19_アイオーンライフ・ライブストリーム
「やっほー! サクサクライブのお時間がやってまいりました〜! 今日も元気にスタートしまーす!」
始まりのあいさつと共に、閑古鳥が鳴いている。
BGMだけがチープに流れ、同時接続者数は、ただ一人。
え、あ、うーん。とか言いながら、ちょっと定型文のあいさつを始めるまでにたっぷりと時間を取ってみたりしても、これである。
『サクちゃん。おつおつ~』
これもいつも通りか。
眼前にポツンと現れる、いつもの人のアイコン。
今日も、あの人のコメントだけが、身に染みた。
「あっ、ポンきっさん、いつも早いねぇ~! ありがとう!」
底辺配信者と常連さんとの距離は近い。ポン基地さんの呼び方なんて、もう“ポンきっさん”くらいの気さくなイントネーションである。
これが底辺配信者の常識。
私、サクヤのアイオーンライフは、こんな感じでいつも始まるのだ。
『サクちゃん、今日はどこまで進めるの~?』
「ええ~どうしよっかなぁ。とりあえず昨日、聖都まで辿り着けたから、この辺を物色するのはマストで~……」
『サクちゃんの方向音痴なら聖都内で迷子になりそうw』
「ああ~! またそんなこと言いおって! 無事聖都まで着いてんだから、すごい方でしょ!?」
『大冒険でしたねw』
そう。ここまででもサクヤの冒険は大変だった。
道に迷い、モンスターに襲われ、大蛇に飲み込まれて即死、そしてまた道に迷い……。
配信してはいるけれど、基本ソロの立場。紆余曲折の末、なんとか聖都に辿り着いたのでした。
でも、今のゲーム全体の進行から見ても、聖都に辿り着けば中級者と呼ばれるくらいなんだよね。
……まあ、ポンきっさんに東西南北上下左右の指示を仰ぎながらの、ラジコンサクヤだったけど。
「ポンきっさんは、今どの辺にいるの~?」
『ん~、サクちゃんが追い付くのはまあまあ先のあたりかなぁ~』
「相変わらずネタバレ配慮最高かよ! でも、すごいねぇ、きっと最前線組だ」
『そこまでではないよw』
ほぼ一対一の会話。配信に来てくれる人は他にもいるけれど、こんな調子だからあまり固定さんができることはない。
バズってみたいとは思うけど、この現状に不満があるわけでもない。完全ソロだと寂しいし、これくらいゆるい温度感がちょうどいい。
所詮、ゲームだしね。楽しければなんでもいいのだ。
『てか、今、聖都にレアNPCが出るって噂だよ。散策のついでに探してみれば?』
「レアNPC~? それって白天騎士団の団長さんのこと?」
『紅玉のマナミガルムもレアだけど、会うだけなら聖都で粘れば会えるから! 今、聖都周りにいる奴はもっとヤバい奴だよ!』
会えるなら会った方がいい! と、熱弁するポンきっさん。
推定上級者のポンきっさんが言うんだから、きっと本当にレアなんだろうな。
どうせ聖都は見て回りたかったし、ポンきっさんの言葉ぶりからも興味が湧いてきた。渡りに船かな?
「ええ~、じゃあちょっと探してみようかなぁ? そのNPCってどんな奴なの?」
『んとね、条件はまだはっきりしていないんだけど、とにかくそいつに認められれば強スキルをくれるんだ』
「ふーん! 爆アドじゃん!」
『そうそう。でもなかなかエンカウント率が悪くて、どこに出るかも不確定の神出鬼没。会えたら本当にラッキーな奴なんだよね』
「ほうほう。そんな奴がこの辺にいるんなら、今頃私以外にも捜索隊がいそうだねぇ~」
『たぶんね。んで、肝心のそいつの名前と見た目だけど……。まず、そいつの名前は……』
——狂剣のゼンキチ。
ヤバそうな名前だ。
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聖都の喧噪を遠く耳にしながら、郊外のベンチに腰を掛ける男が一人。
冷たい風に小汚い外套の裾が揺れる。男はひとり、ほとほと困っていた。
「はぁ、俺はマーナミヤに会いに来ただけなのに……」
ドタドタと近づいてくる足音に、男ことゼンキチは身を隠す。
「いやぁ、ライフクエストのためとはいえ、奮発してスキルを安売りしすぎたか? いやはやゲーマーの嗅覚と情報網と執念は、なんとも恐ろしい」
まあ、俺もあちらと同じ立場だったら同じことをしている自信があるけど。と、口に出さずともゲーマーの性を否定できないゼンキチ。
ゼンキチは、ひとりこれまでの経緯を思い出す。
「マーナミヤと別れて久しい。ここで喧嘩別れしてから、いつの間にか彼女は騎士団長にまで上り詰めているし、なかなかお目通りも難しい立場になってしまった」
