覆された有利
大変お待たせしました。
「それじゃあ、私達が今置かれている状況を説明するわ」
イントレピッドが口を開くと、机の上に置かれた一枚の地図を指示棒で示す。
置かれた地図は博物館の受付で置かれている案内用の簡素な物では無く。空母『イントレピッド』が定期整備の為ドックに入渠した際に作成されたより詳細な図面を使用していた。
それを囲むようにイントレピッドを含むジャックとグロウラーの3人が地図を食い入るように見詰める。
元から部屋にあった家具類などは邪魔になる為、部屋の角に片付けられ変わりに隣の倉庫から引っ張り出してきた事務机が占領していた。宛ら室内は急造の作戦室のようになっていた。
「未だ敵の侵入は許してはいないけれど、現在この空母は敵に完全に包囲されたと思ってもいいのかもしれないわ。それで、敵が侵入すると考えられる箇所がここ」
この空母には左舷側に渡り廊下になった4箇所の入り口があり、それぞれ岸壁と繋がっている。
「こんなにあるの?」
ジャックは顔に半ば呆れた表情を浮かべる。
「要塞じゃないんだから当たり前でしょ。それに加えて艦内は博物館用に改装されて元からあった水密扉なんかも殆ど撤去されてるから守る観点で考えたらこれほど攻め易い場所も無いわ。水際防衛なんて愚の骨頂ね。おまけに捕虜の話では完全武装の兵隊が約30人。しかも全員が陸海空軍から選抜された精鋭だって言う話で戦力差は軽く十倍を超えてるそうよ」
守るに適さない環境、蟻と象ほども離れた戦力差、これ程までに守る側の士気を挫く条件を満たした状況はそうそう無いだろう。
「まさに八方塞って言うやつだね!」
最後にグロウラーが快活に笑うが、その空気を読まない言葉に全員が一斉に力無くうな垂れた。
だがここで引く事は出来なかった。この追い詰められた状況では『引く=死』を意味した。
「まあ、悲観的になってもしょうがないよ。ここは早く対策を・・・」
葬儀の場の様に暗くなった場の雰囲気を何とかしようとジャックが口を開いたその時、イントレピッドの表情が険しくなった。
「ちょっと待ってジャック。来たわ」
ジャックの口を覆うように手をかざすと目を瞑り神経を自分の体の中に集中させる。
この空母の分身である彼女は艦内で起こっている事は自分の体の事の様に分かる。そして彼女は艦内に大人数の人間が侵入してくるのを感じ取った。
「敵?」
ジャックの問いにイントレピッドは小さく頷く。
「それも大人数。どうやら本格的に攻めて来たみたいね。さっきまでの遠慮ってものが感じられないわ」
アレで遠慮なのか?と先程の銃撃戦を思い出して身を震わせるジャック。
そして言い終わるが早くイントレピッドは空間からコルト自動拳銃を現出させスライドを引いて弾を装填する。
「ヒトん艦勝手に荒らしたこと後悔させてやるわ。グロウラー! 行くわよ」
「合点!」
「ちょ、ちょっと待って!」
これから巻き起こる事が楽しみで待ち遠しいのか口の端を吊り上げて不気味に笑うとジャックが止めるのも聞かずグロウラーを引き連れて部屋を飛び出した。
「あー、行っちまったか」
それと入れ替わるようにビリーが部屋の奥から姿を現す。
「ビリー、今まで何処行ってたの?」
今の今まで姿を現さなかったビリーに少し非難の口調を混ぜながらジャックが尋ねると、ビリーは部屋の奥で捕虜から鹵獲した装備品や武器を検めていたらしく今まで姿を現さなかった事を素直に謝った。
「まあ、間に合わなかった事は謝るが、一応収穫はあったぜ」
ビリーがジャックに手渡した物は双眼鏡を小さくした物のようだった。だがそれは普通の双眼鏡とは違い、接眼部に機械が収められた小さなボックスと本体とは対照的な大きなアイピースが取り付けられており、更に頭に固定するのが前提なのか固定バンドが付いていた。
