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勇者とはなんでございますか?

ガヤガヤと騒がしい居酒屋の一角。


明らかに場違いな、凛としたたたずまいの少女が1人立っていた。


その立ち姿は間違いなく高貴な生まれ……なのだが、なぜかその手には彼女の顔よりも大きなジョッキが握られており、その異様な様子に誰も近寄ろうとしない。


いや、正確には空気を読めない酔っ払いが声をかけようとしたが、眼光鋭く睨まれて半泣きで逃げてしまったため、それを見ていた者たちは完全にビビッてしまっていた。


(お父様に城を追い出されてしまいましたわ。一応、いくらかの支度金は渡されましたけれど、こんなものはひと月もすれば消えてなくなりますし)


ジョッキの中の酒を勢いよく呷りなが女・リーラリィネは考える。


(魔王の娘として生まれてより、様々なことを学びましたし、いろいろな経験も積んできましたが、「お金で困る」というのは想定外でしたわ。それは当然。ワタクシこそ魔王の座を継ぐにふさわしいと自負しておりましたもの。そんなワタクシがお金の心配をするなんて、いったい誰が想像しますでしょうか)


今度は空になったジョッキを思い切り机の上に叩きつけながら、自らの怒りを顧みる。


(そもそも、ワタクシがこれまで我慢してきたのは、お父様の後継者になるため。魔王さえ継げれば、やりたいことをやりたい放題にできると思ってたからなのに…どうしてこんな理不尽を強いられなければならないのかしら)


「ああ、ホント! マジでぶっ殺してやりてぇわ! あんのクソオヤジ!」


本音がぽろり……いや、ズドンと酒場に響く。


だが、誰も関わりたくないので聞こえないフリをする。


ジョッキを空けたせいなのか、少女の目はますます据わり、頬は赤らんできた。


思考の巡りも悪くなり、うまくモノを考えられない状態に。


ただ、そのおかげなのか……周囲の音はむしろハッキリと聞こえるようになってくる。


「最近、不漁が続いていて困ってるんだ。どうも、海の魔物どもが悪さをしているっぽい。どうにかならないかと魔王軍に陳情にいったが……相手にされなかったよ」


「人族の商人がこっちに? そりゃ、めずらしいこともあるもんだ。ここしばらく見かけなかっただろ。なんでも、あちらさんが戦の準備をしているとかで」


「な~んか、やたらと威勢がいいらしいねぇ……南大陸は。なんでもユウシャ? なんて言うのを育てて、魔王様を倒すって息巻いているとか」


魔王を倒す……この言葉にピンと来たリーラリィネは、話をしていた魔族に声をかける。


「もし……その話、詳しく聞かせていただけないかしら」


「え……ええ? ああ、詳しくって言われてもなぁ。俺も、ちょっと小耳に挟んだだけだし」


「ええ、それで構いませんから、教えてくださいません?」


酒場の中を威圧する存在だった少女から声をかけられ、最初こそ引きつった顔をしていた男だが、身を寄せる少女の艶やかさに自然と鼻の下が伸びる。


一気飲みのせいで火照った少女の顔も、男の本能に刺さり、自然と饒舌になった。


「いや~、それがね。人族どもは魔王さまが南大陸に侵略してくるって思っているらしくて、それをどう防ごうかって考えたんだと。まあ、この時点で突拍子もない話だが……その方法がなんと、魔王様の暗殺だってさ。それを実行する強い人族をユウシャって呼んで、国を挙げて応援するって話だぜ。ユウシャを育てるために、人族のなかでも特に優秀なヤツを集めて学校まで作ってるなんて話まである。ま! 全部、ウワサでしかないんだけどな」


ガタンっ!


少女は急に立ち上がった。


「それ……ですわ」


「それ……って?」


「ワタクシがそのユウシャなるものになればよろしいんですわ。そして、魔王の前に立ってこう言い放つ……後悔させに来ましたわ!! とね。それはそれは驚くことでしょう。あとは泣いて許しを請うまで、ボッコボコのギッタンギッタンに叩きのめしてやれば……クソオヤジもわたしを認めるようになる! って寸法だ! ニッシッシ! いける! これはいける!」


そう言い放つと、少女は一目散で酒場のドアへ歩いていき、そのまま出て行ってしまった。


「なんか……凄まじい女だったなぁ。あんな酔っ払い、見たことないぜ」


酒場の男たちが感心していると、店主は首を横に振る。


そして、彼女が持っていたジョッキを指さしてこう言った。


「それ、ミルクのジョッキ」

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