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反撃と誤算

お待たせしました。

ジャック達が去った後の通路は喧騒に包まれていた。

撃たれた肩や足を押さえながら呻き声を上げる負傷者。何が起こったのか分からず茫然自失している者。仲間をやられたのに何も出来なかった自分に憤慨し周囲に当り散らす者など様々だった。


「中尉。負傷者の後送及び被害の集計終わりました」


その様子を見守っていた楊の前に衛生腕章を付けた衛生兵が敬礼し報告をする。

楊は軽く頷くと衛生兵が持っていた報告を纏めたメモ用紙を受け取った。


「重傷2、軽傷3か思っていたよりも少ないな」


あの大立ち回りを直で見ていたせいで損害も馬鹿にはならないだろうと予想していた楊であったが知らされた損害の少なさに少々面食らった様子であった。


「はい、重傷者は排除対象Aに格闘戦に持ち込まれ、あばらや手首を折った者のみでした。後の軽傷はそれに巻き込まれて転倒した者だけです。軽傷者は手当てのみで復帰出来ます」


「ご苦労。だが、確か排除対象に撃たれた者も居ただろう?」


「それは今から説明します。こちらへどうぞ」


衛生兵に連れられた楊は太腿を押さえて壁にもたれ掛かる負傷者らしい隊員の前に案内された。


「おい、中尉に傷口を見せろ」


そう言われた隊員は痛みに顔を歪めつつもズボンを捲り、楊に傷口を見せた。

銃創などまじまじと見る趣味は楊には無かったが、これも仕事の内と心の中で割り切るとその傷口を覗き込んだ。

しかし、自分のしていた予想とは違った結果に楊は顔を歪める。


「これはどう言う事だ?」






「これはどう言う事か説明してくれる?」


頬に出来た大きく腫れ上がった手形を氷嚢で冷やしながら未だ怒り納まらぬイントレピッドに質問した。

だがイントレピッドはジャックとは逆の方向を向きさっきから一言も口を開いてはいなかった。

先程からそうしたやり取りが既に5分続いていた。

参ったなとジャックが悄然としていると、横でこの一連のやり取りをニヤニヤと見ていたビリーが助け舟を出した。


「しょうがないな。俺が説明してやるよ」


本人としては軽い善意の気持ちであったが、この騒動が悪化した原因の一端が結果を知りながら面白見たさに何も言わなかったビリーにあることはジャックも承知しており、そしてその解決策が当の本人からもたらされる事にジャックは少々納得のいかないものがあった。

だが、この場で言い争う愚かさはジャックは持ち合わせておらず、とりあえずビリーの説明を聞く事にした。


「艦魂がこの世の科学では説明できないものと言うのは理解しているな?」


ジャックは頷く。


「だが、艦魂を科学的に解明しようという動きはこれまであった。まあ細部については話すと長くなるからこの場は割愛するとして。近年アメリカの研究チームがある答えを出した。それは艦魂がエネルギー体だと言う事」


「でも、それってその場に存在してる訳だし言わなくても分かるんじゃあ?」


「それまで科学的根拠が無かったんだ。それが分かっただけでも大きな前進だ」


それまで漠然としか分からなかったものが理路整然と説明出来るとなると大きく違ってくる。


「そこでそれがどんなエネルギーだったのかと言うと艦魂は非常に密度の高い思念の集まりだと言う事だそうだ。まあ、簡単に言えば想いの塊だな」


「想いって。そんなロマンチックな」


科学的な話からいきなり精神的な話に進路変更した事にジャックは少々肩透かしを食らう。


「元来、船もしくは軍艦ってのは否応無く人々の注目を集める。それも船が大きければ大きいほどそれこそ何百万、何千万という数の人間は『この船は何て大きいんだ。何て強そうなんだ』と思いを抱く。そしてその膨大な人間の想いや希望が凝縮して船に宿ったのが艦魂又は船魂というのが今日の通説となっている」


