第6話 塩辛いオムライス
「だぁーーーーーづがれだぁーーーー」
営業初日を終えて店の片付けと戸締りを終えて、カウンターに倒れ込む
時刻は22時
小料理屋としてやっていくつもりだったのだが、この世界は日本ほど治安が良くないというので、夜の営業はしない方が良いとシューちゃんに止められたため、カフェプラスαで18時までの営業にする事にしたのだが、ランチ以降は仕事終わりの女性客2人と近所に住んでいるという男性の1人だけだったので早々に店を閉めたが、店の片付けや洗い物、明日の準備で気づけばこんな時間…。
ランチは物珍しさからか20人ほど立て続けに客が来て、慣れない私はリズムよく回せず大忙し、1人で回せるようにとテーブル席は3席にして、料理はあらかじめトレーにセッティングし、メインの料理だけ作ると言う方式をとっていたのだが、20人でてんてこ舞い…この先思いやられる。
まぁ…人気が出ればの話だが、最初は開店したばかりの店だからと言う理由で来てくれるだろうが、常連さんがついてくれるかが重要だ。
立地的にはありがたい事に広場の前なのだが、店の人気が出なければ立地ではなく単純に料理の味ということになる。
そんな事になったら立ち直れないわ…失恋した挙句、異世界にきて路頭に迷うとかないわぁ…。
こちらにきて早々、昼間に近所の食事処に行ってみたが確かに美味しくなかった…。
なんと言うか、全体的に旨味が足りないし、調味料が限られてるのか素材のままの味に近い。
これなら、行けるのでは!?と思ったし、今日来てくれたお客様方は、美味しい美味しいと言いながら食べてくれていたので、大丈夫だと思う…思いたい。
そう言えば、記念すべきお客様第1号、2号のソラウさんに、レイさん、20代前半って感じか?
猫耳に犬耳、男性に言ったら失礼かもしれないが、可愛かったなー、レイさんなんて尻尾振りながらお肉食べてたし、心の中で
ワンチャン!!!!
めっちゃ可愛いいいい!!!!
と、叫んでいたのは秘密である。
「青葉ちゃーん、初日お疲れ様ー!
お店はどうだった?」
突然背後から掛かった声に、思わず椅子から落ちそうになる。
振り返ればいつの間に店に入ってきたのかシューちゃんが立っていた。
「あらー!驚かせちゃった?ごめんなさいね」
あらあら、と言いながら歩み寄ってくるシューちゃん、私がこちらの世界に来てからと言うもの毎晩のように夕飯を食べにくる。
シューちゃんもタカちゃんも突然現れるので心臓に悪い。
「お陰様で、そこそこの数のお客さんが来てくれました。
じゃなくて、せめて扉から入ってくださいよ!
そのうち、私、心臓発作で死にますよ!」
「その時は生き返らせてあげるから大丈夫!」
そう言ってウィンクするシューちゃん、何でも有りがすぎる。
さすが神様…しかし、貴方の夕飯事情のために死者蘇生される私、泣きたくなるわ…。
「夕飯これからなんですけど何食べます?
冷蔵庫の中身的に作れそうなのは、オムライス、ナポリタン、サイコロステーキ、この3品ってところです。」
冷蔵庫の中身を見ながらシューちゃん聞きけば
「オムライスー!」
と、元気な声が返ってきた。
「はーい、少々お待ち下さい」と言って卵と鶏肉、ミックスベジタブルを取り出す。
チーズも入れようかなとピザ用チーズも取り出す。
っと、先に
「ハイ、レモンサワーです」
シューちゃんお気に入りの、缶のレモンサワーを冷蔵庫から取り出して氷を入れたグラスと共に渡す。
「待ってましたー!私のレモンサワーちゃーん♡」
それを両手で受け取るシューちゃんは、神ではなく唯の仕事終わりのお姉さんだ。
さっ、取り掛かりましょうかね!
腕まくりをして手を洗う。中々に遅い時間なのでサクッと終わらせてしまおう。まずはチキンライス作りから
「そう言えばー、今日の夕方くらいに獣人の男の子が教会に来てね。
私の前で可愛いお祈りをしてたのよー、んふふっ、何だと思う?」
バターを溶かしたフライパンで鶏肉炒める。
うーん?とシューちゃんの質問に考えつつ、焼き色がついた鶏肉に、ミックスベジタブルにケチャップとコンソメを少々加えて
一旦、皿に乗せて再度バターをフライパンに入れてご飯を放り込む
「早く早くー!なんて言ったか答えてー」
シューちゃんがご機嫌に話しかけてくる。
ご機嫌通り越してニヤニヤしている。
酒に酔ったにしては早すぎるし…
「男の子が可愛いお祈り?