もし、あの時喧嘩してなければ、こんな寂しい一人旅になんてならなかっただろう。
ソロプレイを寂しいと思うようになるなんて、マーナミヤに絆されて、自分も随分変わったなぁと自己分析しながら、ゼンキチは過去の別離を少し惜しむ。
「方や俺は、プレイヤー相手に腕試ししながらスキル開発していたら、いつの間にかスキルをくれる珍キャラ扱い……。狂剣なんて恥ずかしい二つ名も付けられるし……」
踏んだり蹴ったりもいいところだなぁと、ゼンキチは肩を落とした。
ということで、紆余曲折の末、ゼンキチとマーナミヤは別々に行動していた。
喧嘩の理由は至極単純で、些細なすれ違いからだった。
ロアマンティスの撃破から、長くともに旅してきた二人の間には硬い縁が結ばれていた。
その結束の硬さは二人とも感じていたところであるが、若いマーナミヤと言えば、その縁を運命の赤い糸とでも考えていて、一方、朴念仁のゼンキチと言えば、その縁の糸を切っても切れない強力なロープみたいなものとでも思っていた。
若い身空、対人経験にも乏しいマーナミヤが昼夜を通して異性と苦楽をともに過ごした結果、意識するなという方が難しく、それに気づき、そっとフォローするのが大人というものだろうが、お生憎のゼンキチはその矢印に気づきもしない。
この時点で二人の認識には齟齬があったわけだが、聖都に着いた後の出来事があって、それはさらに加速することになる。
話は少し変わり、余談だが、アイオーンクロニクルというセカイがゲームである以上、一般のプレイヤーたちは基本的にメインクエストを進行して、シナリオを進めていくこととなる。
要は進むべき本筋の道標が用意されているわけだが、実はゼンキチたちNNPCにはそれがない。
あくまでもゼンキチたちNNPCは、セカイ側の存在であるからだ。
では、何を目的とするのか? 探索者を手助けするも良し、敢えて敵対するも良し、我関せず一般のNPCに紛れるも良し。
ただ一つ、全てのNPCには各々に定められた仮想人生があり、各々そのシナリオに沿って生きることになる。
一般のNPCにとっては生きるために定められた天命であり、NNPCにとっては生きる意義を見出したときに授けられる天命である。
プレイヤーのメインクエストのように常にあって道標になるものではないが、ことあるごとに節目となるタイミングでNNPCに与えられるものであり、極めて抽象的な使命でその人生を左右するものである。
閑話休題。
そんな仮想人生――ゼンキチとマーナミヤが聖都に着いた後、マーナミヤ・マナミガルムにライフクエストが発生した。
それは、
――「白天騎士団に入団し、その頂に立て」というもの。
それがマーナミヤとゼンキチの袂を分かつ原因となる。
ライフクエストはNNPCにとって抗いがたい天命であり、特に目的を定めず旅をしていた二人にとっても、拒む理由がなかった。
マーナミヤはそれを受諾し、ゼンキチもそれを止めることはせず。
「君の器なら団長にもなれるだろう。頑張れよ」
なんて言って、笑って背中を押したつもりだった。
だが、マーナミヤには違って聞こえていたのだ。
まるでそこが縁の切れ目のような言葉。それが誤算であり、二人の認識の齟齬。
運命の赤い糸でつながれたゼンキチならば、きっとその騎士団とやらにも付いてきてくれるのだと、マーナミヤは勝手ながら思っていたのだった。
当たり前のようにゼンキチは、そこで一旦のお別れだと考えていた。
今生の別れでもなし。道半ば、どこかで道が分かたれることなんてよくあることと、これまでの人生経験から考えていたゼンキチだったが、経験不足・依存体質の箱入り少女にはそんな頭がない。
「特に目的のない旅だったんだし、少しの間、聖都に滞在してもいいでしょ!」
とは、マーナミヤの言。
対するゼンキチはと言えば、
「目的なく旅することが目的であって、世界のすべてを見たわけでもないから、俺はもう少しふらふらしてくるよ」
案の定、その場で大喧嘩。売り言葉に買い言葉でお互いムキになって、平行線となり、その場で喧嘩別れとなったのであった。
別れる間際、最後に聞こえたマーナミヤの声はいまだにゼンキチの耳に残っている。
「だって……ゼンキチと離れるなんて、考えたこともなかったもん」
その言葉が、「もう少しふらふらするよ」なんて言っておいて、なんだかんだと聖都から遠く離れられていない理由だった。
「はぁ~、よし。プレイヤーが多くて気が引けるが、少し聖都の方へ向かうか。マーナミヤには会えるかな」




