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24_アイオーンライフ・ゼロレイテンシータイム

この話書いてる時が、一番楽しかったです。

「うぎャァァ!!」


 深淵の世界へ、いざ落ちろ。

 二人は大きな腕に鷲づかみされ、鎖に繋がれた人影の傍まで連れ去られる。

 乱暴に投げ出された二人の身体が、どさりと冷たい石床の上に叩きつけられた。


「……良かった、床はちゃんとある」


 冷たい床の感触を撫でながらサクヤはそう呟いた。

 辺りは真っ暗で、一部先ほど投げ入れたあかりが頼りなく光っているだけ。

 二人をこの場まで引っ張ってきた人影は、なおもぶつぶつと何かつぶやきながら、どんよりと光る眼差しを二人に向けている。


「あいつ、攻撃してこないね? ボス戦じゃなかったのかな?」

「油断するなよ、サクヤ。こういうのは、もう一つ演出があってから戦闘が始まるのがテンプレだ」

「またまたメタいねぇ、お師。リアルの事情に精通しすぎでは?」


 ゼンキチとサクヤの呑気な掛け合いもよそに、推定ボスの背後の壁にかけられた松明が独りでにボッと火が灯る。

 明かりが灯されたことで、空間の全容が見えることとなる。

 ボスの背後には歪な祭壇のようなものがあり、壁一面には黒い文字のような痕が浮かび上がっていた。


 そして、ボスの姿も露わとなる。

 鎖に繋がれたそいつは、何かを求めるように大きく手を空に向けていた。

 最早、用を足さないであろう風化してボロボロになった鎧を身に纏い、それでも尚、剣を抱く姿は、かつてそれなりの騎士だったのだろうと想像させる。

 その騎士は、見えもしない空を見上げ、虚な眼差しで呟いた。


「白天よ……我らの空よ。秩序の旗は、何処いずこに……」


 その声は、壊れた機械があげるノイズ音のように軋んでいた。

 そうして、首を垂れた彼の体からドス黒い瘴気が滲み出てきて、サクヤとゼンキチの足元まで床を這ってくる。


「白天の為、全てを捧げども、我にはもう空はない……」


 次の瞬間、彼の体を縛り上げていた鎖が、彼の手によって力任せに引き千切られた。

 更に闇が勢いよく湧き上がる。


「何故、赦されぬ! 白天に身を窶し、教導のため剣を振るったこの身を! ならば赦さぬ! しからば混沌に捧げよう、既に堕天せしこの身を……!!」


 その咆哮ともに湧き上がる闇の奔流は勢いを止め、徐々にその姿を形成していく。

 やがて、暗い闇色の剣となって、彼の手には白黒二色の剣が握られた。


 暗い闇に塗れ、ボロボロの鎧を身に纏う彼の右肩には、それでも白天の空を統べる竜のエンブレムが白く輝いていた。


 ――BOSS『堕天の騎士 ダルダラ』


 そうして闇が躍動した。

 次の瞬間、ダルダラの振り上げた剣が闇を纏いながら襲いかかる。


「ッーー来るぞ!!」


 剣が通る進行上を蠢く闇が蝕むように飲み込んでいく。

 ゼンキチとサクヤはそれを見て、受けることを拒否し、背後へ避けた。


「なに今の!? 剣の動きに着いていくように闇がグワーって動いてて、ヤバ気なんだけど!」

「闇属性? 見たことはないが見るからに防御無視系の攻撃か?」

「じゃあ受け太刀不能ってコト!? クソゲーじゃないですか、ヤダー!!」

「まあ細かな検証は後だな。とりあえず俺が引きつけるから、デカいの頼むぞ!」

「……ッ! 押忍!」


 ゼンキチがサクヤに向かって、にやりと笑う。

 それで納得したのかサクヤも笑う。二人の連携力は高く、少ない言葉で通じ合っていた。

 ゼンキチが前に出て前衛を務め、サクヤが影に乗じて火力を担う布陣。

 とは言え、相手は正体不明の攻撃をしてくる初見のボス。

 捌くと言うのは易いが、それを実行するには相応の適応力と経験やセンスが必要となる。

 不敵に笑うゼンキチは、今まさに暗影歩法によって認識の外に行ったサクヤに向かって叫んだ。


 最後の授業の時だ。


「よく見ておけよ、サクヤ。そして、一言一句聞き逃さないように! これが最後の教えだ!」


 ゼンキチに向かって闇纏の剣が振り下ろされる。

