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彼、彼女と過ごす日常(中)

今回は視点変更であの人が登場します。

ジャック、ビリー、沙耶がイントレビットを訪れている頃ワシントンではある人物が動き出していた。


ワシントンにあるアメリカ合衆国議会議事堂。中央にそびえ立つドームが印象的な建造物である。

ここにはアメリカ合衆国の国政を担う連邦議会が置かれアメリカを動かすための議論が日夜されている。

本日の議会も終了し出口からは続々と議員達が退室して行く。その中にジャックに調査を諦めるように迫ったハワードの姿もあった。

出口で待機していた秘書、SP数人と合流しそれを引き連れ廊下を進んで行く姿はどこかの王族を思わせる様な堂々とした気風に満ちていた。


「議員、今日もお疲れ様でした。ちょっと宜しいでしょうか?」


 隣を歩くハワードとそう歳の変わらない男性秘書の一人が声を掛ける。

秘書自体は全員で八人近く存在するが、彼はハワードが政界に入った時からの関係で長年彼のサポートをしており、役職も第一秘書とハワードの右腕と言うべき存在だった。

普段の公務などは彼は余り関与せず他の秘書が付くが、ハワードの公言できない事項には彼が主に係わっている。つまり、裏の顔役といった所だ。

そんな彼が公務中に話しかけて来る事があるとは何か重要な事があったのだろう。


「先程先方より「あの件について話がある」と連絡がありました」


 とハワードに用件を簡潔に伝える。

それに対しハワードは口端を吊り上げなにやらほくそ笑む。


「そうか、表に車を回せ。先方には直ぐに向かうと伝えてくれ」


「畏まりました」


 その秘書は軽く頭を下げると、一団から離れて行った。


「ハワード議員、「あの件」とは何ですか?」


 今度は反対側にいた若い男性の秘書が声を掛けてくる。

この若い秘書は一年前からハワードの下で秘書をやっているがまだ見習いの身だった。

最近、結婚が決まったらしくその嬉しさを周囲に漏らしていた。しかし、水面下でそれが理由で起こった事件を彼は知らなかった。ましてその事件の張本人が目の前に居るハワードだという事も。

そんな自分が当事者という素振りも見せないでハワードは笑顔を作る。


「いやなに、ちょっと民主党の議員達が事務所に来ているらしくてね。次の議会で通す法案について最終的な調整が在るんだ。これはまだ君には話してはいないから無理も無い」


「すいません、秘書の私が先生のスケジュールを把握していないなんて。以後気を付けます」

 

 若い秘書はハワードの最もらしい答えに彼は何の不信感を抱く事も無く。自分の不備を謝罪し納得するのだった。

この事は彼にとって知らない方が幸せというのもあるだろう。ハワードはそう思いながら迎えの車が来る所に急ぎ向かった。


目的地に向かう車中では先程の秘書とハワードだけだった。SPは当初彼の行動に難色を示していたが、最後は無理を押し切られる形となった。

護衛の心配はあったがハワードは表向きにはハト派で有権者からは争い事を好まず、ジャックに対して当初行った留学生の推薦が挙げられる様に苦学生や孤児への資金、生活面の援助など弱者の味方というイメージで通っていた。そのため命を狙われたりする危険性はほぼ皆無と言って良かった。

それに今、車を運転している秘書は元陸軍特殊部隊の出身で秘書兼私的ボディーガードでもある。

それらの理由が重なって今は秘書の付き添いがあればSPは付かなくなっていた。


そんな二人きりの車中でハワードは出発前に秘書から渡された書類を眺めていた。内容は全てジャックの関する資料や監視報告書だった。その報告にハワードは満足そうに頷いていた。


「議員はここ最近お変わりになられましたね」


 その質問に顔を上げたハワードは不思議そうに首を傾げる。


「そうかね?」


「はい、上手くは表現出来ないのですが。ここ最近、活き活きとされています。」


「そんな事は無い。むしろ歳をとるごとに体が言う事を聞かなくなって困ってるぐらいだ」


 やんわりと否定するが、しかし秘書は話を続ける。


「肉体的な事ではありません、精神的にです。前にワシントンの大学を訪れた時からでしょうか」


 その言葉にハワードはピクリと反応した。顔は無表情だが瞳は新しい玩具を買ってもらった子供の様に爛々と輝いている。秘書はその様子にめざとく突っ込む。


「それです、その瞳です。初めて議員に立候補した当時の様な瞳の輝きですよそれは」


 それを聞いてハワードが車のミラーで自分の顔を見ると言われた通りだった。

政界に入った時から自分の考えを相手に悟られまいと表情をコントロールする練習を長年積んできた筈だった。それを側近の秘書とはいえ見破られるとは彼からしてみれば情けない限りだった。

ハワードは罰の悪い顔をしながらもその変化に思い当たる節があった。


「もしかすると好敵手ライバルが現れたからかもしれんな」


好敵手ライバル?」


 秘書は首を傾げる。

彼がライバルという言葉を使うのを長年彼の秘書をやっている中で初めて聞いたからだ。

そんな秘書の様子を見てバックミラー越しに彼は不敵に笑う。


「この書類にも載っている「ジャック・ニコルソン」と言う青年だよ」


 そう言ってハワードは書類を挙げてみせる。


「その彼がどうしたと言うのです? 私にはただの一般人にしか見えませんが」


 秘書という立場上彼はハワード宛てに来た書類や資料は大抵はまず最初に見る事になっていた。

その資料にはジャックの淡々とした平凡な出生と大学から今のニューヨークでバイトをしながらイントレビットに通っている事しか書かれていなかった。これだけ見れば誰が見ても年相応の青年にしか見えない。しかもハワードがこの青年を邪魔者だと思っているのならば、秘密裏に処理できる権力ちからを彼は持っていた。

しかし、ハワードは首を横に振る。


「眼だよ」


「眼?」


 ますます意味が分からないと言う様に秘書は首を傾げる。

その反応を楽しむかの様にハワードは話を続ける。


「お前はさっき私に「初めて議員に立候補した当時の様な瞳の輝き」と言ったな?」


 秘書は頷く。


「この前、彼に脅しを掛けた。「もうこの件には係わるな」とな。そしたら彼はどんな眼をしたと思う? そう私がまだ駆け出しの時の様な眼を彼はしていた。それに私は魅かれたのかもしれん。今まで私に近寄ってくる者は大体私の権力ちから目当てのやからか私を失脚させようと浅知恵で喧嘩を吹っ掛けて来る様なやからばかりだったからなあ。そんな中、彼が現れた。私を退屈させないそんな人物が現れたんだ。楽しまないと損だろう?」


 ハワードは実に愉快とばかりに笑う。

それを見て秘書はため息をつく。


「古代中国の「窮鼠猫を噛む」と言う諺があります。追い詰められた者は驚異的な力を発揮すると言う意味です。楽しむのは結構ですが、しかし決して油断なさらぬようお願いします」


 秘書の忠告にキョトンとするハワードだったが、その顔はすぐに冷徹な顔へと変貌する。その眼光は鋭かった。


「油断はせんよ。その為の予防策も幾つもしてある。妙な素振りを見せたら徹底的に叩き潰すまでだ・・・」


 そんなハワードの何物も凍らす様な絶対零度の視線を感じた秘書は運転に集中する事にした。

それを最後に二人の会話は途絶え、目的地に到着するまでハワードは車窓を流れる景色を眺めるだけだった。


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