ゴコク編
久しぶりにあの日の夢を見た。
冷たい石畳の上で、もう一度会いたい。
もう一度名前を呼んでほしいと願いながら、涙したあの日、朽ちた扉を木っ端微塵にしながら飛び込んできたのは、鬼気迫る顔をしたゴコクさんだった。
失いそうになった意識を何とか取り戻し「ゴコクさん」と、掠れた声で呼べば、一点して顔面蒼白になり、駆け寄るゴコクさんに抱きしめられ、何度も掠れた声で謝りながら涙を流した。
「無事でよかった青葉…謝らないで、泣かないで、青葉は悪くない。
悪いのは、青葉の優しさにつけ込んだ奴らだから、青葉、青葉…本当に無事でよかった」
震えた声とは裏腹に、力強く抱きしめてくれたゴコクさんの温もり、その暖かさに身を預けるように安心して目を閉じた。
ゴコクさんと、ずっと一緒にいたい。そう、心から思いながら…。
あれから数年か…と、夢と現実の境で微睡んでいると、カーテンから差し込む朝日の眩しさで、ゆらゆらと意識が浮上する。
朝……でも、今日は定休日だからもう少し寝てられるな……そう思っていると、だんだんと、なんだか暑いし重い…と思い始める。
背中の温もり…を通り越して、暑いくらいの熱から距離を取ろうとモゾモゾと動いてベッドの端に移動しようとすれば、腹部に回っていたその熱の主によって、最も簡単に真ん中に引き戻され抱き込まれる。
先程より悪化してしまった…。寝ぼけた頭がだんだんと覚醒し始める。
「ゴコクさん……腕緩めて下さい。
苦しいし、暑いです。」
つむじに当たるゴコクさんの寝息が止まり「う〜ん」と、うめくような声が響く
「…ごめん青葉、青葉はいい匂いがするから、つい…」
つい…から言葉が続くのかと思えば、また規則的な寝息が聞こえ始める。
腕は弛んだが、密着度は変わらずだ。
仕方ない。起きよう。
緩んだ腕から慣れたようにスルリと抜け出ると、支度を整えて部屋を出る。
その際チラリとベッドを見れば、相変わらずスヤスヤと寝息を立てているゴコクさん。
幼さすら感じるその幸せそうな寝顔に、思わず自分の口角も緩んでしまう。
ゴコクさんと一緒になってからは、狐鈴さんは出勤体系をとっている。最初はゴコクさんへの嫌がらせにこの家に留まってやる!と大騒ぎだったのだが、タカちゃんに問答無用で引きずられて元の世界へと帰っていったのだが、平日はタカちゃんと共に出勤するようになった狐鈴さん。帰りは、宇迦様が迎えに来てくれると言うなかなかにVIP待遇を受けている。
狐鈴さん曰く、宇迦様はサブカル好きなので異世界見学がしたいだけらしい。
店の定休日はタカちゃんも狐鈴さんも、こちらには顔を出さないので、夫婦二人のんびりとした朝食だ。
なめこの味噌汁に卵焼き、納豆と昨日の残りの金平をテーブルに並べていると
「おはよう青葉……ゴメン、寝すぎた。」
ゴコクさんがタオルて顔を拭きながら、白Tシャツに黒のズボンというラフな格好で、キッチンへ入ってきた。
「おはようございます。
たまに寝坊するくらい良いと思いますよ?
ゴコクさんの作ってくれる休日の朝ご飯も美味しくて好きですけどねー。」
ふふふっ、と笑うとゴコクさんが困ったようにため息をついた。
「はぁー。
こっちに来てから、だらしなくなって来ていて自分に危機感を感じてる。
前のように神使の仕事をこなせる自信がない。」
「あぁ…神使のお仕事って、朝は早そうだし、夜も早く寝るという規則正しそうなイメージがあるんですが?」
「正解…。祭りなんかの神事の時は、夜は遅いし朝は夜明け前から仕事始めてる。
なかなかハードな職場」
「おっ、お疲れ様です」
意外とブラックな職場だな……と思いつつ、テーブルに箸を並べると「それにっ」と言いつつゴコクさんが、背後からギューっと抱きついてくる。
「んなっ!?」
「もう俺は、青葉と言う癒しがいないと生きて行けない」
そう言うと、首元に鼻を押し当ててスゥーと息を吸い込む音がする。
ゴコクさん曰く、猫吸いならぬ、青葉吸いらしい。
私としては、非常に!!!恥ずかしいし、臭いかもしれないから止めてほしい!!
「ゴコクさん!それ止めて下さいって言ってるじゃないですかー!」
ぬぉー!!!っと、可愛げのない声を出して全力でもがくが、悲しいかな非力な私ではビクともしないゴコクさんのホールドに、されるがまま吸われるばかり
「なんで?青葉はいい匂いがするんだから、問題ないでしょ?」
「問題しか無い!」
首元で囁かれ、くすぐったさに身を捩れば「可愛い」とゴコクさんが呟いた言葉に体温が上昇する。
なななな!朝から!!!
