第17話 認めたくない
肩で息をしながら壁に手をつき、ゼェーゼェー言っている狐鈴様が汗を袖で拭う
「今までいったい何処に行ってはったん?
なぁー、青葉はん?」
ニッコリ笑っているが、怒ってる…すんごい怒ってる…
あのっ…えっと…と言葉に詰まっていると、一歩づつこちらに距離を詰めてくる狐鈴様
「どんだけ必死に街を探し回ったと思てんの、せやのに店に残した式神が
「青葉はん戻ってきはったー」って、何を呑気に…ほんま…
せやかて…分かった…分かったから!!そないな目で見んでも、これ以上は言わんて!!」
突然立ち止まると、別の誰かと会話し始めたようなそぶりの狐鈴様、どしたの?と首を傾げていると、フワリと左肩から右肩にかけて柔らかい毛が首筋をくすぐる
「ヒャッ!?」
驚いて声を上げつつも肩を見れば、いつから居たのか右肩に乗るくらいの小さな白い狐?
いや、この異様に長い胴体コレはもしかして管狐って子では??
小さな管狐もコチラをつぶらな瞳で見上げている。
かっ…可愛い!!!!!
これがキュン死するってやつかもしれない!!
可愛さに上がる体温、そっと手を伸ばそうかと思うが逃げちゃうかも…と、思いとどまる。
って、そんな可愛さに悶えている場合じゃない…狐鈴様の方に向き直り
「あの…売り言葉に買い言葉で、可愛げがないのは本当のことなのにスミマセンでした…。
まさか、私なんかを探して頂けているなどと思っていなかったもので…大変御足労をお掛けして申し訳ありません。」
まさか、こんな良い年をして短期間に2度も己の軽率な行いで怒られるとは…思わず下を向く
不甲斐なし…目頭が熱くなり頭痛も酷くなってくる。
泣くのだけは嫌、大人になって泣いて許して貰う。なんて思われるのは嫌…
また可愛げのない事を…と自己嫌悪に陥りジワリと涙が滲む
私のバカ…早く部屋に戻ろう
何も言わない狐鈴様との空気も耐えられそうにない
逃げる事にはなるが、もう少し落ち着いたら再度謝罪を…
「なんやて?アンタ熱あるん?」
頭上で響いた声に驚いて顔を上げれば、いつの間にか目の前に来ていた狐鈴様が、すかさず私の額に手を当てる。
そっと額に手を置く狐鈴様の熱い手に、思わずドキリと心臓が跳ね体温が上がってしまう。
「アカン…走り回ったから僕の手のが熱くて分からんわ、けど顔赤いのは確かやな
リンがアンタの体から風邪の匂いがする言うてるし、この話は一旦後回しや
はよ部屋行って寝とき」
「へっ?」
「へっ?や、ないわ間抜けヅラしとらんと早よ回れ右して自分の部屋!
後で生姜湯か何か温まるもん持っていったるから早よ行き」
肩を掴まれくるりと裏返されて、廊下の方に背を押される
アワワ!と言いながらも、ありがとうございます…と伝えて部屋に戻る。
狐鈴様の急な態度の変わりように驚いたが、理由を考えようにも部屋に入った途端、どっと体が重くなるような倦怠感が体を襲う。
しかも、悪寒が酷くなってきた。
「教えてくれて、ありがとね」
そう言って肩に乗ったままの多分…管狐?の、リンの頭を指の腹でヨシヨシと撫でれば、逃げるどころか気持ちよさそうに目を細めてキューンと可愛らしく鳴いた。
可愛い!!!!
リンの可愛さに身悶えつつも、動けるうちにと手早く部屋着に着替えてベッドに入る。
本当はお風呂に入りたかったけど…そんな事を思いながら熱が上がってきたのが寒さに震える。
電気毛布か湯たんぽが欲しい…でも、この家にそんなの用意してないや…
喉も乾いた…
一人暮らしをしていた時もそうだったが、どんなに辛くとも、何をしようにも自分で動かなければならない。
両親が離婚した後も働き詰めの母はいつも家にいなくて、子供の頃ですら寝静まった弟を横目に起き上がり、高熱でフラフラになりながら自分でゆず蜂蜜茶作って飲んでいたっけ…
いやでも逞しくならざるを得なかったんだ。
自重気味に笑い
そばに寄り添ってくれているリンを横目に起き上がり、何か飲み物を取りに行こうとスリッパを履く
頭がガンガンする…鎮痛剤が救急箱にあったような…ボーッとする頭で考えながら立ち上がると、コンコンコンとノックの音が響く
「はぁい」
ヨレヨレと立ち上がったところで、扉が開くとトレーに湯気の出たマグカップとタオルを乗せた狐鈴様が立っていた。
「なっ!?寝てろ言うたやろ、何処行く気やったん!」
「えぇっと…寒くて…何か温まるものか何かを取りに…」
「はぁーーーー」
狐鈴様が深い息をつくと、私の肩をそっと抱くようにして強制的に連行されベッドの方へと戻される。
密着した身体に動揺しつつも、それに従ってベッドの上で座れば、差し出されるマグカップ
「生姜と蜂蜜を入れただけの湯や、少しは体も温まるやろ
それ飲んだら今度こそちゃんと寝とき、人間は風邪で死ぬこともあるんやから…。
何かあったらリンに用を言いつけたらええから」
コクリと頷き、生姜湯を一口飲むとジワリと広がる生姜の香りと蜂蜜の甘さ
美味しい…
優しい味と狐鈴様の優しさに急に涙が溢れ始める
ポロポロと流れ始める涙が止まらなくて、片手でそれを拭うが間に合わない
「なっ!?なんで泣くん!?そない不味かった!?味見したんやけど」
「グスッ…違います…すごく美味しいです…
私…子供の頃から風邪を引いた時はいつも1人で全部やらなきゃいけなくて、辛くても、どんな時も…頼れなくて…いつも1人で…でも、今日は狐鈴様がこんなにも美味しいお茶を淹れてくれて…グスッ…それがとても嬉しくて…だから…スミマセン…グスッ…」
泣き出した私を心配して、リンが肩に上がり流れる涙を舐めて心配そに鳴く
心配してくれてありがとう…と、笑うが不安そうな瞳で見上げるリン
「ぼっ…僕かて風邪引いた相手に悪態つくほど鬼やないし!!