「暗視ゴーグルだ。これから暗い所に行くのに便利だろ?」
確かに艦内の構造を熟知しているイントレピッドやグロウラーとは違い、ただの人間であるジャックにとってはこのままではただの足手纏いになるのは明らかだった。だからこのビリーの心遣いはありがたかった。
「俺も今の装備を纏め終わったら直ぐに追いかける。それまで頼んだぞ」
ジャックは頷くと受け取った暗視ゴーグルを小脇に抱えイントレピッド達の後を追って目の前に広がる暗闇の中へ消えていった。
足元の視界も確かでない雑多な物があちこちに置かれた職員用通路をジャックは躓かないように進んでいた。
もうかなり進んだ筈だったのだが、未だにイントレピッドとは合流できてはいなかった。
進む方向を間違えたのかとの考えが脳裏を過ぎった瞬間、ジャックは何者かに袖を思い切り掴まれ物陰に引きずり込まれた。
不意を突かれたジャックは何とか抵抗を試みるが相手の方が力が強く、そのまま相手に難なく床に押さえ付けられた。相手は器用に片手で自分の両腕を押さえ付けながら開いた片方の手の人差し指を口に当て静かにするように促す。
せめて、恐らく近くに居るであろうイントレピッドに向け大声を出そうとした時、ジャックは自分の頬に掛かる長い金髪に気が付いた。
「もしかして、イントレピッド?」
その質問に相手は自分の戒めを解く事によって答えた。
「そうよ。ジャックが私の前を通り過ぎて敵の方に向かって突っ込んで行こうとするんだもん。慌てて止めようとしたら今度は急に暴れだして挙句の果てには大声まで出そうとするし。もう、何考えてんの?」
暗闇の中にイントレピッドの輪郭と表情が薄っすらと浮かび上がる。
「ゴメン。いきなり掴まれたもんだから敵かと思っちゃって」
頭を掻きながら申し訳なさそうにするジャックにもういいからとイントレピッドは告げると身を隠している作業用カートの陰から前方を窺う。
ジャックもそれに習い同じ様に隙間から前方に伸びる通路の先を窺う。
「そう言えばグロウラーは?」
ここでジャックはイントレピッドと一緒に出た筈の少女がここに居ない事に気が付いた。
それを聞いたイントレピッドは肩を竦める。
「ハァ、あなたの目は節穴?」
すると15メートルほど前の物影で何かが動くのが見えた。
ジャックが目を凝らすと隔壁の影で器用に身を隠してこちらに向かって手を振っているグロウラーの姿が確認できた。
「面目ない・・・」
ジャックは自分の不甲斐無さを詫びる。
手伝いに来たつもりが完全に足手纏いになっているのだから元も子もない。
「それで敵は何処に?」
「まだ上の展示フロアね。隔壁取っ払って無駄に広いから制圧に時間が掛かってるみたいだわ」
「でも、上全部明け渡しちゃってもいいの?」
「こっちは少数、あっちは大勢、元々全部守りきる自身なんて無いわ。だから敵を迎え撃つのにこの通路を選んだのよ」
絶対数で劣るこちら側は正面切って戦っても十中八九勝ち目は無いし、むざむざ負ける気も無い。
だからイントレピッドの立てた作戦はこうだった。
イントレピッドたちが潜んでいるこの通路は障害物も多く視界の利きも悪い事から自然と敵の侵攻速度も落ちる。
それに通路の幅も大人二人が並んでやっと通れる広さである事から一対多の状況から多くても一対二ぐらいには持ってこれる。
そして極め付けが自分達『艦魂』の利点を生かした戦いだった。
『艦魂は特定の人物にしか見えない』
敵に沙耶と言う例外があるものの、大抵の敵は視覚で自分達を感知できない。そこで完全な奇襲が成功する訳だ。
グロウラーが隠れて何も知らずに進んでくる敵の前衛をやり過ごし、最後尾が通り過ぎたところで背後から攻撃する。
