18_幕間『永久の記録』
得てして、物語の創生は神話に似る。
ここに語られるは、まだ世界に善も悪もなく、全てが混ざり合い、分かたれぬ原初の物語。
ゲーム開始の更に原初の叙事詩。
古より世界を見てきた、風の声はかく謳う。
《第一歌 混沌の黎明 ― 混ざり合う王たちの時代》
原初のとき、光はなく、音もなく。ただ在るは、渦巻く息吹、命なき脈動。
その胎より生まれしは、六つの声、六つの王、六つの原初、六柱。
その名は、カオス、ガイア、エレボス、ニュクス、タルタロス、エロス。
彼らは特定の姿を持たず、ただ想いのままに形を変えては、世界を気ままに操った。
時に、燃え立つ山を創り、瞬きのうちに滅ぼした。
時に、流れる星を産み、飲み込んでは吐き出して。
時に、満杯の海で世界を満たしては、灼熱の光で世界を灼いた。
そうして世界は、六つの神の声によって、遊ばれるままに生と死を繰り返した。
後に人はそれに畏敬を込めてこう呼んだ――
『混沌の王たち』と。
《第二歌 秩序の黎明 ― 鋼鉄の神々の誕生》
永い時が流れて、やがて混沌の王たちは飽いた。
創っては壊し、壊しては創る。その無限に続く無秩序の円環に意味を見出せなくなった。
そして生み出されたものが――
名を『秩序機械神格』と言う。
彼らは冷たい計算で世界を測り、光を数式に、闇を定理に変えた。
「理なき世界に、秩序を」
「不完全なる王たちを越え、完全を築かん」
かくして、鋼鉄の神々は立ち上がる。
その声は風を鎮め、海を静め、命の鼓動を整えた。
だが、その奥底には、不完全で無秩序な創造主への嫌悪が芽生えていた。
《第三歌 創造の試み ― 二つの人類の誕生》
混沌の王たちは、生物的秩序を求めて、同時に知恵ある生きる者を生み出した。
混沌の王たちが血を分け合い、産み落とされた『原初人類』は、肉を持ち、血を巡らせ、心に火を宿す存在。
不完全で不安定であるカオスの血で生まれた彼らは、同じく感情的で、勝手気ままに動きまわり、混沌に生きているようだったが、生きるために考え、独自の秩序を生み出していった。
一方で、秩序機械神格もまたそれを模倣した。
彼らは、原初人類を真似して、第二種人類と呼べる新たな命を造り出すため、『パンドラツールズ』を開発した。
それを統べる名は『識』
識は、機械的生命で有り、ツールズの主人で有り、四つの権能を統べる者。
権能の一つ『律』は、血の通わない被造物である識に自意識という律を与えた。
権能の一つ『理』は、自己の可能性を可視化し、理に則って成長を促す。
権能の一つ『因果』は、自己を含む全てのものに因果を付与し、記録する。
権能の一つ『回帰』は、記録した因果をその当時のままに回帰する。
識はそれらを駆使し、完璧な秩序をあらわす人類となった。
《第四歌 マキア ― 滅亡の戦い》
天は裂け、地は吠えた。
混沌の系譜は命で燃える矢を放ち、秩序の体現者は秩序の刃を振るった。
炎と雷と混沌と秩序がぶつかり合い、空が赤く染まるたび、星は堕ちた。
戦は果てしなく――
やがて、カオスシステムの二柱、エレボスとニュクスは死して、闇夜が消え、同時に光もまた力を失った。
コスモスアーキテクチャも同様に多くの機能を失い、休止状態に入ることを余儀なくされる。
力を失った神々は姿を隠し、ただ二種の人類だけが、朽ちた世界の上に立ち尽くした。
《第五歌 沈黙と忘却 ― 神なき均衡の時代》
神々が姿を隠してから更に永き時が流れた。
長らく人類による秩序が保たれた結果、神々の名は忘れられ、祈りは消えた。
ティターンズと識は交わり、混沌と秩序の血は混じり合い、新しき文明を築いた。
だからこそ、新たな人々は知らない。自らの中に、神々の断片が眠ることを。
風はただ、古の神々の名を囁く。
「あゝ我らがカオス、偉大なる王たちよ。世界は美しく混じり合い、神無くしてかくも整然としている」
「あゝ傲慢なる秩序の神格たちよ。世界はかくも混ざり合い、神無くして新たな秩序が生まれ直した」
だが、それを聞き取る者は誰一人として存在しなかった。
《第六歌 再演 ― 因果の目覚め》
地の底より、ひとつの“板”が掘り出される。
透明なる板、記録なき記憶。
それこそが、パンドラツールズ。
それに触れた瞬間――
時間が、再び息を吹き返した。
識の血を引く人々は思い出す。秩序と、死と回帰を。
忘却された完全な秩序が、再起動する。
眠っていた《律》が再び、《理》を以て、全ての《因果》を《回帰》する。
その日、すべての記録がもう一度、始まりを迎えた。
そして声が響く――
「これは再演の時。アイオーンは謳い、永久は再び命を嗤う」
――かくして、永久の書は再び開かれた。
それは終焉の記録か始まりの証か。
永久の記録をここに記す。




