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宴の始まり(上)

お待たせしました。

今年最初の更新となります。

いよいよ長かった物語も終局へと向かいます。

最終話まで大体4~5話構成でお送りしたいと思っています。

賑わいを見せるニューヨークの町並みもクリスマスムードから年末のカウントダウンモードに変わりつつある頃。

ジャックはニューヨークの街の中を紙袋を抱えて一人歩いていた。

イントレビットに頼まれた買出しの帰りなのだがジャックの表情はどこか暗かった。


「ねえ、お母さん。今日のご飯は何?」


「何にしようかしらねえ? ミリーは何が良い?」


「えーと、グラタン!」


「じゃあそうしましょうか」


大きな買い物袋を抱えた母娘が今日の夕食を何にするか相談しながら脇を通り向けて行く。

ジャックには何とも微笑ましい光景だった。

一波乱あったクリスマスからもう既に早いもので数日が過ぎ、今年も残すところ後十時間余りとなっていた。

先程の親子も家に帰り父親と一緒に静かな年末を過ごすのだろう。

ジャックもそんな生活を望んでいた。しかし、現実はそうも行かなかった。


『近い将来現実に起こる事』


あの夜に見た夢で確かにあの少女はそう言っていた。

夢の中で血塗れの仲間達が自分に助けを求める声を思い出しジャックは身を震わせる。

所詮は自分が見た夢と割り切る事も出来たであろうが何故か真綿で首を絞められるような嫌な感覚がジャックを苦しめていた。


「どうしろって言うんだ、どうすればいいんだ・・・」


誰に向けて言ったとも取れない言葉が口から漏れる。もしかするとそれは自分に向けたものだったのかもしれない。いつの間にかジャックは心の中で自問自答を繰り返していた。

そして後ろから響く車のクラクションに初めて気が付いた。


振り返るとレモンイエローのアルトが停まっていた。

運転席からは沙耶が手を振っている。


「どうしたのジャック? こんな所で会うなんて奇遇ね」


「やあ、沙耶」


ジャックも軽く手を挙げて挨拶するが直前の心境が影響してしまったのか、その動きはどこかぎこちなかった。


「何か元気ないわね。 これからイントレビットの所へ返るんでしょ? 送って行くわ」


「あ、ありがとう」


本当はしばらく独りになりたかったのだが沙耶の好意を無碍にする訳にも行かず、ジャックは少し考えた後に車に乗り込む。

買い物袋を後部座席に置き、ジャックは助手席に座ると間も無く車は出発した。


「沙耶これってレンタカー?」


あまり女性が乗るにしては飾りっ気の無い車内を見てジャックは沙耶に質問する。


「そうよ、何時まででも移動にタクシーとか地下鉄だったらいざって時に使えないでしょ、だから思い切って借りちゃった」


まあそうだろう。沙耶も街中をよく動き回るので使い勝手の良い車の方が便利なのだろう。


「行くのはイントレビットの所でいい?」


「うん」


車は一路イントレビット航空宇宙博物館に向かった。


「それにしてもジャックどうしたの? 思い詰めた顔なんてしちゃって何か悩みがあるんだったら相談に乗るわよ」


「あ、うん、ありがとう」


車内でも少し暗いジャックを心配してか沙耶が声を掛けるがジャックは心此処に在らずといった感じで素っ気無い返事を返す。

すると突然、沙耶がハンドルを切り車が大きく傾く。