見えない艦魂に攻撃された敵は少なからず混乱するだろう。更にイントレピッドが反対側から攻撃を掛ける。
敵の混乱に収拾が付かなくなったところですぐさまその場を離脱。その際、何箇所かに残っている水密扉を閉め時間を稼ぎつつ余裕があれば再度奇襲を仕掛け混乱を助長する。
敵が多いと言っても精々40人規模。大戦中2500人以上の乗組員が寝起きしていた巨艦を制圧するには心許ない。
付け入る隙はあった。
しかしここでイントレピッドは自分の犯したミスに気が付いていなかった。
確かにイントレピッドはこれまで幾多の死線を掻い潜ってきた。経験は豊富だと自他共に誇ってもいた。
だが相手はそれをも上回っていたと言う事だった。
待ち伏せていたジャックの耳に固いリノリウムの床を蹴る音が微かに聞こえてきた。
ジャックは慌ててビリーから渡された暗視ゴーグルを装着する。
スイッチを入れるとぼんやりと緑に染まった視界が広がってくる。
解像度はそれほど良くは無いが今まで見ていた肉眼との差は天と地ほどもある。
そんな改善された視界に漆黒の装備を身に纏った一団が隊列を組み迫って来た。数は10人ほどだった。
全員が手にライフルを持ち、油断無く全周を警戒している。一目見て高度な訓練をされていると分かる。
ジャックに遅れること数瞬、イントレピッドもその存在を確認しグロウラーに合図を送る。
グロウラーは手にした鉄パイプを構え前衛が通り過ぎるのを待つ。
本当はグロウラーも刃物や銃を現出する事は出来るのだが、今回は撹乱目的と言うのもありその場に転がっていた物を取った。
敵の前衛がそろそろグロウラーの前を横切ろうとしていたその時ジャックは異変に気が付いた。
装着した暗視ゴーグルで緑色の視界の中でオレンジに映る物体が目に付いたのだ。
よく見るとそれは隠れているグロウラーに被るかの様に映っている。
その異質とも言えるオレンジの反射体はグロウラーの体の輪郭を綺麗になぞる様に緑に支配された視界に異質さを際立たせていた。
最初は熱源センサーが内蔵されているのかとジャックは思った。しかしこちらに来る敵は緑色のままであったし、自分の手を見ても何ら変わりない。
では何なのか?
ジャックの中で疑念が膨らむ。
「さてもう直ぐね。敵さん驚くわよ」
小声で嬉々と呟くイントレピッドの独り言を聞いてジャックが彼女の方を見るとジャックの心の中の疑念が恐怖に変わった。
彼女の体もまたオレンジに映っていたのだ。
ジャックが身の危険を顧みずグロウラーにそれを伝えようと叫ぶのと銃声は同時だった。
(まだだ、まだ早い・・・)
鉄パイプを握る手の力を強めてグロウラーは逸る気持ちを抑える。
アメリカ海軍初の巡航核ミサイル搭載艦と聞こえはいいが実戦経験はそれとは裏腹にその立てられた看板よりお寒いものだった。
度重なる実験と訓練、そして数度の哨戒任務。
敵艦どころか敵機さえも見た事すら無い。
自分の後に次々と就役するより性能に優れた後輩達。
グロウラーの現役期間は僅か数年に留まり、その座を直ぐに後輩に明け渡した。
そんな経験が何時しかグロウラーの心の中にしこりとして残っていた。だから数々の修羅場を潜り抜けたイントレピッドは畏敬と羨望の対象だった。
何か手柄を立てたかった。
どんな小さな事でもいい。
なにかイントレピッド(あの人)に認めて貰える様な手柄を彼女は求めていた。
そしてそれはやって来た。
相手はただの人間。
自分達の姿が見えないただの人間。
そこに慢心があった。
だから腕の一部が影から出ているのにも気が付かなかった。
いや、もしも気付いていたとしてもどうせ見えない相手と彼女は一蹴していたであろう。
それほどまでに彼女は油断していた。
