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宴の始まり(中)

お待たせしました。


天高く昇った太陽が西の方角に少し傾く頃、一台の車がイントレビット航空宇宙博物館近くの駐車場に滑り込んだ。停車した車から慌しく降りて来たのはどこか浮かない顔をしたジャックと沙耶で二人はそのまま言葉を交わすのも惜しいかのようにイントレビットの艦内へと消えて行った。


何時もの様に買い物に行ったジャックの帰りを部屋でくつろぎながら待っていたイントレビットは予定より早く帰って来たジャックといきなり訪れた沙耶に少々驚かされた。

ジャックはともかくとして沙耶は何時もの押し掛けかと思ったイントレビットであったが二人の只ならぬ表情に何かを感じ取るのだった。


「何があったの?」


イントレビットは単刀直入に尋ねてきた。


「そ、それは・・・」


「何か、変な車に追いかけられて、それを何とか振り切ってここまで来たの」


それにジャックは少し言い難そうにしていたが、その横から沙耶が変わりに今日起きた事の一部始終をイントレビットに伝える。

事態を把握したイントレビットはとりあえず二人の無事を喜び二人を休ませる為に部屋の中に招き入れた。


「それで犯人の目星は付いてるの?」


応接用ソファに腰掛けた二人にイントレビットはコーヒーを渡しながら尋ねる。


「まだ、推測の域を出ないけど二つの可能性を考えてる。一つはハワードの寄越した監視員。けど、ハワードからしてみればあんなに派手に僕達を追い回す必要は無いと思うからこの可能性は無いと思う。僕が可能性が一番高いと思うのがもう一つの例の工作員からの追っ手」


「私もそう思うわ。そしてその工作員の正体がビリーじゃないかと私たちは疑ってるの」


ジャックが所見を述べた後、沙耶が若干の補足を加える。


「なるほどね、状況証拠としてはそちらの方が可能性としては高いわね」


「あくまで状況証拠だけで考えた場合だけどね」


頷くイントレビットにあくまで状況証拠だとジャックは念を押す。その顔はどこか苦々しげな表情が混じっており、まだどこかビリーが工作員だと信じ切れずに悩んでいる事がうかがい知れた。


「ま、とりあえず二人ともここは安全だから安心して頂戴」


「ありがとう、助かるよ」


その言葉に安心したかのようにジャックはホッと息を吐くと出されたコーヒーに口を付けた。それに習い沙耶も口を付ける。しばしの平穏を3人はくつろぐのだった。







「なあ、本当にダメなのか?」


「はい、一応決まりでして」


その頃イントレビットへ通じる幹線道路の一つであるやり取りがされていた。

一人は車のドライバー、もう一人は作業服に身を包んだ工事作業員だった。

どうやら工事によって封鎖された道路を通りかかった男が封鎖を担当している作業員に食って掛かっているようだった。


「ですから今日の夕方から明日の午前2時までこの道路は工事の関係で封鎖されるので通り抜け出来ない事になってるんですよ。申し訳ありませんが、迂回していただけませんかね?」


作業員は腰を低くしてドライバーに説明する。


「だけど、他の道路とかも事故やら工事やらで封鎖されてるんだ、ここがダメならかなり迂回しなけりゃならないじゃないか」


ここまで来た道路の殆どが通行出来なかった為に苛立ちを募らせたドライバーは目の前の作業員に向けて語気を強める。


「申し訳ございません」


それでもずっと頭を下げ続ける作業員。

その光景はしばらく続けられたが作業員の低姿勢にいくらか溜飲を下げたドライバーは、まだ納得のいかなさそうな顔をしていたが車をバックさせ来た道をまた戻って行った。

過ぎ去る車をしばらく頭を下げながら見送った作業員だったが、車が見えなくなると徐に頭を上げ作業服の襟の裏に隠されたインカムに向かって呟く。


「封鎖1班、担当地区の封鎖完了」


『了解、引き続き同地区の封鎖を続行せよ。関係各所への偽情報は流し終わっている。これで行政、警察が出張って来る事は無い。制圧班も既に行動を開始し、現在目標地点付近にて待機中』