「つまりそれが艦魂の原型であり原動力なんだね」


「そう言う事。つまりだ。彼女達は思念の集合体であり実体はあって無いって事。だから実体を傷つける弾丸や刃物の類は寄せ付けないって訳」


そこでジャックに疑問が生じる。

それならば何故効かない筈の銃弾で一時的にしろグロウラーが傷ついたのかが疑問に残る。

そこはビリーがすぐさま解決した。


「まあ、放たれた銃弾や振り下ろされた刃物ってのは瞬間的にだが使用者の殺気を少なからず纏ってる。これは艦魂を構成する想いの力に干渉するものであり、どうしても一時的ながら傷を負ってしまうんだよ。だが、今も言ったようにそれは極一部的なものであり、直ぐに想いの力に相殺されて消えてしまうから問題ない。ぶつかる力の量の絶対数が元から段違いだからな」


その説明にようやくジャックも合点がいき大きく頷いた。

彼としては訳の分からないままイントレピッドやグロウラーが傷付いていくのは耐えられないからだ。


「後は余談だが、もしもそれが反対だった場合だ。艦魂が現出した武器などで人間を傷つけた場合、これも実体の無い想いの力なので人間の体が傷つく事は無い。ただ艦魂を攻撃した時とは違い想いの力の割合が全く違うので体こそ傷つかないがその武器に込められた想いの力がそのまま体に送り込まれる。そしてその送り込まれた力に神経が反応して受けた攻撃に相当する痛みが襲う。つまり簡単に言えば艦魂の銃で撃たれたら怪我はしないが本物で撃たれた時と同じくらいの痛みを体が感じるって事だな」


それを聞いてジャックは心の中で身震いした。

要するに死ぬほどの攻撃をされたにも拘らず死ぬ事は無いし変わりに本来ならば感じない筈のその激痛を甘んじて受けなければならないという事だ。


「何その拷問」


「違いない。だからあんまりイントレピッドを怒らせるなよ」


「肝に銘じるよ・・・」


言葉通りジャックは今後イントレピッドを怒らせるのはよそうと心に刻み付けるのだった。


「それでこれからどうするの?」


会話が終わるのを待っていたと思しきイントレピッドが終わった瞬間二人の間に首を突っ込んできた。

今の今まで完全に蚊帳の外に置かれていたイントレピッドは少々不機嫌な顔をしている。


「フフ、作戦はある。まずはこれを見てくれ」


待ってましたと言わんばかりにビリーが先程まで使っていた地図の上に自分のデジカメを置いて起動させる。

集まった三人が入れ替わりにその小さな画面を覗くとそこには今さっき撮ったばかりと思わしき駐車場の画像が写っていた。

光量が足りずかなり暗くなっているにも拘らず駐車場を埋め尽くす雑多な車両群が見て取れた。

それぞれの車種には全く統一性は無いもののその一台一台にあの黒服の兵隊達が陣取っておりその関連性を臭わせる。


「うわ、これ全部あいつ等?」


イントレピッドは露骨に嫌そうな顔をする。


「でも今あいつ等の数に悲観してもどうにもならない。本命はこっちだ」


そう言うとビリーは写された駐車場の端。イントレピッドの艦体に面した側に等間隔で駐車された三台のワゴンを拡大する。

拡大されたワゴンはそれぞれ車種、色などが違うものの他の車両とは違う点があった。


「何このアンテナ?」


いち早くそれに気付いたのはグロウラーだった。

確かにグロウラーの言う通り三台のワゴンの天井から全く同じアンテナが伸びているのだ。


「通信アンテナにしてはおかしいわね。こっちの方にさらに大きいアンテナ付きのトレーラーがあるし等間隔に三台も並べる必要が無い。大きさから言ってもこの大きさでは長距離通信には向いてないわ」


