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宴の始まり(下)

前回の投稿から一ヶ月以上経過してしまいました。

楽しみにしていてくださった読者の皆様どうもすみません。

今回は削除した前回の大幅加筆版になります。

内容的には前回に話を足した位にしかなっていません。

中途半端な更新になってしまいましたがご了承下さい。

「ハァー、ハァー、ハァー」


ジャックは喉の奥底からこみ上げてくるものと必死に戦いながらも前を見据えていた。自分が引き金を引いた拳銃の銃口からは未だに硝煙が立ち上り、グリップを握る右手は震えが止まらず、緊張で汗が止め処なく流れ出し今にも手を滑らせてしまいそうだった。

けれどもジャックはその手から拳銃を離さなかった。何故ならそれは撃った相手がまだ倒れていないからに他ならなかった。


苦悶に満ちた相手の顔。

床に静かに滴り落ちる紅の雫。


「・・・ジャック?」


弾丸が掠め、ささくれた額の傷口を手で押さえながら、呆然とした表情で沙耶は呟いた。


「・・・何で?」


その疑問と微かに混じった非難の声にジャックは無言で汗で滑り易くなった銃のグリップを握り直し、改めて銃の照準をし直す事でその答えとした。

沙耶はその行為がまだ信じられない様で取り落とした自分の銃を拾う事も忘れてジャックに詰め寄ろうとする。


「動くな!」


ジャックは引き金に掛けた指に力を入れた。

銃の弾倉に残っている弾は4発、そして互いの距離は3メートルも離れていない。


「ジャック、何で私を撃ったの? 敵はビリーなのよ!」


沙耶はその場で伏せているビリーを指差した。


「黙れ!」


一気に捲し立てようとする沙耶にジャックは警告に上の天井に向かって再び発砲した。

ジャックの目は血走っておりこのままの状態が続けば沙耶を射殺してしまいそうな勢いだった。

これには沙耶も口を紡がざるをえなかった。

その様子にジャックも少し落ち着きを取り戻したのか、荒くなっていた呼吸が収まってくる。しかし銃は油断無く沙耶に向けられたままだった。

そしてジャックは何か躊躇う様に口を開いた。


「沙耶・・・本当の敵は君じゃないのか?」


沙耶の顔が驚愕の表情を浮かべる。

その顔を見てジャックは何かを確信したかのようだった。


「・・・やっぱり、君は敵だ」


「嘘よ! 私かそんな事する訳が」


その言葉を遮るようにジャックは今まで隠していた事を告げる。


「オロモさんから貰ったものがあるって事、僕はみんなに言ったって言ってたけど、実は沙耶とイントレビットにしか言ってないんだよ・・・」


「!?」


沙耶はもう言葉を発することは出来なかった。


「沙耶、悪いけど拘束させてもらう」


ジャックが沙耶に触れようとしたその時だった。

物陰から黒い人影が飛び出した。暗闇でよくは分からないが何か銃のような物を持っている様にも思えた。

ジャックは一瞬、何が起きたのか分からなかった。そしてそれにいち早く反応したのは今まで床に伏せていたビリーだった。


「ジャック!」


ビリーは叫ぶと同時にジャックに跳び付き、その場に押し倒した。

次の瞬間にはけたたましい銃撃音が辺りに反響し、ジャックの頭上を無数の銃弾が掠めて行った。


「こっちだ!」


何とか初撃をかわし、銃撃が幾分か治まった時を見計らってビリーはジャックの手を引っ張り、物陰へと引き摺り込んだ。身体が物陰に隠れた瞬間、再び勢いを増した銃撃が飛び込んだばかりの遮蔽物の壁を抉る。


