家なき男
空ぁ~と君ぃ~のあいだにはぁ~♪
今日ぉ~も冷たい雨が降るぅ~♪
・・・スミマセン、ふざけ過ぎました。
このネタ分かる人いるかな?
ハドソン川河口に浮かぶ航空母艦「イントレビット」の甲板にその分身である艦魂イントレビットが降り立ったのは冬の寒風吹き荒ぶ中であった。
「うう、寒っ!」
あまりの寒さにイントレビットは羽織ったコートの襟を寄せる。
先程まで居た『協会』の施設内はある程度の空調は効いていた。そのため自分の本体に帰って来たらその温度差に体が反応してしまうのは当然だった。
「全く、レキシントンは・・・」
イントレビットは今も壁に頭を突き刺さしているであろう妹を思い浮かべる。
今頃は手開き総出で引き抜きに掛かっている事だろう。
イントレビットは我ながら今回は頭に血が昇ったとはいえ少々やり過ぎた事に反省するのだった。
『協会』から送られて来る壁の修理費の請求書の事を考えて。
それからふとイントレビットは自分の本体を見てみると船体のあちこちにクリスマス用の装飾がされており今日がクリスマスイブであることに気が付く。
自分の本体を訪れている見物客も明日に迫ったクリスマスに顔を綻ばせている。
「全く、艦魂が苦労してるって言うのに世間様は優雅なもんよねー」
そんなはしゃぐ人達に飛行甲板の一角でイントレビットは一人寂しそうに呟く。
しかし内心は自身も実はとてもクリスマスを心待ちにしていた。
去年までならグロウラーと二人で私室でささやかなお祝いをする位であったが、今年はジャックという新しい仲間が出来たので元来静よりも動を好むイントレビットは例年より賑やかにしようと心の中で画策していた。
(フフ、用意は前々からグロウラーに準備させているしぬかりは無いわ。邪魔者(沙耶)は居ない予定だし)
黒い笑みを浮かべ、何やら良からぬ企みを考えていたイントレビットは背後から近付く人物に気が付かなかった。
「やあ、イントレビット!」
「ひゃあっ!」
思わぬ事に素っ頓狂な声を上げるイントレビットが振り向くとそこには今、頭の中でしか存在していなかったジャック本人がいた。
「ごめん、驚かせちゃった? 部屋に居なかったんで探し回ってたんだよ。でも中々見つからないし、もしかして『協会』に行ってたの忙しい所邪魔しちゃって悪かったね」
さっきまでイントレビットが自分に対して何を考えていたのかは全く知る由の無いジャックはイントレビットが気が動転してパニックになるのを抑えるべく誤魔化す為にしかめっ面をしているのを自分のせいだと思い込みひたすら謝るのだった。
イントレビットは何とかジャックにバレなかったのに胸を撫で下ろす。
「それで今日は何しに来たの?」
気持ちも一段落したところでイントレビットはジャックに今日の理由を訪ねる。
ジャックはしばらく答え難そうに視線を泳がしていたが覚悟を決めたのか恐る恐る口を開く。
「今日からイントレビットの部屋で泊めてくれない?」
イントレビットの時が止まる。
「・・・・・・・・ゑ? エエェェェーーー!!」
そこでジャックの口から出た答えに彼女は二度目の度胆を抜かれるのだった。
冬の曇天にイントレビットの絶叫が木霊する。
その後何とか表向きには平常心を取り戻したイントレビットはジャックを部屋に招き入れる事にした。
しかし招き入れたものは良いものの、ジャックの発言もあって部屋の空気は何とも言い難いものになっていた。
お互いに話を始める切っ掛けが見つからずしばらく双方に無言の刻が流れる。
(ああ、急に切り出したのは失敗だったかな? やっぱり慎重に言っとけば良かった。イントレビットも俯いて怒りの余り震えてるし・・・)
ジャックはいつもの応接用ソファに座りながら反対側で俯き加減にずっと無言で肩を振るわせるイントレビットに戦々恐々としていた。
だがこのジャックの考えは間違っていた。
(ととと、泊まらせてくれですって! ななな、何でそんな急に! ここ、心のッ準備がァー!)
