第32話 ココからが本番
「えっ?貸切ですか?」
思いもよらぬ依頼に、思わず鸚鵡返ししてしまう。
数日ぶりに店に顔を出したハイル様からの突然の依頼、聞けば騎士団の副団長である友人が婚約をしたので、そのお祝いにこの店の料理をご馳走したいらしいのだが、副団長、そしてその婚約者は上流階級の貴族で目立つため、ゆっくり3人が食事をするには貸切をしたいと言う事だった。
つい先日、レイさんの妹さんの成人のお祝いパーティに出席したと思ったら、今度は貸切の婚約祝い!?
しかも3人だけのために!?貴族のお金の使い方が庶民と違いすぎる…それにしても、またもイレギュラーな依頼…。
「2人は学生時代からの友人で、副団長のフィオンとはよく顔を合わせますが、婚約者のマリエッタとは学生以来会っていないのです。
3人でゆっくり話す時間もなかなかとれず…無理なお願いとは思いますが、引き受けては頂けませんでしょうか?」
カウンター席に座ったハイル様が、ダメだろうか?と言わんばかりの不安そうな顔で見上げてくる。
うっ…王子様系イケメンの上目遣いはズルイ!!ズルすぎる!!
ゴコクさんの鋭い視線が異常に突き刺さる…。
しかし、ダメとは言いずらい…なんせこの国の騎士団長様だ。
異世界人である私としては、波風を立てたくない…断ったところでハイル様が報復してくるような方ではないのは重々承知をしているが、できる限り良好な関係は維持したい。
コンマ数秒で打算的な損得勘定をする。
私って本当に可愛げの無い女だな…しかし店お維持するため!
生きていく為だ!!!と、断りたい気持ちを飲み込んで
「分かりました。
ですがっ…お店の貸切なんて初めてですし…何より…貴族のマナーを知らない私達では、何か粗相があるのでは無いかと思います。
そこを目を瞑って頂けるという事であれば…もちろん、できる限りマナーの勉強は致しますが…」
苦渋の決断ですがっ…と、言わんばかりに恐る恐るハイル様を見れば、アクアマリンの綺麗な瞳が真っ直ぐとこちらを見つめていたかと思えば、ハイル様がガタリと立ち上がり私の手を取ると
「本当ですか!?
ありがとう青葉さん!
そんな!!マナーの事など気にしないで下さい!
むしろ私達も気兼ねなく食事を楽しみたいと思っていますから」
そう言って嬉しそうに笑うハイル様の眩しい笑顔に、思わず私の頬も染まる。
ハイル様のこの笑顔、その辺の女の子よりも断然可愛い!!
そして、ハイル様から香る爽やかな良い香りに頭がクラクラしそうになる。
イケメンで優しくて良い匂い!!
非の打ちどころが無さすぎる!!
けれど、恋愛対象は男性!!!
最高かっ!!!と、心の中でガッツポーズをしつつ、平常心を装って「では、お出しする料理の相談を〜」と切り出した。
ゴコクさんと狐鈴さんの視線が痛いが、致し方あるまい。
今日の夜は食後のお説教タイムが有りそうだな…。
嬉しそうなハイル様とは対照的に心の中で涙を流すのだった。
ガタガタと揺れる馬車の中、比較的地味な衣服に身を包んだ3人の貴族が、これまた地味な馬車にガタガタと揺られて広場の店へと向かう。
「フィオンから聞きましたわ、まさかハイルに思い人ができるなんて、聞いた時はにわかには信じられませんでしたの、けれどこの食事会を開くと聞いて、私も信じざる終えませんでしたわ」
頭に結い上げている金色の綺麗な髪を少し気にしながらクスクスと笑うマリエッタ、一見町娘のような服装ではあるが、滲み出る気品は隠せていない。
その隣に座るフィオンも、正面に座るハイルを見てニヤリと笑う。
「そのまさかさ、ハイルが熱を上げる女性を是非ともお目に掛かりたいと思ってね。
噂の絶品料理も食べてみたいと思っていたし、ちょうど良い機会だと思ってハイルにこの食事会を提案したんだ。」
「2人とも、私の為に付き合ってもらってすまない…。」
「そんな顔しないでハイル、私はすごく楽しみにしていたのよ
貴族の堅苦しい振る舞いなんて全部忘れて、町娘のように街で買い物したり、お友達と食堂でお食事をするのは、私の憧れでしたの、むしろ夢が叶いますわ
それにハイルの気になるお相手に会えるのだもの、昨晩は楽しみで眠れませんでしたの、フフフ」
「それは僕もさマリエッタ、君と一緒に人目を気にせず街でデートだなんて、こんな嬉しいことはないよ」
そう言うと、熱のこもった瞳で見つめ合う2人を見て、ハイルが咳払いをする。
「付き合わせてしまって申し訳ないとは思いますが、私の存在を忘れないでください…」
「フフフ、私ったら浮かれてしまっているみたい
ごめんなさいハイル」
「すまないハイル、今日は君の恋路の応援がメインだ」
ニコニコと楽しそうに笑う2人の友人を見て、応援というより自分の恋路を楽しんでいるのでは?と、今更ながらに不安に思うが、そうこうしているうちに馬車が減速して、ガタリと音を立てて止まった。
「さぁ、ハイル!
準備は良いかい?
いよいよ、青葉さんとのお近づき大作戦の開始だ!」
「フフフ、フィオンは相変わらずネーミングセンスが残念なのね。
面白いから私は好きですけど、フフフ」
やはり楽しんでる…と、心の中でため息をつきつつ、扉の開いた馬車の先に見える店の扉から、恋焦がれて止まない青葉さんの顔がチラリと見えて、その瞬間に歓喜と共に胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚に襲われる。
あぁ…青葉さん、貴方の事を心の底から愛しています…。
全身でそれを実感しつつ、思わず想いを伝えてしまいそうになるのを、グッと堪えて馬車を軽やかに降り青葉さんへと笑みを向ける。
いつか必ずこの想いを彼女へと伝えたい。
いつかその瞳に私を映して欲しい。
いつかその可愛らしい唇で私への想いを聞かせてほしい。
恋をすると愚かになると聞くが正にその通りだなと、内心で自重気味に笑いながら、普段通りに青葉さんの手を取りその手の甲に優しくキスをする。
さぁ、始めましょうか青葉さん、絶対に逃しませんから覚悟してください。
貴族の挨拶に可愛らしく頬を染める彼女を見ながら、ニッコリと微笑み心の中で宣戦布告をしたのだった。




