20_アイオーンライフ・トワイライトシンドローム
聖都の石畳を小走りで進みながら、サクヤは周囲をきょろきょろと見回していた。
相も変わらず、独り言のように誰かと会話をしている。
「うーん、聖都広すぎ! NPCも多すぎてわかんないなぁ……」
『サクちゃん、もうちょい郊外行ってみよ』
『聖都の外れに出やすいっぽいよ』
「なるほどなるほど! じゃあ外門の方行ってみよっか~」
配信コメントを頼りに聖都外門へ向かい、人通りの少ない道へ。
黄昏時、一日の終わりを告げる夕焼けが、人通りの少ない路地を寂し気に照らしていた。
ふと、視界の先に小さな公園のような場所が現れる。
独りで寂しそうな男がベンチに腰を下ろしていた。
「あれ……? あの人なんだろう……」
『プレイヤーじゃなさそう? 声かけてみれば~』
小汚い外套、無造作に置かれた二振りの剣、どこか哀愁の漂うその俯いた姿が気になって仕方がなかった。
黄昏の木漏れ日すら、彼の背には重たげに吸い込まれているようだ。
近づいてみると彼の頭の上にはNPCであることを示す黄色のネームが光る。
その名前はサクヤが先ほど聞いたばかりの名前と一致していた。
——ゼンキチ
「えっ!? うそ、マジで遭遇しちゃった!?」
『いたwww』
『サクちゃん神引き!w』
『スクショ! スクショ!』
コメント欄が一気に盛り上がり、熱気に当てられてじわじわと同接も増え始める。
サクヤは半信半疑で声をかけた。
「す、すみません……あなたが、狂剣さん……?」
すると男は顔を上げ、なんとも言えない面持ちで笑っていた。
「……ああ、そう呼ばれているみたいだね。うん……」
狂剣なんて言う、恐ろしい異名を持つ存在。
だが、目の前の男性は、噂に聞く恐ろし気な異名とは程遠く、どこか草臥れていて、ただの静かな人間にしか見えなかった。
『狂剣』
『思ったより普通w』
『てか、なんか随分萎れた奴だな……』
コメント欄は一斉に茶化しだし、サクヤも拍子抜けして笑ってしまった。
「え? なんかあったんですか?」
あまりに哀愁の漂うその姿に半笑いになりながらサクヤがゼンキチに話しかける。
話しかけてみて、傷心に漬け込むナンパのようだななんて考えが頭を過り、さらにおかしくなる。
「うん? どういう意味かな?」
「いや~、なんか随分、寂しそう? というか哀愁が漏れ出ていたから……」
「ああ、そういうこと。いやなに、友人に会いに聖都に寄ったのだが、門前払いを食らってしまって……。年甲斐もなく、少し黄昏てしまった」
大の大人が、ずぶ濡れの大型犬の様な寂しげな姿なのを見て、思わず胸の辺りがキュンとするサクヤであるが、そんなことよりもこのゼンキチとの遭遇は撮れ高のチャンスだと気を引き締めて、大バズを狙う。
レアキャラとのエンカウントなんて絶好の話題稼ぎになる。
「門前払い……? もしかして痴話喧嘩的な?」
『wwww』
『サクちゃんぶっ込むなぁ』
『修羅場配信きた!?』
「いやいや、そんな関係ではないよ。ただ一緒に旅して来た仲間と喧嘩してしまって、中々仲直りの機会がなくてだな……」
ゼンキチは否定しながら、困った様に額をかく。
その反応が逆に図星っぽくて、サクヤはさらに追い打ちをかけることにした。
「ええ〜、なんか図星っぽいなぁ〜?」
『はいはい仲間(意味深)ね』
『これは絶対なんかあったやつ』
ゼンキチは困ったようにため息をつく。
「……茶化しに来ただけなら俺はもう行くが?」
「ああ〜! ごめんごめんなさい! だって“狂剣”って異名を聞いて、もっとこう、血に飢えた暴れん坊? みたいなの想像してたんですよ? 実際はしょぼくれた捨て犬みたいでギャップがすごくて!」
『捨て犬ww』
『謝罪じゃなくて煽りで草』
『狂剣→狂犬→捨て犬のゼンキチ』
またこの手のプレイヤーかと、ゼンキチは肩を竦める。
一般プレイヤーからレアNPC扱いをされるようになってからこの手の輩が増えており、少し辟易していた。
一般プレイヤー目線から見たゼンキチが、何故ここまでレアキャラ扱いされるのか。
例えばこんなことがあった。
フィールドボス戦で窮地に陥ったとき、彼はどこからともなく現れ、まるで英雄のように加勢してくれた。
一方で、とある攻略班が聖都に滞在していたときには、突然PvPを申し込んでくるといった辻斬り顔負けの奇行も見せた。
そして今日のサクヤと同じように、街中に普通の顔をして歩いていたりと、その遭遇に再現性がないことによるエンカウント率の低さがレアキャラ扱いされる要因であった。
そして何より、何故そこまで遭遇したがるプレイヤーがいるのかと言えば、エンカウントしたプレイヤーは、ゼンキチ開発の独自スキルを伝授されているというメリットがあったからだ。
マーナミヤと別れ、ソロの身の上となったゼンキチは、寂しさを埋めるように他のプレイヤーに関わるようなロールプレイを楽しんでいた結果、言うなれば自業自得でもあるのだが、好きに暴れていた結果の狂剣である。