敵の視線と銃口が自分に向いていた事を・・・。
突然の銃声と衝撃にグロウラーは自分に何が起こったのか分からなかった。
ただ確かな事は自分の方に向られている硝煙を立ち昇らせる銃口と腹部数箇所に焼け火箸を突き立てられたような痛みだった。
そこで初めてグロウラーは自分が撃たれたのだと悟った。
全身から力が抜けていき、もたれ掛かった灰色の隔壁が紅に染まっていく。
ぼやける視界の端でジャックが何かを喚き散らし、イントレピッドがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「グロウラァァァーーー!!」
グロウラーが敵弾を受けて崩れ落ちると同じくジャックは叫んでいた。
もう少し自分が早く気付いていればとジャックは自責の念に駆られる。
だが状況はジャックをそんな感傷に浸らせてはくれなかった。
グロウラーの無力化に成功した敵は一気にその速度を速め、ジャック達が隠れる場所に肉薄してきたのだ。
そこで素早く反応したのはイントレピッドだった。
激しく狼狽するジャックを尻目に彼我の距離を数メートルまで引き付けると、そのまま敵の眼前に躍り出た。
いきなりの行動に敵も驚いたと見えて順調に速めていた速度を急に鈍らせた。
そこに付け入る隙を見出したイントレピッドは身を屈め、前衛の敵の胸板辺りに上段蹴りを放つ。
その強力な一撃に敵兵は抗う術無く、周りにいた数人を巻き込んで数メートル後方に吹き飛ばされる。
敵兵の防弾チョッキの抗弾プレートが砕けるのをイントレピッドは蹴り抜いた靴裏から感じた。だがイントレピッドの猛攻は終わらない。
上段蹴りの姿勢からの建て直し様に腰のベルトに挟んだコルトを引き抜くと無造作に引き金を引いた。
撃ち出された弾丸は一マガジン分の計7発。
ろくに狙いも付けずに撃ったものだったが、撃ったのが極至近距離だった為その殆どが敵に命中した。
肩や大腿部に被弾し呻き声を上げる敵に一瞥をくれるとイントレピッドはグロウラーに駆け寄ろうとしたところで何とか攻撃を免れた敵がライフルを構えイントレピッドを狙う。
だが問題はその距離だった。直線距離にして2メートルも無い。
直ぐ自分を狙っている敵に気が付いたイントレピッドはその驚異的な脚力を生かしその敵の懐に飛び込むと構えていたライフルごと拳を見舞う。
その暴力的な打撃を受けたライフルはくの字に曲がりパーツを四散させる。そしてそれを持ってしても殺しきれなかった衝撃が敵を隔壁に叩き付けた。
その後もその場に居た敵は瞬く間にイントレピッドの餌食となっていった。
それはさながら金の暴風が通路を吹き荒れているかの如くであった
「グロウラー! しっかりしなさい!」
敵全員の無力化を確認したイントレピッドはグロウラーを抱き起こす。
「う・・・、あ・・・」
イントレピッドが頬を張るとグロウラーは虚ろながらも返事をした。
意識があることに安心したイントレピッドではあったが被弾した腹部からは夥しい量の血が流れ出していた。それが誰の目から見ても重傷である事は明白だった。
「ジャック。ここはもうだめよ。後退するわ」
「でも、グロウラーの手当てが先じゃあ・・・」
「そんなのいいから早く!」
イントレピッドの鬼気迫る迫力に圧倒されたジャックはまだ納得のいかないところもあったが、イントレピッドの後を追って走り出した。
「まさか艦魂が認識できる装備を持っているなんて誤算だったわ」
イントレピッドは悪態を吐きながら走る。
しかし誰も彼女は攻められないだろう。
艦魂と言うものがこの世に認識されてから今まで艦魂が見えるのは限られた人間のみと言うのが艦魂と人間の共通認識だった。