 当たればタダでは済まないであろうその禍々しい剣撃に向かい、ゼンキチは真正面から切り結んだ。


 衝突の瞬間、弾ける火花が散る前に蠢く闇に食われていく。しかし、対するゼンキチの剣は、なおも輝きを放っていた。

 ここぞと言う時、やっぱり役に立つのはいつもあのスキル。防御にも反撃のチャンスにもなる便利なヤツ。そう、ジャストパリング。

 いかに凶悪な属性を纏おうが、それがただの袈裟斬りであれば、ゼンキチの目に捉えられぬことなし。

 そして、完璧に捌けるのであれば、剣と剣の接触時間は最短、加えてスキルの効果により武器と使用者への影響は最小となる。

 事実、攻撃を受けたゼンキチの柳葉刀は、闇を一身に受けても、その元となったロアマンティスの刃のように透き通るほどの輝きを保っている。


「ここまでが一の段。これだけであれば普通のジャストパリングだが、今から教えるこの技術テクニックは、俺の研鑽の結果だ。ジャストパリング道は奥が深い……。まず初めに各武器種並びに盾によるジャストパリングの猶予フレームと判定の大きさについて説明するとだな……」

「……うわぁ、オタク特有の早口。こうなったらお師匠の熱血は長いんだよなぁ……」

『でも、タメにはなるし……』

『終わったら呼んでね〜』

「ジャストパリングの猶予フレームと判定の大きさは、ざっくり説明すると武具の大きさに比例するのがクリティカル判定、反比例するのが猶予フレームであり、大きい武器ほど当たり判定がデカく、タイミングはシビアになるわけだ。逆も然り」


 そう講釈を垂れながら、ゼンキチはインベントリを弄り、左手の刀を装備から外し、カイトシールドを装備し直した。

 器用にもその動作をしながらもゼンキチは右手の短剣でカウンターを与えている。

 当たり前のように敵にはゼンキチの講釈は効かず、関係なしにダルダラはゼンキチに向かって剣を振るうが、それも盾で払い除ける。


「さて続けるぞ。細かく区分すると小盾、中盾も含めて各種判定はそれぞれ全て違うわけだが、まあこの際その辺はどうでもよくて、全部、ジャストパリングをクリティカル成功させることを前提とする」

『まぁた、なんか言ってら』

「重要になるのが、ジャストパリングのクールタイムだ。各武器種によるジャストパリングのクールタイムはよりけりだが、概ね三十秒から四十秒、小盾で十秒、中盾で十五秒となっており、多くの者が自分のメイン武器しか気にしていないからあまり知られていない部分だが、ジャストパリングは全ての武具で同名のスキルであっても、それぞれのクールタイムに差がある」

「長い。三行。はいリスナー」

『ジャスパリ。武器種で差が有り。無限の可能性有り』

「有能あらわる」

『まだ訳わからん』


 高らかにゼンキチは講釈を続け、片手間にダルダラの振るう白黒二色の剣をジャスパリし続けた。

 そうして数合の斬り合いが繰り広げられ、影に息を潜めたサクヤが致命打を与えていった頃、業を煮やしてダルダラが吠えた。


「秩序の犬共がッ!! 大人しく混沌の闇に飲まれるがいい!!」


 なおも続いていたゼンキチの講義が邪魔をされたことに対して、ゼンキチは不満気に鼻を鳴らし、悪態をついた。


「ふん、ここからがいいところだと言うのに……。定型文しか話せない分際で邪魔をしやがって……」

「そう言うマウントの取り方もあるんだ?」


 ダルダラが剣を地面に叩きつけたかと思えば、彼の右腕から闇がドクドクと地下へと流れ出していく。


「闇の槍は貴様らを磔にする……」


 ダルダラが呟いた次の瞬間、地面は爆ぜ、床一面から闇の奔流が噴き出してきた。

 次々と迸るその闇の奔流は、槍となってゼンキチとサクヤを襲った。

 闇の槍は空から降らず、地面から生える。


「うぎゃー! 刺さる! 影に潜んでいても、範囲攻撃は私に刺さるッ!!」

「点での攻撃が当たらないから、面攻撃とは浅はかだなぁ!」


 無差別にそこかしこを貫く槍は、姿を隠していたサクヤをかすめていく。ゼンキチも器用にも地面の隆起を呼んで、闇槍の群れを躱しては、盾の縁で弾いていなすが、それでも致命傷にはならずとも僅かにダメージを蓄積していく。

