第11話 怒涛
「まずい、まずい!!急いで帰らないと!」
大聖堂の入り口まで修道女の方に見送ってもらった後
一礼をして足早に広場を突っ切る
昼時が近いせいで朝よりも人出が多い
この世界の人は、男女ともにガタイが良いので
ぶつかろうものなら私は簡単に弾き飛ばされるであろう
故に、慎重に人の間を縫うように進む
元の世界で言うところの欧米系のスポーツ選手並みに
皆、筋肉質なのだ
若い女性が芋の入った木箱を肩に担いで軽々運んでいるのを見た時は
流石に驚いた…
私がこの世界に来てから、やたらと可愛い可愛いと言われるのも
顔が可愛いとか言う理由ではなく
小柄だねー!華奢だねー!的な小動物に対する可愛いと言う意味のようだ
悲しいかな…まぁ、分かって居ても
言われ慣れない私は、ついつい照れてしまうのですけど…
そんな事を考えながら歩いていると
横から来た両手に荷物を抱えた男性にぶつかられ
わっ!?と、声を出すまもなくよろけると
「危ない!青葉ちゃん!!」
その声と共に背中にトスンと何かにぶつかり
両肩を支えられる
「おっと!ごめんよ!」
荷物の横から顔を出した男性が一言声をかけると
そのまま足早に行ってしまった
ボケっとその光景を見送り
両肩を支えられたままだと言う事に気づき
慌てて振り返り
「すみません!」
と、謝罪をして見上げれば
そこには頬を染め、ぽけーと放心したかのように立っている
見慣れた犬耳の常連さん
「レイさん!?」
驚いた様に声をかければ意識が戻ってきたのか
私の顔を見るレイさんが慌てたように
「はっ!!!青葉ちゃん!!怪我はない!?大丈夫!?
骨とか折れてない!?」
アワアワしながら捲し立てるように話しかけてくるレイさん
「はい!大丈夫です
レイさんが支えてくれたおかげで転ばずに済みました
本当に、ありがとうございました」
そう言って笑えば
「そっ…そっか…良かった…」
と、ゴニョゴニョ言いながら
尻尾をパタパタと振っているレイさん
レイさん!!マジワンチャン!!!
本当に可愛い!!!!
レイさんにこそ、可愛いと言う言葉が相応しいのではないか!?
ケモ耳男子尊い!!
あまりの可愛さに心の中で吐血しながら
平然とした顔を装おうが
ふと気づく
「はっ!?お店に戻らないと!!」
慌てて店の方を振り返ると
「俺も一緒に行くよ!ちょうど青葉ちゃんの店に行く途中だったし」
そう言ってレイさんが私の手を取る
へっ!?手をっ握っ!!?
そのまま私の手を引いて人混みから守る様に
自分の方に引き寄せ歩幅を合わせるよにうに少しずつ進んでくれる
今まで付き合ってきたどの男性の手とも違い
鍛冶屋をしているだけあって見かけによらず分厚く硬い掌
その大きな手に包まれるように手を握られ
恋愛的な意味なんて何一つ含んでいないと言うのに
なんだか意識してしまい頬に熱が集まる
いやいや、人混みを進むのに手を引いでくれてるだけで
恋愛に慣れてない子供じゃあるまいし
何照れてるんだ私!!!恥ずかしい!!!!
良い年しして、逞しい男性の手に照れてる自分にも恥ずかしい!!
レイさんが掻き分けながら進んでくれたおかげで
あっという間に店の前に着くと
「オープン時間には間に合いそうだね青葉ちゃん!」
そう言って振り返るレイさんに
「はっ、はい…その…ありがとうございますっ…」
と、まだ顔が赤い気がして俯きながら
繋がれたままの手に視線を送ると
その視線の先をレイさんも確認したのか
「はっ!?わぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ごごごごごごめん青葉ちゃん!!!
おっ、俺!!!いいい妹がいて!!ついそのっ!!」
そう言いつつも握ったままの手
店の前で2人して真っ赤になっていると
バンッ!!!!