えぇ…僕に妹ができますように、とかですか?」
ご飯がパラパラになるようによく混ぜるためフライパンを何度か振りつつ、首を傾げてシューちゃんの問いに回答する。
「そんなに小さくないの!成人した男の子よ」
「あぁ…なるほど、うぅーん、プロポーズがうまくいきますように、とかですか?」
成人男性の可愛いお祈りとなれば、女の子絡みくらいしか思い浮かばない。
プロポーズ…びぇっ…心の中で泣きそうになる。
そう簡単に癒えるわけもない失恋の傷
「もっと、可愛らしいお願いよぉー、んふふっ!
新しくできた食事処の女の子と恋仲になれますようにー!
だってぇー
いやぁーん♡青春だわぁーーーー!!
早速青葉ちゃんに春の予感!!
その男の子も可愛すぎて、お姉さん悶絶しちゃう!!」
そう言いながら自分の体を抱きしめて、いやぁーんとか言いながら本当に身悶えてる女神
「えっ…」
思ったほどテンションの上がらないドライな自分がいる。
本当にそれ私の事?
別のお店の子の話では無いだろうか、1人で異国に来て商売始めるような逞しい女、一体誰が付き合いたいと思うのか…?
万が一、私だったとして付き合ったところで、どうせいつもと同じ理由でフラれるに決まってる。
自分を変えようと甘え下手な私が、自分なりに甘えてみた頃もあったが、相手からどうしたの?なんて、言われて、結局無理しても続かなくて、上手な甘え方すらわからない。
隙のある女になるにはどうしたら良いかわからない。
恋人から心配されて口から出る返答はいつだって
「大丈夫」
行き着いた答えは自分が変えられないなら、恋は諦めるしかない。
このままの私を愛してくれる人がいるかもしれない。なんてそんなのファンタジー、リアルにあったとしてもそれは私以外の誰か、そう思っていた時にそのままの君でいいから!と言ってくれた先日別れた元彼、その言葉がどれだけ嬉しかった事か、そして、どれだけ絶望させられた事か
いや…私は私に絶望したのだ…別れてから、私なんか、私なんて…を何百回と繰り返し思ったか知れない
自分で自分を哀れんでる馬鹿な女…おかげさまで自己肯定感はマイナス値
「えぇー?
青葉ちゃんテンション低い!
頬染めて、そんなっ私ですかっ…キャッ♡ってなるかと思ったのにー」
ブーブー!と、ブーイングしてる女神様、貴方本当に女神ですか?
ジト目で見ながら皿にのけていた具材を加え、細切れのチーズも入れて炒める。
「スミマセン可愛げがなくて、そう言えばシューちゃんは私がこっちに来た理由はタカちゃんから聞いてないんですか?」
失恋した理由知らないのかもと聞いてみれば
「聞いてるわよ、可愛げがないってフラれたんでしょ、何よ!
こんなに逞しい青葉ちゃんがそんな事くらいでヘコタレて!
恋愛もタフでありなさいよ!」
急に始まる説教、えぇ…女神の情緒…しっかりしてても打たれ強い訳じゃない。
人知れず歯を食いしばって、大丈夫を口癖に生きてるだけなんですよ。
まぁ、分かってくれとは勿論言いませんが…
「タフですか…そう言われましても、恋愛はもうしない!と言う決意を胸にこの世界に来たので、シューちゃんの思うようなキャッキャできる話題は、残念ながら提供できそうにありませんよ」
そう言って手元に目線を戻す。
隣のフライパンに、塩を少々加えた溶き卵を回し入れるように薄い卵の生地を作る。
私の好みで半熟ではなくしっかり焼いた昔ながらのオムライス、焼けた卵の上にチキンライスを敷いて、くるくると包み皿に乗せ、ケッチャップで猫の顔を描いて、冷蔵庫に残っていたサラダと共にシューちゃんの前に出す。
「もぉー!青葉ちゃんの頑固!
若いんだからもっと気楽に恋愛すれば良いのに」
「はいはい、分かりましたから、熱いうちに食べてください。」
そう言って手早く自分の分のオムライスを作る。
気楽に恋愛など私にはできない。別れてすぐ別の相手と付き合う人がいるけれど、私には無理だ…引きずって切り替えができないし、何よりまた傷つくのが目に見えている。
ほらまた、自分を守ることばかり…
本当に嫌になる…
私は1人で生きていける。
いつか後悔するかも知れないが、それでも…愛した人に別れを告げられるくらいなら私は1人でいい。
愛した人から否定されるくらいなら、私は1人で大丈夫
我ながらどこまでも可愛げのない女だ。
自分に非があるくせに、それを変えられない私自身に嫌になる。
自重気味に笑って自分で作ったオムライスを一口食べる。
泣きたくなるほど美味しい。
いつだって1人で乗り越えてきた。
私は大丈夫
大丈夫
塩辛いオムライスを涙ぐみながらかきこんだ。