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第五十一話  激高

 ここでバナージュがいきなり目の前にある机に拳を振り下ろした。ドォンと豪快な音を立て、不意なことであったため、その場の全員が驚いた。


 その表情からは隠しきれない苛立ちが溢れており、同時にそれを父親に向けていた。 



「父上! あなたはそうまでして母上の事を想っていながら、なぜ最後を看取ってやらなかったのですか!? いや、その前からだ! 私が幾度となくあなたを呼んだのに、病に伏して死の床にある母上の、見舞いに来られなかったのですか!?」



 あの当時、バナージュはまだ幼かった。世の慣わしや道理なども理解できず、とにかく父を呼んだ。父は王様で何でもできると、幼心においてはそういう風に理解していたのだ。


 だが、何度呼べども父親は現れず、熱病にうなされて日増しに衰弱していく母の横で、泣き喚くことしかできなかった。


 結局、母親はそのまま亡くなり、帰らぬ人となった。


 あれほど呼んだ父が現れたのは、亡くなってから十日も過ぎてからだ。王妃の礼節をもって丁重に葬られはしたが、国王不在の葬儀はどこか空虚であった。


 そして、遺体が埋葬される段になって、ようやく表れた父親の顔をみるなり、バナージュは幼い語彙力を総動員して、薄情な父親をなじった。


 そんなバナージュからの罵声を浴びながら、レイモンは無言でミラの棺に花を捧げ、土の中へと埋葬されるそれを無表情で見送った。


 それ以降、この親子の心は離れたままだ。


 バナージュは成長し、大人になったがゆえに父の行動は理解できるようになった。レイモンは国王としての職務を全うしていただけなのだ。


 ミラが病に倒れた当初、折り悪く領内南部において大規模な地震が発生し、その救助や復旧の差配に追われていた。さらに、西の隣国とも国境紛争における調停が暗礁に乗り上げ、予断の許さぬ状況になっていた。


 それらを処理するために走り回り、レイモンの予想に反してミラの病状は重くなる一方であり、どうにか問題解決の目途がついて王宮に戻った時には、すでに遅かったというのが事情である。


 こうした事情があったからこそ、成人して以降のバナージュは、レイモンのことを殊更非難するようなことはしなくなった。


 だが、それでも心の中に壁は存在する。


 バナージュが芸術に傾倒したのも、“政治”などという得体の知れない化け物に近付きたくないがゆえに、その逃げ場として求めた結果であった。


 公人としては理解し、王子として国王への敬意を忘れてはいない。


 しかし、私人として、息子としては納得していない。今でも薄情な男だと思っている。


 今日この場において、今なお母への愛情を語る姿勢は、それゆえにバナージュには我慢ならなかった。愛していたのであれば、一目会いに来てさえくれればよかったのに、と


 これが両者の壁となり、今なお心の隔たりとして残っていた。



「聞きたいか、バナージュよ」



「ええ、是非にも!」



 先程の柔和な雰囲気のレイモンはすでに消えており、無表情で息子を見つめていた。


 そのバナージュもまた父を睨み付け、両者の間には微妙な空気が溢れていた。


 そんな二人を間近で見ているエリザは、息を飲むほどの緊迫した親子喧嘩の渦中にあって眉一つ動かさずに落ち着いて見守っていた。


 よくまあ、汗一つ出さずにいられると、ソリドゥスはエリザの胆力に素直に感心した。



「理由は一つしかない。仕事が忙しかったからだ」



 分かり切った答えが、レイモンの口から出てきた。


 まあ、そうだろうとバナージュは思った。予想されていた回答ではあるし、今更これについてなじろうとは思わなかった。


 だが、今日だけは違う。先程、母親への愛情が今なお息づいていることを、今し方の会話から感じ取ることができた。


 愛している者に何一つ言わず、仕事に専心した男を、このままにしてよいのか。それ以上に、王位を継ぐと言う事はそうした精神や発想すら受け継ぐことにはなりはすまいかと、バナージュを嫌悪させた。



「父上! あなたは今の言葉を平然と吐ける、自分自身になんの後ろめたさもないのですか!? 母上にかけるべき、謝罪の言葉もないのですか!?」



 勢い任せに飛びかからんとしたバナージュであったがら、立ち上がろうとした大腿部をエリザに押えられ、ギリギリのところで止められた。


 エリザは首を振り、短気はダメだ、と無言で戒めた。



「ああ、すまぬ、エリザ。くだらん醜態を晒した」



「いえ。こちらこそ差し出がましい真似をいたしました。ですが、あえて口出しさせていただきます」



 そう言うと、何度か深呼吸をして気分を切り替え、その場の誰もが驚愕する行動をとった。


 あろうことか、エリザはバナージュの襟首を掴み、そのまま捻り上げた。


 そして、顔をグッと近づけて叫んだ。



「いつまで女々しい事を言ってらっしゃるのですか! 『とっとと隠居して、母上の墓守でもなさってください』とのたまって、王冠を引っ剥がすくらいはできないのですか!?」



「いくらなんでもそれは無茶では!?」



「無茶ではありません! やっていただきたいのです! 私は乳離れもできていない幼児ガキに、嫁いだつもりはございません!」



 エリザの表情は真剣そのもの。襟首を掴むその手も、本気で力を込めていた。


 バナージュは恐れおののき、レイモンでさえ目を丸くして息子夫婦の喧嘩を眺めた。



「母君の事を大切に思うのは結構! しかし、バナージュがここに来たのは、そうではありますまい。王位継承に関する諸問題を解決し、国内の混乱を収めるために王都に戻ってきた! そうではありませんか!?」



「そ、それはそうなのだが、この件で納得のいく回答が得られるまでは、動くつもりもないぞ!」



「まだそのような事を言われますか! いつまでそのような子供じみた仰られるのですか!」



 いよいよエリザの声も、激高と呼ぶに相応しいほどに荒々しくなった。


 そして、声の粗さが態度にも伝染し、襟首を掴んだ手を押し出して、バナージュを突き飛ばした。


 肘置きにぶつけられる格好となり、危うくひっくり返るかと思ったほどに勢いよく叩きつけられた。


 エリザは荒い息のまま、余りの妻の激高ぶりに驚いているバナージュを見下ろし、次いでソリドゥスに視線を向けた。



「ソリドゥスお嬢様、責任を取っていただきます」



「へ? 責任?」



「決まっています。“またしても”バカな男を紹介した、その責任でございますよ。婚姻無効、よろしくおねがいしますね」



「えぇ!? また!?」



 よもやの要求に、さしものソリドゥスも驚き、どう返すべきか迷った。



         ~ 第五十二話に続く ~

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