「分かった、これで任務に専念できる。交信終わり」


通話が途切れると何も無かったかのように再び作業員は持ち場に戻り、新たにやって来る通行人や車を追い返していった。







「ふあ、暇ねえ・・・」


イントレビットは自分のベットに寝転びながら人目を憚らず大きく欠伸をして誰とも無く呟いた。


「そうだねえ、もう4時間になるか」


寝転びこそしていないが、ソファにだらしなくもたれ掛かるジャックは腕時計に目をやる。


「やったー! また私の勝ち」


「あぁー、また、あたいの負けぇー!」


二人が話している横ではこの暇を持て余した沙耶とグロウラーが何処からともなく持って来たオセロを楽しんでいた。

安全の為に部屋の篭る事にした4人はそれぞれを暇を持て余していたが、その安息も数分後には破られる事となった。


初めにそれに反応したのはイントレビットだった。

彼女はいきなりベットから飛び起きると辺りを見回す。


「どうしたの?」


「シッ・・・」


イントレビットはジャックの問いに人差し指を口にあて静かにするように促す。そして眼を瞑り神経を集中させる。

ジャックには何がなんだか分からなかったがイントレビットは何かを感じ取ったらしい。


「入り口近くのメインホールに誰か居る。動きからしてここの警備員じゃない」


この言葉にジャックは背中を嫌な汗が流れるのを感じた。後ろを振り返ると話を聞いていた二人も同じような顔をしていた。

ジャックはそれが誰なのか確認したかったが、この部屋に居る限りそれは出来なかった。確かにこの部屋は艦魂やそれに連れられた人間じゃない限り入って来るのは不可能だった。だから身の安全だけを考えると他の場所よりも安全性が格段に違う。

しかし、この部屋にも欠点があった。それは外の様子が殆どと言って良いほど確認できない事だった。最も篭城を念頭に考えられて造られていない為当然と言えば当然だったが、これは立て篭もる場合に致命的になる。

もしも、敵に包囲され一切の行動が封じられると兵糧攻めになってしまう。それに相手が手段を選ばなかった場合この『イントレビット』ごと爆弾などで沈めてしまう事も出来るのだ。

流石にみんな纏めて葬られるのはここに居る全員、御免被りたかった。


「どうする?」


イントレビットがジャックに尋ねる。本人としては気丈に振舞ったつもりだったのであろうが、その声どこか上擦っていた。


「行こう」


ジャックは短くそれだけ答えた。







年末の為、通常より早く閉館した博物館内を三人の男女が歩いていた。先頭からイントレビット、ジャック、沙耶の順だ。

既に日も落ち、暗闇が支配する館内は薄暗く視界は数メートル先までが限界だった。ジャックはライトなどを持って来たかったが光でこちらの場所を相手に悟られるのを恐れたイントレビットによって却下された。

その為三人は視界が利かない暗闇の中を手探りで進んでいるのだが今のところ不便は感じなかった。それは同行しているイントレビットのお陰だった。彼女はこの空母の分身とも言える艦魂なので艦の隅々まで熟知している。配管の位置や装甲板の継ぎ目の位置に至るまで彼女の頭の中に入っていた。そんな彼女であるからこのような暗闇の中でも昼間の道を歩く如く迷う事無く進んで行けるのだった。


