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13_そしてプロローグが終わる

「はぁ……」


 真白い世界で一人の女性がため息を吐いている。


「人の顔を見るなり、そんな深いため息を吐くなんてヒドいな」

「逆に聞くけど、多少期待していたヒトがあっけなく死ぬところを見て、がっかりしない人間がいると思う?」

「ふーん? 光栄です?」

「期待外れだったけれどね」

「はっはっはっは! まあまあ次の俺・・・に期待しようじゃないか!」


 何度か顔を合わせているとわかることもある。

 意外と接点の多いこのセカイの管理者ことゼン。

 白い様相と冷静な話しぶりから反して、感情が思いのほか顔に出る人だ。

 今も鳩が豆鉄砲を食らったように顔をしている。


「ま、いいけどね。こんなすぐに諦められてもこちらが困るし」

「ちなみにここに来たのは俺で何人目くらいだ? まさか流石に記念すべき一人目ってことはないよな? というか、そもそも今の俺は、一回目か?」

「あなたは、まだ一回目。ここに来たのは三十二人目よ」

「なんとも……多いのか少ないのか、結構微妙な数字だな」


 自身の死について、あっけらかんと語るゼンキチ。

 三十二人の先人が、ゼンキチと同様にゲームオーバーとなり、ここでゼンとの邂逅を果たしているとのことであった。

 それに少し不服そうな様子をゼンは見せる。


「ふん……。うち二十人は既にこのセカイからも消えているわ」

「……そうか。それはなんというか、向き不向き、相性が悪かったのか?」

「私のセカイについて来られなかっただけのことよ。あなたはもう少し根性見せて頂戴ね」

「今のところ、俺は何度繰り返したとしても、何度も繰り返すと思うけどなぁ」

「そう。まあ、確かにあなたよりもあなたのお仲間、一号の紅い子の方が今は心配ね」


 ゼンキチは、最後に見た紅い髪の少女、マーナミヤの顔を思い出していた。

 悲しむ間もなく、感情が追い付いていない呆けた顔だった。

 ゼンキチが大蛇の血を浴び、致死のドットダメージを食らったことに気づいてすぐ声をかけたが、その後の彼女の様子をゼンキチは知らない。


「ま、あの子ならなんとかなるだろう」

「あら、意外と薄情ね」

「そういうわけじゃないよ。彼女と接した時間はそんなに長くないが、人の機微を読めるくらいには話をしたからね。彼女は、幼く経験が浅いから打たれ弱く、そこから慎重なように見えるけど、根は結構単純で感覚派だ」

「ふ~ん。でも、打たれ弱いなら猶更駄目じゃない。今もあなたという心の支えを失って、絶望に打ちひしがれているわよ?」


 誰もいなくなったあの草原で打ちひしがれる彼女のことを想像して、ゼンキチも申し訳なさが湧いてきた。

 もう少しだけ面倒を見て、独り立ちを見守ろうと思っていただけに、あんな別れ方をしたら流石に傷つけてしまったかと、ゼンキチは少し我が身を振り返る。

 悩んだ末、ゼンキチはゼンに一つ頼み事をした。


「だからこそ、君が少しだけ彼女の背中を押してやることはできないかい? 管理者なんだから、NNPC(俺たち)の感情の調整くらいはしてるんだろう?」

「……。いつから気づいていたの?」

「伊達に80年も生きてないさ。客観的に見た時の自己に比べて、感情が昂る時にバイアスがかかるのを何度か感じた。こればかりは年の功かな」


 ゼンは短く息をつき、肩をすくめたあと、少しだけ柔らかな表情を見せた。


「まさか被造体に一日のうちに二度も驚かされるなんてね。減るものでもないし、どうせ忘れてしまうわけだから、気づかれても問題はないけど」

「そうだろう、そうだろう。どうせリセットしてしまうんだから、冥土の土産に色々教えてくれると助かる。開発者コメントとか好きなんだ」

「あなたの言う感情が昂ぶった時のバイアスについては、正にその通りなんだけど、今の技術では、感情の機微まで完全に再現することが出来ないことによる苦肉の策なのよ。現実よりも思考や感情を単純化させるために、所々で感情を増幅しているってわけ」

「思い返すとわりとその場のノリで動いていることがあったかもなぁ」

「そう。本来ならその違和感すらないように調整しているのだけれど、まあ、あなたがイレギュラーなのでしょう」

「要は、俺達は現実の俺達よりも多少短絡的でおバカってことだよな?」

「身も蓋もない言い方をすればね。私の最終目標は、寸分の違いもない完全な個人の複製を実現すること。あなた達は、その実験プロジェクトの一つよ」

「……。なんとも壮大な計画だ。俺程度では想像もできないことだけど、その計画の一端に関われて嬉しいよ」

「実験動物扱いに嬉しいなんて変わっているわね。この事実を聞いて、散々罵ってきた後に永久ログアウトを決めた奴もいたわよ?」

「まだやめるには勿体ないさ。もっとも、次にここに来ることがあっても同じことを言う気がするけれど。何なら、このやり取りを数えきれないほど繰り返して、君の方がうんざりするかもしれないね」