「ビリー! 何なんだあいつ等は!」


鼓膜を圧迫する激しい銃撃に若干の恐慌を来たしたジャックが叫ぶ。


「詳しい事はまだ何とも言えんが取り合えず敵だ! それよりその銃を貸せ!」


そう言うとビリーはジャックの手に握られたままの銃を奪い取る。

そのまま銃撃の合間を縫って何発か敵に撃ち返すが、余り効果は無かったと見えて相手の銃撃がより激しくなったに過ぎなかった。

そして唯一の反撃手段だったその銃も直ぐに弾が切れた。

苦し紛れに弾が無くなった銃を投げ付けたが、相手に当たる筈も無く虚しくあらぬ方向へ飛んで行った。


「ビリーどうするんだ!」


「うるせえ、神にでも祈ってろ!」


ビリーは悪態を吐くが吐いたところで事態が好転する筈も無く虚しい時間だけが過ぎて行く。

そうする内に銃の発射音が段々近くなって来る。恐らく敵が包囲を縮めているのが窺えた。このままでは二人とも仲良くあの世行きだろう。まさに八方塞な状況だった。


すると突然、今まで耳朶を激しく打っていた耳障りな銃撃が止んだ。しかし発砲音は相変わらず続いている。しかしそれは今までの統制の取れた射撃では無く、何かに怯えるように乱射しているといった方が正しいように思えるものだった。

不審に思った二人は恐る恐る物陰から顔を出した。

その途端、鼻先を何か大きな物が掠め、思わず二人は出した顔を引っ込めた。


「なんだ、今のは?」


「さあ? 暗くてよく分からなかっ・・・」


「ウワアァアァァァァーー!!」


「「!?」」


すると今度は男のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。恐らく敵のものだろうがここからは窺い知る事が出来なかった。ただその直後、何者かが駆け去って行く足音がジャックの耳に入った。


「な、何があった?」


「さあ?」


いくら待てど敵の銃撃は来ない。

意を決して再び顔を出した二人の視線の先には見知った人物が居た。


「二人ともこんな所で何をしているのかしら?」


「イントレビット!?」


暗闇の奥から現れたイントレビットは今ここで銃撃戦など無かったかのように笑みを浮かべて佇んでいる。


「何時まで経っても帰って来ないし、おまけにしばらく聞いてなかった懐かしい音がするじゃない? 居ても経っても居られなかったから態々迎えに来てあげたのよ。感謝しなさい」


「あのー、僕達を撃っていた黒ずくめの二人組は?」


「ああ、それなら一人はあそこ」


イントレピッドの指差す先には敵の一人が仰向けで床に転がっていた。さっきジャックの鼻先を掠めて行った物はどうやらアレらしい。


「いやー、結構力抑えたつもりだったんだけどまさかあそこまで飛ぶとは思っても見なかったわ」


どうやら敵はイントレピッドのハイキックを喰らって吹っ飛ばされたらしい。改めて艦魂の身体能力の高さに驚かされたジャックであった。

そして残ったもう一人はそれに恐れをなして逃げて行ったらしい。まあ、相手の姿も見えず、仲間のあんな有様を見せ付けられれば誰だってそうするだろう。


「さあ、ここに居てもまた敵が来ちゃうからとっとと戻るわよ」


二人は頷くとイントレピッドの部屋に向かった。






「いやあ、一時はどうなるかと思ったぜ。なあ、ジャック?」


「さて、こっちも一段落した事だし話してもらおうじゃないか?」


やっとの思いでイントレピッドの自室に辿り着いたビリーは安堵のため息を漏らす。しかしその言葉を向けたジャックから返って来たのは相槌ではなく銃口だった。ジャックの手には何時の間にやら沙耶が取り落としたグロックが握られていた。


「オイオイ、冗談きついぜジャック? 俺とお前の仲じゃないか?」


ジャックの突然の行動にイントレビットもグロウラーも唖然としている。


「一応味方だ。でも、完全に信用している訳じゃない」


そう言いつつジャックは拳銃のトリガーに指を掛ける。


「ちょっと待って。私にも分かるように説明してくれないかしら?」


目前で起こっている事態を飲み込めないイントレピッドはジャックに説明を求めた。グロウラーも同様に頷く。


「クリスマスに出掛けた時、元居た大学に行ったんだ。ビリーが艦魂が見えるのに隠してるんじゃないかって言ったイントレピッドの疑問を確かめにね。最初はビリーの素性がハッキリすれば良かったんだけど・・・」


そこでジャックは言葉を区切ってビリーの方を見る。

ビリーは頷くと話を繋いだ。


「そこで俺がもう死んでいる人間だってジャックは知ってしまった。けれども戸籍上はまだ生きている。そこでジャックは俺がビリー・マグワイヤの名を騙った偽者じゃないかって考えに辿り着いた訳だ」