と、凄い音を立てて店の扉が開き
驚いてレイさんと共にそちらを振り向けば
神様の神使にこんな事を言ったらバチが当たりそうだが
今までの不機嫌顔を超える鬼の形相のゴコクさんが仁王立ちしており
レイさんを鋭い眼光で睨みつけると
レイさんがビクリッと固まるのが手から伝わる
まずい!!!ゴコクさんめっちゃ怒ってる!!!
ゴコクさんにすぐ帰るとか言って
やっと帰ってきたと思ったら
店前で客とお手て繋いで何やってんだって感じですよね!!!!
土下座ものですよね!!!?
「ゴコクさん!!こっ、これはですウワァッ!!」
言い訳が終わらぬうちに
大股で歩いてきたと思ったらゴコクさんの肩に担がれ
急に高くなった視線に慄く
ちょぉー!!降ろしてぇーーと騒ぎたいが
そんな事をしようものなら更なる怒りをかうであろうと察した私は
大人しく担がれたまま
唖然と立ち尽くすレイさんに
スミマセン、スミマセン!!と
謝罪しつつ、そのまま店内へと担ぎ込まれると
出てきた時同様、ガラスが割れるのでは!?
と言う勢いでゴコクさんはドアを閉め
店中のガラスとカーテンが振動で揺れる
「ゴコクさん、あの、色々と申し訳なく「黙って」」
「ひゃいっ!!」
静かなる怒りを含んだ低い声に
間抜けな声で返事をすると
そのまま投げ飛ばされるのでは!?
などと怯えていたが
そっとカウンターテーブルの上に降ろされる
テーブルの上に座るのはちょっと…なんて意見ができる雰囲気でもなく
恐る恐る、ゴコクさんの顔を見上げれば
普段の眠たそうなタレ目はキツく吊り上がり
怒りを含んだ目で睨んでいるが
何かを堪えている様にも見える
あっ…激怒したいの堪えてらっしゃったり…
怯えながらそんな事を考えていれば
突然ゴコクさんが距離を詰めてきて
ふわりと香るお日様の様な優しい香り
と思う間も無くそのまま抱きしめられる
ふぇっ!?
今日は朝からキャパオーバーしそうな出来事ばかり
ななななななな何で!?
ゴコクさんに抱きしめられて!!!?
肩越しに見える店の扉
窓のカーテン閉めたままで良かったなんて呑気に思いつつも
頬に当たる柔らかいゴコクさんの髪に
思ってた以上に逞しい腕と胸板
何よりもゴコクさんの温もりをダイレクトに感じ
私の心拍数は限界突破するのではないかと言うほど
猛スピードで拍動している
イケメンに抱きしめられて
意識するなと言う方が無理な話である
ヒョェェー!!!?
のぼせそうな頭を停止しないように必死に意識を保つ
落ち着けー!!そんな事を考えていると
か細く震える様な声で
「青葉…本当に良かった…何かあったんじゃないかと心配した…」
普段のゴコクさんからは考えられないような
弱々しい声
その声でふと気付かされる
朝、ゴコクさんに出かけると声をかけた時
機嫌が悪かったのは
治安が悪い世界なのに、私が1人で出かけようとしたから
だから付いて行くと言ったのではないかと…
昼間だし人が多いからと簡単に考えていたが
きっとタカちゃんからこの世界の事を色々と聞かされているに違いない
「私っ…軽率で…本当にごめんなさい…」
泣いて良い立場などではないのに
ゴコクさんの思わぬ優しさが心に沁みて
不謹慎にも思わず泣きそうになる
それを堪えて言葉が詰まり
カタコトみたいな話し方になってしまう
泣きそうなのに気付いたのか
そっと頭を撫でくれる大きな手があまりに優しくて
気恥ずかしさで顔を隠すようにゴコクさんの肩にオデコを預ける
まさか、ゴコクさんが
私なんかを心配してくれて居たとは思わず
込み上げる申し訳なさ
ゴコクさんも神様同様に遥か昔から人間を見守ってきたに違いない
こんな異世界で人間なんかにこき使われてるのに
店主のクセに、いい加減な私を
こんなにも心配してくれて…
申し訳なさすぎて涙ぐんでくる
私は泣く立場なんかでは無いんだからと何とか堪える
「これから外に出る時は
必ず俺も連れて行って
どんな事からも…青葉は俺が守るから…ねっ?」
私の頭を撫でながら
まるで子供にでも言い聞かせる様に
優しく響くゴコクさんの言葉に
そのままコクリと頷きそうになるが
ふと止まる…
いや、必ずは流石に無理では…
と、冷静さを取り戻した可愛げのない考えが
頭をよぎり顔を上げれば
有無を言わせぬ満面の笑みを浮かべたゴコクさんの顔が
目の前に…
「連れて行ってくれるよね?青葉」
「ひゃい…」
神使の圧力に最も簡単に屈した私は
返事にならない返事を返すのが精一杯であった
先ほどのまでの弱々しいゴコクさんは何処へ!?