そう言うのはイントレピッド。ここは現役中から長らく通信、レーダー関係に携わってきた事の面目躍如と言ったところだろうか。


「つまりビリーはこの三台のワゴンが沙耶の作戦の肝になっていると言いたい訳だ」


最後に言葉を繋いだのはジャックだった。

そんな三人から出た答えに満足したビリーは何度も頷くと本題に入った。


「恐らく・・・いや、間違いなくこのワゴンは今起こっている通信妨害や艦魂の転移妨害を行っている装置を搭載している」


「そしてその装置を私達で潰そうって訳?」


答えの読めたイントレピッドが呆れ顔でビリーを見る。

確かに理に適っている。しかし、それは現在上層でひしめいている大量の敵を排除してから出来る芸当だった。

当然、今のジャック達の戦力で太刀打ち出来ない事はここに居る全員が先程の戦闘で重々承知していた。

さっきは運良くイントレピッドとビリーの奇襲で切り抜けられたが正直言って正面から敵とやりあった場合同じ事が出来るかと言うとイントレピッドも自信が無い。

だからビリーの立てた作戦は荒唐無稽と言いたげだった。


「だから囮を用意する。奴等全員が船底まで追って行きたくなるほどの美味しい餌を」


そう言ってビリーはジャックの肩を軽く叩いた。

それにジャックはギョっとして慌てた。


「無茶言うなよ! 僕一人であんな殺しのプロ何十人も相手に出来る訳無いだろう!」


確かにジャックは仲間の為なら何でも投げ出す覚悟は出来ていたが犬死は別だった。


「私も反対よ! ジャック一人じゃ数分も立たない内に蜂の巣にされるわ!」


続いてイントレピッドもその無謀とも言える作戦に異を唱える。

しかしビリーはそれも予測していたように落ち着いていた。


「まあ、待て待て。 お前達さっきの沙耶と副官らしき奴とのやり取りを聞いていなかったのか?」


それを聞いてジャックとイントレピッドはハッとなった。

全員を直ちに殺して物事を進めようとする副官に対し沙耶はあくまで現状での穏便な解決を模索していた。

あのやり取りで沙耶が全てを仕切る立場にある事はこの場に居る全員が確認していた。

つまり、沙耶が居る限りジャックは殺されない。


「そう言う事なら僕はOKだ」


ジャックは囮を了承した。


「全く、アンタろくな目に会わないわよ」


未だ納得行かなさそうなイントレピッドではあったが一応筋が通っている作戦に渋々了解したようだった。

彼女も沙耶の権限が何処まで通用するかは分からないという不安はあったが現時点では八方塞な為これが最善の策だと納得した。


「褒め言葉として受け取っておこう」


反対に余裕たっぷりのビリーは作戦の細部の詰めに入った。

作戦の詳細としては先ずジャックが先行し上層に展開している敵の一部に攻撃を仕掛ける。

ここで敵はジャックを追い掛けるが敵からはジャックを攻撃できない為に一定以上の距離をとって追跡してくる事が考えられる。

これによりジャックが下層まで敵を誘い出したところでビリー、イントレピッド、グロウラーの三人がダクトを使い飛行甲板に出る。

ここでダクトを使うのはジャックを追わずに残った敵を警戒しての事だ。

そして飛行甲板より敵から鹵獲した武器を使いワゴン三台の内、歩行甲板の中央から艦尾にかけての二台に攻撃を集中。これを破壊する。

これがビリーの示した作戦内容だった。


「ちょっと待って。これじゃあ敵の妨害は無力化出来ても下層まで敵を誘引したジャックが孤立するし私達も飛行甲板に居たんじゃ敵に退路を絶たれるわよ」


早速この作戦の矛盾をイントレピッドが指摘する。

あれだけ大口を叩いた割にはお粗末過ぎる内容に不満の色を隠せない。


「そこは彼女が肝となってくる」


ビリーが聞く事に徹していたグロウラーを指差す。

指された方のグロウラーは『アタイ?』と自分で指を差して首を傾げた。


「グロウラーの嬢ちゃんはまだ俺に話していない隠し玉があるんじゃないかい?」


イントレピッドとグロウラーは少し考える風に腕を組んでいたがお互い同時にアッという顔になる。


「それでグロウラーには近くに停泊している船魂に助けを呼びに行ってもらう。艦内の電話の類はもう全て敵に破壊されているかもしれんからな。そして最後に下層に孤立したジャックはイントレピッドが転移によって回収する」


