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第十四話  作法講習(後編)

「エリザ! お勉強の時間よ!」



 屋敷の書庫の扉を勢いよく開けて、中に突入すると、そこには意外な光景が繰り広げられていた。


 なんと、バナージュがエリザの読み書きの手解きをしていたのだ。



「あ、で、殿下、こちらにお越しでしたか。騒々しいマネをして、申し訳ございませんでした」



 早速、脱いでいた猫の毛皮を慌てて着込み、貴人の前に出たお嬢様に気持ちを切り替えた。



「いやなに、出かけるまで少し時間があってな。エリザが読み書きを覚えたいと言っていたので、どの程度なのかと見ておこうかなと思ってな」



「それで、殿下直々に手解きというわけでございますか?」



「うむ。やはり、庶民の読み書きのレベルはこんなものかという感じであった」



 実際、エリザの読み書きレベルは、とても実用に耐えられるものではなかった。


 ソリドゥスが机の上に広げられた紙を見てみると、ひどいものであった。字は汚いし、つづりを間違えているものも見受けられた。文法も乱雑と言わざるを得ないほどまとまっていなかった。


 ただ、エリザは庶民の中では、まだ読み書きができる方だ。


 大富豪の屋敷の厩舎番の妻であり、自身も召使として屋敷に出入りすることもあった。そのため、最低限の読み書きは覚えさせられており、言伝などの簡単なメモ書き程度であれば書けた。


 ただ、それが上流階級の中でも最上位に位置する王族には、せいぜい五歳児の落書き程度にしか映らなかったのだ。


 そんなバナージュの何気ない一言であったが、エリザにとっては痛烈な一撃となった。


 王子の前で恥を晒してしまったと、エリザは顔を真っ赤にして恥ずかしがっており、これはよくないなとソリドゥスは即座に作戦を切り替えた。



「殿下、ならば、この場は私にお任せあれ。しっかりと読み書きや礼儀作法を教え込み、お側に仕えるに相応しい一端の淑女に、この私が仕上げてみせますわ」



 ソリドゥスはポンとエリザの肩に手を置き、自信満々に言い放った。



「おお、それよ。側近くと言うが、私は別に侍女や召使の募集はしておらんぞ」



「細かい事はお気になさらないでください! アルジャン、殿下はお出かけされるみたいだし、お見送りしてさしあげなさい」



 要は、女性だけの空間を作りたいからさっさと、王子を連れて出て行ってと、遠回しな要請が入って来たことを、アルジャンは察した。


 まあ、確かにこの場は女性だけにして、エリザの赤面を修復した方がいいというのも分かるし、何より男の口から藩王を確かめるのも悪くないかと即断して、アルジャンも動いた。



「殿下、かしましい女性陣はこの場に置いておきまして、ご出立の準備をなされた方がよろしいかと」



 姦しいと言う単語には少し気にしたが、察して動いてくれたアルジャンに、ソリドゥスは良くやったと目配せをした。



(うっし、銀貨五枚分の働きはしたわね。ここ最近の無礼は許す!)



 ソリドゥスが心の中でガッツポーズを取りつつも、アルジャンに促されるままに書庫を後にするバナージュに向かって礼をした。


 パタンと扉が閉まるのを確認してから頭を上げ、それからエリザの方を向いた。


 なお、エリザは顔を真っ赤にして頭を抱えていた。



「ソリドゥスお嬢様、やっぱり無理ですよ~! あたしなんかが、王子様のお相手するのなんて!」



 誰もが振り返るほどの絶世の美女というわけでもなく、あるいは冠絶するほどの頭脳の持ち主でもない。エリザはごくごく普通の村娘なのだ。


 そして、その姿は次々とあらわとなっていった。


 昨日の夕食などは一緒に食事をしたが、食事道具カトラリーの使い方が分からず右往左往。作法が全然なっていないところをしっかりと見られた。


 そして今朝は、ソリドゥスに読み書きの手解きをしてもらおうと書庫で待機していたら、先にバナージュがやって来て、習字の自習をしているところを見られ、「レベルが知れている」ときっぱり言われてしまった。