 そうして、二人はこの戦いで初めてのダメージを負った。


 やがて槍の雨は止み、わずかな静寂が戻った頃、大技の後には必ず隙が生まれる。


「お返しッ!!」


 影に潜んでいたサクヤの一撃が、ダルダラの意識の外から繰り出され、容易に彼を斬り裂いた。

 ダルダラに、右肩を進入口とし、袈裟切りに赤いエフェクトが線のように走り、傷跡が残る。

 すると、突如としてダルダラが苦しみだし、呻き声を上げた。


「gぅらワァ!!」


 右肩に刻まれた竜のシンボルが真っ二つに裂かれ、そこから闇の瘴気がどんどん漏れ出してくる。

 徐々に徐々にとその瘴気はダルダラの右腕全体を飲み込んでいき、肥大化する。


「なんか私やっちゃった……?」

「やっちゃったな。まあ、フェーズ2ってところか?」


 そそくさとゼンキチの元へ駆け寄るサクヤ、二人は呑気に話しているが、当のダルダラは操り人形の糸が切れ、ハヴォック神が荒ぶった時のような不規則で不気味な挙動を見せる。

 挙動もさることながら、体躯に似合わないほど肥大化したダルダラの右腕は、表面に青黒い血管のようなものが浮かび、全体が黒く変色しており、まさしく異形そのものとなっていた。

 黒い腕はまるで別の生き物のようで、脈動するように動き、その度に肉が裂ける音なのか、ぐちゃぐちゃと悲鳴を上げている。


「白天は既に我らを見捨て、故に我の祈りは何処にも届かない……。ならば……、ならばこの手で再び彼の空を掴もうぞ……」


 ダルダラの口元が震え、人の身体を握り潰せそうな大腕を高く空に向かって挙げた。

 まるでそらを掴もうと高く振り挙げたそれは、当たり前のようにくうを切り、何も掴み取ることはできない。

 人の身を超越し、化け物のような腕を手にしようとも皮肉にもその手では何も掴み取ることはできないのだろう。


 だが、人知を超え、人知を忘れたダルダラは、そんなことにも気づかずに闇雲にも全てを握りつぶそうとする。

 最早その手には、騎士の象徴たる剣は握られておらず、けだものが如く腕を振り回すのみ。


「ぶわぁ!?」


 埒外のリーチを誇り、荒れ狂う大腕は、紙一重で躱そうものなら伴う風圧でサクヤをいとも簡単に吹き飛ばす。


「ちょっとあれ反則でしょ!? リーチ長すぎ、範囲デカすぎ! に加えて、風圧吹っ飛ばし効果付きって盛りすぎだよ!」

「確かに厄介な変化だが、まあやることは変わらず、作戦はそのままで行こうか。喜べサクヤ、レッスン2だ。デカいやつへの対処もジャスパリ道で何とかなる」

「ヒン!? 私には安置がない!?」


 サクヤの悲鳴をよそに、ゼンキチは一歩も退かず、その場に足を開いて構えを取った。

 その両手にはいつのまにか大剣が握られており、顔の前に剣を構えた。その姿勢は、まるで地を割ってでも前に出る雄牛のよう。


「此処からは、ジャストパリング道の真髄。武の領域だ」


 ダルダラの巨腕が唸りを上げて押し寄せる。

 闇が空間を埋め尽くし、まるで目の前に黒い壁が迫ってくるような迫力にもゼンキチは動じず、衝突の瞬間を静かに待つ。

 そして、その瞬間――ゼンキチの剣が僅かに揺れた。


 ガギィィィン!!


 光が弾け、闇と相剋する。遅れてけたたましい轟音が耳を劈くが、相対する二人は顔色ひとつ変えない。

 一人は、次なる攻撃に備え、新たな武器を構え。もう一人には、その轟音すら既に耳に入らない。

 ジャストパリングは成立。ゼンキチの体を中心に火花が円弧を描いた。


 巨腕が往復し、逆方向から再び薙ぎ払われる。

 しかし、ゼンキチは既に構えている。


 ギャリィィン!!


