22_アイオーンライフ・ナイトリヒトダンスルーム
白亜の大聖堂。荘厳に立ち並ぶ巨大な柱が連なるその最奥、上にはこれまた豪奢なステンドグラスが光り、描かれた真白い竜と女神が聖堂全てを見下ろしている。
そこから刺す光は、まるで天へと昇るための階段のようで、見る者の目を奪った。
そして、その真下。祈りを捧げる少女が一人。
少女の後ろ姿は、聖女そのもので、光を反射し黄金に輝くブロンドの長髪と、白亜の大聖堂にも負けない白磁のような肌とそれを包む真白い法衣は彼女のために存在するかのようだった。
敬虔な信徒たちは、祈りを挙げる彼女の姿を見て、彼女こそ女神の再来だと、声には出さずとも心の中で祈った。
その傍らにもう一人、少女の姿があった。
白亜の世界には、似つかわしくない紅。
紅の少女、聖女を守るための剣であり、盾である彼女の名前は、マーナミヤ・マナミガルム。
かつてゼンキチと旅し、生きる意味を見出した彼女は、いまその役目として、聖女を守護していた。
その堂々とした出立は、厳かな聖堂にも負けない厳粛さを宿している。
やがて、聖女の祈りは、鐘の音とともに静かに幕を閉じた。
信徒たちは名残惜しげにその姿へ視線を向けながらも、やがてひとり、またひとりと席を立ち、白亜の大聖堂を後にしていく。
残されたのは、まだ祈りの余韻を漂わせる空気と、柔らかく降り注ぐステンドグラスの光、そして二人の少女。
聖女は振り返りもせず、静かに立ち上がり、傍らに控える騎士へと一瞬だけ微笑みを見せた。
その笑みは、清浄さと人の温もりを併せ持ち、なによりも彼女を守る騎士として守るべきそのものでもあった。
白天騎士団は、白天の竜を祖とし、かつ彼の聖女が笑えるように守り仕える騎士団である。
マーナミヤは、彼女の騎士としてただその微笑みに応じ、軽く頭を垂れる。
己が立つ場所は、剣であり盾であり、時に年の近い友として彼女に付き従う。
それが今のマーナミヤの「生きる意味」の一つだった。
聖女の祈りの時間が終わった後、一時の休憩の間にマーナミヤへと声をかける団員がいた。
「団長、失礼いたします」
影を纏う一人の団員が進み出る。
「影の一号、報告に戻りました」
「お疲れ様です。苦労を掛けますね」
「いえ、私がしたいことですので……」
「それで、状況に変わりは?」
団員は一瞬言葉を窮した。だがやがて、任務を果たす刺客の顔に戻り、淡々と告げる。
「……対象は、いまとある女性と行動を共にしております」
マーナミヤの表情がわずかに引き攣るように動いた。
だが、口から出た声は、至って平静で、揺らぎを見せなかった。
「……そうですか。引き続き監視をお願いします」
「はっ!」
そうして団員は深く一礼し、影に溶けるように去っていった。
残されたマーナミヤがぽつりと呟く。
「……許しません。私は、そんなの許さないよ……」
天上の竜と女神の姿を見上げながら、色鮮やかな光が頬を撫でる中、マーナミヤの胸に広がっていたのは祈りでも、安寧でもない。
「放っておくともっと酷くなる気がする……。でも、今の私にはどうすることもできない……」
ただ、正体も知りたくない程に極めて単純な燻る炎のような嫉妬のざわめきだった。
「いったい、どこの悪い女ですか、ゼンキチ……!」
一方その頃、攻略最前線にて、一人の男が取り乱していた。
こちらも至って平静を装うが、視線はあっちこっちに動いており、明らかに冷静さを欠いていた。
しかし、場所は攻略最前線。一瞬の油断が生死を別つ場所。
「おい、タンク組! 飛び道具こっちに漏れてるんぞ!」
「うっさいわボケ! こっちも必死なんじゃ!」
今もプレイヤー同士の怒号が飛び交う。
それもそのはず、一同はまだ未踏の迷宮に足を踏み入れ、その最奥にて鎮座する迷宮の主と相対しているのだった。
ただ、その一人の男が取り乱す理由は他にあった。
ただでさえ忙しい、油断もままならない状況だというのに、その男の視界にはとあるプレイヤーの姿が映像として映し出されており、そのプレイヤーがわーきゃーと姦しく騒ぎ立つ可愛らしい声を耳にしていた。
これまでのそのプレイヤーは一人でに咲く野の花の様な可憐さがあり、たまに見せる野草のようなワイルドすら愛おしい、そんな彼女が好きだった。
しかし今は、自分が唆したことによって、とある男と出会い、まるで乙女の様な輝きを放っている。
これは、許せない。断じて許してなるものか。彼女の側は聖域であって、何人も並び立つことは許さない。
願わくばいつかそこに俺が立つはずだったのに……!
嫉妬の炎に身が焼かれる様だった。
「おい、ポン基地! さっきからお前のとこから攻撃漏れてんだよ! しっかりせい!」
「う、うるさい! クソ! ……サクちゃんは俺のものだッ……!」
サクサクチャンネルヘビーユーザーことガチ恋勢のポンきっさんは、良かれと思い助言をした結果、それがとんでもない大きさの墓穴となり、ゼンキチというおじゃま虫もとい最大の恋敵の登場を助けてしまい、最前線ボスエネミーを前にしながらも、勝手に今世紀最大級の焦燥に苛まれていた!
脳裏には「今すぐにでもサクちゃんの元へ向かわねば……」という重い思いのみ。
デスペナも厭わない所存! とても迷惑!