ジャックはその急な動きに対応し切れずバランスを崩しダッシュボード角に頭を軽く打ちつけた。


「痛ったー、何するんだ沙耶!」


思わずジャックは声を荒げる。

しかし振り向いた先の沙耶はどこか悲しげな表情をしていた。

その顔を見てジャックも怒りの勢いを削がれた。

車内を何とも言えない沈黙が包もうとしていた矢先に沙耶が口を開く。


「ねえ、教えてよ。何があったのジャック?」


心配そうに覗き込む沙耶にジャックはすまないと思いつつも黙るしかなかった。

現実に起こるかもどうか分からない事を無闇に口走ってみんなに余計な不安を植え付けたくなかったからだ。

こうしている内にも脳裏に昨夜の夢の中で事切れた沙耶の姿が浮かび上がる。


「まただんまり? まるで喋ったら私が死ぬような顔ねえ?」


その一言でジャックは何故知っているんだと言うように驚愕の表情を浮かべ目を剥いた。


「まさか本当なの!?」


沙耶当人も当てずっぽうで適当に言ってみたのだがまさか本当だとは思わなかったようで驚いた表情を見せた。

実際は当たらずとも遠からずと言った内容だったが、ここでこんな反応を見せてしまえばもう肯定と同じ内容である。

殆ど話の内容は自分の主観が混じった内容になるとジャックは断わったがそれでもいいと沙耶はその言葉に耳を傾けた。

腹を括ったジャックは思い切って最近のビリーが見せる不自然な動き、そして昨日の夢の出来事を沙耶に喋る事にした。


そしてジャックが今までに起こった出来事などをあらかた喋り終わると沙耶は静かに口を開いた。


「よく話してくれたわね」


その一言で心の中に掛かっていた靄が霧散したようにジャックは感じた。


「ビリーがまさかね、まあとりあえず今後の対策はイントレビットの所へ行ってから考えましょう」


ジャックは大きく頷いた。






それから2、3分走った位からだろうか、窓から流れ行くニューヨークの町並みを眺めていたジャックは沙耶が頻繁にバックミラーを見だしたのにジャックは気付いた。


「どうしたの? ミラーばっかり見て」


「後ろ、ゆっくりと見て」


不審に思ったジャックは沙耶に声を掛けると沙耶は右のミラーからゆっくり後ろの様子を見るように促す。

ジャックが慎重にミラーを覗くと150メートルほど後ろから黒塗りのワゴンが着いて来ているのが見えた。ガラスは完全なスモークが掛かっており、中を窺う事はできないが見るからに怪しい。


「まさか付けられてるの?」


「そうみたいね。何処の誰かさんかは知らないけれど」


会話の合間にもジャックは後ろに注目するがワゴンは着かず離れず一定の距離を保って追ってくる。

ハッキリ言って気味が悪い。

ジャックがそう思ったその時だった。


「ジャック? 掴まってなさい」


「へ?」


返事も返さない内に沙耶はアクセルを一気に踏んだ。

エンジンが唸りを上げ車は一気に加速する。

これにはワゴンの人間も驚いたようで車を加速させ距離を縮めてくる。これによりワゴンが完全に追っ手であると言う事が判明した。

どんどん加速する車内でジャックの身体は加速のGにより助手席に縛り付けられたようになった。


「ちょ・・・沙耶・・・待っ!」


ジャックは抗議の声を上げようとするがちょうど曲がり角に差し掛かったところで沙耶の急なハンドル捌きに身体が着いて行かず今度は遠心力でドア側に押し付けられ抗議は封殺された。