「そして帰り道、僕はビリーと偶然出くわした。最初は信じたくは無かった。でも、確かめない訳には行かなかった」


「ジャックは俺に言ったんだ『お前は何者だ』ってな。俺もいきなりの事でビックリしたさ。どうにか、はぐらかそうとはしたんだが、その時ばかりは誤魔化せなくてな」


「それでビリーは『少なくともお前の目の前に居る人物はビリー・マグワイヤって名前じゃないな』って答えたんだ。僕は震えたよ、今まで友達だって信じてたものがその場で否定されたんだから」


ジャックとビリーが語る今までの経緯にイントレピッドとグロウラーはただ呆然と聞く事しか出来なかった。しかしそれに構う事無くジャックとビリーは話を続ける。


「そうしたらジャック(コイツ)どうしたと思う? 足元に転がってた鉄パイプをこっちに向けてきやがったんだ。それで『オロモさんを殺したのはお前か? そうならお前をここで殺してやる』ってな。全く、あの時のお前の顔マジだったからな・・・」


「それでアンタは実際にオロモさんを殺したの?」


イントレピッドの問いにビリーは首を横に振った。


「俺が殺したところで何のメリットも無いじゃないか。それにそのオロモって爺さんとは何の面識も無いからな。その時もそれをジャックに伝えてやった。本当だぜ?」


「だから今こうしてビリーと協力してるんだ」


「だったらその銃をおろしてくれよ物騒で敵わねえ」


「だから最初に言ったろ? 協力はするけど信頼はしないって」


そう言うとジャックは銃をおろし、スライドに持ち変えるとビリーにその銃を差し出した。その動作にビリーを初めイントレピッドも首を傾げた。


「勘違いするなよ。これはさっき助けてもらった借りを返すだけだ」


そう言ってビリーの右手に銃を握らせるジャック。

それにビリーは苦笑いを浮かべると「お前も素直じゃねえな」と呟き、銃を受け取った。



「それはそうとコレどうする?」


場が落ち着いたところでイントレピッドは肩に担いだ黒い頭陀ずだ袋のような物を指差す。

イントレピッドがそれを床に放り投げるとビクッと動き、呻き声が漏れた。

最初は「何だ!?」と驚いた一同ではあったが、よく見るとそれは頭陀袋ではなく襲ってきた敵の一人だった。

全身黒色の装備で固められており、頭から眼の部分だけを開けた目出し帽(バラクラバ)を被っている。


「どうしたのコイツ?」


「情報が必要かと思って、さっき気絶させた奴捕虜に取ってきたの」


確かにこの何も分からない状況では捕虜は貴重だった。

イントレピッドは徐に捕虜の襟首を掴み上げるとその頬に2、3発ビンタを見舞った。痛みに目を覚ました捕虜は一瞬自分の身に何が起きたのか分からなかった様で、しばらく周りを見回していたが自分の置かれた状況を把握したのかそれ以降は黙ってしまった。


「どうするんだ? このままじゃあ埒が明かねえぞ」


「ウッ・・・。ちょ、ちょっと何か言いなさいよ!」


呆れ顔のビリーにイントレピッドは若干焦ったのか、掴んだ捕虜の襟を更に持ち上げると揺さ振りながら早く知っている事を喋るように詰問する。だがしかし捕虜はだんまりを決め込んだままだった。

その様子に頭から何かが切れた音を響かせたイントレピッドはジャックとビリーに「ちょっとごめん」と断ると捕虜を引き摺ったままジャックのいつも使っているパーテーションで区切られた寝室に入っていった。

イントレピッドが部屋の中に消えた後、部屋から地を這うような怒声とこの世のものとは思えない悲鳴、そして肉と肉がぶつかり合う打撃音が聞こえてきた。


数分後、笑顔出てきたイントレピッドは頬に付いた赤い飛沫を手で拭いながら欲しい情報を聞き出せたと一同に胸を張りながら言ったが、その時ジャックを初め、その部屋に居た一同の顔は青褪めていたのは言うまでもない。







