疑念(上)
お待たせしました~。
『壁』。
古くはヘブライ聖書に書かれているエリコの壁。
中国を匈奴の侵入から守った万里の長城。
近年ではベルリンを東西に分断したベルリンの壁。
今なお朝鮮半島を分断する38度線。
人類は有史以来様々な障害(壁)に対面し共存してきた。
そしてここにも。
ジャックは舷窓から差す陽光によって目覚めた。
この空母『イントレビット』に引っ越してきてからの初めての朝である。
今はこの部屋の主であるイントレビットに無理を言って住まわせて貰っている身だ。
ジャックはまだ残っている眠気を飛ばすために大きく伸びをすると同居人であるイントレビットに朝の挨拶をするためにイントレビットの方へ向こうとしたがそこには大きなコンパネが立ち塞がっていた。
ジャックが眠っていたベットの周り、正確にはベットの頭と右側の壁以外の二辺にそれは広がっていた。
ジャックはその壁の一角にある扉の前に立つと数回ノックする。
もしこれをしないで扉を開けようものならすぐさま良くて鉄拳、悪ければ45口径弾の洗礼が待っている。
実はこのジャックが泊まっている部屋はイントレビットの自室の一角をコンパネで仕切っただけのもので事実上ジャックはイントレビットと同居している事となる。
そしてこの取り決めはイントレビットがジャックにここに住むに当たって通告してきた事であり。
もし破った場合は前述以外に冬のハドソン川に叩き込むとまで彼女は言ってきた。
流石にまだこの歳で死にたくないジャックはこの決まりを忠実に守る事にしていた。
ジャックがノックをした数秒後同じ様に壁の向こう側からノックが返ってくる。
昨日二人で決めた入室可の合図だった。
ジャックが扉を開けると室内用のラフなタートルネックのシャツとジーンズに身を包んだイントレビットがそこに立っていた。
直ぐに返事が返ってきたという事はすでに起きて準備を済ましていたのだろう。
しかしその眼元には大きな隈ができ何か気だるそうにしている。
「おはよう、イントレビット・・・ってどうしたの?」
ジャックは挨拶もそこそこに憔悴しきっている同居人を心配する。
それに答えるようにイントレビットは大きく欠伸をすると「おはよう」とだけ答えた。
明らかに重度の寝不足である。
昨日は寝る直前まで普段通りだったのに夜中何があったのかはイントレビットはその後のジャックの問いには頑なに答えようとはしなかった。
(まさか、ジャックが隣で寝ている事が気になって殆ど眠れなかったなんて本人の前で口が裂けても言えないわよ・・・)
時々何やら赤くなったり何かを振り払う様に首を振る姿にジャックは何が寝不足の原因だったのかは分からずじまいだった。
ジャックはこれ以上の余計な詮索は生命の危機になる様な感じがしたのでそれからこの件は一切触れないようにした。
そうしている内にグロウラーが部屋にやって来て朝食の準備が出来た事を二人に告げると三人は朝食を摂る事にした。
ここの家事全般は当番制になっており、シフトにはジャックも明日から加えられる。
「ウ~~~~ン」
朝食の時間も終わり片付けられた机の上でジャックは一人唸っていた。
目の前には壊された時計の残骸が広げられておりジャックはそれをただひたすら睨んでいた。
時計は謎の侵入者によって無残にも粉々に破壊されたがジャックは諦め切れずに持ち帰る事にしたのだ。
「いつまでそんなガラクタ見てんのよ」
横からイントレビットが食後のコーヒーを啜りながらつまらなさそうに口を挟む。
彼女にとってはこの時計の残骸もただのゴミとしか見えないようだった。
「まだ諦め切れないんだ」
ジャックの言葉はそれだけだった。
傍から見れば「諦めの悪い奴」と見られるだろう。
歯車の一つ一つまでものの見事にバラバラにされていたがジャックはこの時計にまだ何かあると感じていた。
こんな状況を切り替えようとイントレビットは前々から準備していたある事を切り出す
「そんな事より今日何の日か覚えてる?」
「クリスマスでしょ」
「・・・・・・。パーティの準備してるんだけれど・・・」
「そう、後で参加するよ」
「・・・・・・(ハァ、折角ジャックと二人っきりだと言うのにこの話題の少なさは何なのかしら)」