「黙ってなさい! 舌噛むわよ!」


そんなジャックの抗議など、どこ吹く風で沙耶は右へ左へ減速せずに車を操る。それにより車内の人も物のも右へ左へ激しく移動する。

さながらミキサーで掻き混ぜられているような状態だった。遊園地の絶頂マシンでもこんなスリルは味わえないだろう。

ジャックも車内で掻き混ぜられる。

ダッシュボードに置かれていた芳香剤の箱が顔面に当たり中身を辺りに撒き散らす。

それでも沙耶はアクセルを緩めようとはしない。むしろ更に強く踏んで加速しようとしている。


「沙耶! お願いだ! 降ろして!」


顔面に消臭粒を纏わせながらジャックは沙耶に懇願したが。


「この位で騒ぐんじゃないわよ! 男でしょ!」


と一喝させる始末だった。


沙耶のアルトはニューヨークの道路や路地を障害物を巧みに避けながら爆走する。

追っ手のワゴンもそんな動きに負けていないようで同じ様に巧みな操作を駆使し中々離れようとない。


「まずいわね・・・」


沙耶が呟いたのは幾つめかの交差点をドリフトを駆使して曲がった時だった。


「どうしたの」


その言葉に沙耶の無茶な運転を連続して味わわされて半病人のような顔になったジャックが反応する。

沙耶は無言でミラーを顎でしゃくる。

血の気が完全に引いて青白くなったジャックがミラーを見ると追っ手のワゴンが指呼の距離まで迫って来ていたのだ。

これにジャックの顔はこれ以上と言えないほど青くなった。

やはり今乗っている軽自動車では馬力で些か相手より劣っていたようだった。

このままでは追い着かれるのは時間の問題だろう。


沙耶の顔には渋面が浮かびジャックは悲嘆に暮れた時だった。

暴走運転に耐えようと必死に助手席にしがみ付いていたジャックの膝上に何かが落ちた。

それを拾ってみるとさっき顔面に飛んで来た消臭剤の粒であり、顔を触るとまだ完全には取れていないらしく多少ベタ付いていた。

ちょうど脇にあったティッシュで残った消臭剤を拭うが反対にその粘着力によってちぎれたティッシュが更に張り付いてしまう。

張り付いた紙屑を忌々しく思ったジャックの視界の端に後部座席の買い物袋が映った。

そして買い物リストの中にあった物を思い出したジャックはある事を思い付く。


ジャックは揺れる車内で唯一安全を確保するシートベルトを外すとそれを咎める沙耶の声を他所に紙袋の中からある二つの物を取り出した。

助手席に戻ったジャックの両手に握られているのは蜂蜜が入ったビンと新聞だった。


「そんな物どうするの? 蜂蜜舐めながら新聞読んでる余裕なんて無いわよ」


「いいから見てて」


連続した緊張状態で思考がおかしくなったのかといぶかしむ沙耶の横でジャックは窓を開け放つとまず蜂蜜をワゴン目掛けて投げつけた。

車外から放り出されたビンは予め蓋を開けていたのか後方に向かって蜂蜜が撒き散らされる。

そして飛び散った蜂蜜が追っ手のワゴンに当たりフロントを汚す。

追っ手はそれを何とか取り除こうとワイパーを動かすが薄く伸びるだけで何の効果も無い。


「よし!」


その様子にジャックは満足したように笑みを浮かべると止めと言わんばかりに片手に残った新聞を投げ付ける。

外で吹き荒れる風に揉まれバラバラになった新聞はそのまま追っ手の蜂蜜でベトベトになったフロントガラスに襲い掛かった。

フロントガラス全面に広がった蜂蜜も飛んで来る新聞を一気に受け止めた。

瞬時にフロントガラスを一面新聞紙に覆われたワゴンは前が見えなくなったのか不安定な挙動をし始める。

その後何とか100メートルは頑張った追っ手ではあったが徐々に道路の右に寄って行き、最後は駐車車両に激突して動かなくなってしまった。


「イヤッホォーー!」


「・・・マジ?」


大破したボンネットから白煙を噴出すワゴンを見て歓声を上げるジャックとその光景が信じられないのか呆然とする沙耶。だが、この場に留まる訳にも行かず二人を乗せたアルトは再びイントレビットへ向かった。

何とか追っ手を振り切った車内でジャックと沙耶が安堵の表情を浮かべているとジャックの携帯が鳴った。

ジャックは誰だろうと携帯を開いてみると液晶画面にはビリーと出ており、一瞬ジャックの表情が強張る。

恐る恐る通話ボタンを押すと聴き慣れたいつもの調子のビリーの暢気な声が聞こえてきた。


『おうジャック、元気か?』


「どうしたの? 突然」


『いやあ、お前と話したい事があって、今すぐ会えないかな?』


ジャックは少し動揺した顔を見せたがすぐに元へ戻すと出来る限り平静を装う。

さっき振り切ったワゴンといい、余りにもタイミングが良すぎるからだ。


「うん、いいよ」


『そうか、場所はイントレビットでどうだ?』


「じゃあそうしようか、時間は?」


『俺の方はそっちに着くのにもう少し掛かるから夕方ぐらいだな』


「OK。じゃあまた」


そう言ってジャックは携帯を切る。その横では沙耶が心配そうな顔をしてジャックを見詰めていた。


「ジャック、大丈夫なの?」


「大丈夫だよ、沙耶。僕はもう誰にも悲しい思いをさせたくは無いんだ」


そう答えるジャックの顔はさっきとは打って変わって決意に満ちた顔となっていた。






「そうか追跡は失敗か、まあいい、そのままそちらの準備を進めてくれ」


そう言って電話を切る。

ジャック達はこちらに向かって来る。


「ふう、いよいよ大詰めか」


手にした通話の切れた携帯をポケットに収めながらイントレビット航空宇宙博物館近くの駐車場に停められた車の車内でビリーは呟く。

視線を隣に移すと誰も座る者の居ない助手席の上には事前に用意した拳銃ベレッタと数本のマガジンが置かれていた。

ビリーはその置かれていたベレッタを手に取りグリップの下からマガジンを差し込んでスライドを引き、弾を銃に装填する。

一連の動作を手馴れた手付きで行うビリーは最後に腰のホルスターに銃を収めるとそれが目立たない様に上からジャンパーを着込んだ。

ドアを開けると身を切るような冷たさの空気が車内に侵入して来るが構わずビリーは車外へと出る。

空母イントレビットの船体がここからでも見えた。あれがビリーの目的地だ。


「さて、今年最後の大仕事に行きますかね」


気合を入れるように頬を両手で叩くとビリーはイントレビットへと歩を進めた。


ようやくこの物語も終わりに近付いてきました。

これまでこのグダグダ感満載の本作をご覧いただいた読者の皆さんには感謝の言葉もございません。

どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。

ご意見、ご感想待ってます。


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