

 サクヤの背筋に冷たいものが走る。

 サクヤの呼びかけにはっきりと答えなかったが、その呼び方をするのは当人で間違いないだろう。

 何よりその声には、たまに感じていた彼の“狂気”が混じっていた気がしたから。

 サクヤの顔が引きつっているのを横目に、ゼンキチはどこかで聞いたことのある名に眉をひそめた。


「ポン基地……。もしかして攻略最前線フロントラインの盾役、ポン基地……か」


 サクヤはおずおずと口を開く。


「ポンきっさんは、私の配信に昔から顔を出してくれていたリスナーなんだけど、……まさか、こんな形で会うなんて思ってなかったな」

「ほぅ。最前線プレイヤーと顔見知りだったのか」

「ううん、会ったのは今回が初めてだし、私よりずっと上級者なのは知ってたけど、攻略最前線とまでは知らなかった。……でも、ずっと私の冒険を見てくれてたんだ……」


 サクヤの言葉に被せるように、ポン基地が一歩、砂を踏んだ。

 その一歩で、鎧の金属音がガシャリと重厚な音を鳴らし、どこか剣呑な響きだった。


「“見てる”だけじゃ足りなかったんだよ、サクちゃん。君の懸命さに、いつしか同じフィールドで “君を” 感じたかった」

「な、何を言ってるのかなぁ……」

「陰ながらでも君を支えていられればいいと思っていたけれど、俺が下手な助言をしたばかりにこんなことに……」


 静寂。俯いたポンきっさんは、次の言葉を探しているのか黙っており、サクヤとゼンキチも何が何だか口を開けて唖然としている。


 一方、サクヤの配信コメント欄は、お祭り騒ぎとなっていた。


『これガチのやつ?』

『ポン基地は、たぶん”ガチ”。たまにぶつぶつなんか呟いて、ニヤニヤしてんの目撃してるやつが結構いる』

『今シーズンは、取れ高バッチリだね!!」


 ゼンキチが前に出て、ポン基地に声をかけた。


「悪いが、こちらはついさっきまでボス戦だったんだ。これから聖都に帰るところだから、ファン交流は別の機会にしてくれ。ついでにこの決闘依頼も蹴るぞ」

「……何だよ、その口の利き方。NPCの癖にサクちゃんの彼氏ムーブかぁ!?」


 突如として血相を変え、ポン基地が唾を飛ばしながら口元を歪ませる。

 ゼンキチの目の前に再び決闘申請の赤い文字が浮かび上がった。

 意地でも逃さないというプレッシャーを感じる


「……面倒くさいやつだなぁ」

「……。やめてぇ! 私のために争わないで!」

『楽しむな』

『ここに来て悪女ムーブ笑』

『一瞬躊躇ったけど、やっば撮れ高意識する姿勢好き』

『まあ厄介なガチ恋勢は、成敗しちゃいましょうね〜』


 ポン基地は、じりりと砂を踏み締めて前へ出る。

 黒コートの裾が揺れ、構えられ大盾には、幾つもの傷が刻まれていた。

 ただの薄ら助平とは訳が違い、歴戦の匂いが香る。最前線を渡り歩いた者にしか持ち得ない“重さ”があった。


「どれ、軽く面倒見てやる。好きにかかってこいよ」

「サクちゃんを汚した罪、ここで償わせてやるよ!」


 ゼンキチの安い挑発も頭に血が昇っているポン基地には高くつく。

 簡単に挑発に乗ったポン基地が走り出すとともに、システムが無機質に告げた。


―― デュエル開始


「そういえば、君はどうやってここまで来たんだ? 最前線からここまでは中々距離があったと思うが?」

「ケッ、ぴょんぴょん飛んで逃げ回るのが、特殊NPC(お前ら)の専売特許だと思うなよ。攻略班ではファストトラベルの技術くらい確立してんだよ」

「なるほど。せっかくの技術をストーキングに活用とはな」

「抜かせよ、泥棒猫が! 攻略班では、お前らを殺し切る技術も発見してんだぜ!」


 前哨戦にもならない舌戦の後、示し合わせたわけでもなしに、二人は同時に動き出した。

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