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14_廻る友と共に歩みて-流転

 逸る気持ちを抑えきれずドアを叩いて、雑踏へ飛び出した。

 彼は、一度目と同じように蠢く(プレイヤー)の波とその喧騒に目を輝かせている。


 しかし、一度目とは違い、その様子を見て、彼に声をかける紅い少女の姿はそこになかった。


――――――――――――――

NNPC:ゼンキチ

使 命:拓く者

生立ち:剣士

保有LP:0p


メインステータス

~省略

装備

~省略


称号

・廻生(一)※この称号による特殊な効果は無い。

――――――――――――――


「おっと、このままだと風景を見ているだけで一日が終わってしまいそうだ。ひとまず街の外へ出てみようか」


 彼こと、ゼンキチのステータスには、廻生(一)の文字が新たに刻まれていた。

 これは、死亡によるやり直しを行ったこととその回数を示す称号であるわけだが、そのことにゼンキチはまだ気づいていない。

 

 ゼンキチの中では、目の前に広がる光景はどこまでも新鮮で、憧れていた世界ゲームそのものだった。

 好奇心に駆られ、踏み出す一歩。目の前に広がる街並みが、おとぎ話の一場面のように美しく、音楽が流れ、人々が行き交い、活気に満ちた風景はゼンキチの心を躍らせる。

 ゼンキチは、まるで自分が夢の中にいるかのような錯覚を覚えつつ、次々と目に飛び込んでくる新たな景色に心を奪われた。


 それでも、どれだけ短かったとしても、一廻目のゼンキチが歩んだ全てがまったく無かったということにはならない。

 偶然か必然か、一廻目のゼンキチが紡いだ縁が、新たな巡りとして二廻目のゼンキチに巡ることもあるだろう。。


「お! あんた! そうそこのNPCの旦那! また会ったなぁ!」


 知らぬ人に声をかけられてきょとんとしない人間はいない。

 ここが現実であれば、どこかで会った人かなぁなんて思うかもしれないが、当のゼンキチは、まだ宿(初期リス)から出たばかりだ。

 知り合いなんているわけがないというのに声をかけてきた彼は、しかし、確かにゼンキチのことを知っているようだった。


「おいおい、忘れちまったのかぁ!? あん時、デカマキリから一緒に逃げた仲じゃねぇか!」


 彼の名は、ダン。マーナミヤと共に三人で王蟷螂ロアマンティスから逃げ延びた逃げ足の速いダンだ。

 そして、合縁奇縁は続く。


「ダン、たかがNPCが俺らのこと覚えているわけないだろう。てか、お前が言っていたNPCってコイツのことかよ……」

「あん? テル、お前もこの旦那に会ったことあるのか? あ、もしかしてガードの街手前でパーティ壊滅したとき、憂さ晴らしに喧嘩吹っ掛けて、返り討ちにあったのって……」

