去り逝く者(上)
今回はイントレビットの姉妹についての話です。
「どう?何か分かった?」
「いやまだ何も・・・」
しばらく作業の進み具合を見ていたイントレビットはジャックに尋ねるが余程集中しているのか淡々とこたえるだけだった。
こんなジャックの行動を一週間も見ているイントレビットは最初の内は「あまり無理をしたら体を壊す」と注意をしていたが。あまりにも毎日熱心に打ち込むジャックを見て諦めて、今はただ向かい側に座ってジャックの作業を見ているだけである。しかしその表情は最初の不機嫌な顔と違ってとても穏やかな物になっている。
(こんな一生懸命になっている人間を見るなんて久しぶりね。最初はこんな奴って思ってたけど、こんなに真剣な顔をされちゃあほっとけないもんね)
さっきまでジャックは自分の妄想の世界に浸っていたが、こっちもこっちでそんなことを考えていた。
「・・・ビット・・・イント・・ット・・・・」
(ハア、もう人間には関わらないって決めてたのに・・・。)
「イントレ・・ト、・・・レビット。なあ、イントレビット・・・・・・」
(まったく因果なものね。やっぱり艦魂と人間って・・・・)
バァン!!
「イントレビット!!」
「ひゃい!」
突然机を勢い良く叩く音と自分を呼ぶ大声でイントレビットは素っ頓狂な声を上げる。
「全く、さっきから呼んでるのに全然聞いてないんだもんなあ」
突然呼ばれたイントレビットは何とか平静を取り戻す。
「ゴメンゴメン。それで何ジャック?」
努めて冷静に答えるイントレビットを見てジャックはハアとため息をつくと提案する。
「ちゃんと人の話を聞いてくれよ、全く。ちょっと休憩しようと思ってさ」
イントレビットが時計を見るとすでに時刻は夜中の十一時をまわっていた。
「そうねもうこんな時間だし、そうしましょう」
イントレビットはジャックの提案に頷く。
ちなみにジャックと一緒に来たグロウラーはというと。
昼間に遊び疲れたのか横のソファでずっと眠っていたが、今の音と大きな声で飛び起きたところに体にかけていたタオルケットが頭に巻きつき前が見えず部屋の中をオロオロしている。
「姐さーん!おっちゃーん!どこだー!それよりも前がー前が見えないー!」
大きなあくびをしたイントレビットは椅子から立ち上がりグロウラーに巻きついたタオルケットを取ってやる。
「コーヒーでも飲む?」
「うん、頼むよ・・・あっちょっと待って、いい物持ってきたんだ」
「いい物?」
するとジャックはおもむろに持ってきた紙袋を取り出すと中からホットドックを出した。
すっかり冷めてはいたがそれでもなお食欲をそそる香りがする。
「それは!!」
ジャックがホットドックを出すなりイントレビットの眼の色が変わる。
「バイト先のマスターが夜食代わりに作ってくれてね。ちょうど三つあるしみんなで食べようと思ってさ」
コクコクコク・・・・ジュルリ・・・コクコクコク・・・・・・。
イントレビットはホットドックが好きな様で、だらしなく口から涎を垂らしながら何度も無言で頷く。
「でも冷めちゃってるしなあ。イントレビット、レンジか何か無い?」
「それなら売店にあるわ!貸して!」
イントレビットは素早くホットドックの入った袋をジャックからひったくると部屋の外へ消えていった。
そんなイントレビットの可愛い一面を見てジャックは微笑むのであった。
そしてようやく頭に巻きついたタオルケットから開放されたグロウラーは「あたいもー」と後に続き、必然的に部屋にはジャック一人だけとなった。
(そういえばここに来てイントレビットの部屋をじっくり見た事なんて無かったな)
ここ一週間ずっと資料と睨めっこしていたジャックはあらためて思い出す。本来ならば女性の部屋を物色するなんて許された事ではないが、「ちょっとだけなら」とここでジャックは自分の好奇心に負けてしまった。流石にクローゼットや机の引き出しに手を出してそれがイントレビットにばれたら自分の命に係わる為それはしなかったが。
部屋を見回すとまず自分が座っている応接用の机とソファがまず目に付く、そして部屋の端っこには書斎机と本棚、ベット、クローゼットがある家具はそれ位で女の子らしさは余り見受けられない。ベットの上にあるウサギのぬいぐるみが唯一女の子らしさを強調しているだけであった。まあイントレビットらしいといえばそうなのだが、彼女はあまり飾ると言うことをしなかった。
視線を巡らしていく内に書斎机の上にある数枚の写真立が目に付いた。自分の艦の飛行甲板でグロウラーと一緒に撮ったものやどこで撮ったのかどこかの海の上で宇宙飛行士と写っているのもある。しかしその中でも最も目を引いたのが二十四人の少女達が写った大きめの写真である。その少女達をよく見るとみんな十代前半から後半ぐらいで、全員軍服を着ていることから艦魂だと容易に想像がつく。その中には今より少し若いイントレビットが写っていた。裏に視線を移すと「オリスカニー就役記念、姉妹全員で。9.25.1950」と書かれていた。おそらくこれがイントレビットの家族写真なのだろう、しかし二十四人姉妹というすごい数は艦魂ならではである。ジャックはそんなイントレビットの特異な家族構成に驚いていると、ドアが開いて片手にコーヒーと温められたホットドックをのせた盆を持ったイントレビットが戻ってきた。
