疑念(中)
前回の投稿から約一ヵ月半強が過ぎてしまい大変申し訳ありません。
まあ、公用私用と色々あったり、ミスで丸々一話消してしまったり、納得いかなくて何回も消したり訂正したりと紆余曲折ありましたが何とか出来ました。
こんな遅筆家ですが今後とも応援お願いします。
オロモが遺したそれはジャックに託された。そしてジャックにはそれを受け継ぎ活かす義務があった。
ジャックは自分のパソコンに差し込んだUSBをじっと見詰める。
「イントレビットいくよ?」
「うん」
データの読み込みが終了し画面にフォルダが現れる。そしてジャックは躊躇い無くそれを開いた。
「「・・・・・・え?」」
そこに出てきたのは『パスワードを入力してください』の文字。
「マジでぇぇーー!」
最初からいきなり暗礁に乗り上げた。
「大丈夫よジャック。パスワードなんて直ぐに分かるって」
イントレビットもフォローを入れるがその顔はどこか暗い。
そんな言葉に励まされながらジャックはパスワードを解除する作業に入った。
二時間後・・・。
「これもダメか・・・」
ジャックは頭を抱え天井を仰ぐ。
ナグー・オロモ、日本海軍、特試巡潜型etc・・・。
様々な思いつく限りの単語を打ち込んだが画面に写るのは『パスワードが違います』の文字とエラー音。ジャックは何度もパスワードの解除を試みたが結果は同じ二時間経っても変わらなかった。
「本当にこのオロモさんて何を伝えたかったんだろうね?」
イントレビットも呆れた調子だ。
「さて、もう一踏ん張りだ」
そんな彼女を尻目にジャックは再び作業に戻ろうとするがそれに気付いたイントレビットは慌ててジャックを止めた。
「ちょっとジャック! アナタ休憩も無しに何やってんの!」
ジャックは障害にぶつかると自分の能力以上に力を入れてしまう癖がある。この時にはイントレビットもその癖について見抜いておりこうして止めたのだ。
「大丈夫だよイントレビット。自分の事は自分がよく知ってるし」
そう言うが顔は日頃の疲れが溜まっているのか少し青白い。イントレビットが止めた理由も頷ける。
「そういう奴ほどそんな台詞をよく言うのよ。黙って休憩してなさい」
ジャックをソファに無理矢理座らせながらイントレビットは言い聞かせる。
「でも・・・」
それでも不満げな顔を隠そうともしないジャックに対しイントレビットは次第に苛立ちを募らせとうとう強硬手段に出た。
「あー、もうッ! さっさと出て行けェーー!」
イントレビットがジャックに手をかざすとジャックの全身が眩い光に包まれる。
「う、うわあぁぁーー!」
光が消えた次の瞬間にはジャックの姿形はこの部屋のどこにも無かった。
「全く、あなたが倒れたら何にもならないじゃない・・・」
一人残された部屋の中で彼女はポツリと呟く。
見付からない手掛かり、ただ過ぎて行くだけの時間、見えない何者かの圧力、身近な者の死。
一般人のジャックにとって精神的に追い詰めるには充分過ぎる原因だった。そして更には常時何者かに監視されている様な違和感をジャックは感じ取っていた。
それも今までハワードのものとは違う何かを・・・。
そんなやつれていく様子に見るに見かねてイントレビットはジャックを追い出したのだった。
自分ならば少々嫌われても良い。
不器用な彼女なりの思いやりだった。
「さて、今の内に片付けでもしますか・・・って、あれ?」
ジャックを外に放り出して散かった机の上を整理しようとした矢先。彼女はジャックのパソコンが勝手に動いている事に気が付いた。
特に触ってもいないのに動画再生プログラムが勝手に動き出したのだ。何がなんだか分からない内にウインドウが現れ動画の再生が始まる。
そこに映し出されたのはどこか部屋の一室で安楽椅子に座りこちらに視線を向ける一人の老人だった。
東南アジア系の顔立ちに禿げ上がった頭、自宅なのか半袖のワイシャツに薄茶色のスラックスといささか清貧な格好である。
その容姿にジャックの言っていたナグー・オロモなる人物であろうとイントレビットは推察した。
そう考えている内にディスプレイの中のオロモは口を開いた。
『こんにちは、このプログラムが再生されているという事は恐らくあなたはパスワードの解除に難渋している事でしょう。この動画はその手助けの為に入れておいた物です。ヒントは彼女達だけに受け継がれる言葉です。では御武運を』
そう言うとオロモの姿は消え元通りのデスクトップの背景の戻る。
このプログラムは解読に難渋しているであろうデータを託した人物に当てたオロモの心遣いだったのだろう。しかしこの場にはその人物は居ないが。
彼女達だけに受け継がれる言葉。
そのキーワードにイントレビットは何か思い当たる節があったのか手を顎に当て少々考える。そうする内にイントレビットは何かを思い出したようにパソコンに跳び付きキーボードをたたいた。
そして帰ってきた回答は『パスワードを認証しました』の文字。
これに彼女は小躍りする。
これで自分もジャックの役に立てたのだと。
次に展開される情報を食い入るように見つめるイントレビットであった。
強制的に転移させられたジャックが光の中を抜けた先に待っていたものはコンクリートの地面だった。その突然の事にジャックは受身が取れずそのまま顔面から落ちる。
グシャァ!
