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第三十二話  出立

 一日かけて荷造りが終わり、いよいよ使い慣れた城下の別邸ともお別れの時が来た。


 王族の地位を剥奪されたことに未練はないが、住み慣れた場所から離れることには、どうにも哀愁を感じてしまうバナージュであった。



「さらば王城よ、我は自由を満喫する」



 などと言って強がっては見たものの、やはり都落ちとはこんなものかと渇いた笑いが漏れ出てきた。


 しかし、寂しくはなかった。なにしろ地位も財産も失った元王子に付いてくる、物好きな者達が四人もいるからだ。



「んじゃ、出発しましょうか。みんなは前の馬車に。アルジャンは後ろの荷馬車で荷物番お願いね」



 ソリドゥスが用意した馬車は二台。一台は人を乗せる馬車で、そちらは四人乗り。もう一つは荷物を積んでおく荷馬車で、幌付きのそれなりの荷馬車であった。


 それぞれに御者が一人ずつ配備されていた。



「ごめんね~、アルジャン。この馬車、四人乗りなの」



「前にも聞きましたな、その台詞。そんなに俺がお嫌いで?」



「荷物持ちが荷物番するのは当然では? 走っている最中に荷物が落ちたら大変だし」



 理屈ではその通りなのだが、それを納得できるかどうかは別である。


 なお、アルジャンは文句を言いながらも承諾した。何を言っても無駄だし、かと言ってデナリのような少女に任せるわけにもいかなかったので、やむを得ないと引き受けたのだ。


 そして、バナージュ、エリザと馬車に乗り、忘れ物がないかと確認してからソリドゥス、デナリも馬車に乗り込んだ。


 アルジャンもまた荷崩れしないように色々と確認した後、荷馬車へと乗り込んでいった。


 それを確認してから御者が馬に鞭を入れ、ガタゴトと二台の馬車が進み始めた。放浪してあちこちに出掛けることの多かったバナージュにとっては、馬車の車窓から見える街並みも、良く見慣れた光景であったが二つの点で今回は異なっていた。


 それはもう戻る予定のない屋敷や町の風景であり、これが見納めとなるかもしれない事だ。


 そして、もう一つは不快でもある事実であった。



「見ろ、連中の顔を。どうにも見知った顔がちらほら見える。見送りなどという殊勝な心掛けではなく、都落ちする私への侮蔑や、あるいは嘲笑であろうよ。若干名、後ろめたさを感じている者もいるようだが、言葉をかけねば通じぬこともあるであろうに」



 バナージュが吐き捨てるように言い放ち、見たくもないとカーテンを閉めてしまった。


 都落ちとはこういうものだと理解はできていても、やはり目の当たりにする人々の奇異な視線と言うのは、この上なく不快そのものであった。



「結局、私個人の価値などその程度の物ということか」



「まあ、人間誰しも自分が可愛いものですから。陛下の不興を買って実質的に追放される者に、わざわざ声をかける者などいないでしょう。彼らの反応は、至極当然のものです」



 ソリドゥスの意見は冷淡であったが、まさにその通りだと納得させるに足りるものであった。



「でもやっぱり、気に入りません! 薄情だと思います! 友人面してたり、あるいは援助してもらっていたりしたのに、たった一晩二晩でこうも掌を返せるなんて、酷い人達です!」



「デナリが怒るのも当然だけど、それに対して異を唱える力がないのも、今のこちらの立場なのよ。財もない、権限もない、領地は雀の涙で、人もいない。現実はどこまでも世知辛いのよ」



 ソリドゥスは妹の頭を撫でてやり、その荒ぶる感情を鎮めようとした。自分も若いが、妹はなお若い。感情の赴くままに吐露するのもやむなき事であった。



「まあ、デナリよ、いいさいいさ。なんとでも思わせておけばいい。どうせ二度と顔を合わせぬ連中であるし、気にはすまい。わざわざド田舎まで嫌味を言いに来る奴がいれば、それはそれで歓待してやろうと思うがな」



 ここで一同から笑いが漏れた。


 そこまで熱心に悪罵を伝えに来れる奴がいるのかどうか、いるのであればさぞ見ものだなと、笑いが込み上げてきたのだ。



「それで、バナージュ、村に着いたらどうしましょうか?」



 エリザの質問に対して、バナージュは腕を組み、唸った。


 一応、これから向かうデカン村は領地ではあるが、特に代官などは置かず、村民の自治によって統治されている小規模な村だ。


 行ったところで、特にやるべきことなどないのだ。



「まあ、母上がいた頃の領主の館があったはずだ。館と言っても、町の商店くらいのささやかなものだがな。そこに居を構えるとして、あとは畑を都合してもらうか。五人もいれば、それなりの畑を使うこともできよう」