「ああ、そうだよ! こいつだよ!」


 悪態をつくもう一人の青年。分かりやすく小物っぽくゼンキチのことを睨みつけている

 彼は、マーナミヤに回復ポーションを恵んでもらったくせに嫌がらせをしてきた名前のない下衆な小物くんだ。


「相変わらずバカだなぁ、ゲステル。喧嘩売る相手を間違えてら。と、そういえばもう一人の紅い姉さんがいないな?」


 自分のことを知っていると主張する全く知らない人間がいきなり二人も現れれば誰だって困惑するだろう。


「君たち……、ちょっと待ってくれ。一体どういうことだ?」


 ゼンキチも大いに混乱していた。


「俺は君たちのことを知らないんだが、本当に会ったことがあるのか?」


 ダンは大笑いしながらゼンキチの肩を叩いた。


「なんだよ、寂しいことを言うなぁ! 一緒に走り回った仲じゃないか!」

「所詮NPCなんだから、そんなもんでしょ。俺は忘れられていた方が助かるけど」


 ゼンキチは彼らの言葉に耳を傾けながら心の奥底で何かが引っかかっていた。

 確かに彼らのことは記憶にないが、紛れもないプレイヤーが自分のことを知っていると言う。


「本当に俺は君たちに会ったことがあるんだな?」


 廻生。

 ゼンキチは、自身のステータスに刻まれたその称号を思い出した。

 ただでさえ見慣れぬ言葉だ。ログインしてすぐだと言うのに何故か取得されていたことに違和感を覚えたものだが、特段の効果もないし、頭の片隅に押しやっていた。


 廻る生。転じて生は廻る。


 つまり、そう言うこと。


「俺は、一度死んだんだな」


 とどのつまり、その結果に、その事実に辿り着く。


「あっはっは!! そうかそうか、前の俺は失敗したのか!」

「お、おう。なんだなんだ!?」

「壊れちゃった……」


 ゼンキチの笑い声はしばらく響いた。

 一人で得心して、プレイヤー二人を置いてけぼりにしたまま、微妙な時間が流れるが、やがて落ち着きを取りもしたゼンキチが口を開く。


「あい分かった。袖振り合うも多生の縁、どうだ君たち、一つ俺の頼みを聞いてはくれないか?」


 ピコんとシステムログの音が鳴る。


「大方単身で突っ込んで、どこかで失敗したのだろう。独りでクリアさせてくれる難易度でもないらしい。どうか俺のレベリングを手伝ってくれ」


 識号プレイヤー【ダン】及び【ゲステル】にNNPC【ゼンキチ】からのサイドクエストが発生。


――サイドクエスト【再出発の剣】




 ゼンキチの出したクエスト受諾した二人は、ゼンキチを連れ、オーローン森林を目的地として向かった。


 街を出てすぐに広がる緩やかな草原地帯を抜け、次の街ガードへと連なる街道から外れると、鬱蒼とした森が広がっている。

 木々の背は高く、昼間だというのに、入り口からして薄暗い。虫の羽音と鳥や獣の鳴き声だけが響いていた。


「うわ、やっぱここは来るだけで気が滅入るな……」

「そりゃあ、パーティ壊滅した場所だしな」

「それを言うなって」


 ゲステルが顔をしかめ、ダンが茶化すように笑う。

 ゼンキチは二人のやりとりを後ろから見つめながら、やや遅れて歩いていた。


「ここが……オーローン森林」


 ゼンキチがつぶやくように言った。


「君たちはこの森に詳しいのかい?」

「ま、何度かアタックしているし、多少はな。ただ前に旦那にあった時もそうだったが……」


 ダンが口ごもる。


「モンスターの配置もちょこちょこ変わるから、気を抜くと痛い目みるし、なにより……」

「特に、フィールドボスの王蟷螂ロアマンティスな。あれはマジで洒落にならん」


 ゲステルが付け加える。


「今の旦那は、俺と前に会った旦那じゃないみたいだけど、そのフィールドボスから俺たち、命からがら逃げたんだよ」

「あのクソカマキリを倒したのだって攻略班くらいだろ? クソヘビもそうだけど、初見で討伐成功させる気ねぇよなぁ」

 

