15_廻る友と共に歩みて-逆転
瞬間、たなびく紅い髪がゼンキチの視界に揺らぐが、ゼンキチは目線をロアマンティスから外さず、その声に従った。
ゼンキチの体と意識は自然とマーナミヤの言葉に応え、ロアマンティスの右側へと身を翻し、攻撃に備える。
背中合わせに、ロアマンティスへと相対する二人。
たちまち、ロアマンティスの偉大な構えは頂点に達し、解き放たれた斬撃が音を置き去りにゼンキチたち目掛けて繰り出される。
大鎌が白い弧を描き二つ閃く。
「ッ!!」
しかし、その白閃は途中で折られることとなった。
一方、白閃に対し垂直に稲妻のように青く光る剣がぶつかり、大鎌を大きく弾き返した。
もう一方、炎のように赤く光る盾が白線の進行を塞ぎ止め、真正面から大鎌を叩き落とす。
少し後方でゼンキチとマーナミヤの様子を見ていたダンとゲステルは、瞬きするのも忘れてしっかりと見ていたにも関わらず二人と一体の激突に遅れて生じた大音声を耳にするまで、気づかなかったほど一瞬の出来事だった。
王蟷螂による選別の初撃は、ゼンキチとマーナミヤの完全勝利に終わる。
「今だよ!」
大技の後隙を四人で襲う。
攻防が収まった一時、マーナミヤは背中越しにゆっくりと口を開いた。
「やっぱり、ゼンキチは変わらないね。変わらず強い」
ゼンキチは、わずかに眉を動かす。マーナミヤがどんな表情をしているのか、ゼンキチからはよく見えない。
「……君も俺のことを知っているんだな」
「知ってますよ。それはとても。ゼンキチのおかげで私は少し変われました」
「そうか。だが、すまないね。俺は君のことも、あそこの二人のことも、恐らく前回の俺に関わる記憶は一切覚えていないんだ」
肩越しにマーナミヤの息を飲む音が聞こえた。
それを聞き、ゼンキチは言葉を続ける。
「でも、君の声を聞いとき、不思議と体が勝手に動いた。おかげで助かったよ」
その言葉を聞いて、再びマーナミヤが短く息を飲む。その音は喜色を含んでいた。
「ふふ、間に合って本当に良かったです」
ゼンキチとマーナミヤは顔を合わせ、笑い合う。
談笑も束の間、行動を再開したロアマンティスがのそのそと動き出す。
「おーい旦那! 初撃は任せて悪かったな。でもやっぱ俺らじゃあれは無理だわ。助かった!」
「それより、またアイツ動き出したよ。攻略を見た感じ、初撃の連発はないみたいだけど、油断したら俺らみたいなのは簡単にゲームオーバーだよ」
「まあ、弓職のお前は変わらず遠距離なのは当然として、俺は足を活かして遊撃で、前衛を旦那と……って、あの時の紅い姉さんじゃねえの!?」
「ゲぇっ!?」
改めてマーナミヤと顔を合わせたせダンとゲステルは驚いた。
特にゲステルは、だいぶ渋い表情をしていた。
それはマーナミヤも同じであったが。
「よりによってアナタが一緒とは……。まあ、いいです。巡り巡ってあの時アナタが余計なことをしていなければとか思わないでもないですが、もう水に流します」
マーナミヤはゲステルに向かって、かなりの棘を醸し出しながら溜飲を下げた。
ゲステルもバツが悪そうな顔をして、ゴニョゴニョと小さい声で「ごめん」なんて呟いているが、小さな意地悪でマーナミヤはそれを聞こえないふりをする。
「やれやれ。みんな顔見知りか。なんだか俺だけ疎外感を感じるな。おっと、そろそろボスさんも待ってくれそうにないぞ。気を引き締めよう」
「そうですね。では、改めて……」
マーナミヤは剣を構え直す。