「そこ、気を付けて、段差があるわ」


イントレビットに言われた通りに足を上げると確かに段差があった。ジャックと沙耶はこの様に何回もイントレビットに案内され暗闇の中を進んで行った。


十分ぐらい歩くと開けた場所に出た。まだ周りは薄暗いがベンチなどの輪郭が暗闇に慣れた眼にぼんやりと浮かんで見えた。

恐らくメインホールに着いたのだろう、暗闇に包まれたメインホールは昼間見た景色とは大きく違って見えた。


「纏まっていたら見付かり易いから、ここからは分かれて探そう」


ジャックの提案にイントレビットと沙耶が頷くと三人は別々の方向に散って行った。






「そう言ったのは良いけれど、こう暗くっちゃ何にも見えないな、全く」


入り口方向の担当となったジャックはライトの使用を極力控えながら進む。視界の利かない周囲にイントレビットの誘導が無くなってからはひどく不安になっていた。

その不安は直ぐに視覚になって現れた。片隅に設置された観葉植物の陰、入り口から聞こえてくる微かな風や波の音が全て人影に見えたり人の発する物音に聞こえてくる。


「本当にお化けでも出てきそうな雰囲気だよ・・・」


おっかなびっくりジャックが足音を忍ばせながら進んで行くと突然何かにぶつかった。

最初は壁かと思ったが手で触る内に布を纏った柔らかいものだと次第に分かる。それに微かな温かみも感じられた。

不審に思ったジャックはその正体を確かめる為に恐る恐るライトのスイッチを入れ、その物体に向けた。

ライトの光に照らし出され、それはぼんやりと浮かび上がった。

驚愕に見開かれた碧い瞳。

ライトの光が当たる加減で不気味に陰影が強調された鼻や口。

まるで亡霊のような人の顔がジャックの眼前にあった。


「ギィヤアァアァァァァァーーーー!!」


恐怖と驚愕のあまりジャックは声の限り叫んだ。


「ギィヤアァアァァァァァーーーー!!」


叫び声に釣られるかのように相手も叫ぶ。

それに気が動転したジャックも更に叫ぶ。


「「ギィヤアァアァァァァァーーーー!!」」


二人の叫び声がホールに木霊し周囲の空気を轟かした。




「うるさいッ!!」


途端、それを遮る一喝が飛ぶと絶叫は止んだ。

そこには両腕の拳を握り震わせるイントレビットと頭を押さえてその場で悶絶する騒動の元凶である二人がいた。どうやら余りの騒々しさにイントレビットが鉄拳を二人に振るったらしい。


「あんた達、少しは静かにしなさい!」


イントレビットはまだ怒りが収まらないらしく顔を真っ赤にしながら怒声をあげる。

まあ、その本人も叫んでいる時点でどっこいどっこいなのを声を聞きつけて来た沙耶も呆れ顔だった。


「痛てて、そんな事は言ってもイントレビット、あの状況じゃ誰だって叫ぶって」


ジャックは殴られて少し瘤のできた頭を擦りながら弁解する。

もう一人の侵入者の方はまだ痛みが治まらないらしく頭を抱えて蹲っている。


「ほら、この人もこんなに痛がって・・・って、ビリー?」


ジャックが相手を介抱しようと顔を覗き込むと見知った顔の人物がそこにいた。


「ったく、勝手にぶつかっておいて、いきなり叫びやがって。おかげでこっちも驚いて叫んじまったじゃねえか。おまけにこんな瘤まで・・・」


ビリーはその場で胡坐を掻きながら何やらブツブツ言っている。


「びりー、何でここに?」


「はあ? 何でここにって昼に行くって電話したじゃねえか」


その問いにビリーは憮然とした態度で返す。

ジャックも流石にこの態度は癇に障ったのか言葉に棘が混じる。


「そっちが来る時に連絡するって言ったんじゃないか!」


「何言ってんだ! 電話したら『お客様のお掛けになった電話番号は現在電波の届かない所・・・』ってアナウンスが流れてたぞ! お前こそ携帯の電源ぐらい入れとけよ!」


「なにを・・・これを見ろ!」


ジャックはは自分の携帯を取り出しビリーの目の前にかざす。

勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべるジャックではあったが、目の前に出された携帯を見たビリーは噴き出した。