あまりの恥ずかしさに、自分の顔とゴコクさんの顔の間に手を差し込み、思いっきりゴコクさんの顔を外側に押し出せば、ゴキッ!と言う音と共にゴコクさんの首が反対側に向く
「痛い青葉…首鳴った……。」
首をさすりながら1本下がり距離をとるゴコクさんに、一瞬、やり過ぎでしまった。ごめんなさい。と謝ろうとした次の瞬間
「ほんと…青葉はいつまで経っても恥ずかしがって、初々しくて本当に可愛い」
とろけたような甘い瞳、ゴコクさんの視線と言葉に顔が火照ると同時に、ヤバい!と言う警告が過ぎる。
「えっ、あぁー、相変わらず可愛げはないと思います。はい。
ははは、さっ、朝ご飯食べましょう。冷めちゃいますから……」
乾いた笑いで誤魔化しながら、ゴコクさんと距離を取ろうとするも背後はテーブル、カニ歩きで右側へ逃げようとするも、満面の笑みのゴコクさんに右肩を掴まれる。
「ヒエッ!」
「青葉…いいでしょ?」
「それはそのっ……今は朝ですしっ…」
悪い笑みを浮かべたゴコクさんが、近づけてくる顔から逃れるように身体を反る。
ゴコクさんと夫婦になってから、本当に!驚くほど!スキンシップが濃厚で心臓に悪い!!
そして今のこれは、スキンシップで収まらないやつ!!
「青葉、顔真っ赤…ここで食べちゃおうかな?」
耳元に顔を近づけ、囁くような声で衝撃発言をするゴコクさん。
んなっ!?普段皆んなで食卓を囲むここで!?
なななななななな!!!
「ダメに決まってるでしょうがぁぁぁぁぁ!!」
私の声に驚いたゴコクさんが顔を上げた瞬間、その額に頭突きをかます。
ゴンッ!という、素晴らしく良い音共にゴコクさんが痛みに呻いて床に転がる。
「っつーーーー!!!
あおばっ…いしあたますぎっ…」
頭突きをした私の額も当然痛いのだが、確かに石頭な自信はある。
良い子は真似しないでほしい。
「石頭ですけど何か??ゴコクさん、神使がそんなふしだらで良いんですか!?
今し方、自分で言ってたじゃないですか!だらしなくなってるって!
神様に仕える者としての自覚を取り戻して下さい!清く、正しく!今の生活をちゃんと正して下さい!
私がこっちで寿命を迎えたら…私はもう戻ることができないけど……ゴコクさんは向こうに戻って元の生活に戻るんですよね?
今から怠惰が過ぎると、人間の私が言うのも何ですけど…大変苦労すると思いますよ?」
人間と神使の寿命はあまりにも違う。理解しているつもりだけど…自分で言っていてギュッと胸が掴まれたように苦しくなる。けれど、そんな気持ちはおくびにも出さずに腕組みをして、未だに痛みに呻くゴコクさんを見下ろす。
すると、呻いていたゴコクさんが涙目になりながらこちらを見上げる。
うっ…おでこが赤くなってる。そして、不謹慎だけど可愛い…。
見上げられて、居た堪れずに視線を逸らすと、ゴコクさんがゆらりと立ち上がる気配がする。
「何言ってるの青葉…?
青葉が死んでも一緒にいる。離れるわけないでしょ?」
オデコを抑えながら、こちらを見据えるゴコクさんの目がこちらを鋭く射抜く、先ほどとは打って変わって、狂気に満ちた目に恐怖を覚える。
「それって…その、ゴコクさんは私の墓守を此方でしてくれるとかそう言う意味ですか…?」
そう問えば、微笑みながらゆっくりとかぶりを振る。
「俺は向こうに戻るよ、青葉の魂と一緒に」
「魂…?」
どう言う事?混乱する私をよそに、ゆっくりと近づいてきたゴコクさんが正面から私をそっと抱きしめる。
「そう。
魂、死後なら寿命なんて関係ない。だから向こうに戻れるよ青葉。
エシュテル神が何と言おうと、伊邪那美様が口出ししようと絶対に青葉は手放さない。
こうやって青葉を抱きしめられなくはなるのは寂しいけど、青葉が側にいるなら平気、青葉、ずーっと一緒にいようね。俺の大切な大切な青葉、永遠に愛してる。」
そう言いながら、ゴコクさんの顔がそっと寄せられ口付けられる。
今更ながら、私はとんでもない神使に愛されてしまったのかもしれないと、背筋が寒くなる。
しかし、それを心のどこかで歓喜している自分もいた。
きっと私も、ゴコクさんに負けず劣らず大概な人間なのかもしれない。
冷めた朝食のこともすっかり忘れ、深くなる口付けに応えるように、その首に腕を回したのだった。
ゴコク編 完
来週はエリティナ編をアップ予定です。