イントレピッドが捕虜から情報を聞き出していたいた時と同時刻。イントレピッド航空宇宙博物館の駐車場には数台の大型車両が停まっていた。

傍から見ればそれぞれ何の共通点も無い多種多様な車種ではあったが、それから出入りしている男達の格好は全員黒色の戦闘服(BDU)に身を包んでいた。

そしてその中でも一際大きなトラックの中で沙耶は手当てを受けていた。


「上尉、終わりました」


最後に頭に包帯を巻き終えた男が椅子に座った沙耶に報告する。


「そう、ありがとう」


男は沙耶に向かって敬礼すると車外へと出て行った。それと入れ替わりにまた一人の男がトラックの中へと入って来る。

長身で狐顔と言っても差し支えないような風貌の男は一度沙耶に向かって敬礼をすると用件を伝える。


「本郷上尉、全隊配置に付きました。ご命令があれば直ぐにでも突入出来ます」


本郷上尉こと中国人民解放軍上尉『本郷沙耶』は男の報告を何処か忌々しげに聞いていた。そして一通り男の報告を聞き終わると椅子から立ち上がった。


「いい、楊中尉。犠牲は最小限にするのよ」


人民解放軍総参謀部第二部直轄、工作作戦班長という肩書きを持つ沙耶は念を押すように男に告げる。

その言葉に楊と呼ばれた男は唇の片端を上げた。


「その命令には承服できかねます上尉。既に上尉救出の為に突入した6名の内、3名が敵対勢力によって負傷、そしてもう1名が捕虜になっています。ここで穏便に済ませろと言う事は部下の士気にも関わります」


言葉こそ丁寧だったもののその端々には沙耶を小馬鹿にしたような口調が含まれていた。

それに沙耶は更に顔を顰める。

正直言うと沙耶は副官であるこの楊が嫌いだった。

事ある事に自分を蔑視する姿勢を崩さず、他者を見下すエリート思考。時には沙耶の決めた作戦に口を出し指揮系統に混乱を招く言動。そして何より気にくわなかったのが自分を監視する為に総参謀部から送り込まれて来た事だった。

しかし、この部隊に総参謀部から鳴り物入りで送り込まれたのは強ち嘘でもなく、能力は他者より抜きん出ている。

隊内では蛇蝎の如く嫌われていたが上層部からの受けは良く、この任務が終わればこの部隊のような実働部隊では無く、その遥か上の総参謀部第二部への招聘の噂も立っている。

上官侮辱の罪で処罰しようにも功績がそれを上回り容易に手出しが出来ない。それが沙耶の更なる苛立ちを募らせていた。

そんな沙耶の心情を知ってか知らずか楊は言葉を続ける。


「それに本郷上尉が本部からの再三に渡る任務早期完遂の命令にも関わらずモタモタしていたのが原因でしょう?」


「急いだところで何も変わらないわ。ここは慎重に行くべきなのよ。それよりも何故オロモを殺したの?」


「お言葉ですが、その件について叱責を受けるのは小官は筋違いだと考えます」


肩を竦めてやれやれとこちらを見る楊に沙耶の怒気は膨れ上がる。


「あの時オロモを殺さなければ事態は更に悪化していたでしょう。あのまま生きていればオロモは更にジャック・ニコルソンとの接触を続け、ジャック・ニコルソンはもっと早期にあのデータの解析を終えていたでしょう。むしろ、今の今まで解析に時間が掛かったことでこちらの準備も万全にする事が出来ました。賞賛される理由はあれ、叱責を受ける理由は無いと思いますが?」


「何ですって!」と掴み掛かろうとした沙耶であったがそれは新たに入って来た闖入者によって遮られた。


「本郷上尉、間も無く突入開始時間です」


その隊員はただの報告に来ただけなのだが、入るなりトラック内の剣呑な雰囲気に思わず閉口する。

思わぬ邪魔によって気勢を削がれた沙耶は楊に「後を頼む」と言い残し、報告に来た隊員と一緒に車外へと出て行った。


日本鬼子リーベングイズが何を偉そうに・・・」


そして一人残された楊は小さくそう呟くのだった。




夜のマンハッタン島ハドソン川の畔にその身を浮かべる空母イントレピッドは沙耶には大きな壁に見えた。

最初にここを訪れた時にはその様に感じる事は無かったが、今では自分を覆い包むが如くその存在を大きく見せていた。

それがこの中に篭城して自分達を待ち構えているジャック達の意思がそう沙耶に見せているのかもしれなかったし、もしくはある種追い込まれた自分の心理状況がこの空母の艦容を大きく見せているのかも知れなかった。

