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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

木霊獣 

掲載日:2023/02/20

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 やっほー! ……うん、ぼちぼちの響き具合かな。

 やまびこを味わう、というのもいまや時代を感じさせる行いかもしれない。

 いわば音の反射によって生まれるこの現象、古くは山野にひそむ、あやかしの仕業だとみられていた。

 姿の見えない相手を想像し、その格好を記してみる試みは、古くから行われていたのは知っての通り。絵巻とか屏風とかにその姿をあらわすことは、古今東西に行われてきていることだ。

 そして、それらを実際に山野の中で見ることがあるなら、注意さえも求められるかもしれない。。

 僕の地元に伝わる古い話なんだけど、聞いてみないかい?


 むかしむかし。

 山へ入ったきこりが、道中で奇妙な絵を見かけた。

 絵を描いた紙や皮などが投げ出されていたり、岩場の壁面に塗りたくられていたりするわけではない。

 木の幹だ。人が抜けることもかなわないほど、密集した木立。それを成す木々の表面に、かの絵は浮かんでいた。

 奥に手前に、波打つように配されている木々に沿って浮かび上がるのは、藍色を基調とする獣の姿だった。


 尾から首にかけて10本近い木々に描かれたそれは、色をのぞけばトラを思わせるつくりだ。

 しかし首から頭頂部にかけては、角を二本生やし、その根元に一対の耳をそなえる……という鬼もかくやという輪郭。あごもまた先端がきりのようにすぼまっていき、該当する木の根元部分まで、大胆に伸びている。

 あごが描かれるのと同じ木の幹には、藍色の染まりを乱す、口の形と思わせる赤色のまとまりも浮かんでいた。


 日々、山に入っているきこりだ。

 ここまで大掛かりな描きものをしていたら、すぐに気づけたはず。少なくとも昨日の日没まではなかったはずだ。

 それを一夜にして完成させるなど、相応の人数がそろわなくては困難だろう。それをいったい誰が……。


 いぶかしがる木こりの耳は、やがて背後より聞こえる獣の叫びをとらえる。

 狼の遠吠え。かなり離れていて、長年の経験から自らのひとまずの安全を、木こりが感じるほどの遠方。朝っぱらから猛っているなと、ほんのわずかだが悠長に構えていたそうだ。

 が、その顔へふいに浴びせかけられる、液体がある。

 赤黒いそれは、独特の粘り気、生臭さ、ぬくもりを帯びていて、つんとした臭いが木こりの鼻奥を鋭く刺した。

 血だ。その飛んできた方向を向くと、例の生き物が描かれた木立がこちらを向いている。


 かなたよりの吠え声は、にわかに苦し気な悲鳴へ変わっていく。

 その悶えが届くたび、木こりの立つ場所近く、血のしぶきが飛んでくるんだ。

 あの木立に描かれた獣の口から、半端に水をせき止めたかのように、量も頻度も無作為に。

「ひっ」と、木こりは思わず声を漏らして、次の瞬間には自らの左手に強い痛みを覚えていた。

 見ると、自分の左手の親指をのぞく四本の根元に、深い傷ができている。たちまち血がにじむそれは、どこか獣の歯型を思わせる痕だったとか。


 ?―こいつ、声をあげた生き物を喰らうか……!


 察した木こりは、傷の手当てをしながらも、声を押し殺しながら下山し、村の皆へこの旨を告げたんだ。

 その帰り道、あらたな狼の声はおろか、鳥や虫の声さえも響かぬ静まり返った空間が、あたりに広がっていたそうだ。



 事態を重く見た漁師たちは、めいめいで口と鼻をおさえ、声が出ないようにしながら、解決へ動き出した。

 木立の中へ浮かび、声の響きの主を喰らうかの獣を、みなは「木霊獣」と名付けたらしい。

 奇怪な手合いだ。うかつに木を伐ろうと近寄ると、おとぎ話のように木から出て噛みついてくる……などといった、突拍子もない手を取ってくる恐れも、ないとはいえない。

 距離を取った漁師たちは、遠巻きに草を刈りまわったうえで、火矢をじかに木霊獣のいる樹へ浴びせかけたんだ。

 完全に木々が火だるまになるまで、という手の入れ方だったが、ときにはぜる火の粉が体へへばりつくとき、つい呻きを漏らしてしまう者もいたらしい。


 そこを見逃さず、彼らの肌には牙が突き立ったと思われる陥没、出血が相次いだ。

 木霊獣は全身を焼かれながらも、なお肉を喰らう意欲を失わずにいたんだ。声が届く場にいる限り、自分たちはそのあぎとの中へいると思わざるを得ない。

 赤々と燃える木々を遠巻きに見張りながら、猟師たちはその幹たちが残らず燃え落ちるまで、見届け続けたという。


 木霊獣がいなくなってより、山はしばし、元の姿を取り戻した。

 しかし、獣は一匹にあらず。ふとした拍子に現れて、大小を問わない被害を出していったそうだ。

 特に戦国の世となると悲惨。鳥の立つ森などは伏兵ある証とされたが、鳥の立たない森はより警戒せよとは、僕の地元では重要な戒めとなっていた。

 そうとは知らずに兵を伏せ、いざ攻めかかるときに声を張り上げたりすると、それがたちまち苦悶の響きと化して、声が絶えていく中、まともなものが姿を見せずに終わることさえあったらしい。

 戦後に探ると、そこには中身を失った鎧や衣服、武具が転がり、なお注意深くさぐると、周囲の木々へ溶け込むようにして、あの奇怪な生き物の姿を無数の木立に刻み付ける、「木霊獣」の姿があったという。


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