「私はマーナミヤ・マナミガルム。ゼンキチに助けられて、変わった私を見てほしくて、あなたの背中を追いかけてきました。良ければ、もう一度、最初から始めましょ。また、仲間になってください!」
「随分と、前の俺は縁に恵まれたようだ」
ゼンキチの口元が緩む。
「なあ、みんなに仲間として一つ相談なんだが……」
「なに?」
「……なんか嫌な予感」
「茶化すなよテル。聞いてやろうぜ」
「ここは一つ、みんなで一丸となって、奴のあの自慢の大鎌をぶった斬ってやろうじゃないか! アレ、ものすごくレアドロの匂いがしないか?」
ゲステルがため息を吐き、その肩をダンが叩く。憂鬱そうなゲステルとダンが対照的だった。
一方で、喜色満面のマーナミヤと一層楽しそうなゼンキチの笑顔は、これでもかとはじけそうで、眩しかった。
楽しい時間はここから始まる。
「さあ、行こう!」
「ゼンキチはなるべく攻撃に集中して! ボスの攻撃は私が全部捌くから!」
「心強い!」
「テル! 俺らに矢を当てるなよ!」
「うるさいよ! お前も早く行け! このままじゃ、俺ら本当にいいとこ無しだぞ!」
四人は一斉に駆け出した。
ゼンキチは剣を振りかざし、ロアマンティスとの距離を一気に詰める。その横にはピッタリとマーナミヤが付き、万全の構えで守りを担う。
背後ではゲステルが弓を引き、次々と矢を放つ。弓矢の扱いは、現実ほど技量が必要ではなく、狙ったところに届くようになっているが、とはいえロアマンティスの傍で縦横無尽に動くダンとゼンキチたちに当ててしまいそうで、ゲステルは時折、不安そうな顔をしていた。
急造パーティにしては、ゼンキチたちの連携は完璧に近く、まるで一つの物体として動いているようで、危なげなくロアマンティスとの攻防を重ねていく。
「前衛組~! いったん退け、また大技がくるよ!」
頭上に構えられたロアマンティスの大鎌が光を反射し、輝く。
次のロアマンティスの行動に対して一行に緊張感が走るが、ゼンキチだけが違った。
ゼンキチは、仲間に向かい一つお願いをした。
「ダン、君はゲステルのところまで戻るんだ。そして、マーナミヤさん、今度は俺一人に任せてほしい」
「え?」
「俺はいいが……。旦那、何しようってんだ?」
「いや、なに。さっきはマーナミヤさんと共同で奴の一撃を凌いだだろ? 今度は、せっかくだから俺一人で、あの一撃を何とかしてみたいんだ……!」
「ええ~!? 無理……ではないかもだけど、そんな無茶しなくてもいいじゃないですか!?」
「そうだぜ、旦那。さっきみたいに二人でやればいいだろ? わざわざ危ない橋を渡るこたぁねぇよ」
「大丈夫! さっきのでタイミングは掴んだから、それほど無茶ってわけではない!」
キラキラしたゼンキチに対し、どんよりした表情を見せる二人。こうなればゼンキチの頑固は折れることがない。
「あの顔は絶対に折れることが無さそうですね……」
「まあ、フォローできるよう後ろで控えてるわ……」
マーナミヤとダンは渋々ゼンキチを送り出した。
「やあやあ悪かったね。仲間たちに無理言って、なんとか一騎打ちの場をもらったよ」
「……」
「何も言わんでいいよ。これは俺の我儘だ。ただ君の神速の抜刀に身惚れて、一度でいいからガチンコで挑んでおきたかった」
巡り廻ろうともゼンキチとロアマンティスは再び相見える。
ロアマンティスの偉大な構えは天を衝き、さながら昇竜のようで、対するゼンキチは、それを見上げ、虎視眈々とその時を待つ。
辺りは静寂に包まれる。
誰かの息を飲む音だけが響いた。
