10_紅い少女の独白
それから、二人の間には気まずい雰囲気が漂っていた。
ゼンキチの方から何度か会話を試みるも長くは続かない。
最初の町を出たときとは打って変わり、静かな行進はしばらく続き、その後トラブルに見舞われることもなく、気がつくと次の町に到着していた。
「それじゃあ一旦リスポーン地点更新のために宿を探そうか」
「うん……」
第二の町『ガード』は、古い石畳と木造の家屋が立ち並ぶ古風な町だ。
それほど大きな町ではないが、その町の名にもあるとおり、外敵からの侵入を阻む大きな防壁に隔たれていることが特徴である。
元々の設定上、最初の町『エッジタウン』ができる前の辺境開拓前線地であり、多くのモンスターの群れから大型モンスターまでもが巣食うオーローン大森林からの侵攻を長年堰き止めている剛健の町でもある。
相変わらず人の往来が多い。
プレイヤーとNPCの行き交う通りはごった返している。
まだ二つ目の町だ。見えるプレイヤーの装備や雰囲気も最初の町と然程変わらない。
中には、羽目を外したプレイヤーが、町中というのに高々と剣を掲げ、警備隊に連れ去れていくといった光景を目にすることもあるが。
男の子たるもの剣を手にしたらそうしたい気持ちもゼンキチには理解できるが、その度、森での出来事がフラッシュバックしているのか、小さく震えるマーナミヤの姿が痛ましいので、やめてほしい。
二人は、足早に目的地の宿を探し、一度休憩を取ることにした。
「はぁ~! 仮想だというのに長らく歩くと足が張っているように痛いな」
貧相なベッドにダイブし、疲れた足を揉む。
疲労感を感じさせるため息をつきながら、ゼンキチはこの後はどうしたものかと頭を悩ませた。
「年上として彼女を励ましてやらねばならないが、彼女の抱えている悩みは深刻だ」
現実世界における彼女の悩みは深く、長年生きてきて酸いも甘いも謳歌してきたゼンキチにとっても察するに余りある。
加えてそれに付随する死への恐怖心。
経験則から寄り添うことができても彼女がそれを受け入れてくれるには中々に時間もかかろう。
「最早、この世界に降り立った時点で現実のことなんて知ったことじゃない。現実を忘れさせ、ここでの新たな人生を楽しませる一助になるのがベストだが、しかし、彼女の人間性にべっとりとくっついた死の恐怖を拭うことは容易じゃない……」
死の間際。
それは二人の共通点であったが、その死生観は全く持って真逆。ゼンキチは、その生に対し、既に悔いを残しておらず、言うなれば死を迎える準備が整っている。しかし、方やマーナミアは、その人生に対し、諦念しているだけであって、残された悔いは計り知れない。
本当の顔を突き合わせてもない赤の他人の内情にズケズケと踏み込めるわけもなく、そんな状況でのゼンキチの言なぞただの耳障りな説教にしか聞こえないだろう。
「はぁ……結局、俺にできることは、出来る限り彼女を守ってあげて、一緒に楽しんであげることくらいか。本当に、あの下衆野郎は余計なことをしてくれた」
ゼンキチは、さっき出くわしたあの迷惑プレイヤーの顔を思い浮かべながら、もしまた会ったらもう一度ボコボコにしてやろうと誓った。
「はぁ。もう少し休んだら、マーナミヤに声をかけてみよう」
ゼンキチは優しい。
明らかに踏み込みすぎた私にそれでも付かず離れず寄り添ってくれる。
マナー違反だったのはこちらだし、あの気まずい雰囲気のままパーティ解消なんてなっていたら立ち直れなかったかもしれない。
ゼンキチが部屋に入るのを確認して私は踵を返した。
向かうのは自分の部屋では無く、宿の外。
独りで外に出る。それだけで私の心臓はドクドクと高鳴っている。
まだゼンキチとの付き合いは短いけれど、彼が頼りになるのを知ってしまった。彼は、時々、好奇心に負けた犬のようにフラッとどこかに行ってしまいそうになっているけれど、心身ともに強く、頼りになる人だ。
それに比べて私は……、相変わらずとても弱い。
臆病な私は、頼りになるからとゼンキチに依存してしまいそうになる自分も怖い。
そして、あのプレイヤーに刺された時の恐怖がまだ私を縛りつける。不意の悪意に苛まれれば、今もすぐ側に死が近づいてくるのではないかと身が竦む。
私はあの瞬間から、現実に引き戻されてしまったのかも知れない。
私は強くなりたい。
この世界に降り立った時、自由に生きると誓った。ゼンキチのように迷い無く生きられるように。
だから、これは逃げじゃない。
宿を出て、大通りを歩いているだけで、私は少し緊張している。
独りで町を歩いたことなんて生まれてから一回もないし、あの時のようにいつ誰が刃を向けてくるともわからない。
それに頼りのゼンキチも隣にいない。
自分の身は、自分で守れるようにならないと!
この町も相変わらず人が多い。
最初にこの風景を見た時はすごい感動したなぁ。
溢れんばかりの人混み。ごった返す人の波は、まるで一つの生物のようで、その迫力に圧倒された。
止まない歓声は、足音すらも重なって自然のオーケストラのように感じられた。
そんな景色を見たことも聞いたこともなかった私は感動のあまりしばらく惚けていて、結局、その場で動けないでいたところ、たまたま宿から出てきたゼンキチを見つけて、意を決して声をかけたんだ。
あの時、勇気を出して本当に良かったと思う。
これからもやりたいことはたくさんある。
現実では結局行けなかった海にもこの世界なら行けるし、あの遠くに見えた山も登ってみたい。森はもう十分かなって思うけど、ゼンキチと二人で歩いたあのゆっくりとした時間は好き。もっと先に進んだらきっとキラキラした都会もあるのだろう。
そして、願わくばその時も隣にゼンキチがいてくれたら……。
さっきゼンキチと二人で通った街門を今度は独りで通る。
いつまでも他人の背中に隠れることはできない。ここから先、私を守ることができるのは私だけだ。
怖いものは怖いけど、少しでもこの世界で胸を張って生きていけるように、恐怖に打ち勝つ強さを得るための挑戦。
まあ、ピンチになったらパーティーメンバーには通知が届くし、その時はきっとゼンキチなら来てくれるという打算もちょっぴりあるけれど。
だから、これは逃げじゃない。