余り聞きたくない生々しい音と共にジャックはその場に倒れ伏した。
しばらくジャックはあまりの激痛に痙攣していたがいつまでもそうしている訳にも行かず痛みがましになってきたところで体を起こす。
「イタタタ。全くイントレビットも無茶をする・・・ってヤバッ!」
まだ痛む鼻を押さえながらジャックは周囲の様子に体が跳び上がる。
ジャックが飛ばされた場所は空母『イントレビット』が係留されている埠頭で平日でも観光客などが多く訪れていた。普通なら何も無い所からいきなり現れた人間に大騒ぎになる筈だがジャックがあまりにも在り得ない現れ方をしたのでそれを見た全員が目の錯覚と思い騒ぎにはならなかった。人間はあまりにも現実からかけ離れた出来事に遭遇すると中々現実と受け止めようとはしない。それが今回は幸いしたのだった。
「よかった・・・、ヘブッ!」
ジャックは胸を撫で下ろすが次にやって来た後頭部からの一撃に再び顔面から倒れればならなかった。普段ならば踏ん張れる程度の衝撃だが弱った体はそれを許さなかった。
「あっ・・・、おっちゃーん大丈夫?」
聞き覚えのある声が近寄ってくる。
イントレビットと共にこの場所で同居しているグレイバック級潜水艦の艦魂グロウラーがそばに落ちていたバスケットボールに付いた汚れを丹念に拭いている。どうやらさっきの衝撃はグロウラーが放ったそのボールらしかった。
「いやぁ、シュートの練習していたら手が滑っちゃて。ゴメンゴメン」
頭を掻きながら謝るグロウラーだが笑顔で謝る姿はあまりジャックを心配してはいない様子で彼女らしいと言えば彼女らしかった。
「いや、大丈夫だから」
律儀なジャックは一応心配ない旨を伝える。
「で、何でこんなとこに?」
その回答に早速いつもの調子に戻ったところは現金である。
ジャックは簡単に今朝からの経緯を説明するとグロウラーも納得という顔になる。
「そりゃそうだよ。姐さんがさつで不器用だけれどもああ見えて心配性なところあるからね」
グロウラーは本人が居ない事をいいことにボロクソに言うがその要点はジャックも納得できた。自分の自己管理の不甲斐なさを反省しつつイントレビットに感謝する。
「あたいはその潜水艦の事を調べるのはいいかも知れないけど、まず自分の身の回りの不安から片付けて行く方もいいと思うな」
「自分の身の回り?」
「そっ、物事には優先順位ってもんがあるでしょ、いきなり野球でメジャーリーガーに勝てって言ってるのと同じ、だからその優先順位。おっちゃんは何かに焦っている様だけど一度足を止めて周りを見るってことも重要だよ」
今までジャックの心の中でかかっていた靄みたいなのが少し晴れた気がした。
「ありがとう。ちょっと用を思い出したから行くよ」
ジャックは何か目的を見つけたようだ。
「うん、頑張ってね」
グロウラーも笑顔でジャックを見送る。
一時間後、ジャックは車上の人になっていた。
乗っているのはニューヨーク発ワシントン行きの高速列車、理由はあることを確かめるため。
二時間ほどで列車はワシントンに到着し更にタクシーを乗り継ぐ。ワシントンから合計三時間。日も高く正午を過ぎた頃にようやく目的地に着いた。
そこはジャックのかつての学び舎であった大学、何故今更ここを訪れたのだろうか。
「すみません。面会をお願いしたいのですが」
「あっ、ジャック君じゃないか。久しぶりだねえ」
ジャックはもうここの学生ではない為守衛室に寄り警備員に許可を求めようとしたが警備員の方はジャックの事を知っていたらしく二つ返事で通してくれた。
構内に入ったジャックは寮ではなく本棟へ向かう。
本棟の廊下で顔見知りの学生や講師にすれ違う度に声を掛けられ学生だった頃が懐かしく感じられたが今は感傷に浸っている暇はなかった。
目的の場所に着くとジャックは逸る心を落ち着かせるため大きく深呼吸をする。
(よしっ!)
心が決まりその部屋の扉をノックした。中からは男性の入室を了承する旨が帰ってくる。
「失礼します」
一気に扉を開くと部屋の中ではジャックのよく見知った初老の男性が目を見開いていた。
「お久しぶりです。フォスター教授」
次話はもっと早く投稿できるよう頑張りますのでよろしくお願いします。
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