次の瞬間、まず金属同士が激しくぶつかる音が響く。次に金属が破壊される音が、そして最後にゼンキチの絶叫が木霊した。
「俺の、勝ちぃ!!」
受けに回ったゼンキチの短剣一振りが粉々に砕け落ち、粒子となり消え失せるが、ゼンキチはノーダメで切り抜けた。
高らかに響くゼンキチの笑い声が、ゼンキチの勝利を告げていた。
「うわぁ、本当にやり遂げちゃいました……」
「やっぱとんでもねぇな」
「とと、ぼーっとしてる暇はないですね。私たちも続きましょう」
「そうだな。突撃だ!」
後方で見守っていたマーナミヤとダンも前に出て、大技の後隙を全員で攻める。
「あ、右腕を狙おう! 右腕! ダメ蓄積で部位破壊だ!」
「だとよぉ、テル! 頑張って狙えよ!」
「流石に無理に決まってんだろ! 部位破壊は前衛の役目でしょ!」
「こら〜! 後ろの下衆! いま矢が私を掠めましたよ!」
「ああ!? もう早く終わってくれぇ!?」
「あっはっは! 久しぶりにバーティプレイは楽しいな!」
四人の士気は高い。二度もロアマンティスの大技を防ぎ、これまで順調に戦いを進められている。
しかし、一方でロアマンティスは怒りに口元を震わせた。
自分はこの森の王者である。その絶対の一振りで、数多の人間を切り伏せてきた。
絶対の自信を持つ一撃でも倒せないだけでなく、目の前の人間どもは、何度もの攻防を重ね、それらを悉く跳ね返してくる。
なんとも憎し。ここまで虚仮にされたことはない。
「ギチチ、ギギギ……!」
特に高らかに笑う目の前の男には、憎しみにも似た感情を覚えていた。
まるで過去にも同じ感情を覚えたのではとデジャブを感じるほどの苛立ちをゼンキチに向ける。
ロアマンティスは、その細くてしなやかな腰を精一杯捻り、溜めを作る。
「退避! また大技が来るぞ!」
全員がその声に反応し、瞬時に退く。
ロアマンティスは、一層、引き千切れんばかりに腰を捻った。
「大回転攻撃です! 大鎌の延長線上は全て攻撃範囲なので、避けに徹してください!」
「姉さん、よく知ってるな!」
「前にゼンキチから聞きました! あと攻撃後の風圧にも気を付けてとのことです!」
ロアマンティスの溜めた捩れのエネルギーは最大に達し、全て解放される。
伸ばされた大鎌が唸る大回転に合わせ、ロアマンティスを起点として周囲を薙いだ。
円内は致死の領域。先の注意のおかげで全員が身を低くし、回避に成功するが、ロアマンティスの回転は隙を生じぬ二段構え。注意してあっても、特大の運動エネルギーが起こす扇風に耐えられる者はおらず、一様に吹き飛ばされた。
「きゃ!」
「ぐッ!?」
吹き飛ばされ、落ち着く暇もなく、ロアマンティスは次の行動に移っている。
「みんな、次の攻撃が来るぞ! すぐ構えて!」
ゼンキチが叫び、その声に各々防御の態勢を取るが、ロアマンティスのヘイトはゼンキチのみを捉えている。
次の瞬間には、バチバチと喧しい羽音を鳴らし、ロアマンティスとゼンキチとの彼我の距離は瞬く間に詰められていた。
弾丸のように飛来するロアマンティスに然しものゼンキチも反応しきれず防御が遅れ、ロアマンティスの巨体が容赦なくゼンキチを轢いた。
衝突事故は凄惨で、ゼンキチの身体は浮き上がり、斜め上へと投げ出される。そのまま地面に落ちるまでに空中で二度回転して、最後に肩から着地し、ゴロゴロと転がりながら停止する。
「これは、流石にマズイかもな……」
なおもゼンキチをつけ狙うロアマンティスは、間合いを詰め、連撃を見舞った。
