圧力(下)
職場も冬休み突入ーーー。
何てことだ!
ニコルソンの信念がここまで固いと予想していなかった。
今までのこういう類の輩は権力をチラつかせるだけで簡単に屈服した。
学部の教授だって最初は頑固だったが、事前に掴んだ弱味に付け込んだら簡単に屈服した。
しかし何故、教授よりも力の弱い只の学生がここまでこの私に反抗してくるか理解できない。
議員は暫く沈黙した後、
「フッ・・・。フフフ・・・。フッハッハッハッハァーーーー」
上を向きながら高らかな嗤い声をあげる。
まるでこの世の全てを嘲笑うかのようなそんな嗤いだった。
やがて笑い声が収まると、
「今までこの私にそんな口を聞いた奴は初めてだよ!ニコルソン君!」
ジャックはその様子に少々圧倒されたが気落されまいと睨み付ける。
「ククク・・・。良い眼だ、そういう眼が私は好きだよ。この高揚感、長らく忘れていた・・・久しぶりだ。実に良い・・・、弱者が足掻くのは・・・」
議員は不気味に歪んだ顔をしながら呟く。
「良いだろう!来るがいい!足掻くがいい!君の顔が絶望に変わるのはすぐ其処だ!」
狂喜が宿った瞳で議員はジャックを見ながら言い放つ。
「上等だ!あんたが侮っている弱者の底力見せてやるよ!」
ジャックは椅子から立ち上がり負けじと言い放つ。
まるでコブラとマングースの戦いの様に、しばし二人は向かい合って睨み合う。
しばらく睨み合った後、議員は背を見せると。
「私は多忙なのでね。そろそろお暇するよ、これからの君の行動が楽しみだよ、ではこれにて失敬」
議員はそう告げると退室して行く。
バタンとドアを閉じる音が部屋の中に響くとジャックは力無く椅子に腰を落とす。完全に脱力しきった感じだ。
顔からは一気に汗が滝のように噴出す。
肺が大量の酸素を求めて呼吸を強制する。
「ハアハアハア・・・。なんてプレッシャーだ。汗が止まらないぞ」
そう言いながら手で顔から吹き出た汗を拭う。
議員と部屋で二人きりになってしゃべり始めてから出て行くまでの間、ジャックは声を張り上げてはいたが内心、議員がちらつかせる力の巨大さに恐れおののいていた。議員が会話の中に出してきた我々と言う言葉に・・・。
「クソッ、こんな事があって堪るか!!」
悪態をつきながらやり場の無い怒りを机にぶつけ拳で力一杯叩く、拳の先から強烈な痛みが伝わってくると段々怒りも収まってきたが、改めて自分が喧嘩を売った相手の力の強大さに泣きたくなってくる。
「最悪だ・・・。せっかくこれからっていう時に・・・」
そう呟き顔を上に向け、さらに何気も無く部屋の窓に視線を移す。
ふと、窓の外に見える隣の棟の屋上に誰かが居るのが見えた。
なぜそこに居るのかふと疑問に思ったが、今のジャックにその事を気にする余裕は無かった。あの強大な力を持つハワード議員にこれから立ち向かって行かなければならないのだから。
しばらくしてジャックも部屋を出る。
周りを見渡してみるが既にハワード議員や学長の姿は無く、ホッと息をつく。
するとずっと続く廊下の向こうに居るフォスター教授に気付く。
教授もこちらの視線に気が付いたのか一度、眼を合わせたがすぐに視線を逸らしその場から立ち去ろうとする。ジャックはすぐさま教授の後を追う、さほど距離は離れてはいなかったのですぐに追いついた。
「何で逃げるんですか教授?」
ジャックは教授の肩を掴んで問いかける。
「私は教育者失格だ。君に会わせる顔が無い」
いつも通りハッキリした口調で答えるがしかしその顔には生気が無い。
「ハワード議員に何か吹き込まれたんですか?」
さっきの議員とのやり取りで大体状況を理解しているジャックは続けて聞く。
俯いたままビクッと肩を振るわせた教授を見て「やはり」とジャックは納得する。
「話してくれませんか、僕は別に反対した教授を恨んじゃいませんよ」
勤めて穏やかな声でジャックは問いかける。
その声を聞いて少し安心したのか、教授はポツリポツリと語り始めた。
「実は、今年結婚する娘がいてね。今まで手塩にかけて育ててきた大事な娘だ」
話し始めると、教授の顔はさっきと打って変わってとても穏やかなものになっていた。それほど大事な娘なのだろう、しかし話が核心に迫って行くごとに教授の顔は再び強張って行く。