「ジャックゥー? その携帯、電波が来てないみたいだけど、どう言う事かなぁー?」


ジャックは何を馬鹿なという顔をしていたが、ビリーの余裕の態度に少し不安を覚え、ふと自分の携帯に視線を落とした。

そして携帯の液晶画面に表示される圏外の文字にその顔は驚きに変わった。


「エッ・・・まさか故障?」


確かに昼過ぎまでには携帯は問題なく機能していたのを覚えている。だが今現在その携帯は既に機能しなくなっており、ジャックはただ困惑するのみだった。


「ほーら見てみろ、やっぱ壊れてるじゃねえか」


今度はビリーが勝ち誇った笑みを見せる。


「何言ってるの? あんたのも壊れてるじゃない」


だがそれも横に居た沙耶によって水を差される。そして沙耶の手にはいつの間にかビリーの携帯が握られていた。


「何言ってんだよそんな訳が・・・」


信じられないという風に肩を竦めるビリーに対し沙耶は「ほら」と携帯を差し出す。

出された自分の携帯を射ぬかんばかりに凝視するビリーではあったが、そこに映るのは紛れも無い圏外の文字。


「そんな馬鹿な」


それでも信じられないビリーは沙耶から携帯を引っ手繰ると、何とか電波を受信しようと試みるが数分間の悪戦苦闘虚しくそれは徒労に終わった。


「まあ、壊れてしまった物はしょうがないじゃない。それよりもビリーと合流出来た事だし早く戻りましょう」


未だに携帯を直そうと躍起になっている二人を見かねたのか沙耶はとりあえず部屋に戻るのを促す。

まだ納得のいかなさそうな顔をした二人ではあったが、このままここに居ても何も得る事が無かった為にこの場や沙耶に従い、部屋に帰る事にした。


帰り道は結局異常が無かった為、ライトを点けて帰ることができた。

幾分か緊張感から開放された四人は互いに談笑しながら元来た道を戻る。


「しっかし、携帯が壊れるなんて災難だったなあ」


「はあ、僕の携帯この前変えたばっかりなのに・・・」


ジャックとビリーはお互いに壊れた携帯の事をぼやきながら歩いていた。

沙耶とイントレビットは後ろで会話に花を咲かせている。


「ところでビリー? よく館内に入って来れたね?」


唐突にジャックは口を開いた。

本人も何気なく思った事だったのだが、ふと気になってビリーに尋ねて見る事にしたのだ。

既に博物館は閉館しており出入り口は全て閉まっている。なのに何故ビリーがこちらの手引き無く入って来れたのを疑問に思ったからだった。


「ああ、入り口は閉まってたけど通用口が開いててなそこから入ってきた」


ビリーも何気なくその質問に答えた。

そこでジャックはある事に気が付いた。閉館した館内へ訳も分からない一般人を入れるほど警備は手を抜いているのかと、その場に警備員が居なくても何時かの如く自分が館内に忍び込んだ時の様に監視カメラ位あるんじゃないかと不審に思ったのだった。

考えられる原因は二つ。

まず監視カメラが故障していた。

しかしこれはカメラが故障していたならば直ぐに直すはずだから除外される。

そしてもう一つは警備室のほうに問題があった。


その考えに及んだ時にはジャックは走り出していた。


「ジャック、何処行くんだよ?」


直ぐ後ろからビリーが後を追ってくる。


「警備室だ。何かがおかしい」


「そんな事したら警備員に捕まって追い出されるぞ?」


「それなら今までの騒ぎでとっくに見付かってるよ」


「確かに・・・」


ジャックの説明に一人頷くビリー。

二人はそのまま警備室へと向かった。






警備室へ辿り着くと安全を確認しながら二人は中へと入る。

警備室の中は薄暗い廊下と比べて照明で明るく照らされており、ジャックは少々眼が眩んだが構わず室内を見て回る。

壁には監視カメラのモニターや防犯センサーの操作パネルが所狭しと並んでいたが、素人のジャックがどれを見ても以上は無さそうだった。

そうなると可能性は警備室の警備員に問題がある事になる。そしてその肝心の警備員なのだが部屋の中には誰一人として居なかった。

イントレビットの話では常時二人の警備員が詰めているそうだが何処にも見当たらないのだ。だが部屋の机には読みかけの雑誌やコーヒーなどがそのまま置かれており、ついさっきまではここに人が居たことが窺える。