科学技術が日進月歩で発達してはいるがまさかここまでとは誰にも予測が付かなかったであろう。
「それよりもグロウラーの容態は?」
ジャックはイントレピッドの背に背負われたグロウラーを見やる。
彼女はおぶされながらも笑みを浮かべると大丈夫とだけ返した。
しかしジャックは気が気ではないグロウラーの負った傷は人間ならば完全に致命傷と呼ばれる部類だ。いち早く手当てが出来る場所へ運ぶ必要があった。
「畜生! 奴等の立ち直りが早い!」
イントレピッドの視線の先には後方に回り込んだと思わしき敵の一団がこちらへ向かって来ていた。
後方からも敵を足音が近づいて来ている。
ジャック達は前後を挟まれた形となった。
前後を挟む敵は通路一杯まで広がり銃を指向する。
向けられた射線からの逃げ場所はこの通路には無かった。
イントレピッドの足が止まった。
自分一人ならこの包囲を抜ける自身は無いでは無かったが、ただの人間のジャックと負傷したグロウラーを伴っての突破となると自身が無くなる。
自分の心に落ち着けと言い聞かせながらイントレピッドは四周に目を配り付け入る隙が無いか探す。
しかし敵も心得たもので同じ轍を踏むつもりは無いらしく。隙が無く何かあれば直ぐにでも相互支援出来る隊形を取っており、一筋縄ではいきそうに無かった。
するとジャック達の正面に陣取っていた敵の一団の中央が割れた。
その奥から現れたのは沙耶であった。
「梃子摺らせてくれたわね。さあ、年貢の納め時かしら?」
不敵に笑う彼女ではあったがその額に巻かれた包帯は血が滲んでおり痛々しい。
「私達はアメリカ国民よ中国に納める税金なんてこれっぽちも無いわ」
身構えるイントレピッドではあったがしかしそれも強がりの域を出ない。
「私達はあくまで平和的解決を望んでいるわ。ジャックが持っているメモリを渡して貰えれば大人しく引き下がる事を約束する」
沙耶が諭すように呼び掛ける。
それに反応する様にジャックがイントレピッドの背後から現れた。
「沙耶、それは本当かい?」
「本当よ。神に誓ってもいい」
それを聞いてジャックは喉の奥から何かを搾り出すように沙耶に問う。
「じゃあ、このデータで誰も不幸にならないって約束できる?」
一瞬、沙耶の表情が強張った。
「そうなんだ。じゃあこれは渡せない」
ジャックはポケットを叩き、そう宣言した。
「ジャック! それは一般人のあなたが扱い切れる物ではないわ!」
一行にメモリを渡そうとしないジャックに沙耶が声を荒げる。
それに対しジャックも吼える。
「じゃあ、君なら扱い切れるとでも言うのかい!」
「上尉! 射撃許可を!」
するとジャック達の後方に位置していた敵の一団の指揮官らしき細身の男が声を上げる。
「楊中尉! 発砲は極力控えろと厳命した筈よ!」
「しかしこのままでは埒が明きません!」
副官の楊も負けじと反抗する。
「たかがメモリです。殺して奪えばそれで済む話でしょう!」
「黙りなさい! 上官は私よ! 命令に従いなさい!」
「何故ですか! この男もあの爺のように喉を掻っ切って奪えばよろしいのではないですか!」
副官が言ったその一言にジャックが反応した。
「ちょっと待って。じゃあオロモさんを殺したのは沙耶なのかい?」
それに沙耶は顔を歪める。
「成り行き上仕方なかったのよ」
「何も殺すことは無かったんじゃないのか!」
ジャックは沙耶に詰め寄ろうとするが周りの敵に銃を突きつけられ下がらされる。
何故あの老人が理不尽に殺されなければならなかったのかジャックは悔しさに歯を噛み締める。
「ジャック・・・。私はもう殺したくないの。分かってくれる? もう誰の血も見たくは無い。だからメモリを渡して」
沙耶がそう言って近づいた時だった。