ジャックの心配をよそにイントレビットは動揺の余り震えていたのだ。
そうとは知らずジャックはいつ振り下ろされるかもしれない鉄拳にビクビクしながらもイントレビットに答えを聞く事にした。
「ねえ、イントレビット。 結局ここに泊まっても良いのかな?」
ジャックは青痣の一つや二つは覚悟していたがその予想に反し帰って来たのはジャックにとって意味不明なものだった。
「そそそ、そんな事急に言われても私達はまだそんな仲ではないと言うかそれに至る過程では早いと言うか・・・。イヤ、私としては心の準備が出来ればいつでもOKなんだけれど・・・・・」
「・・・・・・・・・? (イントレビットは何を言ってるんだ?)」
突然頬を桜色に染めて両手の人差し指を合わせていじりながらモジモジとするイントレビットにジャックは首を傾げる。
「・・・・という事で人と艦魂である私達には「ちょっと待って」・・・どうしたの?」
イントレビットが自分の考えている事と全く違う考えをしている事に気付くと誤解を解くためにジャックはここに至る過程を説明する。
ジャックがそれに遭遇したのは昨日の夕方だった。
いつも通りにバイトを終え自宅へと歩を進めるジャックは今後について思案していた。
ハワードからもたらされた警告。
オロモから託された唯一の手掛かり。
これらに対処するためにどう動いて行くか。
そんな思考に耽っているジャックを現実世界に戻したのは道の角から飛び出してきた一台のワゴン車だった。
猛スピードで出てきたワゴンは驚きの余り立ち止まったジャックの鼻先を掠め夕暮れ時の市街に消えて行った。
「どこ見て運転してんだバカヤロー!」
あまりに危険な運転にジャックは憤慨しつつも自宅の方向から逃げる様に去って行った車に一抹の不安を覚えた。
最初は微かなものだった。
しかし脳裏にハワードの警告やオロモの死が浮かぶ。
どんどん大きくなって行く不安に居ても経っても居られず自宅に向かってジャックは走り出した。
転がり込むように自宅のドアに手を掛けたジャックは鍵が掛かっていない事に気が付く。
ゆっくりとドアを開けるとそこには目を覆いたくなる様な光景が広がっていた。
引っ繰り返された家具。
刃物で引き裂かれたクッション。
床に散らばる食器類。
この部屋だけ竜巻が起きたような状況がそこにはあった。
その後ジャックは直ぐに警察に通報し駆け付けた警官に調べて貰ったが。
指紋などの物証は一切発見されず、隣の部屋の住人も大きな音は聞いたがジャックが帰って来る寸前だったと証言している。
被害らしい被害と言えば壊された家具の他に机の上にあった1ドル札数枚と小銭が少し盗まれている程度だった。
この事から警官は食い詰めた少々乱暴な空き巣であろうと断定して証拠写真を数枚撮ると「後で被害届を署の方に出してくれ」と言って早々に帰ってしまった。
むしろこの程度で済んだのが幸運だとまで警官は言った。
ニューヨークではこの手の泥棒が多いのでこの事件もその類だろうと思っての事だった。
しかしジャックはこの警官の答えに満足していなかった。
小銭には手を出したのに対し引っ繰り返された引き出しに入っていたキャッシュカードの類には手は付けられてはいないのに加え侵入経路であろう入り口の鍵穴には無理にこじ開けた痕も無い。
プロの錠前師が開けたみたいな鮮やかさだった。
明らかに侵入者の目的は金目当てでは無いと予想が出来た。
では何が目的だったのだろうと荒らされた部屋を片付けて行く内にジャックはそれに気が付いた。
あのオロモから貰った置時計が粉々に壊されているのだ。
金目当てならこんな古い時計には普通目もくれない。
それならば引き出しのキャッシュカードなどは早々に盗まれているし、仮に目を付けたとしてもこんなにも徹底的に壊しはしないだろう。