ジャックとビリーは手分けして隣接するトイレや更衣室を見て回ったが何処にもその姿は無い。まるで神隠しにでも遭ったかのようだった。


「ハアハア、やっと追い付いた」


再び警備室に戻った二人の所へ遅れて沙耶がやって来た。イントレビットの姿は無かったが先に帰って帰りを待つとの事だった。


「誰も居ないなんておかしいよ」


「確かに最悪でも一人はここに残す筈だしな・・・んぐ」


そう答えるビリーは何処から持ってきたのかミネラルウォーターの入ったペットボトルの蓋を開けると一気に飲み干した。


「何処から持って来たのそれ?」


言葉とは裏腹にあまりに緊張感の無いビリーの行動に呆れる沙耶。


「そこの冷蔵庫から、まだあったぞ飲むか」


二人は要らないと首を振る。


「プハッ! うまかった」


「ちょっとそこら辺に捨てるなよ」


空になったペットボトルを無造作に捨てるビリーにジャックは抗議する。真面目なジャックはそれを拾おうとした所である物が目に付いた。

それは部屋の隅に置かれた古びたロッカーだった所々に錆が浮き、年季を感じさせる。しかしジャックが気になったのはそこではなかった。

ロッカーの扉の隙間から灰色の布がはみ出していたのだ。

普段ならそんな些細な事は気にならないジャックではあったが、この時はその布が無性に気になった。

徐にロッカーに近づきその扉を開けた。


「ヒッ・・・!!」


息を吸い込むとも吐くともつかない声が口から漏れる。

眼は限界まで見開かれ、心臓は破れんばかりに激しく鼓動する。


そのジャックの只ならぬ様子にビリーと沙耶も不審に思って近寄って来たが、ジャックの視線の先にある物を見て身体が凍り付いた。


「何だよこれ・・・」


一番先に口が動いたのはビリーだった。

確かに警備員は部屋に居た。物言わぬ死体となって。


「どうしてこんな事に・・・」


沙耶は床に横たえられた警備員の遺体を見詰めながら呟く。その表情こそ平静を保っていたが声はどこか震えていた。


「それよりこれを見ろ」


先程から遺体を検めていたビリーが首の所を指差した。

沙耶が目をやると紫色の一筋の痕が首を巻くように付いていた。明らかに何者かに首を絞められた痕だった。


「争った形跡も無い。恐らく気付かない内に背後から一気に絞められたんだろう」


ビリーはそう言いながら最後に隣の仮眠室から持ってきた毛布を遺体に掛ける。沙耶は手を合わせ死者への冥福を祈る。ビリーも胸で十字を切りそれにならった。


「僕の所為だ・・・」


黙祷も終わりに差し掛かったところで今まで黙っていたジャックが呟く。


「僕があんな潜水艦の資料を見つけてしまったから関係の無い人達が犠牲になったんだ! みんな僕の所為だ!」


その声は段々声量を増していき、最後には慟哭に変わっていた。


「ジャック・・・」


沙耶も沈痛な面持ちでそれを見詰めている。


「バッカヤロー!」


しかしその叫びはビリーの怒声によって遮られた。途端ジャックは床に叩き付けられた。ビリーが殴ったのだ。

ジャックがその衝撃で起き上がる事も儘ならなくなっているところへビリーは近寄りその襟首を掴み上げる。


「お前がそんな弱気でどうすんだ! 泣いて喚けばこの人は還って来るのか? 違うだろ! お前にはやるべき事がある。こんな所で二の足踏んでる余裕は無い筈だ!」


あらんばかりの声を張り上げるビリーにジャックは最初こそ動揺していたが、段々落ち着きを取り戻してくる。

『お前にはやるべき事がある』そうあの少女にも言われた事だった。

大きく息を吸いそして大きく吐く。

それを繰り返す内に何とか平静を保てるまでには回復した。


「落ち着いたか?」


「ごめん、取り乱しちゃって・・・」


「気にすんな。あんな光景見たら誰でもそうなる」


ビリーは諭すように告げた。


「ありがとう・・・。あっそうだ」


「どうした? ヘボッ!」


ジャックの右手がビリーの顎を捉えた。


「お返し」


ジャックは笑みを浮かべて言う。


「クソッたれ・・・」


反対にビリーは納得の行かない顔をしていた。


「ハイハイ、青春してないでさっさと戻るわよ」


それまで事態を傍観していた沙耶が手を叩きながらこの場を去ることを促した。

遺体をそのままにするのは気が引けたが今の状態ではどうする事も出来ず取り合えず警備室に安置する事で3人はその場を後にした。


「で、これからどうする?」


「取り合えずイントレビットの部屋に戻りましょ・・・ってあんたわ行けないんだったわね」


沙耶が困っている顔をしているといつの間にか遅れていたジャックが追い付く。


「ゴメン、ちょっと警備室に忘れ物しちゃって。・・・でどうしたの沙耶、難しい顔をして?」


イントレビットが待つ部屋に戻ろうとしたジャックではあったがビリーは艦魂が見えない為に部屋には行けない。イントレビットがビリーは艦魂が見えるのではないかと疑っていたが、現在はそれを確かめる事は出来ずビリーも今はそんな素振りは見せてはいない。だがここで少しの不安要素は消しておくべきだった。

しばらく思案した後にジャックは部屋の近くの通路に使ってない倉庫があるのを思い出した。そこならば見付かる可能性は低いし、もしも何かあっても直ぐにイントレビットやグロウラーを呼ぶ事が出来る。妥協案としては最適だった。