それを聞いたグロウラーは少し困ったように頭を掻く。


「でも最近アレ使ってないしなあ。ちゃんと出来るかどうか分からないよ」


どうやらグロウラーはそれに余り慣れないらしく、少々不安な様子だった。

そこでジャックがグロウラーに歩み寄る。


「大丈夫だよグロウラー僕は信じてるから。だからきっと成功させよう」


ジャックが手を取りグロウラーを励ます。

これまで色々とこの自分より小さい彼女に世話になって来たジャックとしては何かしたかったのだろう。


「だーかーらー。そう期待されるのがプレッシャーなんだって」


「グゥッ!」


しかし余計な事をしないでくれと言わんばかりのグロウラーの返答にジャックは少しヘコむのだった。

だがその顔は何処か嬉しそうに微笑んでいた。


「じゃあお前ら準備はいいな」


話が纏まったところでビリーが立ち上がり皆に気合を入れる。


「それにしてもビリーって何者? グロウラーの能力も知ってるし」


今の今まで疑問に思っていた事をイントレピッドは口にする。本当はこの件が解決するまで置いておきたかったが余りにも手際のいいビリーを前にして好奇心が負けたのだ。

それに対してビリーは最初キョトンとしていたが直ぐに姿勢を正す。


「アメリカ合衆国海軍(U.S.NAVY)第2艦隊所属海軍中尉アッシュ・バージだ」


それは一部の隙も無い訓練を受けた軍人そのものだった。

しかしビリー改めアッシュは一呼吸おいて姿勢を崩し「だが、いつも通りビリーでいいぜ」と何時もの不敵な笑みを浮かべて付け加えた。







そんなビリーの正体は露知らず沙耶は上層の展示スペースの一角で衛生電話での上層部とのやり取りに追われていた。


「ですから、本件は本日中に収束し明朝には眼に見える形としてご報告差し上げると何度も申した筈ですが」


必死のその場を取り繕う沙耶とは裏腹に帰って来た上層部の返答は無常なものだった。


『本郷上尉。私は作戦前に言った筈だが結果を出せと。だが現時点の報告を聞く限り本件は余り進展しておらず、むしろ悪化していると受け取っているのだが? 間違いないかね』


「今は経過であり結果ではありません。ご安心を結果は出せます」


それを聞いた電話口の向こうの相手は大きく嘆息するように息を吐いた。


『もういい、副官の楊中尉に代わりたまえ』


その言葉に沙耶は激しく狼狽した。


「お待ちください! まだ私は・・・」


『私は変われと命令した筈だが』


その声は微かに怒気が孕んだものだった。

観念したのか沙耶は渋々電話を隣に控えていた楊に手渡した。

受け取る際にフッと小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた楊であったが電話を耳に当てると本来の軍人然としたものに戻る。

上層部と二、三言葉を交わした楊は何か意味深な笑みを浮かべると衛生電話を沙耶に返した。


「上尉。本作戦の指揮権はたった今より私に移譲されました」


その一言で沙耶は自分が更迭されたのを知った。


「正式な命令書等は追って送信するそうなので駐車場の指揮車両で受領してください」


それに続く言葉は沙耶にはもう入ってこなかった。

ただただ沙耶は呆然と頷きその場を後にする事しか出来なかった。

抜け殻のように歩み去る沙耶に楊は一瞥をくれると自分の無線機のインカムを取って艦内各所に散らばっている各部隊の隊長を呼び出した。


「現時点を持って本郷上尉は指揮権を剥奪された。よって遺憾ながら私が臨時に指揮を執る事となった。早速だが各隊長に示してある作戦計画について一部変更を命ずる。捕獲対象保護の命令を現時点を持って破棄。敵勢力全対象への無条件射撃を許可する。繰り返す。敵勢力全対象への無条件射撃を許可。また重火器の使用も各隊長の判断で許可する。奴らを根絶やしにしろ。これ以上好きにさせてたまるか」


それは今まで鎖によって抑圧されていた暴龍が野に放たれた瞬間であった。



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