どの道、現在自分が己の未来を賭けた岐路に立たされている事には違いない。


何故純然たる日本人である自分が中国の工作員となって、この様な後ろ暗い家業に身をやつしているのか自分でも分からなくなる事が時々あった。

最初は自分が生きる為だった。そして肉親を助ける為だった。

それが時を重ねるにつれて国への憎悪に変わり、復讐という手段に変わった。

そんな経過の延長線上に今の自分は存在する。


当初、直属の上官からこの任務を受けた時は特に何の関心も持たなかった。今まで通り淡々と任務をこなし、完遂の報告をしたらさっさとこのアメリカからおさらばする筈だった。

しかしその目論見は渡米直後から大きく狂ってしまった。

その原因は活動中の息抜きに立ち寄ったカフェに居た。

溜息が出るくらい生真面目で何処か不器用な男。

そんな男が今自分達が欲している物を持っていると聞いた時は心底驚いた。

最初は何時もの様に色気で垂らし込んで情報を聞き出せば良いと考えていたが、どういう訳か彼はそういう方面には疎いらしく何度か肩透かしを食らってしまった。

まあ、普通に親しくなってからでも遅くは無かったし、折角アメリカに来たのだから軽い休暇も兼ねようとしばらく彼と行動を共にしていたが、何時の間に彼の魅力に惹かれていた自分が居た。

その一時は今までに無い位の幸福に満ちたものだった。

彼の周りには何時も笑いがあった。

毎度の事の様に馬鹿騒ぎをしてふざけ合い。

ちょっとの事に本気になって。

他人の事でも自分の事の様に扱って。

長い間、自分か渇望していた物が直ぐ傍にあったのだ。

そしていつの間にかその中には自分も居て一緒に笑いあっていた。

まるで陽だまりの中に居る様な感覚。

毛嫌いする副官からは「直ぐに身柄を確保して物を奪った後に秘密裏に処理すべき」と進言を受けたが適当な言い訳を付けてうやむやにしていた。

ずっとこんな時が続けばいいと思っていた。

しかし現実は残酷だった。


ある日、泊まっているホテルに沙耶が戻ると携帯が鳴った。

それも私用ではなく仕事用にしている携帯だった。

最初は副官からかと思った。しかし画面には知らない番号が表示されていて出てみると上官からの連絡だった。

何時も尊大な態度を取っている上官であったが、この時は少し様子が違った。自分に悟られまいと大分感情を押し殺した声ではあったが、沙耶の耳にははっきりと上官が何かに焦っている様に感じられた。

現在は遠く離れたアメリカに居るため上官を取り巻く環境で何が起こっているのかは沙耶には知る由も無かったが

この時は内容は監視対象が持っているデータを直ぐに入手し帰国せよと言うものだった。

示された期限までまだずいぶんと時間があったのだが、ここに来ての急な命令変更に沙耶は困惑を隠せなかった。

新たに課せられたタイムリミットは年が明けた日の明朝。その為には年が変わるまでに情報を入手する必要があった。

直ぐに作戦を練り直して態勢を整えるまでに時間は無かったが命令は命令、逆らう訳にはいけない。

最悪の事態も想定しつつ沙耶は出来るだけ穏便に事を進めるしかなかった。

しかし悪い事は続くものだった。

沙耶の対応を不満に思った副官の独断専行によるもう一人の重要確保対象であるオロモの殺害。

空き巣を装ってのジャックの家の捜索も空振りに終わり。これらの行動はかえってジャックの警戒心を増す結果になってしまった。

最後の手段であった沙耶直々のジャックの拉致は不明勢力の横槍という形で不成功に終わった。

そして沙耶は最後の手段に出た。

自分と同じ様にもしもの為にこの街に潜伏させておいた部下達に沙耶は招集を掛けた。



「CPより待機中の全隊へ、準備はいいかしら?」


『イントレピッド』の船体に隣接するように建てられているビジター・センター内のホールに指揮所(CP)を設置した沙耶はそこを拠点として各部隊に指示を飛ばしていた。


『第1分隊配置よし』


『第3分隊準備完了』


『第2分隊何時でもどうぞ』


それに間髪入れず展開している部隊の各隊長より返事が返ってくる。

現在沙耶の配下に居るのは10名1個分隊とした3個分隊30名。それに沙耶直轄の本部班8名を含めた38名だった。

当初はもう1個分隊居たのだが沙耶救出の際、分隊の半数以上が負傷又は捕虜となった為、再編成し現在の数となっている。しかし、数が減ったとは言え装備の差は歴然、彼我の戦力差は十倍以上と開いている。しかも部隊員は海兵隊を中心に不正規戦部隊などから選りすぐった精鋭中の精鋭ばかりだった。