その提案に沙耶はどこか渋い顔をしていたが、他に案も無かったのでその案に乗る事にした。






「ジャック、ちょっといいか?」


もう少しで目的の倉庫に着こうとした矢先、ビリーがジャックに声を掛けた。

顔には薄っすらと汗が浮かび表情も少し強張っていた。

その顔を見たジャックはビリーが何か病気になったのだろうかと心配になる。


「どこか悪いの?」


ビリーは無言で頷く。

そして。


「トイレ行っていいか?」


ジャックと沙耶は思わずコケた。


「さっさと行ってこい!」


いきなり肩透かしを食らったジャックはビリーを睨みながらトイレの方角を指差した。


「じゃあチャチャっと済ましてくるわ」


ビリーはイソイソとトイレに向かって走り出す。


「全く、どうしてあいつは肝心な所で緊張感に欠けるんだ」


ビリーを見送ったジャックは憤然とやり場の無い怒りを漏らした。







「うー、トイレトイレ。漏れちまうよっと」


トイレに駆け込んだビリーはその言葉とは裏腹にどこか余裕めいた顔をしていた。

しかし彼は肝心の用を足さずトイレの奥へと向かって行く。

そして周囲に誰も居ない事を確認すると懐から携帯電話の様な物を取り出す。だかそれは携帯電話とは形こそ似ていたが小さい液晶画面にデジタルの数字だけが並び、通話に必要な最低限の機能しか付いていなかった。その正体は俗に言うトランシーバーという物だった。

スイッチを捻ってボタンを押し通話が出来る状態になったのを確認したビリーは相手を呼び出す。


「こちらR、こちらR聞こえるか?」


少し大きめの雑音が入った後、相手からの応答があった。


『こちらホーム、感度良好。どうしました?』


「ちょっとこちらでアクシデントが起きた至急応援を寄越してくれ」


『すいません。こちらも慌しくて直ぐには遅れません最短でも2時間です』


「遅いな。もっと早く・・・」


そう告げようとしたところでビリーは背後に何かを感じた。

その途端、直ぐ後ろでカチリと金属が擦れる音がする。

ゆっくり背後を振り向くと沙耶がそこに立っていた。


「よお、沙耶どうしたんだ? ここ男子トイレだぜ?」


「動かないで!」


沙耶の手には拳銃が握られている。今の金属音の正体は恐らくこれだろうとビリーは見当を付けるが、今そんな事が分かってもどうしようもない。


「いい銃じゃねえか? グロック26か?」


銃を突き付けられている状況にも拘らずビリーは何時もの飄々とした態度を崩さない。


「黙りなさい! 手に持ってるトランシーバーを捨てて両手を上げなさい」


ビリーは言われた通りにトランシーバーを投げ捨て両手を上げる。


「言われた通りにしたぞ、次は何だ?」


「その腰に付いてる銃を渡しなさい」


沙耶の視線は腰に付けたベレッタに注がれている。


「じゃあ取りに着たらどうだ?」


「あんたが渡すのよ。ゆっくりと」


ホルスターとマガジンポーチが付いたベルトをゆっくり取るとビリーはそれを投げて寄越す。


「これでいいか?」


「じゃあこっちに着なさい」


ビリーの武装解除を確認した沙耶はそのまま出て部屋に向かうように促す。


「妙な真似したら胸に風穴が開くわよ」


「そうしたら夏は涼しくていいね。大歓迎だ」


軽口を叩くビリーに沙耶は険しい視線を送る。

身の危険など何処吹く風と言った風な感じだった。


「やっぱりあなた黒だったのね。ジャックになんて言う気?」


しかしその問いにはビリーは口を紡ぐ。

沙耶に銃を突き付けられながらトイレを出たビリーをジャックが待っていた。


「よう、ジャックどうしたんだ? そんな思い詰めた顔をして」


ジャックは無言で苦虫を潰したような顔をしている。握られた両拳が震えている。


「・・・、ビリー・・・」


小さく動いたジャックの口から出た言葉からは辛うじてそれだけが聞き取れた。

次の瞬間にはジャックの右手は懐に伸び、出されたその手にはリボルバー式の拳銃が握られておりその筒先はビリーに向けられていた。


「フッ」


ビリーは自分の置かれた状況に自嘲気味に笑った。

ビリーが反応する間も無くその向けられた銃口が煌き、乾いた銃声が薄暗い廊下に響き渡った。

これ、艦魂小説だよね・・・。と自分でも思ってしまう今日この頃。

うおおお!

ラストに向けて頑張るぞおォーッ!!

ご意見、ご感想待ってまーす。

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