笑顔なのに、目が怖いっ!!!
「安心した…
俺との約束、忘れちゃダメだから」
そう言って笑うゴコクさんが
私の左手を握りスリスリと親指で私の手の甲を撫ぜる
返事は?言わないと手を離さないぞ、と言う威圧を感じとり
首振り人形の如く
コクコクと必死に首を振れば
満足げな笑みを浮かべたゴコクさんが
覆い被さる様にまた私に抱きつく
ななななな何故っ!?
あっ、親愛のハグ的な!?
いやでも、何故っ!?
脳内パニックを起こしていると
私の首筋あたりで深呼吸するゴコクさん
いやぁぁぁぁぁ!!私、今、汗臭いからやめてぇぇぇぇ!!
「青葉…良い匂い…
青葉を抱きしめたまま寝たら、よく眠れそう」
うっとりと言う様な口調で話し終えると
私の首筋に頭をスリッと擦り寄せるゴコクさん
なななななななな!!!!?
猫のようにすり寄るイケメンの破壊力!!
いや、ゴコクさん!!
貴方、そんなスキンシップ好きなキャラなの!?
って、いや、これセクハラっ!!!
あっ、でもこの方は神使な訳で!!
人間に対してそんな概念持つわけないかと思いつつ
「ちょっ!!ゴコクさん!!
ストップ!ストーーーップ!!」
慌てて肩を押し返せば
すんなりと離れてくれたゴコクさんだが
してやったりと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべている
レイさんが以前、性悪!!と
叫んでいたのを思い出す
ゴコクさん…神使…ですよね…?
「ゴコクさんが私の事を心配してくださってると言うのは
心の底から理解しましたから!!
神様の神使として、人である私なんかを
そんなに気にかけて頂いていたとは
つゆ程も思わず…本当に失礼いたしました…
反省しています…今後は気をつけ…ってゴコクさん?」
謝罪をしつつ、ゴコクさんの顔を見上げれば
片手で自分の目を覆い天を仰いだと思ったら
私の真横のカウンターに
ゆっくりと、力なく崩れ落ちるようにそのまま突っ伏す
「えっ!?ちょっ、ゴコクさん!?
大丈夫ですか!?気分悪くなっちゃいましたか!?」
ゴコクさんの広い背中を摩っていると
「青葉城の城壁はさ……チタン製なの?」
突っ伏したままのゴコクさんが
…硬すぎる…あの流れで…何で…と、何やらブツブツ言い始める
「城壁?チタン?えっ、あの、何の話ですか?」
「…何でもない…」
力なく答えるゴコクさんに
どうしたものかと思っていると
カランカランと店の扉が開く音がする
振り返ると、常連さんが
扉から申し訳なさげに顔を出し
「今日って、もしかして臨時休業?」
そう言われて時計を見れば
オープン時間を15分も過ぎている
「あぁっ!!!?すみません!!
今すぐ開けます!!
ゴコクさん!!復活してください!!
ゴコクさん!!」
そう言って、力なく倒れ込んでいるゴコクさんを揺すりながら
扉とゴコクさんを見比べる
今日は朝から怒涛すぎるよ!!
なんて日なんだぁぁぁぁぁ!!
と、自分で蒔いた種と分かっていながらも心の中で絶叫せずにはいられなかった。