何かジャックに反応を期待して今日がクリスマスである事を言ってみたイントレビットではあったが時計が気になるのか事も無げに返すジャックにイントレビットは少々呆れる。
この世に産み出されてから65年余、イントレビットが知り合った艦魂の見える人間は片手の指で足りるほどだった。
イントレビットの脳裏に今まで自分の姿が見えた人々それぞれの面影が浮かんでは消える。
任官直後の新兵や老練な下士官など色々な人が居た。
しかしその内の殆どは自分が艦魂が見える人間だとは自覚の無いままか半ば自覚していても話す機会などは無かった。
その内一人よく言葉を交わす人物が居た。ただ恋愛の対象とまではいかなかったがそれなりに仲は良かった。しかしパイロットであった彼はある日哨戒飛行に出たまま戻らなかった。
不思議と涙は出なかった。度重なる戦闘で精神が人の死に麻痺していたのかもしれない。
心に残ったのはもう会えないという納得だけだった。
別れと出会いを繰り返した日々がイントレビットには昨日のように感じられた。
そこでイントレビットはあることを思い出す。
数日前、ここを訪れたジャック達だったがその中で去り際奇妙な動きをする人物がいた。それはジャックの大学からの付き合いで今でも色々とサポートをしてくれている親友のビリーだった。まるで自分達(艦魂)が見えるような仕草にそれからイントレビットは彼に不信感を抱いていた。
ジャックは前々からビリーは艦魂が見えない事をイントレビットに言っており当の本人もそういう素振りを見せなかった。
イントレビットは相手がジャックの親友という事もありこれまで言うかどうか迷っていたが今回の襲撃を聞き決断した。
「ねえジャック?」
「なんだい・・・」
相変わらずジャックは時計の部品との睨めっこに忙しいらしく返事は素っ気無い。
イントレビットは最後に少し躊躇う素振りを見せたがこれを放置すればどのような事になるか分からないために自分が見て聞き感じた事をジャックに伝えた。
「彼方の友達のビリーって艦魂が見えるのかも知れないわね」
「何だって!」
ジャックはイントレビットの予想通り飛び上がるように言葉に反応する。
ビリーは前々からジャックに自分は艦魂が見えない事を漏らしていた。それにジャックもビリーがそんな素振りを見せない事から自分の中でビリーは艦魂が見えないと納得していた。
それが今イントレビットの一言で覆されたのだ。
ジャックはまだその事が信じられないのか、もう一度確認のためにイントレビットに詰め寄る。
「それは本当? 嘘じゃないよね?」
「え、ええそうよ。間違いないわ」
イントレビットはジャックの迫力に少々圧倒されながらも頷く。
その後もイントレビットは前言を補足するようにその理由を語る。
ジャックはそうなるとますます訳が分からなくなって来た。
なぜそこまでして艦魂が見える事を自分に隠すのか。
そしてあの『イントレビット』潜入の際に使った装備の数々。
ハワードが言った『257号』。
オロモを殺害した謎の人物。
これまで起こった出来事からジャックの思考は最も最悪の方向へと答えを導いて行く。
(ビリーが257号でオロモの命を奪ったのではないか?)
出来れば信じたかった。
しかしそれが真実ならば早急に手を打たなければならない。
既に死者が出ているのだ。
「クソッ! どうしたら良いんだ!」
力一杯握った拳で机を叩く上に載った時計の部品が床に落ち散乱する中ジャックはビリーへの信頼と疑念で葛藤していた。
「ジャック・・・・」
イントレビットはその姿にいたたまれない気持ちになり声のトーンを落とす。
彼女からしてみればただ忠告と自分に対する素っ気無い態度に振り向いて貰いたくて漏らした言葉だった。それが詳細を知らなかったとはいえここまでジャックを悩ませるとは思っても見なかった。
親友を疑う。
人間であれば出来ればしたくないその行為。
今ジャックはそれに苦しめられているイントレビットもその気持ちは痛いほど分かる。
「ジャック、まだビリーがそうだと決まった訳じゃないんだし・・・」
状況が好転したのはとにかくジャックを落ち着かせようとイントレビットが歩み寄ろうとしたその時だった。
(・・・・・ん?)