 またもジャストパリングは成立。

 舞い散る火花の熱を頬に感じながらも眉ひとつ動じずインベントリを操作する。

 盾と片手剣を外し、両の手に槍を持つ。目まぐるしく代わる代わる、ゼンキチの装備が刹那の間に切り替わる。


「今のも……ジャスパリ成功? てか、武器切り替え早すぎじゃない!?」

「遅いと死ぬ。早ければ生きる。単純だろ?」

「いや理屈はわかるけどッ! いやわかるかぁッ! 指どうなってんの!? 頭どうなってんの!? インベントリ操作して、ジャスパリって脳みそ追い付かないでしょ!?」


 サクヤの絶叫にも似た疑問を背に、ゼンキチは再び構え直す。

 闇の腕が蠢くたび、違う武器がゼンキチの手には握られ、違う音を奏でては火花を散らす。

 ロングソード、柳葉刀、騎士大剣に大槍、バックラーからカイトシールドに至るまで、次々と変化する武具が、代わる代わるにリズムを刻む。

 連続するジャストパリングが音を奏で続け、光が闇を押し返すたびに鳴り響く。舞い散る火花はゼンキチを照らし、まるで演舞のようにゼンキチは踊り狂った。

 攻防は、一体。止まらない連撃。


「くッ……! 秩序の、犬がァァァ!!」


 堪らず、怒りに血走った眼を見開きながらダルダラが咆哮し、巨腕を強く握りしめゼンキチに向かって殴り抜いた。

 伴う闇の波動が床を砕き、石の破片が飛び散る。

 ゼンキチは、真正面から迫るその一撃を、左足を踏み込みながら両手で構えた大剣を斜めに立てた。


 衝突、そして光と闇が爆ぜた。


 地を震わせるほどの反動を受け止めながら、ゼンキチの足元には一歩の後退もない。

 まるで地中に根を張っているかのように、動かない。


「これがジャスパリ道奥義、連続装備切替式パリィ」

「効果の割に名前ださ……」

「……じゃあ、全反射神経ゼロレイテンシで……」

「まあ、それなら悪くないかな」

「ふんっ、好きに言うがいいさ! レッスンファイナル! お披露目も済んだところ、これから原理を説明するから、これを覚えれば君も免許皆伝だ!」


 戦闘も佳境かという場面でも漫才を一つまみ挟んだところで、ゼンキチが言うレッスンファイナルへ入ろう。

 ジャスパリ道奥義≪全反射神経ゼロレイテンシ≫とは。

 要するに――。


「ジャストパリングのクールタイムについては、さっき説明した通り、武器種によって別個に設定されている。原理というにはいささか捻りはないのだが、要するにこの仕様を応用して、攻防の間隙に武器チェンを駆使し、ジャストパリングのクールタイムを管理し続ければ、半永久的にジャストパリングが可能であるということ! まあ、無理し過ぎると脳が焼けるように痛くなるが、上手く使えれば武器の耐久値損耗も無く、快適に過ごせるぞ!」

「……人間技じゃなくって、言葉も出ないっスネ」

『確かに』

『ジャスパリ道は、奥が深ェや』


 ジャスパリ道の深奥は未だ見えない。きっとまだまだ深いのだろう。

 あまりに深いその深淵に触れ、若干取り憑かれ気味なゼンキチはダルダラとの戦闘もほぼそっちのけで口は回り続ける。

 その間もジャストパリングはし続けているので、もう狂気の沙汰である。


「……もういいって……」

「でな、ここで重要なのが入力遅延の体感補正でな。要するに──」

「もうやめなってお師匠!? 喋れば喋るだけなんか顔色が土の色みたいになってる気がするよぉ!? そろそろ死にそうだから黙ってくれるかな!?」

「講義は止めんし、手も止めん。ジャスパリ道とは語りながらこそ極まる」


 ゼンキチの周囲で響く衝突音と舞い散る火花はゼンキチを照らしながら熱で脳を焼く。

 狂ったように教鞭を手放さないその姿は狂気の教師。

 ボスキャラだというのに既にゼンキチの目にはダルダラはまともに写っておらず、ジャスパリ練習BOTにでも見えている。

 最早、戦闘の様相を呈していない。


『一思いに終わらせてあげようよ……』

『↑どっちを?』

「どっちも!」


 壊れた人形のようなダルダラと、もうそろそろ壊れそうなゼンキチを救うべく、サクヤは走る。

 影へと身を隠し、ダルダラの背後に迫ったサクヤはその首を目掛けて、大雑把に大剣を振るった。


「天誅!!」


 憐れ――。

 ぼとりとダルダラの首は呆気なく地面に落ちた。

 白天に見捨てられ、闇に堕ちた騎士の最期が天の下す誅罰とは、最後まで皮肉だろうか。


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