 いくら何でも、付け焼刃でどうこう出来るほど、王子は甘くないのだと思い知らされた。


 自分の無力さを知るが故の赤面であった。



「安心しなさい! むしろ、これは好機よ!」



 落ち込むエリザに、ソリドゥスは我が意を得たりと笑みを浮かべた。


 一体その自信はどこから来るのだと、エリザは本気で問いかけたくなるほどの熱量が、目の前の少女から放たれていた。



「いい? 人間はね、興味のない事には、時間を割かないものなの。金儲けでも、趣味や道楽でも、なんでもね! でも、殿下は特に用もないのに、わざわざ書庫に足を運ばれた。それはなぜか? エリザ、あなたがここにいたからよ!」



 まくし立てるように話すソリドゥスの勢いに押され、エリザは何も言い返せずに頷くだけであった。



「私が言っておいたように、書庫で勉強したいって言ったことが興味を惹いたの! 王子様に言い寄る相手なんて山ほどいるだろうしね。だから私は敢えて引いた! 引くようエリザに言い含めた! 押してダメなら引いてみろよ! いつもと真逆だから、殿下の調子が狂ったの!」



「そ、それが、どう好機に繋がると?」



「興味のない相手には何もしない。わざわざ確認しに書庫まで足を運び、あげく中まで入って来て勉学の具合まで確認する。お忙しい殿下が時間を割いて見に来てくれた。これは間違いなく“興味”と言っても過言ではないわ!」



 勢い任せに話しているようにしか聞こえないが、どうにもその勢いとやらに押され、エリザはソリドゥスの言葉の中に説得力と言うものを感じてしまった。



「そして今、エリザ、あなたは殿下から『レベルが低い』と思われている。だからこそ、ここで力量を上げておけば、実際の上昇値以上の好印象を相手に与えることができるの! それもできれば短時間で劇的な変化があればこそ、その効果も高まる!」



「そ、そういうものなのですか!?」



「そういうものなの! 押してダメなら、押し倒すの!」



「引くんじゃないんですか!?」



「引いて、相手の体勢を崩して、それから押し倒すの! 既成事実作れば、こっちのもんよ」



 王子相手に無茶苦茶な言い様であったが、ソリドゥスはそれくらい焦っているのではないかと、エリザには感じられた。


 なにしろ、かなりの金額の借金を背負い、王子と自分の仲を取り持って、おこぼれちょうだいというかなりゲスい発想で、人の恋愛を操作しようとしていた。


 王子との恋仲など、普通に考えれば夢物語だ。ただの村娘に過ぎない自分には、物語の中の世界でしかないのだ。


 現実は横暴な夫に振り回され、日々苦労するだけでしかない。


 しかし、目の前のお嬢様は、夢物語を現実にするために、八方手を尽くしてくれていた。


 下心が見えており、逆に清々しいくらいの強欲な愛天使キューピッドだ。


 この用意された舞台が、喜劇に終わるか、悲劇に終わるか、それは分からないが、折角回って来たお姫様の役回りだ。どうなろうとも演じ切らねばなるまいと、エリザは意志を固めた。



「ソリドゥスお嬢様、頑張ってみます! 私、頑張って、王子様の側に立てるくらいのお姫様に、なってみせますとも!」



「お~、結構結構。ようやく“らしく”なってきたわね。やっぱりエリザはそういう闊達な雰囲気が似合っているわ。しおらしくしてるのは、王子様の前だけで十分よ」



 そう言うと、ソリドゥスは少し散らかっていた机の上を整理し、エリザの横にデナリを立たせた。



「字はデナリに習うと良いわ。この子の書く字は、この国一番よ」



「えへへ~♪ ソル姉様にそう言われると、あたしも張り切っちゃいます!」



 デナリは筆を手に取り、読み書きの練習に使う基礎的な構文を書いていった。



「うわ、本当だ。すごく奇麗な字。私なんかと大違い」



「それを手本にしなさい。筆運びや姿勢、よく見て覚えなさい」



 こういう場面でも妹の能力は役に立つとソリドゥスは、自分の目の力に更に自信を深めた。


 こうして、王子を篭絡するための『お姫様(村娘・既婚)の育成計画』が本格的に始まるのであった。


 今の段階でも、一切の手応えがないと言うわけではない。されど、指一本程度が引っかかっているだけに過ぎない事も事実だ。


 あとは体力が尽きる前に、断崖絶壁を登り切れるかどうかの勝負だ。


 その勝負に勝ってみせると、ソリドゥスは次なる策を考え始めた。



          ~ 第十五話に続く ~

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