「まあ、いい。君も俺のスキルが目当てだろう? 早速だが郊外に出ようか」
「えっ、今から実践!?」
『神回キターーーーーー!!』
サクヤは、盛り上がる視聴者たちのコメントをちらと見て、その期待に応えるべく、気合を入れて立ち上がった。
そして、元気よく返事をする。
「よし! よろしくお願いします! 押忍!」
その気合の入りようにそれほど乗り気ではなかったゼンキチであったが、口元を少し綻ばせた。
——場面は変わり。
ゼンキチとサクヤは相対している。
ゼンキチの左手には幅広の柳葉刀が、右手には短剣が構えられており、一触即発の空気であった。
その姿は、先ほどまでの捨て犬とは同一人物とは思えぬほどのもので、紛れもなく歴戦の剣士の風格を帯びていた。
「さて、じゃあなんにせよ、君の実力が見たい。本気で戦ろうか」
「ゆ、油断してた……。やっぱこの人、狂剣だ……!?」
『神回キターーーーーー!!(二回目)』
——ゼンキチから決闘の申し込み。
ポップアップログがサクヤの目の前に浮かんでいる。
サクヤに刺さるゼンキチの目線がやけに鋭く感じられた。
まるで値踏みをするかのような鋭い視線にサクヤの腰は若干引かれているが、ゼンキチは剣呑な雰囲気を抑えようとはしない。
サクヤは一瞬、視聴者のコメントを確認する。
やれ、『ブッ潰せ!!』だの、『YES YES YES!!』だの、『骨は拾ったる……』等と、好き勝手騒ぐコメントが上から下まで流れるのが止まらない。
過去最高に盛り上がるそれをみて、サクヤに逃げ場はなくなった。
ゼンキチの圧力に少し気圧されはしたが、何よりこんな美味しい展開、逃げるつもりも毛頭なかった。
——決闘開始!!
「先手は譲るよ」
余裕綽々とそう宣うゼンキチは、だらりと両の剣を下げたまま。
一見、無防備にも見えるそれは、どうにも堂に入っており、その様子にサクヤも攻めあぐねる。
何クソと歯を食いしばって、サクヤは身の丈ほどの大剣をギュッと握り直し、ゼンキチに向かって突貫した。
「チェスト~~!」
正に知恵捨。
サクヤは、頭より上に振りかぶった大剣を裂帛の気合とともに振り下ろす。
ブンと風を切る音。
大剣の重さとサクヤの見た目からは予想できないSTR(筋力)の高さが合わさって、流星のような斬撃がゼンキチを襲う。。
その威力と重さ、ゼンキチのか細い両の剣では受け太刀するには心もとない。
だが、先手を譲ると言った以上、ゼンキチはその場から微動だにせず、迎え撃つ。
ゼンキチは、だらりとしていた左腕を前に出し、サクヤに刀を向けた。
衝突の間隙、サクヤの振るう大剣の腹をゼンキチは刀で叩き、軌道を少しずらす。
軽い一押しで、標的を外れた切先は勢いのまま地面を抉り、砂塵と破片を派手に跳ね上げた。
その衝撃で、サクヤの身体が前に流れ、両腕に残る衝撃もそのまま上体が軽く浮く。
すかさずサクヤの手元へ、ゼンキチは刀の背を滑らせるように添え、上へと押し上げた。
「ふッ……!」
踏ん張りを失ったところ、上方へのベクトルが加えられたことにより、サクヤの重心が浮き、半身が持ち上がった。
そのままサクヤは自らの勢いに引きずられるように、よろめきながら前へと投げ出されて、尻餅をつく。
ヒヤリとサクヤの首筋に冷たいものが触れた。
「今の一合でなんとなくわかったよ」
サクヤは、首に添えられた刀を横目に見ながらゼンキチに懇願した。
「いやぁ、痛くしないでくださいね……?」
「わかってる。手早く済ませるよ」
さくり。と、ゼンキチの刀は驚くほど滑らかにサクヤの白い首を撫でた。
赤いエフェクトともに首が舞う。
——決闘終了!!
——勝者:ゼンキチ
「君は分かりやすく脳筋だな! ふぅ……ちょっとすっきりした」
ゼンキチは、我慢していたくしゃみを思いきり解放した後のように、妙に晴れやかで、爽快な顔をしていた。
「ええ〜、人の首飛ばしておいてものすごく爽快な顔してるぅ〜??」
『瞬殺ww』
『大剣ブンブン丸、2秒で撃沈』
『こちらが敗北RTA会場?』
『狂剣さんへ、舐めた口聞いてすみませんでした』
『撮れ高を、ありがとう』
一時的に展開されていた決闘用のフィールドが決闘終了のログとともに解散される。
フィールドの外で再生されたサクヤは自分の首元を優しく撫でながら、流れる視聴者のコメントへと悪態を吐いた。
「ちょっとみんな、私の負けに喜びすぎじゃない!?」
『いやぁ、流石のお手前。鮮やかな首チョンパでしたね』
『首ポロRTA更新おめでとう!』
『サクちゃん、面白かったよw』
『サクヤ、狂犬に噛まれ保健所送り』
コメント欄の大喜利大会が続く中、サクヤはぷりぷり怒ったふりをしながら、類を見ない盛り上がりに頬が緩んでいる。
その賑やかな雰囲気の傍で、ゼンキチも一人、しごき甲斐のあるキャラクターの登場に笑っていた。
ポンきっさんが最後に一言。
『これは次回も期待大だねぇ〜』