「ああ丁度良いところに、これってイントレビットの姉さんや妹?」
そう言ってジャックがその写真を指差す。
「ちょっと!何勝手に見てんのよ!もう!」
勝手に写真を見たことに盆をテーブルの上に置きながら、イントレビットは怒るがすぐにジャックが宥める。
「ごめんごめん、気になったものだからつい」
「ついって・・・。もー!」
イントレビットはまだ怒っているが、先程よりテーブルの上に載ったホットドックをチラチラと見ている姿に余り威圧感はない。そんなイントレビットをニタニタと見ながらジャックは。
「早く食べないとまた冷めちゃうよー」
「ぐうっ!」
イントレビットは止めの一撃をされて諦めたように椅子に座るとジャックも席に着く。
テーブルの上に置かれたホットドックはゆらゆらと湯気を立てケチャップとマスタードの香りが空腹のお腹を刺激する。
「じゃあ食べようか、いただ・・・」
次の瞬間ジャックの伸ばした手の前を何かが掠めてゆく、一瞬ジャックは何が起こったか分からず思考が停止する。気が付いた時には三つあったホットドックの内二つが無くなっていた。前を見ると既に一個はイントレビットの口の中に納まっており、もう一個はその手に握られていた。
「おいひー(美味しい)、ひょんなふぉっととっくはひめてたへたー(こんなホットドック初めて食べたー)」
口一杯にホットドックを頬張りすっかりご満悦のイントレビットであった。
そんな微笑ましい光景をジャックは苦笑いで見つつ最後の一個へと手を伸ばす。しかしその手はある筈の物に触れることは無かった。横を見ると、その最後の一個はいつの間にやら戻ってきたグロウラーの胃の中に納まっていた。
「いやー、あたいもこんなに美味しいホットドックは初めてですよー」
「そ、そんなー」
自業自得である。
そんな二人の笑顔とは裏腹にジャックの心は一人沈んで行くのであった。
「そう言えば、あの写真について知りたがってたわね」
「うん、そうだけど」
しばらくして仕方なく残ったコーヒーを啜っていたジャックにイントレビットはさっきの写真について語り出した。
「あれはね私達エセックス級の姉妹が唯一集まった時に撮った写真・・・」
その話を語るイントレビットの目はどこか遠くを見ていた。それはもうもう届かぬものを見るかの様に・・・。
それはあの世界を巻き込んだ大戦が終結してから五年が過ぎた秋のある日だった。
この日エセックス級最後の艦となるオリスカニーが就役した。
このオリスカニーは難産で建造途中に終戦になったため建造中止命令が出された。既に誕生していた姉妹の間からは「このまま完成せずに既に同じ理由で解体されたレプライザルやイオー・ジマのようになるのではないか?」との懸念が持ち上がっていた。
しかしこの懸念は杞憂に終わる事となった。
このオリスカニーは当時最新の設備や装備を搭載することが決まり、それを見越しての近代化が行われ最新鋭艦として再び建造が再開された。そして晴れてこの日、就役を迎えたのである。
これを受け姉妹の間ではなお一層の愛情を受けその誕生を祝福された。
「そしてこの真ん中に写ってるのがオリスカニー」
イントレビットが指差すところには金髪ツインテールの十五歳くらいの少女が姉達に囲まれて少し緊張した表情をしている。
オリスカニーを囲む姉達もとても嬉しそうな表情をしている。
幸せに満ちた姉妹達がそこに居た。
そしてそんな当時のことをつい最近のようにを話すイントレビットの表情も明るかった。この姉妹達の絆はそれほど深いものなのだろう。
その姉妹達が今どうしているのか気になったジャックは何気なく聞こうとする。
「待っておっちゃん!!」
するとそれに気付いたのか、今まで横で大人しく聞いていたグロウラーは血相を変えジャックを止めようとしたが遅かった。
「それで、今イントレビットの姉さん達や妹達は元気」
その一言で今まで楽しげに語っていたイントレビットは口をつむぎ顔が強張り始める。
「まさか・・・」
さすがにこの変化に気付いたジャックは自分の迂闊さを呪った。
グロウラーも気まずげな表情をしている。
そしてそんなジャックを見てイントレビットが重く口を開く。
「そうそのまさかよ・・・。私達エセックス級は第二次世界大戦後半からベトナム戦争までの間、任務部隊の中核として海軍を支えてきたけれども航空機の発達、兵器の技術進歩、そしてなにより自分自身の体の老朽化に耐えられなくなり順次退役していったわ。退役していった軍艦がどうなるかは分かるわよね」
そう退役した軍艦や船がどうなるか・・・。
それはスクラップとして解体される運命にある。中には第三国に譲渡され第二の人生を歩んだり、イントレビットのように記念艦として港に展示される事もあるがそれはほんの一握りでしかない。
「確かに今でも記念艦として残ってる姉さんや妹もいるわ。でも・・・。この写真に写ってる二十四人の内残ってるのはたった四人・・・他の姉妹はもう・・・この世には・・・いない」
その言葉にジャックは息を呑んだ。
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