「その結婚の相手なんだがこれまた礼儀正しくて誠実な青年なんだが・・・」
教授はそこで言葉に詰まった。
「その結婚相手がどうかしたんですか?」
「実はとある政治家の秘書をやっていてね」
ジャックはそこで合点がいった。
「その政治家がさっきのハワード上院議員なんだよ、それで議員から昨日の朝、電話が掛かって来てね、(私がニコルソンの潜水艦調査をやめさせなければ、娘の結婚がどうなるか分からない)て内容だった。私の身柄はどうなっても構わないが、何の罪も無い娘が巻き込まれるのはとても耐えられない!その為に君の調査の妨害を・・・、ああ私はなんて事を・・・」
そう言いながら教授はその場に力無く崩れ落ちる。
「ギリッ!!ハワード・・・!!」
奥歯が今にも砕けそうな位に噛み締める。血液が煮え滾る位、身体が熱くなってくる。
高い理念を持ち、あんなに学生想いだった教授をここまで苦しめるなんて・・・。
さっきまで治まっていた怒りの炎がジャックの胸の内で再び燃え上がる。
すると服の裾を引っ張られる感触がした。下を見るとフォスター教授だった。
「ニコルソン、私はどうすれば良い?いくら脅されていようと君を欺こうとしたんだ。弁解の余地は無い、謝罪だけでは済まないと思っている。どんな償いでもする。何でも言ってくれ!」
最早、教授の口調は懇願になっていた。
ジャックとしては別に理由が理由だし何とも思っていなかったのだが、ここまで言われると逆に断り辛くなってしまう。
どうした物かとしばらく考えていると一つの考えを思いついた。
「じゃあ教授、一つだけ良いですか?」
「ああ、何でも言ってくれ!」
「じゃあ、僕を退学にしてください」
「分かった。任せてくれたま・・・。エッ・・・!?」
余りにも衝撃的な願いに教授はその場で固まる。
ニューヨーク、ジョンFケネディ国際空港
ここは皆さんご承知の通りアメリカ有数の国際空港である。
五十を超える国から百社近い航空会社の定期便が就航、一日の発着件数は四百を超える。巨大空港である。
ゲートで黒人の係官が入国者のパスポートを確認している。
最近は同時テロの影響でその確認も厳しいため、彼も険しい顔をして職務に励んでいるがそれもいつも通り、淡々とこなしてゆく。そこに一人の東洋人らしいの女性が彼の前に立つ。
パスポートを渡され本人とパスポートの写真と食い違いが無いか確認する。
「サヤ・ホンゴウさん?国籍は日本、入国の目的は?」
彼は決められた事項を事務的に質問する。すると彼女がサングラスを着けたままだと気付き、外すように促す。
彼女がサングラスを外すと鳶色をしたきりっとした眼が現れる。それに付け加えて長い綺麗な黒髪が東洋的な美しさを放っている。言葉では表せない神秘的な美しさだ。
彼はその美しさに一瞬職務を忘れかけそうになる。周りの同性の係官や乗客も同じ様な感じだった。
その光景に彼女は苦笑しつつ、すぐにその表情を満面の笑みに変え質問に答える。
「はい、本郷沙耶です。目的はちょっと探し物ついでの観光です」
そう答えた後に彼女はスッと手を差し出す。係官はそれが握手を求められているものと理解し、すぐに握り返す。握手の間、彼は天にも昇る感じだった。
「ようこそアメリカへ、素敵な旅を」
彼はそう言うと許可印を押し、ゲートを去っていく彼女を手を振って見送って行った。
沙耶と名乗った彼女はターミナルを出ると、
「やっと着いたー。もう、長過ぎー腰が痛くなっちゃたじゃない。」
そう言いつつグリグリと腰を回しながら、ポケットから一枚の写真を取り出す。
そこにはジャックが持っている写真と同じ潜水艦が写っていた。
「待ってなさいよ、伊300!あんたの秘密、絶対暴いてやるんだから!」
冬のニューヨークの寒空の下、沙耶の声がこだまする。
ここにもジャックと志を同じくする者がもう一人、この地に降り立った。
新キャラ続々登場!!
でも肝心の艦魂が・・・。艦魂小説なのに・・・トホホ。
年末年始は比較的時間があるので安定した投稿が出来ると思います。
感想、評価待ってます。