「それは、まったく楽しみではないわね」


 互いに目を合わせて、笑いあう。


 しばし談笑が続き、穏やかな時間が流れていた。最後の時だというのに、ゼンキチの心境は、どこまでも穏やかだった。


「話は戻るけど、特別にあなたの頼み、考えてみてもいいわ。あの紅い子は私にとっても少し特別な子だし、私が直接関与できる範囲も限られているから背中を押す程度、少しだけ風向きを調整してみるくらいなら許されるでしょう。もっとも、その後彼女がそこからどうするかは彼女次第だけれど」


 その言葉を聞き、ゼンキチは微笑みながら頷いた。

 ゼンキチの心に残る罪悪感はまだ消えないが、それでも少しは救われる気がした。


「ありがとう。マーナミヤなら、きっとその少しの後押しだけでも強くなれるだろう」

「あなたもあまりフラフラせず、今度こそ最後まであの子を支えてあげられるような自分でも目指してみたら?」


 ゼンキチはその挑発的な言葉に苦笑し、肩をすくめた。


「まぁ、来世の俺に期待大ってことで」


 穏やかな時間はやがて終わり、ゼンの柔らかい表情が一変、機械的なものに変わる。

 そこにはもう一人の管理者とただのプレイヤーしかいない。


「それでは、()()()とは、これでお別れ。少しの間だったけれど感謝します。どうか次の人生は良きものとなることを祈ります」


 粛々と告げられるゼンの声を聴きながら、ゼンキチは目を閉じ、静かにその時を待った。


 やがて訪れる今のゼンキチの最後、人生の終わりを死ぬとき以外味わうことがないと思っていたが、こんな形で味わうことになるとは、感慨深く感じていた。

 現実の死とは違い、次の人生が待っているという明確な希望があるためか、意識の死に恐怖や現実感が湧いてこない。


 ゼンキチは、ふと死んだ妻のことを思い出していた。彼女は、往生だったと思うが、心の内はどうだったろうか。苦しまず、絶望もなく逝っていたならば良いな。等と今の心境と鑑みて、ぼんやり考えていた。



 やがて……。



「うわぁ、すごいな!」


 やがて、プロローグが終わり、ゼンキチはどこかの宿屋と思わしきベッドから起き上がり、新たな人生を始めた。




 ゼンキチの姿が消えた後、マーナミヤの胸には計り知れない悲しみが広がっていた。

 ゼンキチの存在は、彼女の心の支えであり、希望だった。

 ゼンキチがいなくなった今、彼女の世界はグラりと揺れて、不安なものへと一変する。


 マーナミヤの目に涙が溢れ、頬を伝う赤い水滴とともに地面に落ちて染み込んでいく。

 まるで彼女の心の痛みを表すようだった。


 マーナミヤは、ゼンキチとの思い出を辿りながら、最後にゼンキチが残した言葉を心の中で繰り返していた。


「君は悪くないよ」


 その言葉には、ゼンキチの優しさが込められていた。それが余計に彼の不在を痛感させる。


 マーナミヤは、ひとしきり泣き、涙を拭う。


 不安なセカイに彼はいない。一緒に生きたいと思ったのに彼は私の所為で消えてしまった。

 だというのに。一緒に生きたい人はもういないのに、彼のおかげで心に芽生えた「生きたい」という根源は消えてくれない。

 私は、もっと生きたい。と、思ってしまう。


 以前までのマーナミヤならば、既に心折れ、その人生は長く続かなかっただろう。

 しかし、当のマーナミヤの目にもう涙はない。

 マーナミヤは、いつの間にか目の前を見据え、立ち上がっていた。


 ゼンキチの死が彼女の世界を揺るがしたが、その痛みは彼女を新たな強さに導いていた。

 悲しみの中で芽生えた意志を抱きしめながら、マーナミヤは未来へと向かう決意を固め、一歩を踏み出す。


 それは、誰からも介入のない、明確にマーナミヤの意志による小さくても大きな一歩だった。


――N・NPC1号【マーナミヤ・マナミガルム】が生きる意義を見出したことにより、仮想人生ユニークシナリオが誕生します。

――ユニークシナリオ【紅の騎士は、死に生きる】

――ユニークシナリオ【紅の騎士は、死に生きる】の誕生に伴い、N・NPC1号【マーナミヤ・マナミガルム】にライフクエストが1件発生します。

――ライフクエスト【廻る友と共に歩みて】を受諾しますか?


 そっと、真っ白い風がマーナミヤの紅い髪を撫で、淡く揺らめく黒い影とともに優しく背中を押した。



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