靴の裏で何かを踏んだ気がしたイントレビットが足を上げるとそこには散らばっていた部品の一つがあった。
慌てて拾ったイントレビットではあったが既に四角いプラスチック製の小さな部品は真ん中から真っ二つに割れており中身が見える状態だった。
ジャックを元気付けるためにしようとした事がかえって裏目に出たイントレビットは重ね重ね自分に運が無い事を恨む。
どうジャックに謝ろうか割れた部品を拾いイントレビットが考えているといつの間にかジャックがこちらの方を向いて目を見開いている。
これは怒声の一つや二つも覚悟するかとイントレビットは思っているとジャックは何も言わず持っていた部品を取り上げると何を思ったのか破損した部品を思いっきり床に叩き付けた。
踏まれて弱くなっているところに更に床に叩きつけられれば無事なものは無かった。部品は更に細かく床に四散する。
その光景に呆然とするイントレビットを尻目にジャックは床に這い蹲り何かを探す。
遂にジャックがおかしくなったと覚悟したイントレビットにジャックはその目的の何かを見つけたようで満面の笑みで立ち上がった。
「イントレビット、遂に分かったよ!」
全く状況が理解できないイントレビットに対しジャックは終始ご機嫌だった。
「何が分かったの?」
ようやく言葉を発するまで回復したイントレビットはまだ興奮醒めやらぬジャックに聞く。
それにジャックはその見つけた物をイントレビットに差し出した。
見たところただのボタン電池のようだ。このニューヨークの電池を取り扱っている商店ならどこにでもある代物だった。
「なによただの電池じゃない。それのどこが凄いの?」
未だ納得の出来ないイントレビットにジャックはもう一つの電池を取り出す。
こちらも先程と同じ様にどこにでもある大型の乾電池だった。違いがあれば大きさぐらいのものだ。
「こっちの乾電池は元々時計の電池ボックスに入っていた物、そしてこれが今部品の中から出てきたボタン電池この訳が分かる?」
そこまで来てイントレビットはジャックが何を言おうとしているのか合点がいった。
「つまりこんな小さな置時計なのに電源の電池が二つあるのは不自然って言いたいのね」
ジャックは頷く。
「そう、本来の電源である電池ボックスには回路は通っていなかった。その代わりの回路はこのボタン電池が入っていた部品に伸びている。だからこの部品の方が電源で本来の電池ボックスはダミーだって事だけど必要の無くなった電池ボックスには電池が入っているそれも大きい乾電池がだ。電力はボタン電池で十分だというのにだよ?」
「じゃあその乾電池に謎があるって言うのね?」
「その通り」
乾電池をよく見ると中心に本来ある筈の無い浅い一本の傷が一周通っていた。明らかに何かを仕込んだ痕だった。
「行くよ」
ジャックは乾電池を両手で握ると一気にねじ切った。
力を加えられた乾電池は意外に脆く二つに割れる。すると中には内容物である筈の黒鉛や亜鉛は入っておらず変わりに重り代わりの鉛に衝撃吸収材に包まれたUSBメモリが入っていた。
「これだ・・・」
ジャックは慎重に梱包を解くとUSBを取り出す。
「遂にやったわねジャック」
「うん、後はビリーの事だ。事実ではない事を祈るばかりだけど・・・」
「ええ」
新たなる手掛かりを見つけ歓喜に浸りたい二人ではあったが油断は禁物だった。
未だ心の奥底に蔓延る疑念が残るジャックではあったが止まった時は着実に動き出そうとしていた。
もう夏休みシーズンも終わりましたね。
自分はもう4年も前から夏休みはありませんけど・・・。
ハハハハハハハハハハハハハ~(泣)。
学生の皆さん学生時代の夏休みはとても貴重なものです。
無駄のないよう悔いのないように使ってくださいダラダラ過ごしていると後で物凄く後悔します自分のように・・・ハァ。
とにかく頑張って行きましょう!
ご意見、ご感想待ってます。