『ハッハッハッハッ。どの面下げてそんなことを言うのかな? その面の厚さ見習いたいぜ』
何処からとも無く声が響いてくる。
その場に居た全員が辺りを見回すが誰も居ない。
すると突然何も無いはずの天井から数個の物体が落ちて来た。
その円筒状の物体は沙耶達の目の前まで転がり炸裂した。
鼓膜がおかしくなるほどの轟音と目が眩まんばかりの閃光、そして視界を覆う白煙が辺りを覆った。
「閃光音響手榴弾?」
一度それを使われた経験があるジャックが耳を押さえながら呟いた。
ジャックは経験があった為、それが落ちてきた時に咄嗟に目と耳を塞ぎ、難を逃れていた。
「よう、無事かジャック?」
ジャックの耳に聞き慣れた声が入ってくる。
その方向を見るとビリーが何故か上下逆さまになって天井からぶら下がっていた。
「ビリー、一体何処から?」
ビリーが天井を指差す。
その先には蓋の外された空調ダクトの点検口がぽっかりと開いていた。どうやらビリーは空調ダクトを通ってここまで来たらしい。
普通なら呆れるところだったがこの状況で脱出するルートが出来た事はありがたかった。
「ほら、早くしろ」
先にダクトに上ったビリーが手を伸ばし、まず負傷したグロウラーから引き上げる。
敵の方はまだ閃光と煙幕から立ち直っておらず煙の向こう側から悲鳴と怒声が聞こえていた。
その後ダクトの中を這って無事に敵を撒いたジャック達は全身埃塗れになりながらも何とかイントレピッドの私室まで辿り着いた。
「グロウラー! 今手当てするからね!」
部屋に辿り着くなりジャックはグロウラーを自分のベットに寝かせると部屋の奥から救急箱を持ってきた。
救急箱の中の医薬品では出来る事は知れていたがやらないよりはましとガーゼと消毒液を出す。
「ちょ、ちょっと、おっちゃん!」
グロウラーがジャックに何か言おうとしたが、ジャックは怪我人は黙っていろと起き上がろうとするグロウラーを押さえ付ける。
「ジャック! もういいから!」
後ろからイントレピッドがジャックを止めようとするがジャックは聞く耳を持たない。
「グロウラーは大怪我をしているんだぞ! なんでそんな薄情な事言うんだ!」
しかしジャックはここで聞く耳を持った方が良かったのかもしれない。
大怪我を負っている筈のグロウラーは顔を真っ赤にして目尻に涙を溜めている。
イントレピッドの後ろでこの治療の経過を見守っているビリーは悪い笑みを浮かべている。
ジャックは治療し易い様にハサミでグロウラーのシャツに切り込みを入れると一気に手でシャツを引き裂いた。
「さあ、グロウラー今手当てを・・・・・・って、あれ?」
ジャックはそこに無数の弾丸に切り裂かれ大量に血を噴出している腹部を想像していた。
しかし目の前に映った現実はグロウラーの弛み一つ無い健康的な褐色のお腹だった。
「あれ? あれ? あれれ?」
ジャックは一体何が起こったのか分からない。
確かにグロウラーは撃たれた筈だった。それも何箇所も。しかし血の痕はあるもののそこにあるのは傷一つ無いお腹だった。
「ビリー、この状況を見てどう思う?」
その一部始終を見ていたイントレピッドは憤然とした表情で隣で笑いを必死にこらえるビリーに確認の意味も込めて尋ねる。
「ククク、はい代将閣下。どう見ても婦女暴行犯の犯行現場にしか見えませんです。マム」
「そうよ! このバカァァァーーー!!」
そう言って未だ状況の掴めていないジャックの顔面にイントレピッドはビンタを見舞った。
ジャックは空中で3回転ほど体を捻って部屋の端にダイブするとそのまま動かなくなった。
やっとの事で更新。
書きたいことは思い浮かぶのだがそれを文章に出来ないそんなジレンマ。
こんな鈍行小説ですが今後ともよろしくお願いします。
ご意見、ご感想待ってます。