「そうですわね。なら、その際のご指導はお任せください。今日から私が教師ですよ」



 今までは、皆がエリザを教える立場にあった。社交界に出るために読み書き作法を仕込まれ、それを者にしてきた。


 今度はそれが逆転し、農村出身のエリザが四人を指導する立場に変わるのだ。


 畑の耕し方、麦や野菜の栽培方法、乳牛の乳しぼりと、覚えることは結構ある。


 日々の炊事洗濯は、エリザ自身が得意であるし、デナリやアルジャンもなかなかのものであった。


 むしろ、上流階級出身であるバナージュやソリドゥスの方が、足手まといな感じすらあった。



「まあ、その辺りは、エリザ、よろしくお願いね。裁縫や刺繍は覚えてるけど、料理や掃除はからっきしなのよね、あたし」



 そこはさすがにお嬢様である。家事全般はほぼダメであった。


 ソリドゥスはエリザに教わることも多いだろうと、軽く頭を下げて頼み込んだ。



「そんなことよりも村に着いたら、真っ先にやらないといけないことがあるのよ」



「真っ先にやる事ってなんですか、ソル姉様?」



「当然、この二人の結婚式よ」



 ソリドゥスは並んで座っているエリザとバナージュを見ながらそう告げると、二人は照れ臭そうに顔を赤くした。エリザは少しうつむき、バナージュは頭をかいて、ソリドゥスにどう返すべきかを考えているようであった。


 処女と童貞の組み合わせでもないであろうに、随分と初々しい反応だなと、ソリドゥスもついつい笑ってしまった。



「フフッ、まあ、そんなに難しく考える事じゃないでしょ。王子っていう立場があったら、反対する人もいるでしょうけど、今は庶民になったんだし、誰(はばか)ることなく、夫婦になればいいのよ」



「まあ、それはそうなんだがな」



「小さな村でも、教会くらいはあるんでしょ?」



「あるぞ。随分と小さなやつだが」



「なら、十分十分。どうせ参列するのは、いつもの顔触れだけなんだしさ。こじんまりとした式を挙げればいい。重要なのは、後戻りなんかせず、二人揃って前を向いて歩くって事を、神に誓って踏ん切りをつけてしまうことよ」



 口ではしっかりと激励しているが、ソリドゥスにとっても極めて重要な案件であった。


 エリザの“天賦ギフト”である【内助の功】は、“伴侶の運気を上昇させる”と言う効果がある。神の前で誓い、正式に結婚することで発動する能力だ。


 その伸びた運気で、どこまで失地を回復できるのか、それは自分の今後にも関わってくることであった。


 もちろん、二人に幸せになって欲しいという気持ちに嘘はないし、愛し合う二人に祝福が降り注いで欲しいとも考えている。


 なにより、バナージュの持つ“天賦ギフト”もまた、結婚に関することだからだ。



(前回のザックとエリザの結婚が失敗したのは、当人同士の相性が悪かったから。でも、今回は二人が愛し合うよう手順を踏んでから、結婚まで辿り着けた。二人の性格も、能力も、これ以上にないくらい相性がいい。回りくどく、苦労もしたけど、これで二人は幸せになれる)



 この計画は、“幸運の牝馬”を競売にかける際、バナージュに触れたところから始まった。


 ザックとエリザの婚姻を取り消し、それからエリザとバナージュの間を取り持って睦まじい関係にまでその仲を育み、都落ちという予想外の展開を経てもなお、二人の愛は消えることなく続き、そして、いよいよ結婚と言う運びとなった。


 長かった。資金も尽きた。苦労もした。


 だが、それもこれから全部取り返すのだと、ソリドゥスはやる気をみなぎらせた。



「結婚して、二人で甘々な生活を楽しんでくださいね。“致す”際には、こちらも家から退去しますんで、お気軽にお声掛けくださいね」



「おいおい」



 相変わらずズケズケ言い放つなと、バナージュはソリドゥスの言葉に大笑いした。エリザもまたそれに釣られて笑ったが、意味を理解できていないデナリだけが首を傾げていた。



「ソル姉様、何を二人はするんですか?」



「ええっとね、コウノトリを召喚する儀式よ」



「コウノトリ? 儀式?」



「そうそう。赤ん坊はね、コウノトリが運んでくるのよ。でも、赤ん坊を運んでくるコウノトリはなかなか現れなくって、子供が欲しい夫婦はそれがやって来るように、神様にお祈りと儀式を執り行うの。その祈りが届いたら、コウノトリが赤ん坊を運んでくるのよ」



「へぇ~、そうだったんですか」



 完全に妹をからかうモードのソリドゥスの話に、エリザもバナージュも恥ずかしそうにしながらも、笑い声を馬車の外まで響かせることとなった。


 なお、楽し気に笑いながら旅を続ける四人であったが、後ろの荷馬車で寂しく番をするアルジャンのことは、すっかり忘れ去るのであった。



         ~ 第三十三話に続く ~

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