「・・・・・・・クソッ!」
ジャックはやり場の無い怒りを拳に込めて壁にぶつける。
こうした所でどうにもならない事は分かってはいたがジャックはこのやりきれない想いをどこかにやってしまいたかった。
これからという矢先にオロモから託された唯一の手掛かりを失った。
この事実がジャックの心に重くのしかかる。
警戒はしていた。しかし、敵の方が一枚上手だったのだ。
ジャックもよもやこんなも早く相手が動くとは予想出来なかった。
もし仮に今回の襲撃が予想できたとしても相手は得体の知れない人物だ、この場に居合わせればジャックは散らばる家具と一緒に床に転がされていただろう。
ジャックは無力だった。
「畜生・・・」
電灯も壊された暗い室内にジャックの悔しさに満ちた呟きが虚しく響くだけだった。
しばらくしてだいぶ頭の冷えたジャックはある事に気が付く。
「そう言えば明日からどこに住もう・・・」
説明を終えたジャックは再びイントレビットに向き直る。
しかし、そこでジャックを向かえたのは頬に突きつけられるひんやりとした金属質の物体だった。
「イントレビット・・・・・これは?」
目の前にある拳銃の恐怖に怯えながらもジャックは何とか口を開いた。
対するイントレビットは銃の安全装置を外しながら憂鬱そうな表情で答える。
「本当に勝手に舞い上がっていた自分が恥ずかしいわ・・・。ゴメン、今の忘れて」
「イヤイヤイヤ! 今の忘れるどころかその引き金を引いたら僕という存在がこの世から消えて亡くなるから。
イントレビットはジャックの制止も耳に入らないのか無造作に引き金を引こうとした。
正直ジャックはこの瞬間「死んだ!」と思った。
「姐さん、部屋の飾りつけと料理の準備が出来ましたよっと・・・・って何してんですか!」
しかしその直後、部屋の様子を見に来たグロウラーにイントレビットは取り押さえられジャックは一命を取り留めるのだった。
だが、グロウラーの言によれば艦魂の能力で出した武器の類は人間に対し使用した場合、痛みこそあれ死ぬ事は無いし逆もまた同じであると言う。
「・・・で。 おっちゃんは家が住めなくなったからここにしばらく住みたいと」
少々取り乱したイントレビットの代わりに事情を聞く事となったグロウラーは今回の事態の大まかな流れを把握した。
ジャックは普段ふざけていながらもいざという時には頼りになるグロウラーという存在を見直すのだった。
「ねえ姐さん、おっちゃん泊めても良いんじゃないですかねえ~。危うく怪我させそうになったこっちの負い目もありますし」
グロウラーの言に「アレは怪我で済むのか?」という疑問をはらみつつもジャックは腕を組みながら難しい顔をしているイントレビットを見る。
しばらく唸っていたイントレビットであったが何か覚悟を決めたように真っ直ぐジャックの方を見る。
「分かったわよ・・・。元々こっちの勘違いもある事だし泊まりなさい」
それを聞いて寝る場所にも困っていたジャックにとっては神の啓示の様にも感じられた。
「ウゥッ・・・。ありがとおォ~イントレビットォ~ッ!」
ダメ元で言ってみた提案だったが紆余曲折ありながらも受け入れられたジャックは感極まってイントレビットに涙を流しながら抱きつく。
「あぁッ! もう、抱きつかない・・・」
一見、嫌そうにジャックを引き剥がそうとするイントレビットではあったがその抵抗する力は弱々しく表情も満更でもないという感じだった。
もう巷では夏も終わりと言われていますが・・・、何で真夏にクリスマスネタやってんだよ! 馬鹿じゃないの?
季節感滅茶苦茶ですが今後も本作をよろしくお願いします。
ご意見、ご感想待ってます。