右一閃からの左二撃目、噛みつき攻撃を挟んで、締めには左右同時攻撃の華麗なコンビネーション。
ゼンキチのHPは既に食い縛り状態の残り一メモリ。
どれも致死の攻撃たち、しかしそれらは、間に割って入ったマーナミヤに悉く撃ち倒された。
「ゼンキチ、大丈夫!?」
「おお……あのマーヴェラスコンビネーションを全てはたき落とすとは……」
ゼンキチが驚き、ダンとゲステルも後ろでドン引いている。
「うわ、すげ。あの連撃を受けて二歩しか退がってない」
「何あれぇ……もう何かそういうタイプのゴリラでしょ」
「全ての攻撃を上から叩くマウンティングゴリラか……」
「そこ、バカ言ってないですぐにカバー!」
「「はい!!」」
四人は改めてロアマンティスに向かい直した。
「ともあれありがとう、マーナミヤさん。助かったよ。」
遅れて近づいてきたダンからゼンキチは回復ポーションを受け取る。
「おう、旦那。ポーションだ、使いな」
「すまない。それにしても、これまでよりも攻撃が多彩になってる。モーションの変化かな?」
「たぶんそうでしょうね。モーションの変化についても前に聞いたような気がします」
「ってことは、そろそろ戦いも終盤か?」
「恐らくな。よし、気を抜かず最後まで頑張ろう!」
体勢を立て直し、気を引き締めるゼンキチたちに、ロアマンティスは口元を震わせ、酸液を吐き飛ばした。
「うわ、あぶない!」
ゼンキチは辛うじて酸液を躱し、すかさずマーナミヤが反撃に転じる。
マーナミヤの鋭い剣撃がロアマンティスの脚部を切り裂き、一瞬の隙が生じた。
「今だよ!」
マーナミヤの合図と共に、ダンが走り、ゲステルが弓を放つ。
受け取ったポーションで回復を終えたゼンキチも遅れて前線に合流する。
ゼンキチ目掛けて振るわれるロアマンティスの大鎌はマーナミヤの盾により防がれ、その隙にゼンキチが右鎌の付け根を狙う。
「いい加減、私も学びました。ゼンキチに無茶しないでって言葉で言っても無駄だって」
「えー?」
「勝手に守ります。私がそうしたいと思うから」
花が咲くように綺麗に笑うマーナミヤ。
ゼンキチはその顔を見て、マーナミヤの強さを感じた。我を通す強さ、確立した自己を持っている強さを。
「マーナミヤさん、この戦いが終わったら、君の話しを聞かせてくれ。君のことと、君がそんなに恩義を感じている過去の自分のことが知りたい」
「いいですよ、いくらでも」
ゼンキチたちの連携に翻弄されるがままのロアマンティスは、三度、両腕を大きく振り上げた。
ロアマンティスにとって、絶対の自信を持つ大技を構える。
しかし、ボロボロの王者が意を決した必滅の一撃は不発に終わった。
「はは、取ったり!」
忍び寄っていたダンが背後からロアマンティスを襲う。
ダンは、一つ目の跳躍で地面を蹴って、スキルを使い空を踏み、大上段に振り上げられたロアマンティスの右鎌の付け根に不意打ちを決めた。
ダメージの集中はいつしか部位破壊に繋がる。これまでの集中狙いが功を奏し、ダンの不意打ちが決定打となり、ロアマンティスの右鎌は切り落とされ、地面に突き刺さる。
それでも王者は構を下げることはしなかった。
片腕は落ち、威力は文字通り半減。しかし、残された一刀に全てを乗せて、王者の最後の一振りは振り下ろされる。
「グギギ……ギギギ」
「楽しかったよ」
最後は敢えなく。
ロアマンティスの攻撃は空を斬り、ゼンキチの剣が深々と突き刺さる。
そして、光の粒となって、空に吸い込まれていった。
「グギギ……ギギギ」
「つぎは、ころす」