しかし部隊員の大半は本部が用意した出向要員。大半が自分では無く、楊の指示の方を優先的に聞く。

沙耶の息の掛かった部下は極少数だった。



「これより突入を開始する。なお、命令を再度徹底する。対象ジャック・ニコルソンは可能な限り無傷で確保。繰り返す、捕獲対象ジャック・ニコルソンは可能な限り無傷で確保しなさい」


『では、対象の抵抗激しくそれが不可能だった場合は?』


命令を聞いていた隊員の一人から質問が返って来る。


「そ、それは・・・」


それに沙耶はまるで歯に物が詰まった様に少し口元を歪め閉口する。

しばし無線機のイヤホンからは何も聞こえず。低いノイズだけが響く。


「多少傷付けても構わん、命に別状が無く、口が利ければ問題ない」


すると、沙耶とは別の声がその質問に答えた。

沙耶が振り返ると副官の楊が自分の無線機のインカムに向かって喋っていた。

その勝手な行動に睨みつける沙耶の視線などまるで眼中に無い様に楊は命令を追加した。


「なお、対象以外の抵抗勢力に対しては如何なる手段を用いてもよし。徹底的に排除せよ」


『了解』


この状況では任務に躊躇いが見られる沙耶より冷静な判断を下せる楊の方が正しいと感じたのだろう。普段は楊を快く思っていない隊員達もこの時ばかりは異論は無い様だった。

まるで勝ち誇るように沙耶に視線を送る楊に対して沙耶の心の琴線は更に大きく振れていくのだった。


「各員特殊ゴーグル装着! 妨害パルスはどうなっているの!?」


半ば八つ当たりの様にインカムに向かって怒鳴る沙耶。

突然、沙耶の怒りの矛先が自分達の方を向き慌てて装備を装着する取り巻きの部下達。

指揮官が現場でこの様な醜態を見せてはいけないと沙耶は自覚してはいたが、現在この場では声を張り上げていなければ平常心を保てそうに無かった。


『総員、ゴーグル装着完了。なお妨害パルスも既に起動を完了しています』


沙耶の苛立ちも最高潮に達しようとしていたその時やっと準備完了の報告が入る。

その報告にいくらか溜飲を下げた沙耶は息を大きく吐き突入命令を下した。


「よし、突入開始!」


土壇場で突入部隊の足並みは乱れたが、そこは流石精鋭と呼ばれるだけあって直ぐに立て直し。沙耶の号令の下、全部隊が整然と事前に決められた突入路からイントレピッドの内部へと突入して行った。







「ん・・・?」


「どうしたのイントレピッド?」


突然、顔を顰め自分の身体の彼方此方を擦り始めたイントレピッドにジャックは心配そうに声を掛けた。


「いや、大した事ないわ。ちょっと身体が痺れただけ、もう大丈夫だから」


直ぐに笑顔で返すイントレピッドではあったがその顔は何処か晴れなかった。

確かに身体全体に微かな痺れを感じた。

一瞬イントレピッドは自分の本体に何か異常が起こったのではないかと考えたが、戦時中の様に別に爆弾や魚雷を受けた訳では無い。もしそうならば分身である筈の自分の身体にもっと目に見えた変化がある筈だった。だが、身体のどこを探っても傷一つ無い。

それが余計にイントレピッドの不安を駆り立てたが、現在のこの状況ではそれを確かめる術も無く。不安げに自分を見詰めるジャックに心配させまいと作り笑いを返す事しか出来なかった。