そして、当の虫二人と言えば、二人はそんなことなど露知らず平和そのものであった。
ズシンと地面が揺れたかと思えば、ドカンと大地が鳴く。
「ゼェ……ハァ……、ゴホッ……」
遅れて、ゼーハーとサクヤの荒い吐息が漏れ出して、肩で息をするサクヤの額には、玉のような汗が光っており、努力の跡が見られた。
その咳払いは、色気のかけらもない野性味に溢れている。
「だいぶ様になってきたな。よし、追加でもう十本。疲れても踏み込みを疎かにしないこと、そして頭で考えずとも剣を振るう時はいつも同じ軌道になるように体に覚えさせよう」
「オニ! 悪魔! 私、もうこんなに息も絶え絶えですよ!?」
『サクちゃんは、イジメ……、教え甲斐あるからしょうがないね』
『師匠がこう言ってんだから、ほらほらもう十本。役目でしょ』
サクヤの抗議の声にもゼンキチは耳を貸さない。なんならとてもいい笑顔をしている。
リアクションの良い子に物を教えるのはとても楽しいことだ。
サクヤとゼンキチの初対面こそ、ゼンキチの抱いた印象は悪かったが、叩けば叩くほどよく鳴るサクヤを見ていて、いつの間にかゼンキチもサクヤのことを気に入っていた。
そうすると鍛え上げる腕にも熱が入るというもの。
「ち、ちくしょう! 私に味方はいないのか! 今に見てろよ! 全員、見返してやるぅ!」
「はっはっはっ! そいつは楽しみだ」
暗い夜の平原、二人を照らすのは月と星明かりのみ。
ゼンキチは空を見上げ、夜空に散らばる星々に思いを馳せた。夜は少しセンチメンタルになるものだ。
ロマンチックなシチュエーションであれど、二人きりの練習場には、当たり前のように色気など無く、そこには地鳴りと吐息と、掛け声と笑い声、そして上機嫌なゼンキチの鼻歌が響くカオスな空間が出来上がっていた。
「良い、夜だぁ」
「ぶっはぁ!! 終わった! 追加の十本終わったよ、師匠!」
「よぉし、よく頑張ったね。どちらのスキルも汎用性の高いスキルだ。結局のところシンプルなのが1番使い回しがいい。君の様なタイプなら尚更だろう」
「押忍!」
『(案に単細胞と言っています)』
『辛口、やね』
「じゃあ、次はテクニカルな部分の修練だ。暗影歩法のスキル書は渡したとおりだが、習得は少し難しいかも知らん」
『やっぱり鬼、やね』
楽しい楽しい修行の時間は、まだまだ続く。
サクヤは地面にへたり込みながら、荒い息をゆっくりと整えて、立ち上がる。
「ふ、ふふ……、ここまで来たらやってやる……! やったるでぇ……」
『サクちゃんが燃えている!』
「おお、根性は上等だな。ならば……」
ゼンキチの存在がふっと霞んでゆく。次の瞬間、ゼンキチの姿は夜の闇へと溶けていった。
「あっ!? 暗影歩法!? どこだ!」
「これも修行だ。さぁ俺を捕まえてごらん!」
サクヤの背後に現れたゼンキチ。
剣の腹で隙だらけのサクヤの頭を小突いた。
ゼンキチは上機嫌に笑い、サクヤは涙目で必死に食らいつく。
オリジナルスキルの伝授は、そのスキルの開発者本人であれば、スキルの書という形でアイテム化することが可能で、それを他のプレイヤーに渡せばスキル自体は教えることができる。
しかし、実際にそのスキルを覚えられるかどうかは、プレイヤーがそのスキルの書を読んで、それを理解した上で、修練を積むことが必要になるのだが、ゼロから開発するよりは随分容易である。
サクヤは、ゼンキチからスキル書を伝授され、稚拙ながらそれを駆使して、ゼンキチに追い縋るが、簡単には追いつけない。
瞬きの隙があれば影に紛れるゼンキチに比べるとサクヤのそれは、どんよりとしていて、朧月のようにぼんやりとしていた。
「暗影歩法の発想は要するにミスディレクションの技術からだ。虚実を操り、拍子を外し、相手が居付いた瞬間に影に潜ることを意識すれば成功率はグンと上がる」
「うおお!! ミスディレクション!!」
「……叫ぶのも注意を逸らす術に違いないが、注意を集めてしまったら逆効果だからな?」
「ウオォ!! 暗影、歩法ッ!!
「眩しいねぇ……」
『おバカだ』
『バカなほど可愛いんだワ』
星明かりに照らされた下、二つの影が何度も交差する。
その影がすれ違う瞬間、剣戟の音と笑い声が響き、夜に溶けていく。
それは修行というよりもダンスのようで、まるで逢瀬の時間のようで、なおも二人は、笑い踊る。
「暗影歩法の特性として、夜や暗闇であればスキルクールタイムが短くなるというものがある。今夜は、MPが切れるまで踊ろうか」
「イケてる面の人が、そんなかっこいいことをいい顔で言わないでください! お願いしますけどっ!」
『本音が漏れてる』
『俺も混ざりてぇ~!! どこのサーバーだ!?』
『↑邪魔するな。すぞ』
そうして、夜も更ける。
やがて、星が少しずつ瞬きを弱め、遠くの空がわずかに白み始める頃、二人の呼吸も荒く乱れ、額には汗が滲んでいた。
暁の風が二人を優しく凪ぐ。
その風は、汗ばんだ体にとても心地よく、思わずサクヤの口が動いた。
「やっぱもう限界」
朝日に照らされて、平原に大の字になる弟子の姿を見て、ゼンキチはやはり楽しそうに笑っていた。