べっ…別にコレくらい普通やろ…あっ、甘えたらええやん風邪の時くらい…その代わり治ったら、僕の好きな料理たんとご馳走してもらうし…」
タオルでそっと流れる涙を拭ってくれる狐鈴様の顔も、なんだか赤いように見える
照れてる狐鈴様が可愛らしくて笑えば
泣いて笑って忙しい子やなと、狐鈴様も笑っていた
生姜湯で体も温まり、ウトウトとしながらベットに入ると狐鈴様がトレーを持ち立ち上がる
もう少し居てほしい…熱に浮かされた頭でふと思う
辛い時に誰かがそばに居てくれるだけで、こんなにも心強いとは思わなかった…もう少しだけ、風邪に甘えてワガママを言っても許されるだろうか…そう思い立ち去ろうとする狐鈴様のシャツの裾を掴むと、驚いたようにコチラを見下ろす狐鈴様と目が合う
「もう少しだけ…ここに…」
そんな事を言っては、流石の狐鈴様も悪態が戻ってくるかもしれない
大体、もう瞼が閉じそうなほど眠いのに…それでも、もう少しだけ…もう少し…
そんな事を思っていると、掴んでいたシャツの手を外される
やっぱり、怒られる…
そう思ったのに、外されたその手をそっと握られる。
驚いて落ちかけた瞼を開ければ、ベットサイドの椅子に腰掛け手を握ってくれている狐鈴様の仏頂面
「少しだけやったら、居てやらん事もない…」
そんな事言いつつ、椅子に座って居てくれる気なのに…
その言葉を聞いて微笑むと、今度こそ瞼を閉じて睡魔に身を委ねた。
寝入ったのか規則的に聞こえる静かな寝息、熱った青葉の額に忘れていた濡れタオルを片手で器用に乗せてやる。
握られたままの手が熱い…その熱が自分にも移るように自身の体の体温も高くなる
このままではマズイと、青葉を起こさぬように握られた手を名残惜しいと思いつつも離し、足早に部屋を出て扉を閉めると廊下の壁に額をゴンッ!!と自ら打ち付ける。
「はぁーーーーーーーーーー!!
反則やろ!!何これ!?」
コレが人間の間で一昔前に流行ってたギャップ萌え!?ツンデレ!?
当時は、はぁ?何それ?と、バカにしていたが
「分かる!!今なら分かる!!ギャップ萌もツンデレも破壊力半端ないやんか!!!
普段あんな、何でも自分でできますからお構いなく!ツン!
みたいな感じやのに、涙溜めて…あの可愛げの塊になるのなんなん!?
あれがデレ!?
落ちひん男なんかおらんやろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
壁に爪を立てて、小声で壁に向かってブツブツ話す姿は神使や芸者達の間で有名な
口は悪いが、何でも卒なくこなす色男の狐鈴はん
の普段の姿からは誰も想像できない事だろう
こんな…こんな…人間のしょーもない女なんかに、まして可愛げのない…いや、可愛げがないと思っていた青葉に、しかも思わぬ過去を聞かされた挙句、弱さを曝け出されて…無理や…無理!
僕がこんなにもチョロい男やったなんて…認められるわけない!!
そや、惚れるまでは行ってへんし!!
ちょっと可愛いと思っただけやんか!!
そう思ったところで、頭をよぎるのは熱に浮かされ自分に縋る青葉の顔
今、青葉に「好きです狐鈴様」と言われたら
二つ返事で嫁にする。
「いやもう、完全に惚れてるやん!!!!!!」
あ〝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
押し殺した声で叫ぶ狐鈴の声を、青葉の枕横で寝て居たリンがウルサイと言わんばかりに青葉の布団の中に潜り込み、そっと身体を丸めて眠りについた。