「それよりも早くするわよ。ほら」


「うん」


ジャックはイントレピッドから差し出された手を握る。

ビリーの方はグロウラーと手を握っている。

大した武器も無く、このままでは完全に逃げ場を失うと考えたイントレピッドはジャックに脱出を提案。敵の監視の目がまだ整っていない内に対岸へ転移する事を薦めた。

自分以外ののみんなが傷付くのを恐れたジャックもこの提案に乗る事にした。


イントレピッドとジャックを淡い光が包み始めた。ジャックは身体に何とも言えない浮遊感を感じた。

そして自分を包む光が眼も眩むような輝きに変わった瞬間だった。


「痛ッ!!」


突然イントレピッドが叫び、ジャックの周りから光が消えた。

いきなり感じた重力によってバランスを崩したジャックはたたらを踏んだが直ぐに態勢を立て直すとイントレピッドに駆け寄る。


「イントレピッド! 大丈夫? 何処か怪我したんじゃあ?」


心配するジャックを他所にイントレピッドは茫然自失状態であり、ジャックの呼び掛けに答えれる様になるまで少しばかりの時間を要した。


「イントレピッド、イントレピッド、イントレピ・・・」


混乱しているジャックは何度もイントレピッドに問い掛ける。


「大丈夫。大丈夫だから心配しないで・・・」


そう答えるイントレピッドではあったが自分自身でも何が起こったのかは分からない状態だった。

最初は自分の本体に何らかの攻撃が成されたのかと思った。

数年前、座礁事故を起こした時も所々に擦り傷を作ってしまったが、しかし今自分の身体にどこも異常は無い。掠り傷一つ無いのだ。

ただ、転移する瞬間全身に痺れる様な激しい痛みを一瞬感じただけだった。

そして何か異常な振動や音を聞いた者もこの中には誰も居なかった。

ますます意味が分からなくなったイントレビットは更に混乱する。こんな事彼女がこの世に生を受けてから一度も経験した事が無かったし、また聞いたりした事も無かった。


「兎に角姐さんは休んでいてください。ちょっときついですけどアタイが二人を対岸まで送って行きます」


とりあえずこのまま二人を放って置く事も出来なかった為イントレピッドに変わってグロウラーが二人を送り届ける事となった。


「でもイントレピッドが・・・」


「大丈夫だジャック。別に船体に何らかの被害が出た訳じゃない。この艦が沈まない限り彼女は死なねえよ」


「そうよジャック。私は大丈夫だから。ほら、もう痛みも無いし」


そうイントレピッドとビリーに言われジャックは後ろ髪を引かれる思いだったがここでモタモタする訳にも行かず待機していたグロウラーの手を握った。


「じゃあ頼むよ」


「任せておっちゃん。対岸までピョーンと一っ飛びで送ってあげるよ」


サムズアップで陽気に答えるグロウラーにジャックの不安は心なしか和らいだ。

再びジャックの身体が光に包まれる。


「いっくよー。・・・アババババババババババ!!」


すると今度はグロウラーが感電したみたいに身体を捩って叫ぶ。


「グ、グロウラー!」


床に倒れたグロウラーをジャックが慌てて抱え起こす。

ジャックが起こした直後は先程のイントレピッドと同じ様に目の焦点が合っていない状態だったが暫くするとゆっくりとジャックを見詰める。


「あ・・・、ありのまま今起こったことを話すぜ! あたいは転移しようと思ったら、いつの間にか転移を終えていた。 何が起こったかわからねーと思うがあたいも何が起こったのか分からなかった・・・」


「御託はいいから簡潔に話せ」


流石に二度目の事ともなるとジャックは冷静だった。

グロウラーは咳払いをすると自分を取り巻く三人を見回し冷静に告げた。


「コホン、つまり転移出来なくなってるって事だね」


「「「えええぇーーーッ!!」」」


三人の絶叫が艦内に木霊した。


この一ヶ月は激動の一ヶ月でした。

二月下旬に職場の異動が決まり引越しに追われ、三月には大震災。

自分の住んでいる所は関西なのですが職場の方が地震の影響でここ一週間多忙な毎日を送っていました。

あらためてこの場でこの震災で犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。

自分としては個人で出来る事は少ないのですが募金や献血などをしています。

皆さんも毎日飲むジュース一本分のお金を募金するだけでも被災地の方々の支援になります。

ちなみに被災地に何か送りたいと言う方は地元自治体が受け付けていますし、団体や企業の援助物資ならば各都道府県の自衛隊駐屯地でも受け付けている所もあります。

どんな小さな事でもいいので皆さんも何かをしてはどうでしょうか?


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