 雑談を交わしながら三人は進む。

 森の中に入ると、視界は一気に狭まり、獣道のような一本道が続いていた。

 ゼンキチは、慎重に剣の柄に手を添えながら歩を進める。


「ふむ、そこかしこに生物の気配……。ところで、そのフィールドボスは出現条件とかあるのか?」

「この森のボスらしく、一定時間このエリアに滞在しているかモンスター狩りまくっていたら出るらしい」

「じゃあ、今回の目標はそいつの狩猟だな」

「おいおい、勘弁してくれよ旦那! 俺らデスペナ明けで、またペナルティ喰らいたくないぜ!?」

「ははっ、クエストを受注したのが最後だな。それに負けなければいいだけのことだろう? なあに、報酬にそのボスの一番いいドロップ品をやろう」

「ダン、俺らミスったかもな……」

「……もうなるようになれ!!」


 木の枝のような硬い何かが軋む音。音の正体が姿を現すより早く、ゼンキチの剣が風を裂いた。


「来るぞ!」


 ゼンキチの剣を避け、陰から三匹の狼のようなモンスターが飛び出してきた。


「グリーンウルフだ! 動きは速いが単体だとそんなに強くねぇ! 連携取られる前に手分けしてやるぞ!」


 ダンと声と共に三者で分かれる。


「まずは軽くウォーミングアップだな」


 ゼンキチは、真正面の一匹に狙いをつける。

 相手はスピード重視の中型モンスター。間合いを一気に詰めてきて噛みつかれそうになるが、ゼンキチはその動きに動じず、冷静に一歩踏み込み、逆に斬り込んだ。

 刃が閃き、ウルフの前足を切り払う。突進が止まり、追撃の横薙ぎで肩口を裂いた。

 すれ違いざまに二度斬撃を浴びたウルフは、たまらず離れようとするが、ゼンキチも体を反転させ、追う。

 だが、速力はウルフが上。逃げるウルフは、確認のため後方を振り向くと、刃が飛んできていた。

 追いかけっこは分が悪いと見たゼンキチが、ウルフ目掛けて短剣を投擲していたのだ。

 足を止めたのがウルフの運の尽き。短剣を食らい、ひるんだところ、最後にウルフの双眸が写したものは、剣を構える笑顔のゼンキチだった。


「ま、この程度なら問題なさそうだな!」

「うへぇ、あいつの剣速、ガワから見たらあんなに速いのかよ……」


 先に戦闘を終え、ゼンキチの様子を窺っていたダンが剣を鞘に納め、ゲステルも弓を背負い直しながら方々違うリアクションを見せていた。


「よし! どんどん行こう!!」


 初めての戦闘を終え、ゼンキチはご満悦だった。





「ああぁ……。もう帰りたい、帰りたい。絶対もうすぐアイツが来るよ……」

「いい加減諦めろよ、テル。見ろ、あのノリノリの旦那を。あの顔は、絶対帰るなんて言わないぞ」

「だから言ってるんだろ! これは心の準備のための弱音だ!」


 二人の漫才を余所にゼンキチは一人前に進む。

 ゼンキチは、手に残る敵を斬った時の感触を思い出しながら、感慨に耽っていた。

 風を裂く剣の軌跡、踏み込んだ時の足の運び、飛刀の軌道とキレ、どれも自分の思い描いた動きと寸分違わず動いた。

 どれもこれも全て初めての感覚だというのに、前の自分の影を感じてしまう。

 前回の自分についての記憶は一切ないというのに、どこか思考の片隅で前回の自分のことを考えてしまう自分がいる。

 

(これは少しノイズだな。余計なことを考えずに今を楽しもう)


 ダンとゲステルが何やら言い争っているのを微笑ましく聞きながら、ゼンキチは一人、気を引き締めていた。


(せめて前回の俺は、悔いなく逝ってくれてればいいな)


 森の奥から妙な気配を感じた。

 風が吹かない、木の葉も揺れない、生物の鳴らす音も静かになっていた。ただ、どこか遠くで枯れ枝が一本、折れたような小さな音がした。

 その音に、ゼンキチは無意識に足を止めた。


 何かが来る。


「……なあ、ダン。なんか変じゃねえか?」


 少し遅れて、ゲステルも違和感を覚える。息をを潜めてダンに問う。ダンもまた森の空気が、わずかに変わっていることに気づいていた。


「……モンスターの気配が、消えてるな」


 いつもなら鬱陶しいほど聞こえる虫の羽音も、獣の遠吠えもない。

 森の息吹が、どこかへ隠れてしまったように、辺りは異様な静けさに包まれていた。


 ゼンキチは、剣の柄に自然と指を添える。


 森の奥から、低く軋むような音が聞こえた

 音に合わせて、地面が揺れる。振動は地面を伝い、足を伝い、腹まで響く。


 硬質な何かが、高速で犇めく音。

 節足のこすれ合う不快な音。

 それは徐々に近づいてくる。

 

 そして、視界の奥、枝葉の隙間から、全てを薙ぎ倒して、彼女が飛び出してきた。


「……ッ!」


 大木と見紛う巨躯。それに似つかわしくなく枝のように伸びた四肢と真白く光る鎌足。

 その赤黒い複眼の奥には向き出しの敵意が光っていた。


「ロアマンティス……!」


 ダンが息を飲み、ゲステルの震える声が聞こえた。

 今世で初めての邂逅を遂げたゼンキチもその威圧感に気圧され、冷や汗が伝う。


「……やっとお出ましか! これが俺の再出発の刻。お前を超えて、盛大に飾ろう!!」


 ゼンキチは、虚勢を交えて啖呵を切った。


 始まりのゴングは鳴らない。森を統べる女王に慈悲など無く、全てを最初の一刀で斬り伏せる。

 彼女の醸し出す威圧感に気圧され、ゼンキチの背中には冷や汗が伝っていた。


「旦那! さっきも言った通り、奴の最初の一撃は高速の斬撃だ! 目で追ってちゃまず反応できねぇ!」


 まるで過去のリフレイン。

 しかし、ここには二者の因縁を知る者は誰もいない。片腕を捥がれた王蟷螂も一矢報いたゼンキチも過去のもの。

 それでも、相対する一人と一体は、在りし日を再びなぞるようで、王蟷螂はその自慢の大鎌を偉大に構え、ゼンキチもそれを迎え撃つ姿勢を取る。


 勝負は一瞬。


 ゼンキチにはとある確信があった。勝負は一瞬で決まる。対応できなければ、ゼンキチはまたも人生をやり直すことになるかもしれない。でも、何度やリ直したとしても、何度でもこの一瞬を繰り返すのだろう、と。


(過去の自分もこの強敵と対峙しただろう。その時の勝敗は、どうだったろうか)


 過去のことはわからないが、ただ一つだけわかっていることがある。きっと何もせず負けたということはないだろう。


 やがて、王蟷螂の偉大な構えは頂点に達する。


「来い、ロアマンティス!」


 しかし、一瞬の緊張を破る一つの声が。


「ちょぉぉぉっと待ったぁあぁ!」


 後ろから近づいて来る足音と裏がった少女の声。

 声の主は紅い髪をはためかせ、ゼンキチに向かい、一言告げる。


「とりあえずゼンキチは右側をよろしく!!


 やがて、紅い少女【マーナミヤ・マナミガルム】は廻る友に再び並び立った。

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